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石橋を叩いて渡る乱暴者

【マスター。例の方が目覚めました】


 オフィスでポケットティッシュにシークの広告を詰めるという仮にも社長がやるべきでないであろう雑務をしているとサキから報告を受けた。


「すぐいく」


 作業を中断して三階に上がり、書斎に入った。一見元気そうではあるが精神がどのような状態であるかは私でもすぐに判断できない。彼女の第一印象は物静か。現状それだけだ。もしかしたら小神子の時のように苦労するかもしれない。


「来たな。あいつがさっき話したこの世で最も頼りになる奴だ」


 かぐやが私の来る間に何を話したか知らないが悪い方面でないことを祈ろう。かぐやの発言からしていくつか会話をしたようだ。そこで私はかぐやを傍に呼び、小声で話した。


「会話はできるのか?」


「あぁ。だが、目覚めたばかりだ。長時間の会話や話題は慎重に選べよ」


「わかった。外で待っていてくれ」


 私がそういうとかぐやは二つ返事で書斎を出た。足音がすぐに聞こえないあたり扉の前にでもいるのだろう。二人きりになった私と彼女だがかぐやの言う通り慎重に行動しなければならない。


「私はマルチタスク請負企業 シーク社長の天道だ。そこに座ってもいいかな」


 どんな形であれまずは会話を成立されるところから始めよう。そうしつつ急かもしれないが物理的な距離を詰めて相手を安心させる。


「ど・・・・・・どうぞ」


 緊張、もしくは戸惑いか少々声がこわばっている。しかし、彼女の小神子とはまた違う、透き通った声を聞いて先ほどの第一印象は少し変わって清楚というものになった。自然体で歩き、先ほどまでかぐやが座っていた椅子に腰かけた。


「じゃあ初めに、自分の名前はわかるか?もしくは生年月日とか」


「な、名前は・・・・・・香鴬(かおう)。香鴬瀬奈(せな)です」


 かおうせな。名前はともかく苗字は珍しい名前だ。多くの変わった名前の知り合いがいるが、一人増えた。


「では香鴬君。君はどうしてここにいるかわかるか」


 私は初対面の人間に対して男女関係なく君を付けて読んでいるようにしている。特に深い理由は無いが強いていうなら小説からの影響だと言っておこう。実際男性も女性も君と付けた方が自然としっくりくる。小神子やかぐやも最初はそのようにしていたが現在ではそう呼び合う仲にならないくらい深まった。


「逃げてきました、えっと・・・・・・どこかわかりませんが・・・・・・海の方から」


 駒宇良の立地は非常にわかりやすい。三つの市を跨ぐ山のそばにある為、北と南の方角が非常にわかりやすい。そのため、香鴬君の言う海の方というのは南のコンビナートか倉庫街、とりあえずその辺りに絞られる。色々考える前にとりあえず私は「続けて」とだけ言った。


「無我夢中で走ってきて、気づいたらここに」


 彼女の話は終わったようだ。話している間に彼女も、徐々に落ち着きを取り戻していっているように感じた。しかし、直感で気づいた疑問が一つあった。


「ありがとう。一つだけわからないんだ。私の予測では君はここまで走って逃げてきた。それも、最初からか途中からか裸足で。そして、意識を失うほどの大きな衝撃を受けた。恐らくだがビルから落ちて。ここからなんだが、ビルに上るのはともかく、どうやってビルからビルを渡ったんだ?」


 この辺りの立地はいわゆるブロックごとに分けられており大抵の場合正面から見て横三十五、六メートル、縦百五十メートルほど。そしてビルとビルの間には約十メートルの幅がある。どこかで見たのだが走り幅跳びの世界記録は八メートル九五。この女性はその世界記録を破れるほどの身体能力を持っていることになる。まぁ、先ほどの私が言えた分際ではないが。


「私も・・・・・・わかりません。でも、身体が軽く感じたのです。飛んだ時も、走っている時も」


 彼女の見た目は普通の、年相応の女性だ。筋肉モリモリでもずんぐりむっくりでもない。普通の身体だ(一部小神子とかぐやに勝っている)。様々な憶測が飛び交いそうになっているとき短い機械音が二回鳴った。


