光への壁
夜 シーク
三人が帰った後、ちょっとの書類に目を通したり、紅研の情報を集めたりした後気づいたら夜になっていた。動かなかったせいか腹は空いていない。こういう日は夕飯はいいやとなる時があるのだが今日はその日のようだ。小神子には怒られるが腹がすいたら夜食を作るとして今は眠ろう。十分ほど風呂に入り、書斎兼寝室に上がりしばらく読んでいなかった本を百頁ほど読んだところで就寝した。
数時間後
違和感。身体が重い。動かない。いや、正確には手足は動く。寝起きのせかい上手く力が入らないだけだ。金縛り?手足の動く金縛り?聞いたことないがあるのだろうか。ぼやけた目を開けると人影が私の身体の上に乗っている。誰だろうか。
「あら、起きてしまったの」
聞き覚えのある声。というか寝ている人の身体の上に乗れば誰だって起きるだろう。という当たり前のツッコミをするより前に声で何者か気づいた。
「何してんだ小神子」
小神子本人。私の知らない間に不法侵入して夜這いを働いている。一体いつの時代の風習なのだろうか。平安貴族並の大胆さである。
「今日一日のあなたを見ていてそろそろ頃合いだと思ったの」
「……なんのだよ」
恍惚に似た表情になり目が少しやばくなる。絶対良からぬことをされそうな。小神子は私の耳元にささやく。
「私があなたを慰めてあげる」
あ、本格的にまずい。抵抗しようとするが何故か力が入らない。脳が危機感を抱いていると反応しているのに身体が言うことを聞いてくれない。
「待て待て待て、話せばわかる」
「じゃあ、身体と身体で話しましょ」
小神子が服のボタンを一つまた一つと外していく。青白いブラから瀬奈ほどではないが決して小さくはない双丘がちらりと見える。
「知ってるだろう。傷だらけだぞ」
脅し半分で小神子に言う。それを承知で来ているのだから実際のところこの脅しは無駄かもしれない。
「知ってるわ。けど、私は好き」
やはり無駄だったようだ。このままでは明日の朝を無事に迎えれるか皆無だ。生きてはいるだろうが多分何かしらのデバフが付与されるだろう。倦怠感とか筋肉痛とか。小神子が私の腕を掴んで動きを止める。
「ふふっ。まるで力がないわね。今ならあなたになんでもできそう」
実際されるがままである。本当に力が入らない。小神子が興奮のあまり息が荒くなりつつある。息が身体まで届くほど強い。割とヤバくなってきたのでせめてもの抵抗としてジタバタしてみる。
「あら、そんなことしてもなんともないわ。むしろ、かわいい」
これも無駄なようだ。おまけに逆効果だったかもしれない。
「意外ね。あなたぐらいの歳の人なら女性にこんなことされたら、ここ、硬くなっても良いのに」
「おいバカやめろ」
私の私を触ってくる。夢なら覚めてほしい。
「じゃあ、まずここから元気にしてあげる。逞しい身体をしてるあなたならきっと大きいのでしょうね」
条件。力が出ない、抵抗できない、馬乗りにされてる。この状態で抜け出す方法があれば救ってください。
「や、やめ……」
シーク 朝
荒い息をしながらベッドから飛び起きた。夏でもないのに大量の汗をかいている。
「saki。昨晩誰か来たか」
【いいえ。どなたもお見えになっていません。マスター、お姉様がマスターの身体から大量の発汗と心拍数を検知しました。どこか異常はございませんか?】
「心配いらない。ちょっと変な夢を見てただけだ」
夢であって良かった。あれが現実で起きようものならしばらく立ち直れそうにない。
ベッドのそばの机を見て昨夜何故あんな夢を見たのか原因がわかった。百頁ほど読んだ本の中に昔の田舎では本来の野生児に還るということで獣の如く混じり合う風習があったそうだ。そうだ、それに違いない。
