光の序曲
翌日
飲料ゼリーで朝食を済ませた後沖田宅を訪れた。朝に来てほしいとのことだった。一階で沖田の部屋番を押してインターホンに繋ぐとすぐにマンションの扉が開いた。
沖田宅
中に入り「おはようございます」と挨拶した後まず良い匂いがした。パンでも焼いているのだろうか、良いにおいがした。次にベランダが開けっ放しでカーテンの向こうで人影が一つ。何やら作業をしていた。ベランダから現れたのは沖田だった。
「おはようございます。トマトが良い赤色に成っていましたので朝食にどうかと思いまして」
エプロンの上に白のタートルネックセーターに黒のスラックスという如何にも外行の服装でベランダから沖田がキッチンに向かった。そういえばキッチンには皿が二つある。メインとあと何かあるのだろうか。
「どうぞ座っててください。もうちょっとでできますので。お腹、空いてますよね?」
沖田が聴いてきた。どうやら私に朝食を振舞いたいらしい。昨日の昼食の時の私の言葉は響かなかったのだろうか。何か言っても反論されそうなので私は渋々昨日と同じ席に座った。
朝食はシンプル。トースター一枚、スクランブルエッグ、ベーコン二枚、先ほどのトマトが二個とキャベツ。なおキャベツは千切りではなく一枚を何等分かしたものをそのまま置いている。
「いただきます」
沖田が先に食べ始めた。私は手を付けることができない。腹が満たされているというわけではない。やはり彼女の行動が理解できずにいたからだ。
「沖田さん、私は昨日裏社会の人間を信用しないほうが良いと言いました。覚えていますか?」
トーストを一口食べていた沖田が答えた。
「えぇ。覚えています」
「で、あればこれはどういうことでしょう」
沖田はトーストを置いた。
「あなたは裏社会の人間を信用しないほうが良いと言われた後一晩考えました。確かにあなたは裏社会の人間ですが、信用できる人間です。同時に気を許せる。私にはそう思います。家に一人で食事をしている時より、誰かと食事をしている方が楽しく思えてきたのです。それがたとえあなたでも。だからこうしているのです」
昨晩私はあの家族について考えていた一方で彼女は非道を行う人間でも私となら一緒に食事をして楽しいと考えていた。私は自分がつくづく惨めに思えてきた。いや、実際惨めな性分なのだろう。彼女の本意が分かったところで冷めてしまっては失礼と思い食事に手を付けた。
他人の朝食を頂き、私は仕事の話に入った。
「本日の予定は」
「今日はどこにも行きません。実は昨日私が転職を思案していると偽っていくつかの競合他社に連絡したところ弊社の黒い噂が自然と流れてきました。できれば証拠をそろえたいので明日本社に戻ろうかと思うのですが、その中にいくつか天道さんに見てもらいたいものがありましたので、おすそ分けします」
なかなかしたたかなことをしてくれると思った。
「恩に着ます」
私が一礼すると沖田は一室に入っていった。自室だろうか、扉の間からPCのブルーライトが見えた。しばらくすると少々分厚いA4の封筒を渡された。私は胸ポケットから眼鏡とお気に入りのボールペンを取り出して封筒を開けた。
「眼鏡をかけるのですね」
「書類やPCと長時間にらめっこする際は必ず」
書類の中身は様々なものだった。どこかの会社ないしはそこに所属する幹部の写真及びプロフィール情報と流れている黒い噂、人物相関図、地図にマルやバツが付けられた書類etcそれが二十枚ほど。気が付けばボールペンを片手にこめかみや肩をノックボタンで叩いたり軽く押し込んだりしていた。ボールペンを持っているとこれが長考の癖となる。
収穫はあった。沖田の会社の傘下の製薬企業が違法な人体実験を行い、海外の紛争地域に流出させている。紛争が終われば改造された被害者は処分される。途中で逃げても処分、もちろん戦場で死ねば新しい被害者が増える。香鴬君もそうなる一人だったのだろう。で、この情報が表に出ない主な要因は巧妙なカバーストーリーと会社お抱えのおよそ大隊規模の実行部隊がいるからだという。問題はこれに関わっている製薬企業が多すぎることと沖田の会社は政治家の息が絡んでいる。つまり、一連の事件は下手すれば政治がらみの問題になる。是非とも私の政府の弱みコレクションに加えたいところだが先述の実行部隊をずっと相手にするのは骨が折れる。武装勢力が出番となるとやはり私の出番か。
「沖田さん。シークの裏担当兼社長として進言します。ここからは私に任せていただきたい」
