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至上の幸運

 一週間後


 ーー続いてのニュースです。先週……にて発生した通信障害ですが当局からの発表によりますと突如発生した太陽フレアが原因と言われています。NASAの発表では……


 私はオフィスのテレビでやっていた、朝のニュースで先日起きた事件のその後を見ていた。まぁあと一週間もすれば鎮静化するだろう。それまでは念の為自宅にいよう。


 あれからというもの、ミサイルサイロはオフィサーに依頼して組織総出で解体させた後国内から重機や大海東製品を悉く撤退させた。オフィサーの組織がどんなものか未だに謎だがこれだけの芸当ができるのなら尊敬に値する。その代償は高く付いたが。


 ここ数日周辺に監視の目が無くなったことからとりあえず三人の待機を解除した。しかし、私は堂々と表に出て活動していたため暫くの間自主待機をしていた。そのため自由となった三人らは朝から散歩に出かけていた。とりあえず三人分の朝食を準備することにした。


 ここ数日は魚や和食続きだったからたまには洋食、スクランブルエッグやベーコンエッグにするのも良いだろうと考えていると。


「おはよう、太陽」


 理子が現れた。先日の一件の時すでに出勤していたので、もし何もかも遅かったら彼女は今ここにいない。ここ数日は死ぬかもしれなかったということを噛み締めながら大切に会うように心がけている。


「おはよう。理子」


 挨拶をすると理子は私に思い切り抱擁してきた。


「ありがとう」


 今まで聞いたことのない、理子の今にも消え入りそうな声。だが、それは感謝の印であるということを私はわかっていた。


「いや、俺もお礼が言いたい。理子と出会っていなかったら今回の件、止めることはできなかった。だから、俺も、ありがとう。生きていてくれてありがとう」


 私としては人生最大級の感謝。抱擁をしていると理子が大きく息をする。


「相変わらずいい匂い。おんなじシャンプー使ってたのに何でこうも違うのかしら」


 あれ、理子ってこんなことする人間だっけ。と、私の中での理子の人物像が揺らぐ。


「まるでかぐやみたいだな」


「そう?どこが?」


 数日前


「太陽、お前のシャンプー使っていいかー?」


「良いぞ」


 私は二つ返事で了承したが、もう切れたか。詰め替え用を新しく買っておくか。というか、シャンプーの消費が激しい。かぐやはそこまでではないが、小神子と瀬奈の髪は長い。この生活が始まったものの通販でシャンプーを購入する回数が増えた。おかげで私のアカウントに表示されるおすすめの商品は洗剤で埋め尽くされている。


「どうして私や小神子さんのじゃなくて、太陽さんのなのでしょう」


 瀬奈が私に聞いてきた。言われてみればそうだ。二人のシャンプーはツヤや滑らかさと香りの良さが特徴のもの。それに比べて私のシャンプーは泡立ちや洗浄力重視という表現が正しいかわからないが無骨なものだ。


 しばらくしてかぐやが風呂から上がってきた。そんなかぐやに先ほど抱いた疑問を投げかけた。


「なぁかぐや。何故小神子や瀬奈のじゃなくて、俺のシャンプーを使ったんだ?」


 かぐやは無言で私に近づき、何も言わずに髪や首の匂いを嗅ぎ始めた。


「何だよ」


「うーん、やっぱり違うな。太陽、香水の類をつけたことあるか?」


「この家でお前ら以外の香水見たことあるか。というか、本当にどうした?」


 ちなみに風呂場の隣にある洗面台は女性物の洗顔剤や様々なもので固められておりものすごい彩りな有様となっている。


「いや、太陽っていい匂いがするなぁって」


 風呂上がりのかぐやからは如何にもつい先ほどまで風呂に入ってましたというような匂いと、私が普段使っているシャンプーの特にこだわりの無い匂いがした。すると瀬奈が立ち上がりちょこちょこと私に駆け寄るとかぐやと同じように匂いを嗅ぎ始めた。瀬奈の場合良いシャンプーを使っているので良い香りの髪が揺れるたびにそれがやってくる。


「ほ、本当ですね。でも、これって太陽さんの使ってるシャンプーの匂いでもボディーソープでも無いですよね。リンスもトリートメントもしませんし」


 瀬奈はさらりと言うが何故私がリンスもトリートメントも使わないことを知っているのだろう。いや、冷静に考えれば浴室には私の使用する洗剤の比率が圧倒的に低いので少し考えればわかる。と、信じたい。


