三原色の悪共
おおよそ二年前から駒宇良を中心に徐々にその勢力を伸ばしている企業がある。情報不足のため企業の名は未だ不明だが、その企業はある三つの傘下の企業の収益から成り立っていた。
それは表向きの話であり、裏では非合法の密輸や人身売買が主な収入源であるということが最近になって判明してきた。そのうちの一つ、三原色の一つから名付けられた「マゼンツ」は人身売買を生業としていた。国内をはじめ、海外にもその手を広げている。他の「シアンズ」「イエルツ」もこの「マゼンツ」を追っていけばその実態がわかるだろう。
小神子と大学で分かれ、一度シークの自身の書斎に戻ってからサキを呼んだ。書斎には作業机の他に、私の個人的な蔵書やジュークボックス(のような見た目の音楽プレーヤー)そのほかに個人的に大切なものしか置いていない。
【お呼びでしょうか】
サキシリーズの個体名は全て同じだが、わざわざ個体名を読んだ時の声色を判断して呼び出されるようプログラムされており、状況に応じて適切な選別がされる。便利なようで
「サキ。報告」
【マスターが先日提出された資料はここ三日間のうちに取引された人物のリストでした。取引された場所までは暗号化されており詳細は不明です】
「奴らがどうやってその人物を集めたかはわかったか?」
【それも不明です。ですが、二年前から売買された人物がここ数か月の間急激に増えたことを考えると何かしらの手法、もしくはツールの使用始めたと考える方が論理的です】
数か月のうちに発案ができて人を多く集められるツールや手法。人を多く集めるには影響力のある宣伝が必要なのは古今東西同じである。宣伝?私は確認の為にリストに載っている人物の出身地を確認した。この予測が正しければ・・・・・・
「サキ。駒宇良には四十五万人の人間が住んでいるがその半分ちょっとが青年層で占められているのは知っているな?」
【はい。駒宇良は充実した衣食住が備わっているため主要な都市の高い物件で住むより、駒宇良の方が住みやすいという若者、特に一人暮らしをしている学生の声が多くアンケート調査などで確認できます】
「てことは四十五万人の中から純粋な駒宇良の人間を選出することなく、座して待つうちに全国から多くの若者が集まる。駒宇良効果にほんのちょっと手を加えることで」
ここ数か月に関わらず、近年社会問題になっているある事柄を当てはめれば不可能ではないはずだ。私は机の上のPCのブラウザーにキーワードを入力して、検索結果をサキに共有した。
【なるほど。闇バイトですか】
闇バイト。これもここ近年になって急激に増加傾向にある社会問題。「高額報酬」「簡単な仕事」と偽って生活に困窮している者の弱み漬け込んで犯罪の片棒を担がせようとする近年でも稀にみる悪徳な商業。メディアに取り上げられていた頃は東の方でそれに関連した事件が多かったがここ最近こちらでもそのニュースを聞くようになった。警察もその撲滅に心血を注いでいるが、発生当初から時が経ち過ぎたせいか大本を逮捕してもまた別のグループが発見されるといった具合のイタチごっこになっているため完全な撲滅には至っていない。中には海外を本拠地にしている者もいるとか。
端的言って下種である。
「主な募集はSNSのダイレクトメッセージだろう。秘匿性があり、スマートフォンかPCとネット回線があればどこでもやり取りができる」
【これほどの人数となると・・・・・・botの使用も考えられます】
「一理あるな。だが今の若者を侮ってはいけないぞ。bot然り生成系AI然り、ちゃんと見てる人は一目見たら人ではなく機械がやったとわかる。大量のメッセージや応募を捌くためにマゼンタだけでなく、その下にも専門の下部組織があるとも考えられる。もしかしたら、それをやっている人間の中には闇バイトと知らずハメられた人間もいそうだが」
無関係の人間が闇バイトに引っかかると個人情報を盾に非合法な仕事を強制されることはよく話に聞く。
【でしたら、事は慎重に動いた方が良さそうですね】
「そう行きたいのだが、奴らの拠点が分からなければどうにもなぁ・・・・・・」
リストの見つかった場所はあれ以上めぼしいものはなかった。かといって周辺を調べようにも騒ぎを感づいて既に撤収している可能性が高い。それに肝心の輸送ルートについてだが、陸海空のうちいずれかで運んでいるのだろうがそれも不明だ。
船の場合、今日まで全く情報が見えてこないほど用心深い組織だ。考えなしに人のみを輸送するとは考えにくい。ということは高度なカモフラージュを施している。そうなったら大型のタンカーを用いていると考えられるのだが・・・・・・