【マスター。お邪魔して申し訳ありません。小神子さんがいらっしゃいました】


 サキだった。香鴬君はどこから聞こえてきた声に困惑している。無理もないことだ。


「わかったすぐ行く。香鴬君、今のはこの建物を管理してるAIのサキだ」


【シーク運営AIのサキと申します。よろしくお願いいたします】


 決めた。次からはホログラムか何かで投影してから話をするようにしよう。香鴬君の反応を見るに今まで当たり前のようで感覚がマヒしていたが何もないところから声が聞こえて会話をするというのはやはりおかしい。


 私は香鴬君に断りを入れて退室した。二階に降りるとかぐやと小神子がそれぞれのデスクにいた。オフの日は大抵それぞれくつろいでいるか私一人の時くらいしか全員揃わないが仕事関係で全員が揃うのは早々ない。


「小神子。状況は後でサキから聞いてくれ。さて、どうしたものかね」


 今後の香鴬君の処遇、今後のシーク、人身売買企業との決着etc。諸々問題はある。最初に口を開いたのは小神子だった。


「例の見つかった女性だけど、彼女を追っていた組織がここを突き止めているかもしれないわ。安全性を考えて一時的に身を隠すべきよ」


 この流れだと大抵反論するのはかぐやである。そして、私の読みは当たってしまった。


「いや、小神子。敵が向こうから来てくれるなら歓迎すべきだ。ただでさえ情報が少ないのにその情報源がのこのこやってくるんだぞ。またとないチャンスかもしれない」


「かぐや。あなたの考えはあまりにもリスクが大きすぎるわ。敵の大きさもわからずに向かっていくのは非論理的よ。別の言い方をすれば無謀ね」


「お前は慎重になりすぎる。その情報もやってくるであろう敵に聞けばいい」


「あなたは無謀な上、挙句の果てにはこの近辺を危険に晒すつもり?天道、あなたの意見を聞かせて」


 二人が言い合っていても私の中ではどうするかはすでに決まっている。


「敵がさっきの女性、香鴬瀬奈を追ってここに来るのはまず間違いない。手持ちの兵隊か、チンピラを送ってくるかはわからないが、かぐやの言う通りそいつらが情報を持ってるかもしれない。だから、迎え撃つ」


「ちょっと待って天道。その香鴬っていう人はどうするの?この付近の人は?」


「君らも含めて彼女とは地下から通じているセーフハウスに行ってもらう。って言ってももう使われてない父の実家だが。それに小神子、プロはなるべく小規模且つ速やかに、誰にも悟られることなく、スムーズに済ませたいものだ。今日まで情報もなく秘密裏に行動してきた奴らの番犬。間違いなくプロだろう。ゲリラ式の歓迎はしないが、大いにもてなそう。そういうわけだ小神子、かぐや。香鴬君を連れてセーフハウスAに避難しろ。咲とsaki」


【はい】【はい!】


「しばらくは彼女らをサポートしてやってくれ」


【承知しました】【お任せを!】


 こんな事態となってしまったので仕方ないが、あとでsakiから例の分析結果を聞かなければならない。


「各自準備開始。俺は香鴬君に話してくる」


 二人に指示を出してかぐやは少しだけノリノリ、小神子はやれやれともまたいつものかみたいな呆れたようにも捉えられる表情だった。そんな二人を一瞬だけみた後急ぎ足で再び三階の書斎に入った。


「香鴬君、単刀直入に言おう。少しだけここを離れることになった」


「ど、どういうことですか?」


「遅かれ早かれ追手がここに来る。君は私の部下と一緒にここから北にあるセーフハウスに避難してもらう」


 書斎に置きっぱなしだったかぐやの持ってきた鞄には新品の着替え、食料と水が二日分とあった。二日以上となった場合セーフハウスにあるかぐやと小神子ので衣類で頑張ってもらおう。