とりあえず一日の始まりに意識を切り替えた。取り急ぎシャワーで汗を流して、軽く朝食を済ませてオフィスについた。
「おはようございます!」
一番にやって来たのは瀬奈。いつもこれだけ元気がいい。
「おはよう。授業じゃないのか」
「いえ、授業です。その前にいくつかお借りしたい資料がございまして」
「そういうことか」
社員三人は奇しくも同じ大学、同じ学部らしい。授業はそれぞれ違うそうだが。そして、私自身も彼女らの文野に一応精通しているのでこうして私の持つ参考資料の力を借りにやってくることがままある。私としては昔興味本位でひたすら収集していたものなので持ってけ泥棒のような感覚で気軽に提供している。それらの資料は資料室と私の書斎に置いてある。
「そのテーマだとこれとこれ。あ、この作者ならこの本を読んでおいた方が良いな」
そうして書斎から二冊、資料室から二冊と計四冊ほど瀬奈に渡した。
「いつもみたいに小神子やかぐやとシェアしても良いぞ」
「ありがとうございます!行ってきます!」
そう言って瀬奈は出て行った。瀬奈が朝早くからということは場合によっては小神子とかぐやがやってきてもおかしくないな。確かそんな時間割だったと思う。
「おはようございます」
この声は小神子。一方的ではあるが少々気まずくなりそうな予感。
「おはよう小神子」
「天道。私も資料借りて良いかしら」
「あぁ、良いぞ。あ、でももしかしたらほしいものが瀬奈に持ってかれてるかもしれないからその時はシェアで良いぞ」
小神子は資料を一冊借りるとそのままオフィスでタブレットを取り出して作業し始めた。ノートpcじゃないのは本人曰く「気分」とのこと。そういえばこの前も徹夜で作業をしていたな。キッチンに向かい小神子にコーヒー、私はよく練ったボーパンノインのココアを作ってオフィスに持って行った。
「ありがとう」
椅子に腰かけ今後を考える。紅研、改造人間、紛争、先日脅した議員の今後の動向。一番最後の問題は私が議員の特ダネと、百も承知だったにもかかわらずこの国が海外の紛争に介入、及び幇助を行っていることがバレれば現政権は即解散、下手をすれば各国から孤立すること、国際法に問われるだろうと脅した。完璧な布陣でバレないとでも思っていたのだろう、せめて苦し紛れの言い訳を用意してほしかったものだった。
「そういえば天道。瀬奈のことについて何かわかったの」
「あぁあれか。彼女が提出した履歴書を照合したんだが、彼女はシロだ」
瀬奈がやってきた少し後、彼女に履歴書を提出させた。仮にも会社であるため履歴に不備がないかの確認と彼女が一連の騒動に関わったのが今回で初めてなのかの調査も兼ねていた。後者は別の理由で普通の会社も行っているだろう。調査の結果委細問題なかった。
「大学での彼女はどうなんだ?」
「授業が被っている時と昼食の時にしか見れないけど、いたって普通よ。日常生活に支障をきたしてる様子はないわね」
初めて会った時彼女の身体能力には驚かされた。恐らく改造の影響なのだろう。だが、日常生活でそれが弊害にならないのなら安心だ。
「そうか。なら彼女を監視対象から外そう。これからは普通に接してくれ」
「わかったわ。……忙しかったから仕方がなかったけど、気になるなら自分の目で見てみたらどう?」
それもそうだ。今昔私が痛感しているのは現場や人は自分自身の目で見ろ。ということだ。小神子が言ったように忙しかったからそれはできなかったが今なら多少手隙だ。文句はないだろう。
「そうだな。じゃあ早速行こう」
「私も行くわ」
残りのコーヒーを飲み干し、コップを返却台に置く。いくつかの層からなる返却台は飲食店でよく見るもので大体の場合店員が回収して、食器が洗われる。シークの場合返却台は昇降機のようになっており、キッチンの洗面台に繋がりサキが自動的に洗浄してくれる。三人の大学の学食にあるシステムからヒントを得たものだ。私も飲み干したコップを返却台に置いてシークを後にした。