「サキ。ここ一週間の間に港でタンカーが入港した形跡はあるか」
【マスター。駒宇良の港にタンカーサイズの船が入港できる場所はありません。せいぜい釣り船、クルーザーが停泊できません】
サキの無機質な音声がどういうわけか心にグサッときた。船はない。
陸の場合、陸路となると・・・・・・トラックと考えるのが妥当か。駒宇良には国道が二つ、幹線が一つある為様々な手段が考えられる。一応候補に入れておくか。
「saki。駒宇良の・・・・・・と・・・・・・国道。あと、・・・・・・幹線の全カメラをシーク権限でカメラのデータベースにアクセスして記録を確認。追加モジュールでX線スキャン。期限は一週間頼む」
【了解です!】
三年前にこの会社を創業した時政府の「持つもの」に旧友からもらったものをちらつかせた結果「持たざる者」が様々な権限が与えられた。業務及び駒宇良限定ではあるが監視カメラを乗っ取り、映像を記録したり、捜査に使用することが許可されているのもその一つである。最初は範囲をH県としていたが交渉で譲歩した結果駒宇良限定となった。その代わり、この権限に限った話ではないが破れば(大げさに言うと)全面戦争となる。もちろん、私は何もない限り権限を行使しないし、進んで戦争などしたくない。向こうがどう思っているかは不明だが。何かあった時の為に色々準備はしているが私と会社がどこまで通用するか不明と言うのが現状である。
主に陸に目を配らせるとして、空はどうだろうか。輸送機、ヘリ・・・・・・
「サキ、駒宇良で空を経由して人員を輸送する手段はあると思うか?」
【駒宇良の病院にヘリポートはありますが、人員の輸送を目的としたヘリが飛行されたと記録はございません。ましてや駒宇良には空港もありませんので空を使った手段は考えられません】
【マスター!解析が完了しました!】
sakiがいつもの元気な声で報告してきた。最初のころはsakiの声が他の二体と比べ大きいため急に声がかかると驚くこともあったが、現在では慣れもあるが音量を調節してもらっている。
【過去一週間で三つの主要な道路を通ったトラックは合計二三〇台。そのうち荷物に十名以上の人間と思われる形をスキャンできたトラックは一八〇台です!】
「ご苦労。ついでにそのトラックがどの会社から出発したのか割り出してくれ」
【了解です!】
sakiが解析している間私は書斎を見渡した。書斎とは聞こえがいいが私室と言ってもなんら差支えない名前ばかりのお部屋。刑務所の牢や捕虜収容所よりは設備やインテリアが整っている分まだマシと言えるだろう。
【マスター。そろそろ小休憩をはさむことを推奨いたします】
sakiの解析中に咲が助言を申してきた。私のこれまでの活動時間とsakiの解析時間を考慮してのことだろう。今の私はそう思っていないが、あとになってこれが完璧なタイミングでの小休憩だったというのはよくあるので最近は咲の助言に従うようにしている。
「わかった。そうさせてもらうよ」
【よろしければ、より効果的にリラックスできるように膝枕、耳かき、私が脚本したASMRを再生いたしますが、いかがでしょうか】
「いや、それはまたの機会にしよう」
今回断ったが、実際咲のリラックス機能はどれも満足のいくものだ。三つ目を除いた二つは咲の義体を使って行われるのだが、膝枕は咲の足が痺れることがないためやろうと思えば一晩中続き、耳かきも最初は力加減を間違えて耳の穴が一つではなくなるのではないかと危惧していたが、実際に受けるとまるで助産師が生まれたての赤ん坊を洗う(沐浴というらしい)かの如く優しかった。ASMRの方は敢えて言うなら察してほしいの一言に尽きる。
書斎をいったん出て、反対側のプレイルームを経由して二階のオフィスに降りた。
「コスタリカ、ホット、ブラック」
私が誰もいないオフィスで一人コーヒーの銘柄を言うと近くの壁が静かに開き、中から芳醇な香りを放ちながらコスタリカコーヒーが出てきた。
厨房と併設しているオフィス、ほぼ真上のプレイルームで冷蔵庫にある飲み物を言うと自動的に運送してくれるというシステムがシークにある。ちなみにこんなSFチックなシステムはここの他には無く、シーク唯一無二のものである。もちろん小神子を始めた社員も利用可。何故そんな近未来的な技術があるのかと言えば、外国の友人が一度私の家を尋ねた際