「天道さんは?」


 天道さん・・・・・・小神子と知り合って間もなかった期間はそう呼ばれていたのでなんだか懐かしみを感じた。久しぶりの感覚だ。


「俺のことは天道で良い。俺はやることがある。だから後で会うことになりそうかな」


「危険です!たった一人でなんて・・・・・・!」


「かもな。だが古臭いことを言うとだな。男にはやらなきゃならないときがあるんだ。今は君らを守るってときだな」


 昔の私を考えるとよく素面でここまで言えるようになったものだと関心のようなものを覚えた。もう耳に胼胝ができるほど聞き飽きた言葉だが、将来何が起こるかわからない。という言葉をしみじみと感じていた。ベッドから起きた香鴬君に少々無造作にバックを渡して、手を引いて二階に降りた。


「天道、こっちは準備完了よ」


 二階に降りるとさすがと言うべきなのだろう。小神子とかぐやはすでに準備が完了していた。準備と言っても、大げさなことはしておらず二人は最低限必要なものをリュックサックに詰めて、両手がいつでも使えるような状態だ。


「小神子。彼女との自己紹介はセーフハウスに着いてからだ。そっちは任せる」


「わかったわ。天道、気を付けて」


 小神子の心配には申し訳ないが、先ほどから私は冷静な判断ができるほど精神に余裕がある。本当は少々焦ったり、緊張感を持つべきなのだろうが慣れというものつくづく恐ろしいものである。恐らくこうして普通の人間から常識や通説などが遠のくのだろう。


 小神子が先に下に降りると今度はやけに険しい顔をしたかぐやが私の耳元に小声で話してきた。


「天道。部屋に置いていった鞄の中身見ただろ」


「あぁ。なかなかいい趣味してると思うぞ」


 先ほどの鞄の中身を見た時着替えが入っていたのだが、当然だが女性用の下着も入っていた。決して故意ではないし、やましい感情もない。鞄の中身を確認するという行動一筋である。


「帰ったら話があるからな」


 「はいはい」と下手をすれば反感を買いそうな軽い返事でその場を治めた。sakiの分析結果を聞くほかに聞かなければいけないリストにかぐやの説教が追加されたかもしれない。


 本社からセーフハウスに行く手段はただ一つ。地下室に通じるルートがあるのでそこを使う。ただし、距離がかなり離れているので二人はともかく、香鴬君の身体がもつか心配だが、小神子もいるので大丈夫だろう。それに、何やら香鴬君の身体は以前に比べて強化されているような節が見られる。意外と大丈夫なのかもしれない。


【マスター。よろしいですか】


 最後に残ったサキが私に語り掛けてきた。


「なんだ?」


【マスターはこのシークが設立されてから、小神子様やかぐや様のようなお方ができると想定されていましたか?】


「サキ。いくら俺でも彼女らのような人間がやってくるなんて考えてなかったさ。まぁいつか信頼できる部下ができるだろうとは思っていたが、あそこまで個性豊かとはな」


 短い人生の中で様々な善人やクズに出会ってきたが、最初こそ癖があると思ったが。いざ話してみれば考えていたほど大したことなかった。というようなことを何度も経験した。世の中案外そういうものかもしれない。考えてばかりで全く行動に移さなければならないとつくづく思われる。


「それにサキ。俺は皆の思っている人間ではないよ。どう見えてるか知らないが、過去から離れようとも過去が追ってくる。それの繰り返しだ」


【私は姉様のように上手く言えませんが、あなた自身が変わることができたのなら、その周りも変わっていくはずです。現に昔は一人だったあなたが、今は二人と私たちがいます。過去を見る今も、その内未来を見れるようになるはずです。今はまだ、その時でないだけ】


 サキの言う姉様とは言わずもがな咲である。ちなみにsakiも二人の姉のことを姉様と呼ぶ。何か思い悩んだ時は咲の母性溢れるような声で言われるときも良いが、たまにサキに言われるのも悪くない。そう言うと咲が嫉妬してしまうので滅多に言えないのだが。


