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ノンアルコールの夜  作者: クレイジーピエロ


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6/14

静かな牙

いつもより少し賑やかな夜だった。

ヨシトさんはカウンターの端でノンアルコールのモヒートを飲んでいる。彼との会話は心地よくて、仕事をしながらも自然と笑顔になってしまう。


「美月ちゃん、俺のグラス空いてるよ」


カウンターの真ん中あたりから、田中の声が聞こえた。

田中は週に二回ほど来る常連だけど、正直苦手だ。いつも酒に酔うと下心丸出しで、しつこく連絡先を聞いてきたり、プライベートなことを聞いてきたりする。


「はい、すぐお持ちします」


私は笑顔を作って、ウイスキーのグラスを用意した。


「ありがとう。やっぱり美月ちゃんが作ると美味いわ」


田中はニヤニヤしながらグラスを受け取る。その視線が不快で、私は早々に離れた。


「美月さん」

ヨシトさんが静かに呼んだ。

「はい?」

「あの人、いつもあんな感じなんですか?」

「まあ、常連さんなので」


私は曖昧に笑った。ヨシトさんの表情が少しだけ曇る。


「嫌だったら、はっきり断っていいと思いますよ」

「ありがとうございます。でも大丈夫です」


それから一時間ほどして、田中の酔いが回ってきた。


「美月ちゃん、今日も綺麗だね」

「ありがとうございます」

「ねえ、今度二人で飲みに行かない?」

「すみません、お客様とプライベートでお会いすることはできないんです」


何度も同じやり取りをしている。いつもならここで引き下がるのに、今日は違った。


「まあまあ、そう言わずにさ」


田中が立ち上がって、カウンターに手をついた。明らかに酔っている。


「あれ? そっちの兄ちゃんとは連絡先交換してたよね?」


田中の視線がヨシトさんに向いた。


「それは」

「俺とは交換してくれないのに、あの人とは交換するんだ。ずるいじゃん」


田中の声が大きくなる。店内の空気が変わった。


「お客様、少し声が」

「美月ちゃん、ちょっと贔屓が過ぎるんじゃない?」

「田中さん」


ヨシトさんが静かに立ち上がった。


「少し落ち着いた方がいいですよ。美月さんも困ってます」

「あんた誰だよ。関係ないだろ」

「関係ないことはないです。あなたが迷惑をかけてる」


ヨシトさんの声は穏やかだったけど、どこか芯が通っていた。


「はあ? 何様のつもりだよ」


田中がヨシトさんに詰め寄ろうとした時、私は間に入ろうとした。


「お二人とも、やめて」


でも田中の手が、私の腕を掴んだ。


「美月ちゃん、こっち来いよ」

「離してください」


その瞬間、空気が凍りついた。

ヨシトさんの目が、変わった。

穏やかだった表情が消えて、そこには何か別のものがあった。底知れない、冷たい何か。


「手、離せ」


声が低い。今までとは全く違う声だった。


「なんだよ」

「もう一度言う。手を離せ」


ヨシトさんから放たれる気配に、田中の顔が強張った。私も思わず息を呑んだ。

これが、ヨシトさんの本当の姿なのか。


「表、出ろ」


ヨシトさんが静かに言った。

田中は私の腕を離して、ふらふらと店を出ていく。ヨシトさんもその後に続いた。


「ヨシトさん」


私が声をかけたけど、彼は振り返らなかった。

店に残った他の客たちも、何が起きたのか分からないという顔をしている。

私は慌てて店の外に出た。

路地裏で、ヨシトさんが田中を壁に押し付けていた。


「二度と、美月さんに手を出すな」


そう言って、ヨシトさんの拳が田中の顔に入った。

鈍い音がした。

田中が倒れ込む。


「わかったら、失せろ」


ヨシトさんの声は氷のように冷たかった。

田中は這うようにして逃げていった。

ヨシトさんはゆっくりと振り返って、私を見た。


「美月さん」


普段の穏やかな声に戻っている。でも表情には、まだ少しだけ鋭さが残っていた。


「大丈夫ですか」

「はい」


私は頷いた。怖かった。でも同時に、守られたという安心感もあった。

店に戻ると、ヨシトさんは深く頭を下げた。


「すみません。店で騒ぎを起こしてしまって」

「いえ、こちらこそすみません。変なお客さんで」

「美月さんが無事なら、それでいいです」


ヨシトさんは小さく笑った。いつもの優しい笑顔だった。

でも私は知ってしまった。

この人には、別の顔がある。

それは怖くて、でも同時に、とても頼もしいものだった。

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