一抹のいざこざ
数週間後
あれから私はシークには戻らず、日夜ゴミ処理大隊と戦闘する日々を送っていた。小さな支部から少しずつ本部にかけて。流石に最後の本部は骨が折れたが。襲撃して脅しながら聞いた施設の場所にチェックをしていく。本部を堕とした時保管してあった全施設のデータと照らし合わせて、全て施設を堕としたことを証明出来た。ようやく家に帰れる。が、その前にやらなければならないことがあった。
某社
今の私は某社の会社員。に、変装している。もし私が大学生なら今頃スーツを着て様々な企業のインターンに赴いていると思うとやっと年相応のことをしているなと感じる。受付や警備員のチェックを通り抜け向かったのは社長室。五階の右奥へ行った突き当たり。バレてはいけないという思考を捨て去り、堂々と歩いた。ちなみに社員証は事前に会社のデータベースをハッキングして作ったものだ。セキュリティチェックにIDを使用することになっても問題なく入れる。ましてや正面から堂々と入って何も言われない辺りガワとしても社会人に見えるのだろう。
無事社長室に着いた。三回ノックして中から返事があったのを確認してドアを開ける。中には社長一人だけだった。都合が良い。
「何かようかね」
ほうこいつが。と思った。六十代ほどの恰幅のある男性。
「お忙しい中すみません。どうしても社長にお聞きしたいことがあって参りました」
「君は直属の上司を通さずに直接私に会いに来るなんて。非常識にも程があるとは思わないかね」
大企業の社長ともなるとそういうものか。仮にも私も同じ立場だが組織構造としては大したことないためだろう。逆に複雑、大規模にすればそれだけ負担が増す。事業が増えることは会社の利益も増すのでそれを行い会社を大きくするのが常設だが私の立場上そういったことはしたくない。目立ちたく無いからだ。
「手間はおかけしません。一つだけお聞きしたいのです。秘書の沖田の命を狙っていたのはお前だな」
丁寧な口調から相手を脅す時に使う低い声に切り替えた。社長の表情が曇り、冷や汗のようなものが見える。
「な、なんのことかわからないな。悪いが知らない」
とぼけるにしてももっとマシなのがあるだろう。自分で白状しているようなものである。
「知らないなんてことはないだろう。じゃあついでにこれなーんだ」
私は私が出したのはこの社長が厳つい顔にごつい装備をした兵士と密会している写真、倉庫街で被害者と共に写ってる社長の写真etc
ちなみにこの写真を入手したのは山南。いつぞやの棚から牡丹餅だ。
「まさかお前、白獅か!?」
白獅。今の私はそう呼ばれているみたいだ。オフィサーのように昔の私を知る者であればMRCと呼ぶ。私はオールバックにしていた髪を戻して正体を明かした。
「じゃーん。初めまして社長」
恐らく私は笑っているだろう。だが、奥から込み上げるのは怒りただ一つ。だが自然と口がにやけて仕方がないのだ。社長が引き出しから受話器を取ろうとした。赤い受話器。私が襲撃したどの支部にも置いてあった。恐らく兵士を呼ぶためのものだったのだろう。
「無駄だ。ここに来る道中お前の兵隊はみーんな海の藻屑か魚の餌か土に帰ってるだろうさ」
「む、無駄だ。私の背後にはお前の想像もつかない奴が着いてる。奴にかかればお前のようなクズすぐに消せてしまうぞ!」
「ふむなるほど。あの議員のことなら心配ない。メールを見てなかったのか?」
社長の頭にハテナが浮かび上がりノートpcを開きメールを確認した。ついでに私も覗いてみた。
ーーすまないがこれまでだ。
「政治家っていうのは卑怯だよなぁ。保身のためにあっさり切り捨てるんだもんなぁ」
「な、何をしたんだ!?」
「俺は政治家のお友達が多くてな。愉快になるような話を二、三ちらつかせたらあっさり手のひら返したよ」
電話越しであるがこの社長と繋がりのある議員に脅しネタを吹っ掛けたところあっさり要求を飲んだ。これ以上は辞めておけと。
「お、お前の望みはなんだ?か、金か?それとも」
本当にこんなセリフを吐く奴がいるのが驚いた。かぐやと見た映画でしょっちゅう聴いていたが実際聴くと映画の通り危機を逃れられそうもない薄いセリフだった。
「要求は二つ、一つ目は社長を退任して俺がこれから指定する場所に向かうこと。二つ目は二度と出しゃばらないこと」
簡単な要求だ。要するにこれ以上大人しくしていろということである。何も難しくない。
「わ、わかった……」
「結構。じゃあ場所については後でメールで送ろう」
