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優秀の忘却

「太陽!たいよう!」


「太陽さん!太陽さん!朝ですよ!」


 うるさい。もう少し寝かせてほしい。瀬奈と小神子が家に住み始めたもののこうして起こしに来ることが増えた。その起こし方もひたすら私のベッドや身体を揺さぶるもので朝から変な気分になる。


「うーん……まだ七時だぞ。寝かせてくれ」


「ダメです!普通の人は七時にはもう起きてます!」


 私は普段八時くらいに起きるのだが、それより早い一時間の差は大きいと思う。


「もう!良い加減起きなさい!」


 小神子が布団を引っ剥がすと連携プレイの如く瀬奈が私を無理矢理起こした。仕方なく私はあくびをしながら身体を伸ばした。至る所の骨がポキポキ鳴っている。


「朝ごはんできてますから早く降りてきてくださいね」


 瀬奈がそう言って小神子と一緒に出て行った。


 一応瀬奈と小神子の立場としては居候のような形である。別に住人としても良いのだが。だが、住まわせてもらっているという意識がそうさせるのか、今まで一人でやっていた家事を彼女らがやってしまっているのは私としては不本意なのが本音だ。


 いつものように二階で朝食を食べる。瀬奈と小神子のどちらかが作った洋の朝食。実際、二人の料理の味付けに大きな違いはない。そのくせ二人はどちらが美味しいか張り合うから私の心労は絶えない。


 トースト二枚 スクランブルエッグ(小神子は目玉焼き)、ベーコン二枚、サラダ、ミルクorオレンジジュース。


 いかにも海外の朝食といった感じだ。


「「「いただきます」」」


 普段味噌汁があれば一口啜ってから始まる私の朝食だが、本日は味噌汁はおろか汁物がないため自由な順番で食べる。


「太陽、今日買い物行ってくるけど何か必要なものはある?」


 小神子が聞いてきた。そういえば。


「なら、スパイスを買ってきてくれないか。そろそろきれそうだったんだ。必要なものは後で送るよ」


「わかったわ。瀬奈、今日も遅くなりそう?」


「はい、なので夕飯は先にいただいて良いですよ」


「じゃあ待ってるわ」


 なんだろうこの光景。かぐやを抜いてもいつも通りの食事の風景。小神子がやけに活き活きしてることを除いて。


「太陽、ぼーっとしてちゃんと顔を洗ったの?」


 ぼーっとしたくもなる。というか呆然としている。


「ごちそうさまでした。では行ってきます」


「「いってらっしゃい」」


 いつのまにか瀬奈は食事を終えて学校に向かった。今日は朝から早く、夜遅くまでの日だ。


「小神子、そりゃ俺もぼーっとしたくなるもんだ。なんたってここに来てからお前変わったなぁって気が過ってばかりなんだから」


 そう言うと小神子はふふっと笑った。


「私は何も変わってないわ」


 嘘というのはすぐにわかる。直感ではあるのだが。


「そうね。変わったというより、あなたの言葉を借りるなら自分に正直になったって言う方が正しいかもしれないわね。こうしている方が私としては楽しいのよ」


 彼女の良い意味の変化。それが途切れないのは良いことだと思う。


「そうか、それは良いな」


「「ごちそうさま」」


 私と小神子は同時に食事を終えた。


「小神子、あとはやっとくから学校行ってこい」


「まだ時間があるから皿洗いくらいならやっていくわよ」


「学生の本分は学びだろ?だからほら」


 そう言うと小神子が折れた。


「わかった。じゃあ行ってきます」


「ああ。いってらっしゃい」


 いつも騒がしい中だったがこうして静かに見送るのは新鮮な気がした。それと同時に存外気分がいいものだった。


 さて、篠原調査を再開しよう。といっても判明したのはほんのわずかな情報であり、特段めぼしい情報はない。彼のミッドナイツという会社も同様だ。だとしたら一番手っ取り早いのは変装して会社に潜入することだろう。


 数日後


 というわけで有言実行。清掃員に偽装して潜入成功。幸いにもこの服を持っていた人間は入って日が浅かったのかマニュアルを持っていた。私もこれを基にやってみよう。


 ミッドナイツは以前潜入した沖田の会社よりビルは小さなものだったが、本社ということもあってか十階建のビル丸々それというのはやはりそれなりに大きな会社なのだろう。そんな中を私は清掃道具を持ちながら歩いている。