「何かありましたか」
「まず第一に、このまま行動すればあなたは確実に殺されます。昨日スーパーにいた奴らとは比較にならない、話の通じない人間によって。第二に、あなたの身柄が危険である以上護衛から一時的な保護に移行させていただきます。その間私があなたのやろうとしたことを裏なりのやり方で解決します」
「裏なりのやり方とは?」
「人を大勢殺します」
もうすでに無関係な人々が海外で死と隣り合わせ、ないしは必ず死ぬことを強いられたことをしている。そしてこの街でも真相に近づこうとした人間が不特定多数死んでいる。沖田のようにタブレットと法律を持って正面から堂々と立ち向かってもその日のうちに死は確定する。
「ま、待ってください!」
この期に及んで他の解決策を模索しようとする沖田。私からすれば毒を以て毒を制す以外最初から解決策なんてものはない。
「沖田さん。例え法律で彼らを裁けても、必ずカウンターがやってきます。一個人ならともかく巨大なグループが相手なのです。ましてや表のルールが通用しない。もしこのままあなたが動けば良くても楽に死ねる。最悪あなたも改造された被害者と共に紛争地域に流されます。それに今の私の最優先事項はあなたを危険から守ることです。この意味が分からないほどあなたはバカではないはずです」
「でも……人を殺すなんて」
「もうすでに何百の関係ない人が命を落としています。もう遅いのです」
そう。彼らがこのような行為に手を染めてしまっている時点で結末は一つ。どちらかが死に、どちらかが生きる。
「でもそれじゃあ、あなたが危険な目に」
「私は慣れっこです。十五年前から。もうここは……」
瞬間、遠くで大きな破裂音がした。今の破裂音は銃声だろうか。次に胃が握りしめられるような緊張感。直感で並々ならぬ気配を感じ取り窓を見ると後方に炎を吹いてこちらに向かってくる濃い緑色の物体。間違いない。ロケットランチャー。それもRPG-7だ。自然と私は机と直角になるように蹴り上げ、同時に沖田に覆い被せるようにもう一度蹴った。RPG-7は私の真横を通りリビングからキッチンに向かって一直線に通り、私から五メートルくらいのところで爆発した。沖田の身を守るので精一杯だったため私はされるがまま爆風に吹き飛ばされた。というかこんな十階以上の部屋に誘導性能を持たないRPG-7を撃ち込むなんて普通の人間のやることじゃない。まるでスローモーションのように吹き飛ばされながらそんなことを考えていると後頭部に鈍い痛みが走り目の前が真っ暗になった。
どこかで頭を打ったのか目の前と意識が朦朧とする。耳鳴りもひどい。何も聞こえない。微かに見える目の前で何者かが数人やってきた。茶色い物体、机だろうか。そこから白い何かを連れ出した。沖田?そうだ。先ほど私は机を蹴って沖田の盾にしたのだった。連れ出したということは沖田はまだ生きているのだろう。だが、この者たちは普通の人間ではない。沖田を用済みと見れば何をするかわからない。動け俺の身体。ダメだった。
数十分後
声が聞こえる。私を呼ぶ声だ。聞き馴染みのある声。
「……道!天道!」
小神子か?あぁ、小神子だ。私は小神子に支えられながらゆっくり身体を起こした。
「小神子……どうしてここに……?」
「咲があなたの身体情報に異常を検知して私に連絡してきたのよ。携帯が壊れてなかったおかげでGPSですぐに見つけれて良かった」
優秀な部下を持ったものだ。と我ながら采配に感心した。
「沖田……俺の仕事の護衛対象は?」
「わからない。sakiが周辺の監視カメラで特定に急いでるわ。ちょっと!まだ立ったらダメよ!」
行かないわけにはいかない。俺が何手か遅れたせいで沖田を危険に晒してしまった。護衛前提で言えば任務は失敗した。しかし、早急に次のステップを踏まなければならない。沖田に何かが起きる前に彼女を救出しなければ。
「そうはいかないんだ小神子。彼女を早く救出しなければ、俺は一生自分を許せなくなる。もう二度と生きたくないと思ってしまう。まだ救える希望が一筋でもあるなら手が千切れようと、足を引きずってでも俺は行く。行かなければならない」
いつのまにかそんな台詞を吐いている。感じたことのない使命感のようなものが沸々と湧いてきた。仕事だから、というのもあるだろうがそれならここまで感情的にはならない。つまり答えは一つ。私という人間としての本能がそうさせているのだ。