私は振り返って帰ろうとした。しかし、事前に決めておいたことを遂行しても怒りは収まらない。立ち止まって色々考えた末スッキリするにはこれしか思いつかなかった。
「ごめん、やっぱ死んでくれ」
また振り返って社長の頭に消音器付きコルトガバメントの九ミリの弾丸を頭に一発撃ち込んだ。社長は白目を剥いて頭から血を流して机に倒れた。いずれにせよ社長の態度によっては無傷で済ませるつもりは無かった。私は裏のルートで呼び寄せた工作員に報酬金を払い、後始末等は彼らに任せるとして会社を後にした。
そして現在 シーク
「これからどうするのですか。会社、辞めたのでしょう?」
事件に一区切りがつき、安全と判断した私は沖田を見送っていた。この間沖田の身辺には特に何も起きず、せいぜい家がガス爆発したと聞いた同僚が連絡をしに来ているくらいだった。その時沖田は外出していたから無事だったということになっている。
「独立して起業しようかと思っています。今のところふわふわしたものですけど」
「そうですか」
小神子が親身になってくれていたのだろう。沖田の顔色は一度別れた時より良くなっていた。
「では、そろそろ失礼します。今までありがとうございました。……また会えますか?」
「平穏に生きるならもう会わないことをお勧めします」
だが、正直なところ彼女に困ったことが起きれば助けに行きたいというのが本音だった。彼女も私より大人なので無闇に私に会いに来るなんていう野暮なことはしないだろう。
「そうですか……では、最後のお願いです。その違和感のある話し方をやめて、普段のあなたで送り出してください」
私のこの話し方に違和感があるらしい。これは仕事というのもあるが、相手が年上だということもあってそうしなければならないという使命感で話しているのだから私としてはこれが普通なのである。要は体育会系のノリである。だが、求められているのならば仕方ない。私は一度咳払いして小神子やかぐやに話すときのテンションを思い出した。
「では。沖田君、身体に気を付けろよ」
「さよなら」だと少し寂しいように感じたので代替を考えたが特に思いつかなかった。結局こんな言葉になってしまったので沖田は笑った。
「はい。さようなら」
ほんの短い付き合いだが私の中では今のは沖田らしい挨拶だった。しかし、その言葉には寂しさも哀しさもなくむしろ喜びや楽しさのようなものが含まれているように感じた。沖田が見えなくなるまで見送った後シークの中に戻った。
一区切りついたとはいえ問題は山積みだ。紅研のこともある。沖田の会社の数あるうちの傘下であったみたいだがあの会社だけはまるで独立されているかのように実態を掴めなかった。おまけに他の傘下の会社は上の悪行とは無関係なのだから情報収集が思うようにいかない。またどん詰まりである。
今日のシークは賑やかだ。昼間だというのに鍋パーティーを開いていた。普通鍋というのは夜にやるものではないか?一体どこから昼にやろうなんて話になったのか全くもってわからない。普通なら事前に相談するべきではないかと思うがある意味で仕事に一区切りついたと言えるので私はただ鍋を出したり、出汁を作ったりした。材料は彼女らが用意してくれるそうだ。
「お、天道。お前も早く来い。肉がなくなるぞ」
来客用の机や椅子をどかし、わざわざ別の机や椅子を出している。別に片さずとも汚れれば掃除するのだが。かぐやが楽しそうに鍋をつついてる。実際楽しいのだろう。
「小神子。ほらたまねぎ」
「ありがとう」
「にんじん」
「ありがとう」
「白菜」
「……ありがとう」
「しいたけ」
「……あなた、野菜は食べてるの?」
先ほどからかぐやが小神子の小皿に具を寄せている。しかし、その中に肉は入っておらず野菜やいかにも子供が苦手そうな具ばかり。それを指摘されたかぐやの動きが一瞬止まったが何か振り切ったのかヤケクソになったのか結局放り込んだ。かぐやの小皿を見ると肉以外を食べた痕跡は少ない。少なくとも白滝やえのきがわずかに浮いている。そんな光景を見ていた香鴬君が笑っている。
四角い机の社長席側に私、その右に小神子、左にかぐや、私の正面に香鴬君という配置になった。鍋の具材はちょっと残っているという具合だ。肉が極端に減っているのはかぐやが原因だろう。
「天道さん。先日はありがとうございました」
鍋を跨いで香鴬君がお礼を言う。先日から私は裏で動いていたゴミ処理部隊の排除を行なっていた。それは少なからず香鴬君の件にも関わりがあったようである程度脅威が去ったことを伝えると今のように笑うことが増えた。
