「僕と遊んでくれないと婚約破棄するぞ?」「どうして殿下はそんなこと言うのお!」
フィルテア王国第一王子クウェリンとアンドレア・バーナードループ侯爵令嬢の婚約が成立したのは、両者の年齢が五歳の時だった。
当時はもちろんまだアンドレアの天才が明らかになっていたわけではない。
二人を担当していた教育係が気付いたのだ。
クウェリンとアンドレアの知能には差があり過ぎる。
教育は別に行うべきと具申した。
アンドレアは凄まじい才能を発揮した。
八歳になる頃には妃教育を終了。
九歳から政務に参加して制度上のムダを次々と発見、予算の効率化に貢献した。
一方で魔道理論でも優れた業績を残し、魔道を土木や耕作に応用する術を示した。
古い町である王都の不便さの改善はフィルテア王国長年の課題であったが、新王都建設の予算をこれまで捻出できなかったので放置されていた。
しかし魔道土木を応用すれば一〇分の一の予算、一〇分の一の時間で新王都建設が可能であることをアンドレアは証明したのだ。
新王都が発足すれば商業の活性化は当然であった。
また旧王都を観光地化すれば新王都の快適さもあって外国からも客を呼び寄せることができ、トータル二〇年で収支はプラスに転じ、以降ずっと金を生み続けるという夢のような試算を出したのだった。
またアンドレアは旧王都を世界一の学園都市とし、世界中から優秀な学生を吸い上げる構想を示した。
優秀な学生達は全てが母国に帰るわけではないと。
新王都の便利さと旧王都の学習・研究環境から、我が国に居つく可能性は高いと。
彼らの有能さは我が国の発展に貢献するだろうと。
クウェリンとアンドレアの婚約から一二年後。
アンドレアの示した未来予想図は全て的中し、フィルテア王国は大発展を遂げた。
まだ一七歳に過ぎぬアンドレアだったが、その偉大な才能と指導力は全世界に鳴り響いた。
『アンドレアがくしゃみをするとフィルテアがカゼを引き、世界中でマスクが不足する』と言われたほどだ。
アンドレアは世界一のVIPとして君臨した。
アンドレアの婚約者クウェリンはどうだったか?
『アンドレアの婚約者』というだけの存在感しかなかった。
子供の頃から凡庸な王子と思われていたのだ。
が、成長とともに幼稚さが際立ってきた。
いつまで経ってもチャンバラごっこと虫捕りにしか興味がないクウェリンに、国王は頭を抱えた。
アンドレアが世界に冠たる優秀さを誇ると言うのに、クウェリンの無能さはどういうことか。
まるで釣り合っていないではないか。
教育係チームは何をしているのだ。
世界一の才能アンドレアを育てた教育係チームが無能なわけはなかった。
クウェリンに才能がないだけだったのだ。
ないならないで仕方なかった。
せめてアンドレアの邪魔をしてくれるなと、国王は祈った。
しかし……。
◇
――――――――――事件は会議室で起きる。
政策会議も大詰めだった。
誰の顔にも疲労の色が濃い。
そこへ第一王子クウェリンが闖入する。
「おい、アンドレア。何をしているんだ。僕と遊んでくれないと婚約破棄するぞ?」
会議に参加している高官達はまたかと思った。
時々あるのだ。
予告なくクウェリンが飛び入りしてくることは。
高官達の視線がクウェリンとアンドレアを行き来する。
最近では国王もアンドレアに政務を任せきりだ。
アンドレアは政策会議でも場をリードする存在だったが……。
「どうして……」
アンドレアの大きな目からポタリと涙が落ちた。
「どうしてクウェリン殿下はそんなこと言うのお!」
堰を切ったように泣き出すアンドレアを笑うクウェリン。
普段の冷静なアンドレアからは、感情を爆発させるなんて考えられないことだった。
高官達が目を瞠る。
「ハハッ、アンドレアは相変わらず泣き虫だな」
「殿下の意地悪! わーん!」
「泣け泣け、気持ちよく泣け」
アンドレアを抱きしめ、頭をポンポンするクウェリン。
天才アンドレアの知性と精神の成熟度に大きな乖離があることに、最初はクウェリンしか気付いていなかった。
クウェリンの前以外で泣き崩れることなんてなかったから。
完璧な令嬢だと思われていたのだ。
逆にクウェリンは誰よりも甘やかされていた。
甘やかされる天才だった。
何が許されて何が許されないのか、他人の気持ちを見極める達人であるという言い方もできる。
だからアンドレアがムリにムリを重ね、パンク寸前であることを察することができたのはクウェリンだけだった。
重要な政務でも時々邪魔をし、アンドレアを連れ出すクウェリンに批判も多かったのだ。
しかしそうやってクウェリンがアンドレアを構った日はアンドレアの機嫌がいいと、近侍の者達には理解できていた。
クウェリンはアンドレアの心中を読んで、リラックスさせようとしているのでは?
