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表の再会

 安請け合いでは無いが、どうしてこうも私はお人好しなのだろうと悩む時とそうでない時がある。今は前者だ。


 夕方


 私と瀬奈はマスタングの中から伊東のマンションに張り込み、怪しい人物がいないか見張っていた。sakiにも周囲のカメラをハッキングして私達の目の届かないところも見てもらっている。


「やっぱり、アイドルもキラキラばかりしてるわけではないのですね……」


 瀬奈が今回の仕事について一言漏らしていた。


「ファンは見えるものしか見れないからな。裏では血の滲むような努力を見せず、悟られず、見てもらいたいものだけを見てもらう。そう考えると彼女らはすごいよ。おまけに自分以外はライバルでトップクラスに立てるのはほんの一握り。ある意味最も苛烈な競争環境だろうな」


 私にとっては苦手な環境だ。意外かもしれないが、私はあまり人と競うことを好まない。ゲームや遊びのようなエンターテイメントが絡めば話は別だが、業績争いや出世レースといったものを苦手としている。恐らく、私が社会に蔓延る一般企業でセールスマンとして働こうものなら出世することなく、一生使い走りや平社員として生きていくだろう。それはそれで良いかもしれない。


「なぁ、瀬奈。ファンタスティック・ドリーマーズってそんなに有名なのか?」


 どれほど有名か調べようとしたが、いつのまにか忘れてしまっていたのでせっかくの機会と考えて瀬奈に聞いてみた。


「太陽さん、ご存知ないのですか!?」


 瀬奈にこれまで無いくらいに驚かれた。


「残念ながら全く。ファンドリって略すのか」


「今や天下に名を轟かせるトップアイドルですよ!?世俗に疎いのも太陽さんらしいというか……」


「……悪かったなものを知らなくて。で、有名で人気だとしたら、その分アンチとかもいるんだよな。脅迫状を送るってことはやはり……」


 それが自然の摂理なのだろうか。どこかの誰かにとって幸せでも、誰かにとってはそれが不幸。人気コンテンツでもそれを利用したことのある人数の中には必ず否定的な人間も少なからずいる。世の中のやることなることには必ず表と裏がある。


「あ、そうだ。実は武田さんから、何かの手掛かりになると思い、いくつか脅迫状を頂いてきました」


 なんと気の利く部下なのだろうか。瀬奈の鞄から全く別の色の封筒が四枚ほど出てきた。筆跡は同じな辺り同一人物とみていいか。一枚ずつ中身を改めると内容はばらばらだった。強い怨念が込められた筆跡だったり、新聞や雑誌の文字の切り抜きで文章を書いていたり、それを合わせたものもあった。それに加えて文言も誹謗中傷という内容を除けば全て異なっていた。


「一貫性が無いな。一体何が目的なんだか」


「こういうのはその人に振り向いてほしいがために、手段を選ばないものです。タチの悪いかまってちゃんほど面倒なものはありません。大学での小神子さんもここまでではありませんが苦労しています」


 そういえば以前そんな感じの現場に居合わせたっけか。だが、小神子ならそんな状況でも乗り越えられるだろうという信頼がある。


「まぁかく言う小神子さんもその傾向はありますが」


 小神子がかまってちゃん。あまり想像し難いが心当たりがいくつもある辺り否定もできないが、本人の名誉もあり肯定もできない。


 ーーマスター、少し宜しいでしょうか。


 カーナビの画面にガイドの服装をしたsakiが現れた。咲シリーズのオプションの一つに彼女らの役職や状況に応じて服装が変わるというのがある。普段は三人の好きな色をベースにしたパンツスーツであるが時にはコック、時にはシャーロック・ホームズ風の探偵服等多種多様である。現在はカーナビに紐付けされてるせいかガイドの服装だ。ちなみに、三人の好きな色は咲は緑、sakiは赤、サキは青となっている。


 ーーマスターから西に離れた地域にかれこれ一時間ほど同じ場所を行ったり来たりしている人物が一名確認できます。


「待ち合わせや方向音痴の可能性は?」


 ーー否定。人物がいるのは住宅密集地。近くに公園があるため待ち合わせを想定するとそこを選ぶのが論理的です。また、この人物は十分から二十分おきにその場所を離れ、直径四十メートルの範囲を徘徊した後また同じ位置に戻ってきています。この直径四十メートルの範囲はいずれも駅から歩いてくる時必ず入る道がいくつもある場所です。この場合待ち合わせというより待ち伏せというのが適切です。


 sakiはプレゼンでもするかのように小さな画面にカメラの映像やマップを出して説明しだした。sakiのこの分析は大いに信頼できる。


「わかった、行こう。瀬奈はここで待機」


 私は車から降りて、現場に向かった。


 ターゲットから少し離れた位置に待機してスマートフォンを見た。先ほどsakiが出してくれた画面がそのまま反映されておりマーキングとして私のデフォルメされた似顔絵、伊東を意味する伊、ターゲットには!というマークがあった。