「礼はいい。とりあえず一段落してよかった。おいかぐや、隙あらば俺の皿から肉を奪うな。ネギとかにんじんとか食え」
「うるさいなぁ。私は大人なんだから良いんだよ。お前はもっと肉食って成長したらどうだ」
なら肉を食わせろとかぐやの大人気ない矛盾に満ちた行動にツッコミたくなった。ちなみに身長等のスペックはかぐやより上である。そのため成長云々に関してはかぐやに言われる筋合いはない。なんか腹が立ってきた。
「お気遣いどうも。まぁお前はもう成長しないだろうがな」
と嘲笑すると。
「おい、どこ見て言ってるんだ、事によってはそれは言ってはいけないだろう!」
何がとは言わないが彼女は平面である。丘も見当たらなければ谷も皆無。
「小神子!お前もなんか言ってやれ!男に言われっぱなしで良いのか!?」
「別に」
「くっ、足が太いくせに」
小言を言ったつもりだろうが多分全員が聞こえていた。小神子は澄ました顔をしていたがおたまを手に豆腐を掬おうとすると器用に汁だけかぐやに飛ばした。
「熱っ!?今のワザとだろ!」
自業自得だ。今にも一触即発。まぁかぐやと小神子がいたらだいたいはこうなるのだが。
「おいおい頼むから暴れるなよ。後片付けが面倒なんだから」
「うるさい!女同士の間に入るな!」
理不尽というものだ。この場で男は私しかいない。一応喧嘩の仲裁をしたいのにそう言われたら手の施しようがない。
「ま、まぁまぁ二人とも落ち着いてください!」
香鴬君が身を乗り出して場を収めようとする。その時、香鴬君の暴力的なまでの双丘が揺れる。二人、ついでに私もそれを目の当たりにして言葉が止まった。恐らくこの時の三人の共通認識は
ーーめっちゃ揺れるやん
だろう。二人は落ち着きを取り戻してちゃくせきして私も気を取り直して皿の肉を食べる。
「天道」
小神子が私を呼ぶ。
「今の見てたら、覚悟しておいて」
隣でかぐやがぷっと吹いた。他人事だと思っていれば。
「かぐやさん、あまり太いとか言ってはいけませんよ。私にも刺さるのですから」
「なんでだ?瀬奈はスタイル良い方だろ」
「良くないですよ。だって……太ってますし」
私と小神子はかぐやと香鴬君の会話を聞いていないフリをした。香鴬君の声は小さくなっていったがはっきり聞こえていた。他人によく言われるのは私と小神子は地獄耳。
実際香鴬君は太ってなどいない。というか小神子やかぐやが羨むほどのスタイルを持っていながら本人にはその自覚がない。なるほど、香鴬君はアレだ。
自分が巨乳であることを太ってると思ってるタイプの人間だ。
「あまり気を落とさない方が良いわ。むしろ誇りを持つべきよ」
「持つものは持たざるものに」とノブレス・オブリージュにあるがこればかりはどうしようもないのか小神子は励ます側に回ってる。本音では多分「分けてくれないかな」とか思ってそうだが。
「天道さんはどう思いますか?」
何故私に話が降りかかるのだろうか。どう答えれば正解なのだ。誰か模範解答を教えてほしい。かぐやは当てにならない。小神子……は我関せずの顔をして豆腐を食べている。そうだな……
「香鴬君。こんな言葉知ってるか。デカいは正義」
次の瞬間かぐやと小神子に踏みつけられたり締められたりで半殺しにされかけた。香鴬君が仲裁に入らなければ骨の一本や二本や意識が昇天したかもしれない。
「お、落ち着いてください!踏んだり蹴ったりはやりすぎですよ!」
確かにそのまんまの状況であるがわざわざ口に出して仲裁しようとしている人間も珍しい。
「止めるな瀬奈!せめてあと五、六発は踏ませろ!」
かぐやは私の背中を踏み、小神子は私の横腹を蹴り続ける。割と痛い。本当に五、六発蹴った後かぐやも小神子も一旦は落ち着いた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「痛てて、あぁ大丈夫だ」
「心配するだけ無駄よ瀬奈。この人割と頑丈だから」
小神子は身をもって知ってる。たとえ私がロケットランチャーで直撃でないにしろ生身で吹き飛ばされても無傷で少し脳震盪を起こしただけでケロッとできることも、いつか彼女を助け出した時腹と脚を撃たれたが今こうして生きていることも。
気を取り直して鍋パ再開。野菜と肉を補充して結局第二次かぐやと小神子の肉争奪戦勃発、その後は鍋の締めを争いまたもや内乱が勃発。うどん派、ラーメン派、卵雑炊派、静観派に分かれた。ちなみに順に小神子、かぐや、香鴬君、私だ。鍋の締めにラーメンってちゃんこ鍋ならまだ理解できるが、普通の鍋で合うのかと疑問に思った。結局、卵雑炊となった。理由としてはうどんを啜る時はねた汁を掃除するのが面倒だから。