「ヴィクトリアン様式の内装に三体の人工知能があるとかまるで秘密基地みたいじゃないか。私に良い考えがある」
と、割と軽くトントンなテンポで進んで出来上がったのがこのシステムである。残念ながら彼は国に徴兵された後戦場で死んだ。結果この技術はロストテクノロジーになってしまうと思われたがサキシリーズを開発した友人が
「ダメもとだが興味があるからやってみたい」
と言って現在復元中とのことだ。そんな会っていない友人二人を思い出しながらコロンビアコーヒーを啜っていると路地裏から何かが大きな物音が聞こえた。一回ではなく数回、ゴミ箱等が倒れるといった軽い感覚ではなくそれよりも重量のあるものが落ちた音だった。直感でただ事ではないと察知した私はすぐに音のした路地裏に急いだ。
路地裏に駆け付けると泥と汚れが目立った白いシャツを着た、決して浅くない並々ならぬ事情が察せられる女性が倒れていた。衣服は着ているが靴を入っていない、もしかすればビルからの飛び降りも考えられたがこの辺りで高い建物は本社だけ。落ちても骨折程度にしかならないため自殺願望は薄い。分析を後において私はこの女性を本社に運んだ。
「咲、けが人だ。スキャンしてくれ」
エントランスに寝かせて咲を呼ぶと天井から女性の頭から足に沿って光線が当てられた。
【二十代成人女性。外傷は頭部からの出血のみ。内臓、骨、神経の損傷はありません】
「マジか」
衣服など強い衝撃などから体を守るのに役に立たないものがあったとはいえ、仮にビルから落ちて頭をけがした程度。よっぽど体が丈夫なのだとしても違和感しか感じない。一人では対応できないと感じた私は部下の一人に頼ることにした。
「かぐや。ちょっとこっちに来てくれ。いや、仕事じゃない」
必要なものを持ってきてもらうまでの数分の間に傷の手当てをした後、彼女を書斎のベッドに運んだ。一息ついたところですぐにかぐやが駆け付けた。
「天道。もう少し人の使い方について学んだらどうなんだ?それに小神子もいるだろ」
「小神子には悪いがこれに関してはお前の方が扱いなれてる。あいつから学んだろ」
甲かぐや。シークの二人目の社員。私と小神子が裏でやっていることに直接関わっていないが恐らくある程度知っていると思われる。小神子の最初の部下だが小神子の不器用な指導のせいで七割くらい独学の少々憂うべき人間。男性口調は素である。
「とりあえず汚れを落として新しい服に着替えさせてくれ。俺は外にいる」
「わかった。・・・・・・なぁ天道」
私が書斎を出ようドアノブに手をかけた瞬間かぐやに呼び止められた。一瞬間のようなものができたのでかぐやにとって聞きづらいことを勇気をもって聞くような感じだったのでもしかしたら兼ねてからの懸念が当たるかもしれない。言い訳はどうしようか。正直に言うか。
「こっちは講義をサボってきたんだ。今回はカーヌメの新作シャンプーで手を打とう」
カーヌメとは高級シャンプーのブランドである。私はブランド物をよく知らないが初めてかぐやからリクエストを聞いて値段を調べた時はシャンプー一つの値段とは思えないと驚いた。
かぐやは男性口調(あとついでに慎ましい身体)なのでいつも忘れてしまうが、かぐやもそういったものをリクエストするあたりオシャレに無頓着ではないと改めて気づかされる。実際社内で二人がいる時やうろうろしているときはシャンプーや洗剤のにおいがすごいことになる。私から見てほどほどにオシャレをしているので私としてはありがたい限りだ。
女性の対処をかぐやに任せて、私は先ほどの現場に赴いた。周辺には特に関係してそうな物品は落ちていない。女性は丸腰で裸足、全身の汚れから察するに何かもしくは誰かから逃げてきたのではないかと考察できなくはない。状況証拠と想像で判断したことなので確証はない。そして彼女が落ちたであろう付近のビルだが、幸いにもビルの管理人とは顔見知りなのでスムーズに屋上に入れた。
屋上に入った瞬間、普段は感じない違和感が襲った。複数の場所から誰かに見られているような視線だ。周囲を見渡すと一瞬だがサングラスかけた男二人が西のビルの屋上で隠れるのが見えた。私の記憶が正しければあのビルは空き家であり、住居侵入罪という言葉を知らなければ近くから監視する場所としてはもってこいの環境だ。向かって損はないと考えた私は一階に降りてから向かう手間を省いてビルからビルへ飛んでいきショートカットをした。私も住居侵入罪に問われるかもだが。
「まず・・・・・・」