 ーーマスター。駅周辺で伊東様を確認。こちらに接近しております。


 まさかのピンポイントで私のいる道に向かって来ている。伊東には悪いが普段の自然な行動と油断しきっているターゲットを確保したいため私は今いるところを離れた。


 ーーターゲットが伊東様の視界に入りました。尾行を開始しております。


 sakiのその報告を聞いた後、私はターゲットの後ろについて、尾行した。


「saki、この場所に車を移動してくれ」


 ーー了解しました。


 ターゲットは一点を見つめるように伊東に注目している。クロと見て間違いないだろう。そう確信した私は少しずつターゲットに距離を詰めた。


「瀬奈、車のロックを解いておいてくれ」


 ーーえ?わ、わかりました。


 ターゲットに近づきつつあった私は、車を移動させた場所まで近づき、あと数メートルといった具合のところで私はターゲットを拘束した。声を出さないように口元を抑えると、それを剥がそうと右手で私の右腕を剥がそうとする。余った左手は相手の抵抗を抑えるために左腕を押さえた。


「はいはい暴れない」


 思い出したかのように私は言ったがそれで暴れなかった相手はいない。私から見たらささやかな抵抗をされながらも私はターゲットをマスタングの中に放り込んだ。


「さて、ようやくお話ができるな」


「だ、誰だあんた!?」


 ターゲットは男、年齢は十代後半から二十代前。私と年はそこまで離れていないように見える。


「俺は少しお話がしたいだけだ。ファンタスティック・ドリーマーズのサオリンって知ってるよな」


「し、知らない」


 反応がわかりやすすぎる。憎しみもこもった目でこちらをじっと見ているが言動や態度から嘘とわかる。


「けど、さっきは随分ご注目してたみたいだったぞ?それに、さっきカメラの映像を拝借したんだが、お前の携帯の壁紙サオリンだったぞ。嘘はいけない」


 男の顔が青ざめた。


「お前が彼女のところに脅迫状を送っているのは知ってる。それも日に日に増えてる。さぞ暇なんだな」


 私は基本的にカタギには手を出さないが、この男のように無実の他人を困らせたり、手を出す一歩手前までいくと手を出すべきかそうじゃないかの境目がどうでも良くなり、たまに出してしまうことがある。私はそれをギリギリまで抑えるという名目で瀬奈の持って来た封筒を男に投げつけた。


「し、知らないよ!俺が送ったのはこいつだけだ!」


 男は四枚のうちの一枚を手に取り、私に見せつけて来た。一体どういうことだろう。


「この四枚全部お前のではないと?」


「そうだよ。俺は言われただけなんだ」


「ならこの筆跡はなんだ。お前のじゃないのか?」


 男が首を横に振って必死に否定の姿勢を見せた。


「これは最初からこうだったんだ!」


 もし本当だとしても今の状況からして非常に見苦しい理由だ。


「どうも信じられないなぁ。まぁいい、それは俺の仕事じゃないんでな。saki、出してくれ」


 脅迫状の内容が内容だけに決して軽くはない罪を恐らくだが背負うことになるだろう。だがもし、筆跡鑑定の結果がこの男の言う通り、最初から封筒に書かれていて、男のものとは関係ないとしたら。


 数日後


 オフィスの革製の椅子に座っていると知り合いから連絡が来た。


「一致しない?」


 ーーあぁ。容疑者が送ったと言われているたった一つの封筒を除いて、全部一致しない。他のも同様だ。封筒の中の文字とまるで筆跡が一致しない。


「容疑者が器用に書き分けられるというのは?」


 ーーそれはありえない。あの男がそこまで器用には見えないし、そもそも筆跡というのは人によってとめ、はね、はらいの角度や筆圧も違う。指紋や手相と同じようなものだ。それを真似る人間なんて、俺は聞いたことないね。


