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過去への気持ち

 数十分後 沖田マンション 地下駐車場


 途中追手などを考慮して適当に走ってみたが今のところ安全とみて沖田の指示で一度自宅に戻った。降車の際「夕方にまた来ます」とだけ言った。現在昼過ぎ。お呼びがかかるまで私は待機だ。さすがにプライベートを侵してまでは仕事はできない。私でも一応わきまえている。空いた時間で先ほど入手した資料のコピーに目を通した。


「サキ。何かわかったか」


 事前に携帯にサキをインストールしていたので通話機能使うとすぐに返答が来た。


【香鴬様に確認したところ彼女以外にリストの名前は見たことは無いとおっしゃっていました。秘匿性を考え、恐らく一定の周期で少人数の取引をしているのでしょう】


「リストには名前と輸出の有無だけだな。さすがに取引先はわからないよな」


【仮説ですがある程度予想はつきます。港から船を出しているということはその船の燃料等規格を参照すれば範囲を絞り込めます】


 あの港に停まれるのはせいぜいフェリー以上コンテナ船未満だ。タンカーまではいけなくはないだろう。だがそうした場合決して小さくない船を用意しているのにせいぜい十人未満の人間を運ぶのは非論理的だ。


 色々考えていると携帯のメッセージアプリが通知を受けた。沖田からだ。


 ――車の準備をお願いします。


 まだ夕方の時間には早い。何かあったのだろうか。了解。とだけ送って。エンジンを起動させた。数秒後に沖田がエレベーターから現れた。先ほどのスーツ姿ではなくラフな格好。しかもゆっくり歩いてきているのだから緊急ではないのだろうか。真っすぐ車に近づき、今朝と同じく後部座席に乗り込んだ。


「……スーパーまでお願いします」


 スーパー?


「誰かと待ち合わせですか?」


「いえ、食材が切れましたので買い出しに」


 至極当然な理由だったが状況が状況なだけに少々気抜けしまった。少しだけ間を置いてしまった後車を走らせた。そろそろ良いだろうか。本来なら御法度であるらしいがそもそも非合法の筋からやってきた仕事だ。関係ないのかもしれない。


「沖田さん。私も一枚かんでしまっている以上、隠すのも無意味かと存じます。あなたの目的を教えていただけますか」


 今のところ会社の不正を目撃してしまって身の危険から私を雇った。ざっくりであるがここまでしか知らない。


「先日、会社のデータベースにアクセスした際のことです。社長に頼まれた仕事を片付けるために社長室のPCからアクセスしたのですが一通のメールが届いたのです。恐らく偶然でした。メールにはこう書かれてありました」


 ――今月の依頼件数十五件、輸出人数五人。一名行方不明。対処求む。


「文面だけでただ事ではないと判断しました。会社、社長が何かとんでもない事態に関わっているとなると居てもたってもいられませんでした。真相を究明するために行動しようとした時社長のメールボックスであなたの存在を知りました。要注意人物と」


 いつの間にか私も狙われていた。いや、これまでやってきた仕事を考えるとどこかの誰かから恨みを買っていてもおかしくは無いのだが。


「なるほど。では私も少しお話ししましょう」


 私は自分の追っている案件を説明した。


「では私達は遠からずとも似たようなものを追っているということですか」


 説明を終えて沖田が口を開いた。


「そういうことになります。というか素朴な疑問ですが会社はどうしたのですか?話を聞いた限りでは今のあなたは確かに危険な状況であるが、公にはバレていないと見える」


「即断即決。仮病で休んでいることになっています。ですが不思議なものですね。人生で初めてズル休みというものをしましたが思いの外罪悪感というものを感じません」


 おそらくそれは世のズル休みをしたい人間のほとんどに言えるだろう。と同時に沖田は割と大胆な行動もできるのだと感心さえられた。


「大人になって初めて遅めの反抗期みたいだと思ってます」


 おまけにユーモアのセンスもある。


「反抗期か。私は反抗する相手がいないからむしろ羨ましいとまで思う」


「天道さんも反抗期はまだですか。えっと、失礼とは思いますがご年齢は?」


「私は二十一です」


「え……なっ……え……?」


 小神子が来てしばらくした後にかぐややってきた際に私の容姿について彼女が言っていた。


「髪と顔と雰囲気のせいで私達より年下なんて見えない」


 私の髪は白髪混じりの黒。仕事によっては全て黒に染める。顔は死線を乗り越えてきたような目付きと皺と言われる。雰囲気はよくわからないが平時は柔らかいのに時々近づき難いオーラを放つとのこと。私にはどの自覚も無いのだから他人の評価とは不思議なものだ。