大学
授業が終わったのだろうか生徒の入れ替えが激しい。私は大体授業中の静かな時間にやってくるのでこういった騒々しい時間は新鮮だ。
「必須科目でもあったのか」
「そうよ。今日は第二、第三言語の授業ね。私も入学した時受けさせられたわ」
日本人の第二言語は大体英語だ。第三言語からは聞く話ではだいたいは中国、韓国。ヨーロッパの言語に比べればアジア諸国の割合が高い。
「小神子は何を受けたんだ?」
「中国語よ。たまに話しているところみるでしょ?」
そういえばそうだ。オフィスでオンライン授業をしている時日常会話を話していたのを覚えている。
「あなたから見ればほんのお遊び程度でしょうね」
「俺はこういった囲んで授業をできる環境じゃなかったからな」
「あなたが話せるのは確か……英、中、韓、ベトナム、フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、ロシアだったかしら」
一つ忘れている。
「アオス」
「そうだったわ。ごめんなさい」
「もう使うことは無いけどな」
アオス語。旧アオス国が使用していた言語だ。だがその言葉も現在では死語と化した。三度政権が変わった後クーデターが勃発。その隙を突いたかつての敵対国が介入し言語が敵国の言葉に変わった。現在では国連が働きかけて独立したがアオス語が戻ることは無く敵国の言葉を使い続けている。
そしてアオスという国は肉体的にも精神的にも消すことが困難なほどに私に深い傷をつけた。
「天道。何かあればまたあそこに行くことはある?」
「そうだなぁ。墓参りなら行ってもいいな。もう昔の面影は無いかもしれないが」
だが、当分行くことはあるまい。
食堂
「なぁ、小神子。一ついいか」
「何?」
「視線を感じる。全方位から」
瀬奈が授業から帰ってくるまで食堂で待つことになった。小神子は再びタブレットで作業を、私は携帯をいじりたまに来る小神子の質疑に応答していた。そうして過ごしている内にかれこれ十分ほどだろうか視線を感じるようになった。
「あなたみたいな生徒が珍しいのだと思うわ」
「そうか?集まっているのは男ばかりに見えるが。お前目的ではないのか?」
実際視線の元は七割が男性で残りは女性。私目的ならそうだな……ソッチの気があるとか?
「なんにせよ気にしないほうが良いわ。いつものことよ」
これがいつも?ストレスで十円禿が出来そうだ。
「お!珍しいな天道。お前がうちに来るなんて」
この元気のいい声と男口調は十中八九そう。かぐやだ。
「もしかしてうちに入学する気になったか?」
「今のところ予定はないな。まぁ大学はいつでも行けるから気が変わったら相談でもしようかね」
「それよりかぐや。レポートの提出は明後日よ」
何の授業かわからないがおそらく二人で共通の授業の話をしているのだろう。かぐやの性格からしてこまめにやるタイプではないのでこのやりとりもほぼ日常である。だがかぐやは自信満々に言った。
「ふふん。聞いて驚くな小神子。私は!すでに!提出済みだ!」
「う、嘘……!?」
雷でも落ちたかのように小神子がいつになく動揺している。なんか面白いので写真に撮ろ。そんなことに構うことなく会話が進む。
「ど、どうして、あなたが私より先に提出できてるの……!?」
「この前瀬奈が一通り見てくれておまけに添削もしてくれてな。いやぁー助かったー」
小神子が悔しそうな顔をしている。これも写真に撮ろ。
「何かしら……この敗北感みたいなもの……」
「まぁお前は教えるのが下手だからなぁ」