ビルに着地する瞬間男の一人が何か言おうとしたが残念ながら着地の際、頭頂部を手、顔に膝、ひざから下に胴体を緩衝材のようにクリーンヒットしたためその言葉は遮られた。もう一人の方はすぐに逃げようとしたが、すかさず私に首根っこを掴まれ確保された。
「素人だな」
首根っこを掴まれた男性は痛がってはいたものの猫のそれと同じく抵抗はしなかった。なのですぐに組み伏せて身体検査をするとポケットから結束バンドが二つあり、その二つで組み伏せた男を拘束。緩衝材の男からも結束バンドが丁度二つ見つかったので拘束できた。
「さて、何から聞こうか。まずは、お前ら何者だ」
「誰が喋るか・・・・・・!」
見張りは素人とはいえ口を割らないのは想定内だ。本社に連れ帰れば口を割らせる方法は簡単だが一人で男二人を抱えるのはさすがの私でも厳しい。ここで済ませるしかない。
「じゃあまずはこうだな」
私は男の右手人差し指の爪をつまんで、例えるなら給水口に繋がったホースを外すのと同じくらいの感覚で爪を引き剥がした。平和な世界に生きていれば事故にでも遭わない限り経験することのない痛みだ。ましてや爪がはがれたことで内側の肉が丸見えになってしまう。神経の集中している指を動かしたり、風に晒そうものならさらに刺激に襲われる。
「まず一つ。残りは足を含めて十九ある。その次はどうする。骨を一本一本っていうのもありだ。二百本以上ある。いや、二百本は俺も骨が折れそうだ。仕方ない、歯なんてどうだ。組織が歯の保険に入ってるといいな。がたがた鳴らせてから爪と同じくらい勢いよく抜くんだ」
「・・・・・・クソくらえってんだ」
なかなか思ったように口を割らないので今度は左手の親指から薬指の爪を勢いよく剥がした。男もそろそろ幼子のように泣きわめくようになってきた。
「昔俺も同じことをされたことがあるんだ。その時はペンチで剥がされた。心配するな決して長くはないが元通り再生する。もう一度聞くぞ。何者だ」
痛みで息の荒かった男は徐々に呼吸を整えてようやっと話し出した。
「俺たちは・・・・・・単なる下っ端だ。逃げた商品を捕まえるためのな・・・・・・」
「商品?」
「商品ってのは・・・・・・人間のことだ・・・・・・」
人身売買。人類の歴史上これほど胸糞悪くなるビジネスはない。どれだけ価値観、技術、争いの方法が変わろうとこれは変わることのないろくでもない汚物だ。
「その話、お前たちのボスに聞いたほうがもっと賑やかになりそうだ」
「無駄だ・・・・・・俺達の組織は、逃げた商品を追う命令だけを受けてる・・・・・・だから、ビジネスには一枚も噛ませちゃもらえない・・・・・・おこぼれも無しときた」
「愚かだな」
「愚かなのはどっちかな・・・・・・商品を逃がし、組織の人間が行方不明となれば・・・・・・仲間や、他の奴らも血眼になってお前を追うぞ・・・・・・!」
向こうからやってくるのであればそれはそれで大歓迎である。
「もしお前がボスと話せたらこう伝えろ。・・・・・・」
私が放った言葉は裏社会でそれなりに価値と意味を持った言葉であり、最終的には私が絡んでいることを意味している。この下っ端にとってそれがどれほどの意味と捉えられるかわからないが、言葉の意味を上の人間に聞いたら遅かれ早かれわかるだろう。
二人のことは警察に任せた後帰社した。あの女性が十中八九「マゼンツ」に関わっていると見ていい。奴らがどれほどの規模のものかはわからないがハチの巣を不用意に突くほど私は命知らずではない。それに、まだまだ情報が少ない今、うかつに行動しないほうが良いのかもしれない。
書斎に戻るとかぐやが私の椅子に座って付きっ切りで看病をしていた。
「様子はどうだ」
「とりあえず身体を綺麗にして、着替えもさせて、応急処置した。あとは目覚めるのを待つしかないな。そっちは?」
座る場所が無いので人前でやることではないが部屋の真ん中、マットの上で大の字になって仰向けになった。しかし、ここは会社だが三階部分はほぼ私の家と何ら変わりないのでこれくらいする権利はあるし、他人にどうこう言われる筋合いはないと思う。
「まーた厄介事かもな。それも一番デカそうな」
「何とかなりそうなのか?」
かぐやの何とかなりそうという言葉を聞いても私に植え付けられた考え方の前では愚問に等しかった。
「どうせ最後には何とかなるさ」
私の人生はそういうものである。目の前にどんな危機が訪れても今にして思えばどうにかなってることや直前になって打開策や秘策が降って出てきた。これから始まる出来事も終わるには多少なりとも時間はかかるが最後には解決していると思いたい。