『異世界カイロプラクティック ~「神の調整」でレベルMAXの勇者も思わず唸る~』
魔王城を目前にした前線基地の奥、埃っぽい地下室。そこは「臨床試験室」と呼ばれていたが、実際は、誰も治せない瀕死の戦士を運び込む**「終末病棟」**だった。
重く冷たい石造りの小部屋に、世界の希望――勇者ライオネルが、うつ伏せに横たわっている。
「くそっ……! 効かん! 治癒魔法も、上級ポーションも、光の神官の祈りも……! なぜだ、なぜ痛みが引かないんだ!」
ライオネルはベッドを叩いた。彼はレベルがカンストした最強の戦士だが、今の彼を支配しているのは、魔王の呪いでもドラゴンすら倒す毒でもない、「腰の激痛」だった。重すぎる伝説の鎧と、度重なる無茶な体勢での戦闘で、彼の『背骨』**は完全に破綻していた。
そこに、一人の「男」が入室する。
「貴方が、異世界から来たという……シロウ殿か
見ての通りだ。私は終わりだ。戦士は、剣を振るうことに存在意義がある。それができないなら、私はただの鉄屑だ」
ライオネルの絶望的な視線に対し、シロウは静かに、彼のそばの粗末な木製の(施術用テーブル)に目をやった。
「私が治すのは痛みではありません。**『歪み』**です。そして、勇者殿。貴方の歪みは、貴方の人生の重みに比例している」
シロウはそう言って、ライオネルの背中に触れた。
【触診】(触るだけでなく、目でみて、動きなどありとあらゆる方法を駆使しする事で状態を把握する)
それは、肉の表面から**骨の軋み、過去の戦闘で受けた衝撃の『痕跡』**までを、すべて手のひらで読み取る能力だった。
「ひどい……」シロウは思わず息を飲む。
ライオネルの第三腰椎(L3)は、以前受けた竜のブレスの衝撃を逃がしきれずに、左前方に大きく捻じれていた。この歪みが、神経伝達を阻害し、彼が持つはずのSTR999、DEF999という最強の力を、**約50%も制限**していたのだ。
は集中した。彼の心臓が、まるで精密なメトロノームのように一定のリズムを刻み始める。彼は腰の真上の、わずかな筋肉の盛り上がりに、親指の付け根を正確に当てた。
「勇者殿。一瞬だけ、全身の力を抜いてください」
「できるか! こんな状態で――」
その瞬間、男は放った。
体重移動と呼吸、そして全身の『間合い』が完璧に合致した、神速の調整。
『ゴッ!』
硬質な、しかしどこか爽快な音が、石の部屋に響き渡る。まるで、千年閉ざされていた重い扉が、一瞬で開いたかのような音だ。
「な……!?」
ライオネルの口から、驚愕の唸り声が漏れた。彼の背中から立ち上っていた、戦闘による疲弊と痛みの象徴である黒いオーラが、**『シュゥゥッ……』**と音を立てて霧散する。
ライオネルが、恐る恐る体を起こし、腰の痛みを確認する
――痛みが、消えている!
ライオネルが喜んだのも束の間
「まだです、うつ伏せに」
シロウは落ち着いた態度で続きを始めた。
そこからの全身調整が始まる
下肢、骨盤、腰椎、胸椎、頸椎、上肢、頭蓋骨に至るまで隅々まで調整された時、それは起こった、彼が自身のステータス画面を確認すると、カンストしていたはずの数字が、信じられない表示に変わっていた。
【STR:999 → \text{MAX} + 50 (調整ブースト)】
【DEF:999 → \text{MAX} + 50 (調整ブースト)】
【スキル:神速の斬撃】:調整によりディバインと名のつくスキルは能力が向上する
「ば、馬鹿な……! これは、治癒魔法?などではない。バフスキルの比ではない能力の向上……!」
ライオネルは、手を剣に見立てて振った。
ヒュッ!
風を切るような鋭い音を立てて一閃した。
斬撃が飛び壁に跡が残る。
彼は確信した。
「シロウ先生……貴方の『調整』は、もはや神技だ。私は、これまでは不完全な状態で戦っていたというのか!」
シロウは、静かに頷いた。
「貴方の体は、真の力を発揮するために、整列を整えただけです。魔王を討伐するのは、貴方自身。私は、貴方が最高のパフォーマンスを出せるように、**『ポテンシャルを解放する』**だけです」
彼は施術台を片付けながら、ライオネルに優しく微笑んだ。
「さあ、勇者殿。出発の時間です。最高のパフォーマンスで、魔王を討伐してきてください。ただし、二日後の夜には、必ずこの部屋に戻ること。
まだしっかりと今の状態を維持するためには必要です。
最高の武器も、使い続ければ必ず歪む。それが身体の真理です」
世界最強の勇者は、最強の力を得たにもかかわらず、まるで恩師に教えを乞うように、ただ一人の**「背骨の賢者」**の言葉に深々と頭を下げた。
《勇者の凱旋》
シロウがライオネルを送り出して、三日が経過した。
前線基地は静寂に包まれていた。誰もが、勇者の**「腰の歪み」**という情けない敗因を口には出さなかったが、希望を失っていた。
「3日も経って戻って来ないという事は、結局、無理だったか……。あの『カイロなんちゃら』の言うことなど、気休めに過ぎなかったのだ」
基地の司令官である老練な騎士ガンドルフが、うめくように呟いた。
その時、遠方から地鳴りのような歓声が響き渡った。
「なんだ!?」
兵士たちが外へ飛び出すと、地平線の向こうから、黄金に輝く鎧が見えた。
ライオネルだ。
彼は、『光の聖剣』を天に掲げ、凱旋していた。だが、その背後には、魔王軍の幹部たちが、鎖に繋がれることなく、まるで彼の**『護衛』**であるかのように、整然と付き従っている。
「勇者殿! ご無事でしたか! そして、これは……一体どういうことだ!?」ガンドルフが驚愕の声を上げる。
ライオネルは剣を納め、晴れやかな笑顔で答えた。
「勝利だ、ガンドルフ司令官。我々の勝利だ。そして、魔王は……今、貴方たちの想像とは、全く別の形で**『無力化』**された」
【1日前】
ライオネルは、地下の施術室へと一直線に向かい、シロウの手をとり感謝の気持ちを伝えた。
「シロウ先生! 先生のこの手は『神の手』でした!