 だとしたら、あの男の言ったことは本当だったか。だとしたら、他にも。


 ーーマスター、武田様一行がお見えになりました。


 時間だったか。そう思った私は出迎える準備をした。今日は理子がいないため咲らの義体を使わせよう。


「どうも武田さん。ご無沙汰……」


 咲が武田様一行と言った時人数は言ってなかった。なので、私はこの前のように伊東と来たものとばかり思っていたが、以前より人数が一人増えていた。


「天道さん、ご紹介します。こちらは社長の沖田琴です」


 まさかこんな形でまた会うことになるとは思ってもみなかった。


「久しぶりね、天道くん」


「ええ。お久しぶりです、沖田さん」


 私は軽く会釈した。


 沖田琴。私がかつて受けた仕事で護衛対象だった人物。普段は護衛の仕事を受けない私だが、彼女の場合裏ルートでの依頼だったので仕方なく引き受けたのだった。色々あって前職を辞めた彼女だったがその後起業したとしか噂でしか聞いたことなかった。


「社長、お知り合いでしたか」


「ええ、私の命の恩人」


 いつも私が理子に言っている事を自分が言われる身になると少しばかしこそばゆい。


「沖田さん。一つ聞きたいのが、起業するにしても何故に芸能事務所なのですか?」


「それがね、ある日不意にこの手のスマホゲームを始めたら結構夢中になっちゃって。それが縁で芸能事務所を開いたの。実は昔から芸能界にも興味があったし」


 元を辿ればスマホゲーム。それで起業するのもなかなかだが。だが、彼女の能力や手腕からすればたかだか数ヶ月で立ち上げた会社のアイドルが今やトップアイドルにさせるのも頷ける。


「面白い。ゆっくり話を聞きたいとこですが、今はこっちに話題を変えましょう。すでに耳に入ってるかもしれませんが、伊東君に脅迫状を送っていた人物が逮捕されました。が、私の知り合いが教えてくれた筆跡鑑定の結果脅迫状を送ったのはもう何人もいることが判明。まだ事は終わってないというのが現状です」


 sakiが気を利かせて以前カーナビでやってくれたようなプレゼンを投影機から映していた。


「一つ、不明な点があります。トップクラスとはいえ、何故アイドル一人にここまでするのか。最初から男一人の犯行ならともかく、脅迫状の量から鑑みて半組織的な規模のする事ではない。伊東君、何か心当たりがあるのでは?」


 彼女が犯罪に加担しているとは毛頭信じていない。しかし、彼女が渦中にあるというのは否定できないし、何より沖田の時のケースもある。


 なかなか口を開かない伊東に沖田が肩に手を置いて何やら諭した。


「大丈夫、私はこの人に全幅の信頼を置いているの。必ず力になってくれるわ。私が保証する」


 聞き耳をたてているそんなことが聞こえて来た。ここまで来たら私も最後まで付き合うつもりだし、何より沖田の頼みとあれば二つ返事で了承する。そうしてしばらくして伊東が口を開いた。


「実は……」


 話はこうだ。悪徳なコンサルタントからあの手この手の性的な脅しや接触があったが、伊東君はそれを全てあしらっていた。それを面白く思わなかった相手が様々なコネを使って脅しをかけて来たそう。


「あのエロ親父。うちの子になんてことを。全く嫌になるわ」


 話を再び聞いたであろう沖田は声こそ荒げなかったが怒りを露わにしていた。私の中での沖田はこんな発言を聞いたことが無かったので少し新鮮で且つ私個人としては好感が持てた。


「だが、伊東君には不利になるネタなんて無いのだろう?いわゆる新進気鋭のアイドルユニットなんだし。それこそプライベートの盗撮写真でも」


 すると沖田が答えた。


「それがあの男。AI生成した写真をあたかも本物のように見せつけて来たの。どこまで女を馬鹿にすれば……」


 沖田は完全に燃え上がってる。


「わかった。沖田さん、そのエロ親父の情報を詳しく教えてくれ。武田さんと伊東君はこれまで通り仕事していて構いません。あとは私がやります」


 さてと早速準備に取り掛かろう。エロ親父が相手となれば三人を近づけるわけにはいかない。久しぶり……というわけでもないが単独任務だ。


「ありがとう天道くん」


「沖田さんの頼みとあれば。お安い御用です」


 すると沖田は怪訝そうな顔をした。


「天道くん。そろそろ沖田さんじゃなくて、沖田君とかでもいいのよ?年齢はともかく立場的には対等なわけだし」


 参った。沖田を沖田さんと呼ぶのは私の魂がそうしなければと思ってやっていることのためだからだ。そんなもんだから私も怪訝そうな顔をした。


「嫌そう……」


「うーん……嫌っていうか抵抗があるんです。これは私がこうしなきゃと思ってることなので。それに私からしたら沖田さんは沖田さんなので」


「これから!は!沖田!君!で!お願い!します!」


 押し切られてしまった。これ以上うだうだ言っても面倒そうだ。


「……沖田君。沖田君か……悪くないかな」


「そうそう」


 乗せられてしまった。

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