 ちょうどその夜に事が進んだ。


 建物内の電気を全て消し、窓からの月明りも全て遮断した。サキがセンサーに不審な大型車両を三台確認したという報告を受けてからのことだ。私は書斎で待機して監視カメラ越しに外の様子を見ていた。敵の装備は統一されており、統率された動きから一目で十分な訓練を受けた人間達と判別できた。ビルの周りを取り囲んでいるが逃げ道をふさいでいるように見えるが、残念ながら出入口は一つしかない。と言うのは表向きの話。扉は敢えて開けてあったので敵は難なく社内に侵入してきた。敵は全部で十五人。その内六人が侵入してきた。


「サキ、始めるぞ」




 ――一階 エントランス――


 命令はこうだった。脱走したターゲット一名を無傷で確保すること。やむを得ない場合のみ非殺生のゴム弾のみ発砲が許可されている。ブリーフィングでターゲットの写真を見せられた時は隊長に無傷で、という指令を口ずっぱく言われたせいで一度手込めにしてみたという目論見が潰えてしまった。しかし、ターゲットが逃走したこの建物は異様に暑い。今は冬だというのに寒さが無意味なくらいだ。それに加え湿度も異様だ。汗が止まらないし、息苦しい。今すぐにでもヘルメットとゴーグルを脱ぎたい。


「一階、クリア」


 先頭に立っているマイクのクリアリングが終わった。外観は三階建ての建物で部屋数も多いし、隠れる場所も十分にあると考えられる。


「ポールとビリーは右の部屋、ダッチとハリーは左。俺とジョンは二階を調べる」


 マイクは俺を名指しして他は各部屋の確認に向かった。マイクとの付き合いは長い。カンボジアの戦場であって以来、傭兵とは思えないくらいの仲になった。信頼できる戦友と肩を並べられて心強いってものだ。階段一段一段を慎重に上がり、二階に到達した。


 ――二階 オフィス――


 二階はまるで会社のような光景だった。デスクが並んでいて、奥には一際大きな机が鎮座している。ここがどういう建物なのか少々気になってきた。ブリーフィングの時ここがどういう建物なのかポールが質問していたが、よくわかっていない。と言うのが返答だった。少々異様な光景でどこか別次元にでも迷ったような気がしてきた。


「ジョン、俺が左に行く。お前は右だ」


「了解」


 デスクの後ろには空間があり、手分けして双方をクリアリングするということだろう。俺はそれに従って右のデスクの後ろからクリアリングをした。デスクは人の使った形跡があるが、整えられていて新品同然の様子だ。床や長引き出しの裏には何もなく、特に異常なしと判断した。


「そろそろ、下の連中から連絡があるはずだ」


 とマイクが指摘したので俺は無線機で連絡を取った。ブラボーチームのポールたちからだ。


「こちらアルファ。ブラボー応答せよ」


 応答がない。無線機を押している音も、電波が弱いわけでもない。かといって無線機の故障と言うわけでもない。その後二度繰り返し呼びかけたが引き続き応答がなかった。


「妙だな。チャーリーはどうだ」


「チャーリー、こちらアルファだ。応答してくれ」


 こちらも全く応答がなかった。ブラボーと同じく二度呼びかけたが全く応答がない。


「別動隊に連絡してみよう」


 ここに突入する前、建物の裏に回った別動隊なら通じるかもしれない。


「オブ、聞こえるか?」


【オブライエンだ。どうした】


 オブことオブライエンの声が無線から聞こえてきた。別動隊の無線が通じるということは、二チームに何かあったという証拠だ。


「現在三チームに分かれて一階と二階を捜索中なんだが、俺とマイク以外との通信が途絶えた。指示を仰ぐ」


【建物に入って合流したいが、残念ながらこの建物には裏口がないんだ。お前たちが入った場所から入りたいんだが、お前たち鍵でもかけたのか?】


 オブライエンが奇妙なことを言い出した。扉を閉めたのは俺だが、鍵をかけていない。


「いや、扉を閉めたのは俺だが鍵なんかかけてないぞ」


 何か異常なことが起こっている。通信不能となった仲間、鍵をかけた覚えのないはずの扉。すでに敵の手中にあるかもしれない。そう感じ取った俺はすぐに脱出する手段を立てるべくマイクの方を向いたが、マイクの姿はなかった。つまり、この場には俺一人となった。


