追放こそ勝利!F×✕kyou!
木造の質素な教会で、私は笑顔で村人の話を聞きます。
「ええ、そうですね。それは大変ですね。そうなんですね」
──そうすれば早く帰ってくれるからだ。
麦が不作でパンが買えない? それは私じゃなくて王様に文句を言え。クーデターでも起こせ。
聖女をやって三十年。神に仕えて、いいことなんて一つもなかった。くそ田舎の教会で「神を信じれば救われる」なんていうアホどもの話相手をするだけの日々。いいか、信仰心ってのは自分を律することであって、祈ったところで本当の救いなんかない。ただの気休めだ。悩みは実力行使でどうにかしろ。
もう五年前に死んだ前の聖女、私を選んだことを呪ってるに違いない。
適当に「この子には聖なる力があります」とか言いやがって。そんなもん、ねぇよ。
私の才能は──ちょっと気分がよくなる葉っぱの栽培だ。
これは裏庭に咲いてる白い花。老女たちは「きれいねー」と呑気に言ってるが、これは魔術協会では禁じられている薬草だ。ここは田舎で魔術師がいないから、バレなければ育て放題だ。
酒は飲んだらバレるが、葉っぱは食ってても「野菜食べてる」で言い訳が通る。
世の中の不満を、自分でどうにかしようともせず、「聖女」というなんか尊い女に全部頼ってくる奴らの相手をしてたら、ストレスが溜まる一方だ。
だいたい、なんだ“聖女”って。
歳をとってもママのおっぱいが忘れられねぇみたいなおっさんが、甘えた声で話しかけてくる。胸元を見てくる。気持ち悪いったらありゃしない。
「聖女様ってのは、一生処女だから最高なんだよ」
カボチャ農家のおっさんがゲヘゲヘ言ってるのを聞いたときは、カボチャで頭をかち割ってやろうかと思った。処女がそんなに好きなくせに、おまえら街で買春してくるじゃねえか。
知ってんだぜ、こっちは。
だって私は聖女だ。私の本当の才能は葉っぱ栽培じゃない。その人の「昨日の夜の記憶」が見えることだ。
だいたいがゲロが出そうなものや、人が食ってクソして寝るだけの映像ばっかり。中年夫婦の夜の営みなんか見ちまった日には、「ちょっとお手洗い」と言って、ゲェ吐きに行った。
この特殊能力、このクソ田舎の教会に必要か? いらんだろう。
気休めで、ちょっと気分がよくなる魔術でも与えてくれたらよかったのに。
「ああ、セリーヌ様、どうしましょう。またうちの嫁が出て行きました」
朝早く、泣きべそをかいた親父が来た。
その親父の昨日の記憶を見ると、嫁と大げんかしてる。親父がだらしなく酒を飲んで、酔っ払って、大事な皿を割ったせいだ。そりゃ出て行くよ。
「おはようございます。お話を聞きましょう。さあ、中へどうぞ」
私はおっさんを教会の長椅子に座らせ、自分はおっさんと離れた場所に座り、ひたすら「そうですか」「そうなんですね」を繰り返しながら、「もうこの村から出たい……」という苛立ちで頬がひきつる。
「ありがとうございます。さすが聖女様だ。お話を聞いてもらえただけで助かる」
おっさんはそう言って帰っていった。
「どういたしまして」
私は教会のドアを閉め、裏庭に出て、粉雪のような花をむしり取り、鍵のついた小部屋に入って、むしゃむしゃ食べる。
ふう、気分が落ち着く。
聖女。そう呼ばれている女に、どれだけ求めてくるんだ、まったく。こんな生活はもう懲り懲りだ。村人はみんな「聖女様がなんとかしてくれる」と思っている。そのうち、とんでもないことをさせられるかもしれない。たとえば龍が出たとか。中央大陸に龍が出て、女王が討伐したらしいが、私はそんなのムリだ。龍に食われて死ぬのは嫌だな。
「聖女様、聖女様。うちの娘が家出しました!」
次はおばさんが来た。娘が町に出たいと言う。それをどうしても阻止したいと、ずっと愚痴ってる。娘の意志を尊重したほうがいいと助言しても、「でも」「だって」を繰り返す、どうしようもない“娘の人権ガン無視おばさん”。
「はぁ、それは大変ですね」
私は笑顔で返す。
「ええ、心配でたまりません」
おばさんは胸に手を当てて言う。でっぷりと太った体を長椅子に座らせて──ああ、くそ、このおばさん、話が長いんだ。娘はもう二十歳を過ぎた大人だ。自分でどうにかするだろうよ。
私は心底、この村を出たい。
なんとかおばさんを帰らせて、私は深いため息をつく。
気分がよくなる白い花は、副作用でちょっとぼーっとしてくる。これ以上の摂取はマズい。でも、私はもう耐えられない。
──あ、そうだ。
村を出よう。
聖女なんか、やってられっか。人の記憶を見る能力があれば、なんだってやっていける。
そう思い立った私は、洗面所に行って、長い長い銀色の髪を切った。床に落ちた三つ編みは、まるでロープみたいだった。そしてズボンを履き、頭を覆い隠すフードを身につける。気分がよくなる白い花をちぎって、麻袋に詰め込んだ。
その日は教会のドアに鍵をかけ、夕方に眠り、真夜中に目を覚まして出て行こうとした。
――――逃げるのか、聖女よ――――
祭壇の十字架が銀色に光り、しゃべった。
こいつ、何年ぶりだ。ずっとだんまりだったくせに。
「ああ、逃げるとも。っていうかおまえ、神のくせに仕事サボって私に任せるな」
私は言い返す。
――――私はあまり長く話せない。人と人との方が、分かち合えて平和だろう――――
「それな。それを信じて、最初は聖女やってたわ。でも、もうやってらんねぇ。私は人間だ。聖なる女じゃない。むしろ、違法薬草も育てる悪い女だ」
私は声を低くして言った。十字架の光が、しゅうっと小さくなる。あ、びびってやがる。
――――おまえ、そんなことを! なんと、おまえなど聖女追放だ!――――
神が怒鳴った。私は、わっはははははは、と笑ってやった。
「あばよ、神様。追放、大歓迎」
そのあと、私は村を出て、違法薬草を売りながら街に生き、刑事になった。犯罪者は、私の「昨晩の記憶を見る能力」であっさり捕まった。
そうして出世して、いい暮らしをした。
そして、あらゆる男をたぶらかして遊ぶビッチになった。
──さて、誰も私が元聖女だなんて思うまい。
たまに夢に「神」が出てきて言う。
――――みんな私にすがってくる! もう愚痴聞きたくない!――――
私は夢の中で言ってやる。
ファック、ざまあ。
終