 清掃員というものに変装できたのは正解だった。大抵の人間は外部から出入りする人間の顔をなど気にも留めない。管理をしている警備員ならまだしもだ。


 そして五階を清掃という名の散策をしているとそこにいた。


 篠原君みーっけ。だが、何人か人がいる。ここはどこかオフィスでゴミの回収でもしつつ様子を見るとしよう。


 数分程経ってから元の場所に戻るとちょうど篠原がこちらに近づいていた。すれ違う時がちょうどいいだろう。


 そのまま篠原は通り過ぎて行った。少し距離が離れたタイミングでsakiに連絡してみる。


「どうだ、saki」


 ーーお見事です、マスター。盗聴機の感度良好。いつでも行けます。


 上手くいった。すれ違い様に盗聴機を靴に仕掛けさせてもらった。これで何かしらの情報が拾えるだろう。ミッドナイツを調べたい所だが今は形が良くない。種を一つ植えただけでも儲け物だろう。


 借りた清掃員の服装を適当な場所に投げ捨てて私はシークに戻った。


「saki。記録は頼んだぞ」


 ーーお任せください、マスター。


 これから私は私用がある。もちろん篠原の件で何か分かればそちらを優先するのだが現状その動きはないだろう。というわけで行かねば。


 理子の職場。正直来たくなかった。だが、行かなければならないから仕方なく来たのだ。それも理子のわがままのために。辟易としながらも私はルネッサンス様式の外観が目立つ理子の職場にやってきた。


 本来一般の立ち入りは禁止されているが理子が話を通してくれているとのことなので心配ないだろう。多分。


「あ、藤堂君」


 建物の守衛のように立っていたのは顔馴染みの警備員の藤堂君。私の知る限り仕事ぶりと言い、人柄といい警備員として大成しそうな予感がすると思っている人物。


「天道さんじゃないですか。あ、もしかして来客って」


「ご名答。それじゃあどうすればいい、ボディチェックでも受ければいいか?」


「ええ、お願いします。あと、荷物も拝見します」


 藤堂君のこういうところが好きだ。顔馴染みでも仕事はきっちり遂行する。そう、実直なところが好きだ。藤堂君は折り畳まれた金属探知機を取り出して私の身体から足、両腕、背中からまた足と徹底的に調べ上げた。手荷物も今日私は愛銃を持ち歩いていないので態度も堂々としていよう。


「全て結構です。天道さん。どうぞ」


「ありがとう、藤堂君」


 ちなみに藤堂君は私より、何なら理子よりも年上の男性だが、この呼び方は本人の希望だ。意外としっくり来るのが何とも言えない。


 来客のタグを身につけて中に入った。ここにいるのは皆官僚。それも私より能も技も高いであろう人間ばかり。そんな人たちがスーツを着た男女が忙しなく動いている。これが本来の労働者の姿なのだろう。これに比べれば私は自堕落ここに極まれりというものだ。


 理子のいるオフィスにやってきた。奥に長の座りそうなデスクの前には八つほどのデスクが二列縦隊の如く並んでいる。数が倍ほどあることを除けばうちのオフィスと何ら変わりない。今のところ長もいなくオフィスには少人数の人間しかいない。前から二番目くらいの位置に理子がいた。


「理子、来たぞ」


「あ、太陽くん!」


 まるで救世主がやってきたようなキラキラした目でこちらに気づいた。実際、今の彼女にとってはそうなのだろう。


「全くエリート様が聞いて呆れる。弁当を忘れるなんていう初歩的なミスをするなんて」


「え、えへへ……ついうっかり。でも助かったわ。ありがとう。そうだ、せっかく来たんだしここのごはん食べに行ったら?奢るわ」


 こういった気軽な貸し借りの関係が私は苦手だ。相手が私に尽くしたなら、私はそれを何かしらの形で返さなくてはならない。という強迫観念のようなものが襲ってくる。。もちろん、誕生日プレゼントの類は例外というのは分かっているし、そういう時に限ってその考えは起きない。


「いや、早々に帰るよ」


 立ち去ろうとした私に理子は肩を掴んで動きを止めさせる。


「さ、来なさい」


 笑っているが圧のせいで全然そうは見えない。それに、理子は私の性質を知っていて言っているので彼女もそれはそれで性質が悪い。もう仕方ない、言われるがままにしよう。


 食堂の席を見渡して思う。エリート様方の働く食堂は格が違う。掃除が行き届いており、清潔感もあるし何より大衆食堂ような雰囲気だがその実風紀と言えばいいのだろうか乱れがなかった。しかし、唯一の欠点を上げるならどれも高い。昨今の物価高を鑑みてもなんだこれは。六百円以下の料理がまるでない。大体七百円以上から千円弱。理子から聞いている激務の対価にしてはいささか足りないのではないかと感じるのは私が若い故なのだろうか。


