一歩の勇気
二人を見送って、私は大きく息を吐いた。
閉店までまだ時間があるけど、頭の中はヨシトさんのことでいっぱいだった。
リョウさんが言った言葉が、ずっと耳に残っている。
『あいつ、喧嘩したらしいですね。守りたかったって言ってましたよ』
守りたかった。
その言葉を思い出すたびに、胸が熱くなる。
私のことを、守りたいと思ってくれたんだ。
カウンターを拭きながら、あの日のことを思い返す。田中の手を振り払って、ヨシトさんが表に連れ出した時の冷たい目。でもその奥には、確かに私を守ろうとする強い意志があった。
怖かった。でも、頼もしかった。
そして今日、リョウさんの言葉でそれが確信に変わった。
ヨシトさんは、私のために怒ってくれたんだ。
「はあ」
思わず溜息が出た。
常連の山田さんが帰り、店内には私一人だけになった。
スマホを取り出して、ヨシトさんの連絡先を開く。
何か送りたい。でも何て言えばいい?
『今日はありがとうございました』
ありきたりすぎる。
『リョウさん、いい方ですね』
これも違う。
私は画面を見つめたまま、しばらく考えた。
そして、思い切って打ち込んだ。
『ヨシトさん、今日はありがとうございました。あの、ちょっと聞きたいことがあるんです。もしよければ、どこかでご飯でも食べながらゆっくりお話しできませんか?』
指が震える。
送信ボタンを押す前に、何度も読み返した。
変じゃないかな。図々しくないかな。
でも、私はヨシトさんともっと話したい。お店のカウンター越しじゃなくて、ちゃんと向き合って。
「よし」
小さく呟いて、送信ボタンを押した。
メッセージが送られる。
心臓が早く打つ。
スマホを握りしめたまま、私はカウンターに座った。
返事が来るだろうか。
来ないかもしれない。
でも、送ってしまった。
時計を見ると、もう深夜だ。もしかしたら寝てるかもしれない。返事は明日かもしれない。
グラスを磨きながら、私は落ち着かない気持ちで時間を過ごした。
そして十分後。
スマホが震えた。
慌てて画面を見る。
『いいですよ。僕も美月さんともっと話したいと思ってました。いつがいいですか?』
目を疑った。
もう一度読む。
『僕も美月さんともっと話したいと思ってました』
顔が熱くなる。
嬉しくて、恥ずかしくて、どうしていいか分からなくなった。
『ありがとうございます。私の休みは水曜日なんですけど、ヨシトさんはいつが都合いいですか?』
すぐに返信を打った。
また十分もしないうちに、返事が来た。
『水曜日、大丈夫です。昼か夜、どっちがいいですか?』
『昼間でお願いできますか?』
『了解です。じゃあ場所とか、また連絡しますね』
『はい、お願いします』
『おやすみなさい、美月さん』
『おやすみなさい、ヨシトさん』
やり取りを終えて、私はスマホを胸に抱きしめた。
水曜日。
ヨシトさんと、二人で会える。
閉店作業をしながら、自然と笑顔になっていた。
こんなに誰かと会うのが楽しみなのは、いつ以来だろう。
店の照明を落として、私は夜道を歩き始めた。
冷たい空気が心地よい。
ポケットの中のスマホが、温かく感じた。