食後。キッチンで鍋や使用した食器を洗っていると香鴬君が顔を覗かせてきた。
「天道さん。さっきの大丈夫でしたか?」
「うん?あぁあれか。心配するな、あいつらの言った通り俺は頑丈なんでな。あれくらいなら大したことない」
「なら……よかったです。あ、お手伝いします」
香鴬君は袖をめくって入場した。もう大した量は無いので手伝う必要はないがすでに隣に立っていた香鴬君に言うタイミングが見つからなかった。
「天道さん、一つお願いがあるのですが」
私が洗い、香鴬君が水切りラックに置いていきながら聞いてきた。
「なんだ?」
「私のことを名前で呼んでほしいのです」
「名前?瀬奈と?」
「私の友人は皆さん瀬奈、瀬奈と呼んでいますし、香鴬君も悪くはないのですがあまりそう呼ばれたことがないので。瀬奈の方が私も馴染みがあって助かります。ダメ……ですか?」
ダメというわけではない。ただ、私が下の名前を呼ぶのは相当親しい人間と認めた時なのだ。会ってまだ二ヶ月と経っていない人を下の名前で呼んだ前例は一度もない。しかし、断る理由もないのでここは潔く受け入れよう。
「わかったよ。瀬奈」
少々こそばゆい。小神子やかぐやを呼ぶのとはわけが違うのだから。
「あ、ちょっと照れてます?ふふっ、天道さんも可愛いところがあるんですね」
からかわれているのだろう。だが、嫌な気分はしない。
「最初はこんな感じだから。徐々に慣らすつもりだ」
「はい。わかりました」
香鴬君……瀬奈は満足そうに言った。その様は楽しそうである。
「聞いてもいいですか?天道さんはいつからそんな感じなのですか?」
「そんな感じ?」
「まるで軍人みたいに強いことです。元々自衛隊だったとか?」
軍人。恐らく国内でアスリートを抜いてタイマンを張るなら一番強い部類の人たちだ。瀬奈が言いたいのは私が何故強いのかだろう。それも聞き方を察するに好奇心。さて、どう答えたものか。考え込んでいると小神子が現れた。
「瀬奈。かぐやが机を直すの手伝ってって」
「はい。今行きます」
瀬奈はそそくさキッチンを後にしてかぐやの方へ向かった。小神子はその場に残ってる。
「もし、辛かったなら……」
小神子は私のその辺りの事情を知っている。気軽に聞ける話題でないということも。だから私の身を案じて瀬奈に声をかけた。
「良いんだ。それにいつか向き合っていかなきゃいけないからなぁ」
小神子は黙っていた。その顔には不安のようなものが見られた。口では言ったが本当に自分にできるのだろうかといったところだろうか。自分より年下の人間が、非日常的な人生を送ってきた人間に言えることはあるか。少なくとも私が同じ立場なら無い。自信もない。
「それに、もしものことがあれば、俺はお前を信用してるんだぞ」
信用しているうえで小神子には私の昔話を聞かせたことがある。私の身体に無数の生傷があることも知っている。かぐやは予期せぬ形で知ってしまったが。それでも気を遣わず接してほしいという私の気持ちで先ほどのような踏んだり蹴ったりもできてしまう。まぁあれは本当に怒っていたからかもしれないが。この信用は付き合いが長いからというのも理由としてはある。その上もう一つあるのが
全て洗い終えて、水を拭き取った私は励ます意味を込めて小神子の頭を撫でた。冷静に考えれば女性の髪を気軽に触るのは如何なものかと思ったが身体が自然と動いていた。そういったことに関係なくそうしろということなのだろうか。
「だから今は大丈夫だ」
小神子の上目遣い。小神子でもこんな表情もするのかと感じた。以前まで泣かないと思っていた小神子にも涙があると思ったのだ。彼女には私のことを話しているが、私は彼女の知らないことがたくさんある。いや、それは小神子に限った話ではない。かぐや、瀬奈、私は他人をよく知らない。知っているようで知らない。どこまでいけば知った気になれるのだろうか。逆に言うとみんなは私という人間を知っていると思っている。何故なら、私というものが少ないから。それは彼女らが私にないものを持っていると実感した時に感じる。小中高校の思い出、学校行事、家庭の日常、見たことない表情、友人とどこに遊びに行ったか、友人とどんな喧嘩をしたか、友人ではないが一応最後のは私も少なからず経験がある。翌日にそいつは死んだが。特別それを今から作ろうと思わないがつくづく自分が虚しく、惨めな人間であると実感する。素朴な疑問だが、自分という人間が多すぎて、付き合いの長い相手でも(こいつ俺のこと何もわかってないな)と思うことはあるのだろうか。




