第1話「立志」
暗闇の中、何もない部屋で、男(主人公:カイ)は床に倒れていた。
家具も、灯りも、生活の痕跡すら存在しない、空っぽの空間。
「……な、何もかも……持っていかれた……」
かすれるような声が、闇に溶ける。 ここにいれば、もう一度会えると思っていた。
しかし、床の冷たさだけが、すべてが終わったことを無情に教えていた。
冷たい風が部屋を通り抜け、凍えるような指先に触れる。
「ああ……せめて、最後くらい……」
カイは小さく息を吐いた。
「ベッドで、眠りたかった……。
テレビやスマホがあって……不便しない生活が、送りたかった……」
視界が白く滲み、呼吸が遠のいていく。 意識が、静かに、確実に沈んでいく。
――そして、次の瞬間。
カイは、見知らぬ世界の農村(アーク村)近くの道端に倒れていた。
「まあ!道に人が!」
驚いた声に、カイは薄く目を開ける。 視界に映ったのは、素朴な服を着た少女だった。
「大丈夫ですか!?」
「……た、頼む……」
喉を絞り出すように、男は言った。
「食料を……分けてくれ……」
少女は迷うことなく、カイの肩に手を回した。
「しっかりしてください。うちで休みましょう」
そうしてカイは、農家の家へと運び込まれた。
家の中には、白髪の老人が一人いた。
「どうぞ、お食事です」
少女が差し出した食事を見た瞬間、カイは我を忘れて食らいついた。
「あ、ありがとう……」
「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。
おかわりは沢山ありますから」
少女は微笑み、名乗った。
「私はノア。あなたの名前は?」
「俺は……」
一瞬だけ迷い、カイは答えた。
「俺は……カイだ。
助けてもらった上に、食事まで……この恩は、必ず返す」
「恩だなんて」
ノアは首を振る。
「困った時はお互い様です。
この村は農村ですから、食料だけは沢山あるんです」
カイは食事を口に運びながら、部屋の様子と窓の外を眺めた。
(俺は……死んだはずだ)
粗末な木造の家。 電気も、見慣れた機械もない。
(ここは……死後の世界か? いや……中世のような……)
「あの……」
カイは慎重に切り出した。
「記憶を一部失っていて…… ここは、何という場所なんですか?」
ノアは目を丸くする。
「やだ!地名も忘れちゃったんですか? ここはレグノア王国のアーク村ですよ」
(レグノア王国……?)
聞き覚えのない国名。 地球には、そんな国は存在しない。
(やっぱり……異世界、か。
だが、ここの人達は暖かい。
前世とは違う、暖かい世界だ。
俺は今度こそここで幸せに……)
「でも、倒れるほどお腹が空いていたなんて……
よっぽど長い距離を移動されて来たんですね。
見たことない服装ですし、異国の方ですか?」
「まあ……そんなところだ」
そう答えかけた、その時だった。
「た、大変だあ!山賊が来たぞ!」
外から村の見張り役トマスの叫び声が響いた。
直後、トマスは背後から斬られ、地面に倒れた。
「叫ぶんじゃねえよ」
低く、汚れた声。
「鴨共に逃げられちまうだろうが。 さて、今日も一軒ずつ行くぜ!」
山賊たちは家々の扉を蹴破り、食料と金品を奪っていく。
「おらあ!食い物と金目のもんよこせ!」
カイは、ノアの家の窓からその光景を見ていた。
「……なんだ、あいつら……」
震え声で、カイは言う。
「他の家から……食料と金を……」
老人――バドが、歯を鳴らしながら答えた。
「山賊じゃ……。 わしらが魔法も使えぬ弱者だと知っとる。
だから、ああして定期的に……」
カイは思わず声を上げた。
「そんな!王都は!? 王国の兵は治安を守らないんですか!?」
バドは諦めたように首を振る。
「こんな辺境へ、わざわざ出向いてはくれませんよ。
我々は……完全に見放されている」
カイの拳が、震えた。
(狂っている!)
カイは歯を食いしばる。
(前世と同じだ。 弱者は奪われ、見放され、誰も助けない。
前世とは違う新しい世界に来れたと思ったのに……!
この世界も狂っているというのか!)
その時、扉が蹴破られた。
「おらあ!寄越せ!」
バドは震えながら、ありったけを差し出す。
「こ、これで……勘弁してくれ……」
「ああ?足りねえな」
山賊の視線が、ノアに向いた。
「しゃあねえ。足りねえ分は…… この女で我慢するか」
「た、助けて!」
その瞬間、カイの脳裏に、別の光景が重なった。
『没収だ!全部な!』
前世の借金取りの声。
奪われ、追い詰められ、何も持たずに死んだ自分。
「やめろおおお!!」
カイは家を飛び出した。
「はあ……はあ……その人から、手を離せ!」
「は?」
次の瞬間、拳が飛んできた。
「がっ……!」
地面に叩きつけられ、蹴りが降り注ぐ。
(またか……)
血を吐きながら、カイは思う。
(この世界でも……弱者は、奪われるだけなのか)
――違う。
(間違っているのは……世界だ)
その時、声が響いた。
『ほう……世界を否定するか』
『ならば、己の正義を"それ"で示してみよ』
視界が、開けた。
「死ねええ!!」
斧が振り下ろされる瞬間、カイは念じた。
(前世の暴力の象徴だった、"あれ"をよこせ!)
――その瞬間。 前世で一度だけ写真で見た、黒い拳銃が手の中に現れた。
冷たい金属の感触、滑らかな引き金。
それが、この世界にあっていいはずがないと、本能が告げていた。
(力がないから奪われる? 違う。間違っているのは奪う方だ。)
夜が裂け、山賊は倒れた。
――バーン。鼓膜が破れるような轟音。
鉛玉は正確に山賊の頭を穿ち、 その巨体は、一瞬の後に地面に崩れ落ちた。
カイは、手の中の銃を見つめる。
(さきほどの声の主……
あれは前世の物を召喚する力を俺に与えたのか!?
この力さえあれば……)
背後でノアの声がした。
「危ない!」
カイは銃を消し、手榴弾を投げた。
――ボン。
炎の中、カイは笑った。
「……そうだ。この力だ。
この力を使い、力なき者が切り捨てられる不便な世界を……」
そして。
「俺は変える!」