 まだ指で数えるくらいの人間らしい反応を見せた沖田にそんな話をした。今改めて思ったがいつのまにか最初の頃より打ち解けた気がして少し気が楽になった。


 雑談をしていたらいつのまにか目的地に着いた。この辺りでは大きなスーパーであり、私も時々利用する。時々である理由はここまで大きくなくとも私の家の近所に程よい大きさのスーパーがあるのと小神子のせいである。駐車場に入庫させて沖田も降りると私も降りた。


 大きなスーパーなだけあって品揃えは豊富だ。カリフラワーといった私が普段利用しているスーパーには無いものがたくさん置いてあった。沖田は必要な食材を手に取ってカゴに入れているといつのまにかカゴが埋まりそうだった。入店した際そんな気がした私は予めカートともう一つカゴを用意していたがこのペースを考えると足りるのだろうかと心配になってくる。


 ふと、沖田の買い物を見守っていると棚に囲まれた通路からこちらを見ている気配を感じた。確認する必要がある。もし一緒に来ているのが小神子やかぐやなら囮に使って背後から奇襲するのだが護衛対象を囮に使うのは論外だろう。


「沖田さん。ここを曲がった一番手前の通路から誰か見ています。数は一人。何かあれば私が守りますが十分注意を。私が前に立ちますのでカートを押してください」


 私が後ろから耳打ちすると先程より少し肩が上がったように見えた。私の前を向きながら頷いていたのでもしかしたら緊張してるのかもしれない。いや、それが当然の反応だ。


 件の曲がり角を見て私の直感は当たった。そこにいたのは顔馴染みの裏社会の人間。同じ仕事をしたことはない。むしろ仕事の度彼とは敵対している方だ。それでも彼が生きているのは彼の根っこが善人だと知っているからだ。最後に会った時は彼にナイフで致命傷を避けた全身七箇所斬ったように記憶している。彼の顔を見るなり私は険しい顔のつもりでゆっくり首を横に振った。この件から手を引け。手を出すな。という意味を込めて。すると彼は無線機を何かを伝えた。読唇をするとこうだ。


 ーー総員撤退。繰り返す、総員撤退。


 そう発報すると無線機を外して棚の下に隠した。恐らく手を引くつもりだろう。それと同時に至る所から普通の客ではない気配が動き出して店の出口に向かっていった。ひとまず安心して良いだろう。


「もう大丈夫です」


 そうは言ったものの私の身体は自然と沖田の前、正確にはカートの前を立ったままだった。用心に越したことはないだろう。


 数十分後。買い物を終わらせて駐車場に戻ってきた。ちなみにかなり買い込んだおかげでエコバッグ三つと手提げ鞄一つでようやく収まった。今の私はそれら全て持っているので思うように動けない。ましてやどれかの袋に卵が入っているため最小限の動きを取らなければならない。車に戻った際サキに外側と中身をスキャンさせたが爆弾や盗聴器の類は検出されなかったのが助かった。さもなければ買い物袋と私の苦労が全て塵芥となった日には護衛対象をほっぽり出して何をするかわからないからだ。


 無事沖田宅まで帰還できた。道中追手の類もなかった辺りあの男は約束通り完全に手を引いてくれたおかげだろう。


「お荷物をお持ちします」


 そんなホテルのベルボーイの如くセリフを吐いた私だがさすがにエコバック三つと手提げかばんを女性に持たせるほど男は廃れていない。平時でも仕事関係なくやっているだろう。またしても動きづらい格好になるのはネックだが仕方ない。


 沖田の部屋はマンションの二十五階中の十九階。社長秘書ともなれば高層マンションで景色の良い部屋に住めるのかと仮にも一会社の社長である私は思う。リビングの机の上に荷物を置いて私は「では失礼します」と退室しようとした。しかし沖田は私の名前を呼んで止めた。


「せっかくなので良ければお昼を食べていってください」


 この人のことが分からなくなってきた。朝の態度は初対面だったから打ち解けていなかったとしてわかる。だが、今はどうだ。初対面の年下の男をなし崩しに自分の家にあげたとはいえ昼食を振舞うのだから。大人歴が長いと年下は扱いやすくなるのだろうか。大人特有か女性特有か、はたまた沖田特有か私には図ることができない。そしていただくべきかどうかも。他人の善意、と言うのならば。