魔王城に乗り込むと、あっというまに魔王まで辿り着き、 魔王の魔法を素早くかわし、以前は確かに硬かった魔王の防御も難なく貫き、先生の調整でポテンシャルを解放された身体は、私の剣技を**『神の領域』**へと引き上げ、魔王を難なく倒す事ができたのです。」
「ご無事で何よりです」シロウは淡々と答えた。
「それはすごい!」
ライオネルは一呼吸置いた後、言葉を選んで答えた。
「魔王を討伐した際、私は『異変』に気づきました。魔王の**“強さ”の源は、その『肉体』や『魔力』にあるのではなく、『呪いによる凄まじい肉体の歪み』**によって、強引に魔力を引き出している状態だったのです」
シロウは静かに目を見開いた。
「つまり、慢性的な歪みが、彼を強大で、強い存在にしていたと?」
「その通りです。そして、魔王は私に言いました。『私を、この苦痛から解放してくれ』と」
ライオネルは、背後の影を指し示した。黒いローブを纏った巨大な人影が、恐る恐る調整室の入口に立っていた。
**「背骨の賢者」シロウの前に、「世界を絶望させた闇の王」**が、まるで病人のように立っている。
《魔王の施術(究極の歪みとの対峙)》
「ようこそ、魔王様」シロウは、微塵も動揺することなく、まるで近所の患者を迎えるかのように言った。
魔王――本名ゼノス――は、その巨体を震わせた。
「貴様が……ライオネルを瞬時に**『強くした』**という、異世界の技術者か」
ゼノスは、ローブを脱ぎ捨てた。彼の肉体は、黒い鱗と禍々しい魔力の筋に覆われていたが、それ以上に目を引いたのは、彼の背骨が、左右にS字、前後にC字を描き、まるで『ねじれた大樹』のように歪んでいることだった。
「これは……ひどい。こんな歪んだ骨格で、よく立っていられましたね」シロウは純粋な驚きを口にした。
「これは呪いではない。世界を支配するために、術師にかけられた『強制進化の魔法』の反動だ。この痛みがあるからこそ、私は無限の魔力を引き出せる。だが……もう限界だ。この**『痛み』**から、解放されたい」
ゼノスは、玉座を捨てることを厭わないほどの、肉体の悲鳴を上げていた。
シロウは、深呼吸し、**【触診】**を開始した。
「勇者殿、貴方の時とは比べ物にならない。この歪みは、彼の**『人生』**そのものを変質させている。生半可な力で調整すれば、彼の肉体は崩壊する」
シロウの目には、ゼノスの骨の動き、筋肉の緊張が、全てイメージできていた。彼の脳裏に、数十種類の「アジャストメントのプラン」が一瞬で構築される。
そして、一つの方法が選ばれた。
「魔王ゼノス。私は貴方の魔力を奪うつもりはない。しかし、貴方を**『魔王』で居続けさせている、『苦痛』**という名の歪みは、解放してませます」
シロウはゼノスの調整台の横に立つと、右手を、ゼノスの最も歪んだ箇所、**第十一胸椎(T11)**に正確に当てた。
「深呼吸をして、全ての力を抜いてください」
シロウは静かに、しかし全身の『気』を集めるが如く、集中していった。
『ゴオオオオオオッ!』
まるで稲妻が落ちたかのような衝撃音。
シロウが放ったアジャストは、物理的な力だけでなく、歪みに固執していたゼノスの**『精神』**にまで到達した。
ゼノスは、絶叫した。それは苦痛の叫びではなく、数千年にも及ぶ痛みからの解放、そして、強大な力の喪失に対する、複雑な感情の爆発だった。
黒い鱗が、パラパラと音を立てて剥がれ落ちる。強引に引き出されていた無限の魔力が、静かに肉体の中へと収束していく。
やがて、調整台の上に残されたのは、かつての威圧感を完全に失った、普通の人間ほどの体躯を持つ、一人の男だった。
「あ、ああ……これは……」ゼノスは自分の手のひらを見た。
ゼノスのステータスが、に表示された。
【LV:??? → 999】
【称号:闇の王 → 闇を抱く者】
【状態:強制魔力循環による永続的苦痛 → 身体の真理に回帰】
【魔力:∞ → 9999 (調整により効率化)】
魔力は減ったが、「苦痛」という名の鎖から解放されたことで、彼は真の自由と、効率化された強大な力を手に入れたのだ。
「痛みがない……! 思い出した、私は世界を支配など望んでいなかった!『力』が、『歪み』が私の野心、欲望を掻き立てていたのだ……」
シロウは、ゼノスに優しく語りかけた。
「力の源は、歪みではありません。**『調和』**です。貴方の力は、どこにも逃げずに、貴方の内側で静かに輝いている。魔王ゼノス。もう、争う必要はありません。貴方は、ただの『苦痛』を求める者ではなくなった」
こうして、「背骨の賢者」シロウの調整により、魔王の呪いが解かれ、世界は救われた。
――ただし、魔王ゼノスは、シロウの「背骨の弟子」となり、彼の調整台を運ぶ係として、異世界カイロプラクティックの旅に同行することになる。




