表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノンアルコールの夜  作者: クレイジーピエロ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/14

紫煙の夜


「ごめん、ヨシト。私、やっぱり彼のことが忘れられないの」


携帯の画面越しに聞こえた彼女の声は、申し訳なさそうで、でもどこか晴れやかだった。一年かけて積み上げてきたものが、たった一言で崩れ落ちる。そんなもんなんだろうな、恋愛なんて。


「そっか。分かった」


俺はそれだけ言って電話を切った。他に何を言えばいい? 引き止める権利なんて、最初からなかったんだ。

彼女とは友達の紹介で知り合った。夜の店で働く彼女に、俺は一目惚れした。三十八歳にもなって、まるで青臭いガキみたいに。月に何度か店に通って、少しずつ距離を縮めて、ようやく個人的に連絡を取れるようになって。でも結局、彼女の心には元カレがいた。

トラックの運転席で一人、俺は煙草に火をつけた。紫煙が車内に広がる。窓を開ければよかったのに、そんな気力も湧かない。

失恋した大人はどうするんだっけ? 酒を飲むんだよな。映画やドラマでよく見る。バーのカウンターで一人、グラスを傾けて。そういうのが大人の失恋ってやつなんだろう。

問題は、俺が酒を飲めないってことだけど。

体質的に受け付けないんだ。若い頃、無理して飲んでみたこともあったけど、顔が真っ赤になって気持ち悪くなるだけだった。元ヤンでタバコは吸うのに酒が飲めないなんて、よくツッコまれたもんだ。

でも今夜は、酒が飲めなくたってバーに行きたかった。雰囲気だけでも味わいたかった。一人で部屋にいるのが耐えられなかった。

適当に歩いていると、路地裏に小さな看板を見つけた。

「Bar Twilight」

いかにも隠れ家って感じの、目立たない入口だ。

階段を下りて、重い扉を開ける。

店内は薄暗く、ジャズが静かに流れていた。カウンターには数人の客。全員俺と同年代か、もう少し上くらいのおじさんたちだ。誰も俺のことなんて気にしちゃいない。


「いらっしゃいませ」


カウンターの向こうから、女性の声が聞こえた。

顔を上げると、そこに彼女がいた。黒いベストに白いシャツ、落ち着いた雰囲気の女性。年は二十代後半から三十くらいか? プロのバーテンダーって感じの、洗練された佇まいだった。


「お一人ですか?」

「ああ」


俺はカウンターの端に座った。彼女がメニューを差し出してくる。

ざっと目を通すけど、当然のように並ぶ酒の名前。カクテルやウイスキー、ワイン。どれも俺には縁のないものばかりだ。


「あの、ノンアルコールのカクテルとかありますか?」

「はい、ございますよ」


彼女は微笑んで、いくつか提案してくれた。結局、ノンアルコールのモヒートを頼んだ。

グラスが目の前に置かれる。ミントの爽やかな香りが鼻をくすぐった。


「ありがとうございます」

「ごゆっくりどうぞ」


彼女はそう言って、他の客の対応に戻っていった。

俺は一口飲んで、カウンターに肘をついた。店内のジャズが心地よく耳に入ってくる。ここに来て正解だったかもしれない。一人で部屋にいるよりは、ずっとマシだ。

ノンアルコールのモヒートを少しずつ飲みながら、俺はぼんやりと店内を眺めていた。

失恋の痛みは、まだ胸の奥にあった。でも少しだけ、呼吸が楽になった気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