まっすぐ小神子の目を見る。少し彼女の目に涙のようなものが浮かんでいる。いつもドライなくらい冷静な彼女の初めてみたかもしれない涙。気絶する前に襲われた時と同じ胃が握りしめられるような感覚。急にではなく少しずつぐぐぐっとくる感覚。親しい人間が泣いているのは良い気分ではない。私は小神子の顔に手を伸ばして指で涙を拭いた。
「心配するな。と言っても難しいだろうが」
まだまだここまで言えるぞ。という余裕を見せつけると小神子が私の首の後ろに両手を回し、身体をゼロ距離に寄せてきた。人肌の温もり。初めて感じたかもしれない。心地が良い。
「絶対に帰ってきて」
ほぼ耳元でそう囁かれたあと私は小神子の背中を優しく二回さすった。
三十分後 倉庫街
シークに小神子の車で帰った後、サキシリーズを総動員して沖田から渡された資料の中にあった地図を思い出して分析させた。いずれもこの街の倉庫街のところに印が付いてあった。直感ではバツが付いていた場所は素性がバレている場所、マルは未だ手付かずの場所。そう考えた私は対人質救出用の装備を整えて愛車のNM4を走らせた。目的地から離れた場所に停めて中に潜入する。アサルトライフルを持った無駄に装備の良い巡回兵がいた。以前シークを襲った兵士たちとは装備が違うあたり全く別の組織だろう。周辺に監視カメラやサーチライトが無いのを確認し後ろから巡回兵に近づいて人気のないところまで誘拐した。背格好は大体同じ、服のサイズも悪くない。見た目だけでも奴らと同じに変装して持ってきた装備を持って目的地に向かった。
目的の建物はよく見る鉄骨造の倉庫。梯子があったので上まで登ると都合が良いことに天井に窓が付いている仕様だった。影でバレないようにゆっくり中を覗いた。兵士が六名、目隠しをされ椅子に手足を縛り付けられている人物が一名。沖田だ。まだ間に合う。夜なら窓に穴をあけてその穴から照明をすばやく撃ち落として光を消してから突入、一網打尽。だが今はまだ朝の十時にもなっていない。明るすぎる。大きな音を立てて一瞬の隙を狙うのもありだが増援を呼ばれると厄介だ。となったらシンプルに行くしかない。窓を取り外しありったけの閃光手榴弾を投げ入れる。爆発するタイミングを見計らい約五メートルの高さを自由落下で降りる。半分ほどの高さで手榴弾が音と光によって爆発、兵士の目がくらみ、こちらを視認できていないのを即座に確認して、着地と同時に相手の頭に一発ずつコルトガバメントの九ミリの弾を撃ち込んだ。全弾命中。周囲を確認。クリア。沖田は突然のことにひどく戸惑っていた。いや、怯えていた。口に布を咥えられ声を出せないようにされている。私はまず目隠しを外した。私の姿を見て少しは落ち着いたようだ。
「大丈夫ですか沖田さん」
次に口の布を外す。
「天道さん……あ、ありがとうございます」
最後に手足の拘束を解いて自由にさせた。
「歩けますか」
「は、はい」
「では行きましょう。ついてきてください」
私は沖田の手を取って立ち上がらせた。目立った外傷もない。ただ精神的に疲弊しているだろうから早急に休ませなければ。
倉庫街を脱出して愛車に乗せてシークに帰還した。裏口のガレージに愛車を停めて沖田を連れて一階に入った。
【おかえりなさいませ】
sakiの言葉を聞いたのか小神子が二階から顔を出した。
「小神子。この人を頼む」
「わかったわ。あなたはどうするの?」
「もう一仕事してくる」
事前に準備しておいた対人用の装備を持ってもう一度ガレージに向かおうとした。
「天道さん」
沖田に呼び止められた。
「私のせいであなたを危険な目に遭わせてしまい申し訳ありません」
頭を深々と下げて謝罪していた。今にも泣きそうなのかそれともまだ恐怖が抜けてないのか身体が震えていたのを見て小神子は沖田の背中をさすって落ち着かせていた。
「頭を上げてください」
沖田が頭を上げて、私と目があう。
「謝るのは私の方です。あなたの護衛と言いながら危険に晒してしまった。今からその償いに行ってきます。何かあればこの小神子を頼ってください。信頼できる部下です。では」
会釈して、小神子に目線を送ると「任せて」と言うように頷いた。ガレージに向かって歩き出した瞬間、私はあることを思い出して立ち止まった。
「あぁそうだ。沖田さん、一つ言い忘れました。あなたには自覚が無いかもしれませんが六人も銃を持った男達に決して屈しなかった。あなたは強い人です」
それだけ言い、ガレージに降りて再び愛車に乗った。さて、小さなことからコツコツと。手当たり次第殺していこう。