「オブ!マイクもいなくなった。これは罠だ。引き上げるぞ!」


 敵は何らかの方法で俺達一人ひとりを始末していった。どうやったかは分からないが、マイクがやられた時点でもうすでに十五人程度でどうにかできる相手ではないと俺は悟った。オブの返事を待たない間に一階に向かおうとすると後ろから後頭部にめがけて強い衝撃が走った。




 ――地下室――


 自分で仕掛けておいて言うのもあれだが、いくら何でも蒸し暑過ぎた。敵の集中力を削ぐためにわざわざ熱帯雨林に近い環境を作ったはいいが、アマゾンやベトナムが天国に思えるほどだと言うのだからやり過ぎと言わざるを得ない。


 外にいた九人は全員拘束して載ってきた車に乗せた。と言っても気絶させた後麻袋と被せ、結束バンドで両手両足を拘束しただけだ。小神子の要望通り周りには迷惑はかけていないはずだ。敵が持っていたのは人を気絶させることができるくらいのゴム弾等の非殺傷武器だったのが幸いだ。社内入ってきた六人のうち四人は私の仕掛けた罠にかかって死亡。一人は私が直々に手を下し、もう一人は拘束して私の目の前にいる。


「こんばんわ傭兵さん。ようこそわが家へ」


 目覚めた男の見た目は外国人、アメリカ軍の身元を認識するための物であるドックタグを身に着けていたあたりその国の人物だろう。そして最初は挨拶も万国共通。


「気分はどうだ。手足は不自由だが他の仲間と比べて五体満足だから良いはずだろう」


「他の奴らは?」


 時間はあるとは言えないが多少の余裕はある為教えてもいいだろう。私は(悪趣味かもしれないが)事前に撮っておいた、罠にかかった敵の写真を見せることにした。


「資料室に入った二人は床下の竹槍に刺さって串刺し、深さは五メートルで大人二人が入ればたとえ助かっても長くは無かったろうな。地下室に向かった二人のうち一人は天井から降ってきた計十六本のこれまた竹槍に串刺し。一人は運よく回避して逃げようとしたが、足元不注意で罠にかかり頭にクロスボウの矢だ。最後にお前の連れだが、俺がこっそり連れ去った後に喉を掻っ切った。丁度今となりでのびてる」


「お前、ただの日本人じゃないな。何者だ」


 私の経歴など言っても信じないだろうから敢えてはぐらかしてみよう。


「ミリタリー映画大好きの日本人さ」


「ふざけるな!マイクは俺の知る限り近接格闘術はプロ中のプロだ。あいつがお前みたいな下種野郎にあっさり負けないんだよ!」


「自分のこと棚に上げて言うじゃないか。金次第でどんな汚れ仕事もやる奴らがよく言うぜ。ましてやお前らの雇い主はな。さて、本題に入ろう。お前の雇い主について教えてもらおうか」


 最初は断るだろう。


「たとえどんな拷問を受けようが喋るかよ」


「はいはい」


 末端の男には爪を剥がしたが痛みに耐える訓練を行ってきたであろうこの軍人にはそれも効きそうにない。となれば本格的にならなければならない。手元にあったリモコンに書いてある下を向いた矢印を押すと椅子が後ろに倒れて、男が横になった。男はもがいているが私はタオルと水の入ったペットボトルを手に取り男の顔の前に立った。


「今日会ったとあるチンピラには爪を何本か剥がして済ませた。が、プロ相手ならガチでいく」


 タオルを男の顔に被せ、その上から水を大量に被せた。タオルは吸水性が高い素材でできており、それを通して男の口、鼻、目、とりあえず穴という穴に水が絶えず流れ込んでくる。水を飲むという行為は普段人間が自分の意思で当たり前のように行っているが、他人から飲まされるのとではわけが違う。一種の水責めである。加えて、タオルで顔を覆われているということは呼吸が妨害されているという事。想像以上の苦しみだ。