ただそういうふうに見る者は少数派で、クウェリンは厄介な子供と思われていた……。
かつて新王都計画が実行に移されつつあった時、アンドレアの精神的疲労はピークに達した。
クウェリンの行動も監視されていたから、アンドレアを連れ出すことができなかったのだ。
アンドレアは突然泣き出した。
壊れたように泣き止まなかった。
アンドレアがいくら優れた知性を有していても、まだ子供なのだということに、ここで初めて皆が思い当たった。
そして高官達は恐怖に震えた。
アンドレアの精神を損じてしまったのか?
計画の全容を理解して導ける者は他にいないのだ。
今アンドレアを失うと計画が頓挫しかねない。
莫大な借金がフィルテア王国に降りかかる!
『アンドレア!』
クウェリンが突然窓を割って突入した。
一陣の風のような。
あるいは救世主のようだと皆が感じた。
『クウェリン殿下あ!』
『ハハッ、アンドレアは泣き虫だな。ピクニック行くぞ。今すぐだ』
『はい!』
クウェリンは甘やかすことも天才だった。
二日後にはアンドレアも政務に復帰した。
高官達は理解した。
クウェリンの行動を妨げてはいけない。
アンドレアを宥めることのできるあの手法は名人芸なのだ、と。
今日もまたクウェリンが現れた。
アンドレアの限界が近いのだろう。
アンドレアが泣き出したことからもそれは明らかだ。
クウェリンに任せよう。
「どうだ、落ち着いたか?」
「ぐすっ、ええ、少し」
「カブトムシとクワガタを捕りに行くぞ! 昨日蜜を塗ってあるんだ!」
「わあ、素敵です!」
「アンドレア、フィルテアオオカブトムシの大きさの最高記録はどれほどだ?」
「角まで含めた全長で一八チルク三ウィリです」
「一九チルクオーバーを捕まえよう!」
「楽しみです!」
「おい、大臣ども。意見がまとまったら陛下に決裁させろ。陛下も最近サボリ気味だからな」
クウェリンは無能だ。
しかし自分が無能なことを知っていた。
だから人材を育てて使うべきだと思っていた。
アンドレアが不世出の天才であることも理解していたが、彼女に頼り過ぎてはならないと考えていた。
替えの利かない人材はいてもいいが、替えの利かないポジションを作ってはならないと。
クウェリンは大局を見ることができた。
「さらばだ!」
「行ってきます!」
婚約直後から天才と呼ばれたアンドレアは、常に結果を求められていた。
絶え間ないプレッシャーに晒されていて、モヤモヤした気持ちを発散することすらできず。
褒められはしても、甘やかされた経験がほぼなかった。
心の叫びに気付いてくれるのはクウェリンだけだったのだ。
アンドレアは適切にかつ絶妙に甘やかしてくれるクウェリンが大好きだった。
クウェリンとアンドレアが去った会議室で。
「……これでアンドレア嬢のガス抜きがなされるわけか」
「とても仲のいいお二人ですよね」
「アンドレア嬢があれだけ感情の乗った表情を見せるのは、クウェリン殿下のいる時だけだからなあ」
高官達が頷く。
「クウェリン殿下は我々にも働けということが言いたのでしょう? アンドレア嬢に頼るだけでなくて」
「だろうな」
「アンドレア嬢の天才をコントロールできる。わしらにさりげなく発破をかける。陛下まで働かそうとする。わしはクウェリン殿下を王の器だと思う」
「賛成」
「だが陛下はクウェリン殿下を評価しておられぬのだろう?」
「クウェリン殿下の持ち味は一見わかりにくいですけれどもねえ」
高官達は苦笑する。
確かにクウェリンに導かれる未来は想像できない。
しかしアンドレアだけの未来も不安なのだ。
クウェリンとアンドレアが揃ってこそ、フィルテア王国の、世界の夢の形は光り輝く。
窓の外の王宮庭にて。
世界を担う天才少女が、王子の差し出した虫かごを宝物を見るように覗き込んでいる。
アンドレアの天才的な頭脳は、クウェリンがいてこそメンテナンスがなされるのだ。
微笑ましい二人だった。
「陛下への報告はどうしましょうか?」
「会議の結論以外にか? 『クウェリン殿下の適切なケアにより国難は回避された』とでも書いておけ」
『国難』が決してオーバーな表現でないことを、高官達はわかっていた。
遠くからカブトムシを見つけてはしゃぐアンドレアの明るい声が、会議室にまで聞こえていた。
最後までお読みいただきありがとうございました。