「では、遠慮なく馳走になります」


 少し苦慮したが結局いただくことにした。社長秘書の家のリビングは相当に整理されている。キッチン側に椅子が四つと机が一つ。少し離れてベランダに続く空間にはソファーと低い机、その正面にはテレビ。そしてものが置けそうな所にはサボテンや何かしらの小物が置かれている。私の部屋や会社には父から継いだ大小さまざまな物がある為こうして整えられた部屋にいるのは新鮮味を覚える。


 途中料理を手伝って沖田と私の分の料理ができた。白米、大根の味噌汁、鮭のムニエル、小松菜のお浸し、小鉢がいくつか。どこかで見たようなメニューである。二人そろって「いただきます」と一礼して私はみそ汁を一口すすった。無駄にしょっぱくないどこか上品さのある味わい。お椀を置いてご飯を少しとって口の中に運ぶ。


「お味はいかがですか」


「美味しいです」


 嘘ではない。気を使っているわけでもない。だが、味を楽しむことよりそう言わなければという気持ちが勝っていたため素直になれない。


「あなたについて聞いてもいいですか?」


 沖田が口を開いた。


「答えれるものであればお答えします」


 私は大抵の人間とは初対面でも仲良くなれる自信がある。しかしこの沖田とは仕事の関係、かつ私にはよくわからない行動をとるばかりでどの程度で接するべきか推し量っていた。それは会話も同じである。


「まず、食事の仕方です。あなたのどの行動をとってもそうでしたが年齢の割には落ち着いているように見えます。どなたから教わったものですか?」


 不思議なことを聞いてくる。これは少しぼかすが答えても良いだろう。


「四年前まで海外のとある方々お世話になった際身に付きました。その方々はキリスト教の方でしたが曰く悪人でも善人の所作、立ち振る舞いを見れば改心することができるそうです」


「その方達は今?」


「不幸でもうこの世にいません。死ぬ直前に神は何故助けなかったかと聞くと、神は自ら助くる者を助く。と言うほど熱心なキリスト教徒だったのを覚えています」


 あの人達が死んだ原因は私にある。断っておくが私が直接手を下したわけではないが無関係な人を巻き込んでしまった私が殺したような者だ。小神子は否定したが私は自分の罪を許すには時間がかかりそうだ。


「どうしてそのようなことを?」


 素朴な疑問なので聞いてみた。


「あなたのその言動や立ち振る舞いを教えた方に興味があったので。さぞご立派な方だったのかと」


 実際立派であった。見ず知らずの人を受け入れ、教養を施し、今の私を形作ってくれて、死の間際でも後悔一つ溢さなかったのだから。


「私も見習わなければなりませんね」


 と、独り言のように呟いた。私より年上(であろう)人が年下に関心をする。大人というのは不思議な生き物だ。というか私も一応大人だ。だが、見習わなければというのはあまり良い言葉では無いように思えた。私は一度箸を置いて面と向かって言った。


「沖田さん。一応あなたに二つ忠告します。裏社会の人間をあまり信用しない方がいい。表の常識が通用しない人間ばかりです。二つ目に私を見習わなければというのは辞めておいた方がいい。今の私があるのは早くに親を亡くした私が頼らなければならなかった方々のおかげもありますが、それよりも今ではどうしようもない、取り返しのつかない後悔の上に私がいるのです。悲しい人間なんですよ。そんな人は増やしたくない」


 自分でも話し過ぎたと思った。裏社会では私はまだ話が通じる方だと思うが、全員がそうでない。少し気を許せば何をするかわからない人間達だ。小神子やかぐやは一度裏を知った上で私の隣に立っている。しばらくの沈黙の後、重くなった空気を和らげるつもりで私から口を開いた。


「では、私も聞いても良いですか」


「どうぞ」


「何故昼食に誘ったのですか」


 今度小神子に聞く事前練習とは言えないが素朴な疑問として聞いてみた。


「先程私の命を守ってくれたせめてもの礼です。両親から一つ恩を受けたら必ず返すように育てられたので」


 一人っ子なのだろうか。とても大切に育てられたのだろう。世間一般では一人っ子はそのように育てられると聞く。私も両親が生きていれば沖田のように育てられたのだろうか。それに似たことを時々考えてしまう。無いものねだりだというのに。しばらく間が空いた後沖田が再び口を開いた。