かぐやがまるで煽るように言う。小神子にクリティカルヒット。以前小神子にガムで風船の膨らまし方を聞いた時は
「それは……その……あれよ……えーっと……なんて言えば良いの?」
こんな具合だった。かぐやの話を聞く限り瀬奈は面倒見の良い性格と見える。
「そうだかぐや。お前にならわかるだろう。この視線の正体」
「あぁ。これか。これは小神子目的の視線だ」
やっぱりそうだったか。心の中で納得した。
「何だ。小神子って全員に恨みでも買ってるのか?」
「違う違う。単純に小神子に気がある連中だ。合コンに誘いたかったり、デートを申し込みたかったり、食事に行きたかったりetcそんな手合いの連中さ」
「じゃあ何故声をかけないんだ」
「半分は奥手だな。もう半分は機を見計ってる。だが、小神子はフリ方が容赦無いからフラれた時の恐怖味わいたくなさもあるだろうな」
いわゆる学園のマドンナ的存在なのだろう。高嶺の花という言葉も合うかもしれない。少しずつ落ち着いて静かに聞いていた小神子がため息混じりで口を開いた。
「私は興味無いって言ってるのにこぞって声をかけてくるのだから理解に苦しむわ」
「いつもなんて断ってるんだ?」
「決まった人がいるから。それだけよ」
ほう。と少々興味を惹かれる話題になったが人の惚れた腫れたの話題に突っ込めるほど立派な性格をしていないので静観する。
数分後
小神子は課題を提出して、かぐやはスマホをいじり、私はいい加減視線にイライラしてきたところ瀬奈がやってきた。
「皆さんお疲れ様です。って、天道さん!?」
籠った部屋に新しい空気が入ってきたような気分だ。瀬奈が入ってきた瞬間先ほどのイライラは少しずつ減っていった。
「やぁ、さっきぶり」
「どうしてここに……というか……色々混乱してきました……」
「俺は私用があったから来ただけだ」
「そうだったのですね。学校でこのメンバーが揃うのは何だか新鮮な感じでしたので」
私一人入っただけでそこまで変わるものなのか。そこからは彼女らの談笑に入った。たまに私が入ったが基本静観。しばらくして小神子が話しかけてきた。
「これでもまだ大学に行こうとは思わないの?」
近しい年齢の人が時間を忘れて楽しく談笑をする。この時間があれば他に有意義なことに使えるはずだがそんなことは関係なくただひたすら楽しく話す。今の時期にしか経験できない一つの青春。私にもあったであろう青春の一頁。
「確かに愉快になるな。心地よい愉快さが。そうだなぁ、悪くないかもしれないな。いつか考えてみよう」
「あなたに気持ちの変化があったなら、私はうれしいわ。あ、もうそろそろ行くわ。ほら、かぐや授業よ」
小神子はかぐやを引っ張って授業に向かった。結局瀬奈と二人になった。
「静かになりましたね」
「あぁ。俺としてはあぁいう騒がしさも良いんだけどな」
一人でいればしょっちゅう悲観的な考えになる。私の友人はそれも考慮して咲シリーズを作ったのだが今はその二倍の人数に増えて前より賑やかになった。
「少し歩こう」
「はい」
席を立って食堂を後にした。校内を歩き回った。教室、グラウンド、食堂以外にも生徒が談笑できる建物、最後に大きな木がある芝生の下に腰かけた。瀬奈にはもう話しても良いだろう、と確信した私はある話題を投げた。
「瀬奈。昨日君は俺が何故こうなのかと聞いたな」
「はい、途中で小神子さんに声をかけられましたが」
「小神子もかぐやも何故というのを知っている。かぐやは何とも思っていないが、小神子は俺を気遣って話題を出させないようにしてるんだ」
「でしたら、申し訳ありません。何かデリケートな話でしたら無理に聞きません」
「いや、ぼちぼち話さなきゃいけないと思っていたんだ。だから話す。だが、これだけは言っておく。恐らく君が思っているよりひどい話だからな」