「はい、お待たせ」


 そんな中待っていると理子がやってきた。私の代わりに注文の品を持ってきてくれた。


「ありがとう」


 私が頼んだのはかつ丼の定食。食堂の雰囲気に反して何ともシンプル。かつ丼以外は一汁一菜。だがこれで八百五十円をとるのだから味が相応なものでなければ、一口食べてハイ終わりなんて言うお粗末な人間がいてもおかしくない。だが、その心配はないと確信した。先ほどから味噌汁が何とも言えない香りを放っている。期待値特大。


「「いただきます」」


 安定の味噌汁から一口。飲んだ瞬間舌を通じて、脳が今まで味わったことない美味と判断した。


「おお、これはなかなか」


「お、さすが太陽君。ちゃんと味がわかるのね」


 どこの味噌だろう。いや、出汁も普通のとでは違う。洗練、調和、したたかさ、高級旅館で出てもおかしくない味だ。


「これ美味いな」


「でしょう?」


 だが、これはたまに食べるから美味いと感じるものの類だろう。この味に慣れてしまうと大切な何かが失いそうな気がする。


 その後食べたかつ丼も漬物も全国から選りすぐられたであろう高品質な素材で作られたものだという味だった。


「真田さん。よろしいですか」


 食事中だというのに理子のもとには仕事の相談が舞い込んでいた。それでも対応する辺り殊勝なことだと感心せざるを得ない。


「太陽くん、ちょっといい?」


 そうして私のところに自然と振られてくる。シークでいつもやっているが仕事場でもお構いなしか。私も変わりなく力になってくれそうな人を紹介する。


「またありがとう」


「いつものことさ。食事時にも仕事とは恐れ入るが」


「これもいつものことよ。それに放っておくわけにはいかないし」


 つくづく殊勝なことだ。


「太陽くん。改めて聞くのだけど、ここに来る気は無いの?」


「答えはいつも同じでノーです」


 理子は頬を膨らませて拗ねたように見せた。


「ちぇ。喉から手が出るほどほしいのに」


 そう言われて悪い気はしないが、それでも私にはこの仕事は向いていないと思う。


「私の隣の席もそのために空けてるんだけど」


「ちょっとエゴが過ぎないか?」


「あなたにはそれくらいしてもいいと思ってるわ。何より私達を救ってくれたし」


 先日の核爆発未遂事件。表向きでは核爆破のことは報道されず、付近が謎の電波障害となったことのみ報道されている。実際は裏で進められていた核爆発工作を私が未然に防ぎ理子を含めた大勢の人たちを救った。理子はそれを自慢したがっていたが、どうせ言っても信じないのと世間が騒がしくなることを防ぐため口止めをするよう私がお願いした。


「あれからどう、何か変わった?」


「まあ人事かな。ちょうどさっきやってきたし」


 人事とは要するに人事を尽くして天命を待つの略称。私がやった事の成り行きを見たい時に使う。


「そう。それで、小神子や瀬奈とは?」


「あれ、言ってなかったか。今一緒に住んでる」


 すると理子は飲んでいたお茶を盛大に吹き出した。本当に吹き出す人間っているのか。こういう時は気管に入ったり、逆流して鼻から〜ってなるのが普通なのかと思った。


「ゲホッエホッ……す、住んでる!?ふ、二人と!?」


「小神子は前々から考えてたし、瀬奈は急だったがまあいいかって感じで」


「じゃ、じゃあ……やってるの……?エッチとか」


 私の肩を掴んで自然と目があってしまう。目がヤバい。なんか、かぐやと似たようなものを感じる。


「そんなことしてねぇよ。少なくともお前が考えてるようなことは」


 一体何を期待しているのだろうか。


「なんだ。でも何だか平和にやってそうで安心したわ。えらいえらい」


 人前でも構わず頭を撫でるのは心象が悪いわけでは無いが人の目を気にしてほしいものだ。


 ちなみにこの後、私が理子と一緒にいるところを目撃した彼女の同僚や彼女を慕う後輩達から私が何者なのかと詰め寄って対応に一難あったという。理子が慕われているのはたいそうなことだが、それ故に私という存在のおかげでてんやわんやになったのかと考えると愉快になる。

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