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ノンアルコールの夜  作者: クレイジーピエロ


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2/14

美月という名前


「お代わりいかがですか?」


彼女がグラスが空になったのに気づいて声をかけてくれた。


「じゃあ、また同じので」

「ノンアルコールのモヒートですね。かしこまりました」


彼女は手慣れた様子でシェイカーを手に取る。その動きは無駄がなくて、見ていて飽きない。バーテンダーとしての経験が滲み出ている。

二杯目のモヒートが目の前に置かれた。


「ありがとうございます」

「お客様、失礼ですが」

彼女が少し首を傾げて言った。

「ノンアルコールばかりご注文されてますけど、何か理由が?」

「あぁ」俺は苦笑した。

「体質的に酒が飲めないんです」

「そうなんですね」

「でも、大人の失恋って酒を飲むイメージがあるじゃないですか。だから雰囲気だけでも味わいたくて」


言ってから、余計なことを口にしたかもと思った。初対面のバーテンダーに失恋の話なんて。

でも彼女は驚いた様子もなく、優しく微笑んだ。


「失恋、されたんですか」

「ええ。まあ、そんなところです」

「お辛いですね」

「三十八にもなって、情けない話ですけどね」


彼女は少し考えるように視線を落として、それから言った。


「年齢は関係ないと思いますよ。恋をして、傷ついて。それは何歳になっても同じじゃないですか」

その言葉に、少しだけ救われた気がした。


「ありがとうございます」

「それに」

彼女は少しだけいたずらっぽく笑った。

「お酒飲めないのにバーに来るなんて、ちょっと面白いですね」

「面白い?」

「はい。でもそういうの、嫌いじゃないです」


俺は思わず笑ってしまった。失恋した日に、こんな風に笑えるとは思わなかった。

それから彼女は他の客の対応に戻り、俺は静かにモヒートを飲んだ。店内のジャズが心地よく流れている。

時計を見ると、もういい時間だ。そろそろ帰らないと。


「お会計お願いします」


彼女が伝票を持ってきて、俺は財布から金を出した。


「ありがとうございました。またお越しください」


立ち上がろうとした時、彼女が少し躊躇うように言った。


「あの、もしよろしければ」

「はい?」

「連絡先、交換しませんか?」


予想外の言葉に、俺は少し驚いた。


「いいんですか?」

「はい。なんだか気になってしまって。また来ていただけたら嬉しいなと思って」


彼女は少し頬を赤くしながら、スマホを取り出した。

俺たちは連絡先を交換した。画面には「美月」という名前が表示されている。


「ミツキさん、っていうんですね」

「はい。お客様のお名前は?」

「ヨシト。漢字で書くと義人です」

「ヨシトさん」彼女は柔らかく微笑んだ。

「今日はありがとうございました」

「こちらこそ。また来ます」


店を出て、夜の冷たい空気を吸い込んだ。

失恋の痛みはまだ消えていない。でも不思議と、胸の奥に小さな温かさが残っていた。

ポケットの中のスマホが、いつもより少しだけ重く感じた。

美月さん、か。

俺は煙草に火をつけて、ゆっくりと夜道を歩き始めた。

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