「実は今のは建前で、本当は誰かと一緒に食事をしたかっただけなのです」


「会社の同僚と食事はしないのですか?」


「決してしないわけではありません。ですがこうして自宅に招いて食を振る舞うということとは無縁でしたので。あなたとならやってみて良いと思ったのです」


 会話していて気づいた。この人は信頼できる人間だ。私の直感がそう言っている。判断基準としては発言に曇りがないと言うこと。すなわち嘘が感じられない。ましてや初めて会う裏社会の人間にここまでするのだから。


「ごちそうさまでした」


 その後は当たり障りのない会話が続いていつのまにか食事を終えた。食器を一つにまとめると後のことは良いと言わんばかりに沖田が持っていった。


「この後のご予定は?」


 そう、仮にも私は勤務中だ。なんだったら気がかりなことがいくつかあるためさっさと脳を切り替えたかった。


「特にございません。車で待機をお願いします」


 「わかりました」と了承して席を立って食事の礼を申したあと沖田宅を後にして駐車場に向かった。


 数時間後 夕方


 あれからずっと車の中で待機していた。結局呼ばれることはなく時間が過ぎていき最後にやってきたメッセージでは


 ーー今日はもう大丈夫です。お疲れ様でした。明日の朝は部屋まで来てください。


 というメッセージを受け取った。早い話帰れということだろう。私は「了解」と返信して車を駐車場に置いてマンションを後にした。最後のメッセージは部屋から駐車場に来るまでの私のいない間を守れるという意味では都合が良かった。


 数十分後 シーク


 家に着いた頃には夜も更けていた。明日お呼ばれがかかっているので今日は早めに寝よう。二階から三階へデスクを横目に通ろうとすると誰かがデスクで寝ていた。


「起きろ小神子。もうそろそろ帰る頃だぞ」


 小神子が参考書やノートpcを開いたまま机にうつ伏せになっていた。肩を揺らして起こした。


「あ……天道」


 前髪が少し乱れ、寝ぼけた顔のまま私をみた。


「今日はもう帰れ。ここは大丈夫だから」


 小神子は肩を伸ばして全身をほぐした。うつ伏せの姿勢で寝れば誰だって身体が硬くなる。


「そういえば……お仕事はどうだったの」


「あぁ。色々あってなら、まだ断定は時期尚早だが恐らく香鴬君の件と関わりがあるかもしれない。棚から牡丹餅といったところかな。ほら、俺のことはいいからさっさと帰った帰った」


 小神子はさっさと帰る準備をしている。小神子を早く帰したかった理由は一人になりたかったからだ。というのも沖田と話をして久しぶりにあの家族を思い出したからだ。もう今は元気だろうかとか、何をしているのだろうかとも考えることができない人達になってしまった。


「なぁ、小神子」


「うん、何?」


「お前はここに来て後悔はしたことないのか?」


「いきなりどうしたの。そうね……したことないわ。だっていざとなればあなたが守ってくれるもの」


 今の私には小神子のこの信頼が怖かった。両親を失ったこと然り私を世話してくれた家族然り、小神子だけではない。かぐやや新しく入った香鴬君、今の依頼主の沖田も。失うくらいなら最初から持たなければ良いと思ったこともある。けど、私は持ってしまう。むしろ誰かから持たされると言ってもいいかもしれない。そんな運命みたいものを持たされるとなればいつか自棄になっても誰も文句は言わないだろう。


「一体どうしたの。何かあった?」


「いや、なんでもない」


 こういう時親というものは自分の子供にどうするのだろうか。真摯に向き合うのか、それとも自分の生きてきた人生観を中心に論議を出すのか。今この時小神子が親のような感じになるのだろう。


「あなたがそう言う時は大抵何かあるのよ。無理に話してとは言わないわ。けど、強いて言うなら、自分だけで抱え込まずに頼りになる人、私やかぐやでも良いわ。感情をぶつけるのも良いのよ」


 小神子が私を励ますかもしかは導くように諭した。


「じゃあ私は帰るわ」


「あぁ。お疲れ様」


 そう言って小神子を見送った。


「咲、いるか」


【はい。お呼びでしょうか】


「今夜はお前のASMRを聴くことにするよ」


【かしこまりました】


 咲の包容力のありそうな声で少し気分を落ち着かせて、イヤホンを付けて明日に備えるためにヘッドに入った。咲の音声を聴いて寝落ちして次に目覚める頃にはこの感情を忘れていたいものだ。

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