 男は抵抗するためにさっき以上にもがいていた。しかし手も足も縛られており、もがきたいとき身体全体を使って力を発散させるのを今では一方向且つ不十分にしか発散できない。しばらくして男の顔からタオルを離した。男はせき込んだ後荒い息をあげていた。


「もう一度だけ言う。雇い主は誰だ」


「わ・・・・・・わかった・・・・・・教える・・・・・・はぁ・・・はぁ・・・雇い主の名前はマーカス・コウダ」


「紅研の所長か。傭兵を雇うなんて穏やかじゃないな」


 マーカス・紅田。紅田科学研究所、通称紅研の所長だ。白黒関係ないあらゆる噂の流れている研究所だ。業界ではわからないが少なくとも文系の人間からすれば縁遠い存在である。実際以前この研究所及び所属している人物の発表した論文について調べたことがあったが何を書いているのかさっぱりだった。


「俺達はいつも最低限の任務事項を送られて行動している。今回はターゲット一名を無傷で確保。それから先は知らない」


「傭兵なんてそんなもんだからな。ありがとう、もういい」


 彼から銃を奪って頭部を撃つのは簡単だ。だがそうしては後処理が面倒になる。ただでさえ槍に突き刺さった死体を処理したり、掃除したりするのに苦労するのだから。


「ま、待ってくれ!俺には家族が・・・・・・」


「お前に家族はいないだろうジョン・バートン。あぁ、お前について少し調べさせてもらった。陸軍を除隊した後傭兵として色々戦地を回ったようだが、捕虜になる訓練は受けていないらしい。その上後ですぐばれるような嘘もつく。三流だな」


「言うじゃないか・・・・・・俺よりガキのくせによ」


「確かにな。十五も違うガキにゲリラ戦法で負ければ言いたくなるよな。だが正直お前からこれ以上有意義な情報は引き出せそうにないんでな。死んでもらう」


「待て!やめ・・・・・・」


 最後まで言わさずに私はバートンの首の骨を勢いよくへし折った。さて、ここから十五の死体の処理と、罠を再び設置し直し、血で汚れた服や建物を綺麗にしなければならない。諸々の作業をしてくれる掃除屋がいたらいいのだが、そんなものは表でも裏でも聞いたことがない。なので全て一人だ。それが済めば彼女らを戻してもいいだろう。


【マスター。マーカス・紅田について詳しく調べてみました。ですが申し訳ありません。公式サイトには彼に関する名前と写真があるだけで他には何も見当たりません】


 結果的には無駄足になったとはいえ、私が指示する前に登場したキーワードを独自で調査するとは、さすがと言ったところだ。


「例の研究所は何をしているんだ」


【主にゲノム遺伝子に関する研究を行っているようです】


「・・・・・・なんだって?」


「要するに人間のDNAのことです。人間のDNAには私たちの想像を超える膨大な量の遺伝情報が含まれているのです。血のつながった家系図のどこかで似通った髪の色、体格、顔、輪郭が同じに見えるのはそのためです。例えば、マスターの髪が白いのはあなたのお父様かお母様、もしくはご先祖様の誰かがそのような髪色だったためでマスターの遺伝子にその情報が入っているからであって・・・・・・」


「わかったっわかった。要するに大層な研究をしているってことだな」


 実際にはわかっていない。と言うか頭が混乱しそうで知りたくない。しかし、私の先祖にも同じ髪の色の人物がいたかもしれないというのは興味深い。


「そういえば、紅研には黒い噂があったよな」


【はい、内部告発が多数確認されています。パワハラ、労働基準法違反、人体実験、非人道的行為等など。ですがいずれも不起訴やうやむやにされています。あるいはカモフラージュされた形で。無理矢理見えない力が働いた形跡があります】


 サキの分析が正しければ紅研の上にさらに大きな力があるということになる。思った以上に慎重に行動した方がいいだろう。




 ――某所――


「五分二十秒。全滅です」


「ふむ。第二陣を準備させよう」


「了解。諜報班からのお報告です」


 ――しくじった小物は排除。最後の言葉は「白獅」と――


「白獅?」


「現在情報収集、暗号解析を行わせています」


「ご苦労」

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