「そういえばこの前……」


瀬奈が思い出したように言うと思えばそこで終わった。


「そういえばって何だよ?」


 かぐやが好奇心からか瀬奈に問いただす。


「な、何でもありません!」


 ますます気になったかぐやが瀬奈を追跡し始めた。


 そう、確かそんなことがあった。そして現在。


 先に作ってしまった朝食を理子と食べながら話していた。理子はすでに朝食を食べていたが、せっかくだからと味噌汁と漬物だけを食べていた。


「美味しい。成長したわね」


「少しの期間と新しい環境があれば皆そうなるさ。あなたもそうだろう?」


「確かに」


 理子は笑いながら言った。人が成長するきっかけは様々だ。勝手にそうなってることもあれば、他人がきっかけの時もある。


「ねぇ太陽、今やってる仕事で相談があるのだけど……」


 時々であるが、彼女の仕事が行き詰まった時はこうして相談に乗ることがある。とは言っても私にできるのはせいぜいたかが知れている。


「なるほど。男女の働き方ねぇ……じゃあ、あの人かな」


 私はスマートフォンの電話帳をに登録されている百件近い連絡先から今回の件で知恵を授けてくれそうな人を検索して探し出した。理子に失礼とだけ言って通話を始めた。


「私です。実はかくかくしかじかがございまして……」


 しばらくした後、助言やアドバイスをいただいた後、真田理子の事を軽く紹介して電話を切った。今度メロンでも送ろう。


「お待たせ。さっきの続きなんだが……どうした?」


 理子が何やら不思議な顔をしている。喜怒哀楽のどれでもなく、鳩が豆鉄砲を食らった訳でもなく、何とも捉え難い表情だった。


「太陽君、そのスマートフォンに入ってる連絡先っていくつ?」


「え?九十六件くらい」


「くっ、負けた」


 マウントでも取るつもりだったのだろうか。悔しそうだった。いや、それでも理子の登録してる連絡先は少なくとも五十件以上あるから充分多い方だろう。


「まぁ良いや。で、さっきの件なんだが、この人が力になってくれる。理子のことも話してあるからいつでも連絡して良いと」


「そう、ありがとう」


 いつもだいたいこんな感じ。こうして理子の人脈も増えていくと言う寸法だ。私が五十件以上と連絡先の数を把握していたのも私が紹介した連絡先も勘定に含んでいる。


 しばらくして小神子達が帰ってきた。


「おかえり」


「おかえりなさい」


 二人で出迎えた。その有り様はどう見えるのだろうか個人的に気になった。


「理子さん!おはようございます!」


 瀬奈が丁寧に会釈する。こういう姿勢はシンプルに尊敬する。決して身体を前に倒す時、双丘が揺れるのを見れるというやましいことは全く無い。多分。


「おはよう瀬奈。朝から元気ね」


 私はこの光景を微笑ましく感じた。家族、家庭を持つということはこういうことなのだろうか。とても暖かい気持ちが広がる。というよりか、あんなことがあっても理子が生きているということに安堵しているのかもしれない。


「何か嬉しそうね」


 私の隣に座った小神子が言った。どうやら私は嬉しそうな顔をしていたらしい。実際顔はわからないが心持ちは穏やかな辺り顔にも出ていたのだろう。


「そんな顔してたか。そうだな、小神子、かぐや、瀬奈、理子、俺にとってかけがえの無い人達が、ここで笑って過ごしている日常が良いなぁって」


「ふふっ、何それ。でも、あなたの言うとおり、笑うことって良いものね。あまり意識したことなかったけど」


「前にも言った気がするが、そもそも皆意識してやるものじゃないよ。そら、今の小神子は自然な笑顔に見えるぞ?」


 小神子の笑顔を改めて見る。普段は仏頂面だが、笑顔を見せると優しさに満ち溢れている顔のように見えた。


「本当に、今回は太陽のおかげね」


 理子が大袈裟な事を言った。私一人のおかげでは無いのは私自身が充分に理解している。何でもできるように見えて、何もできないと言うのは野暮だろうと思った。


「そう思えたら、感無量だよ」


 この光景と言葉を見聞きしたら親は何と言うだろうか。自分の願い通りに育った子供は親からしたら嬉しいのか。それとも、もっと自由に生きてほしいと望むのだろうか。


「太陽、何考えてるの?」


 ぼーっとしていた私に小神子が聞いてくる。いつのまにか私の腕に腕を絡めていた。


「いや、何でも」


「じゃあ、そろそろ教えてくれない?私にあんな事させた理由」


 あんな事。私が小神子に襲うようにした理由。事態もひと段落したし、そろそろ頃合いかと判断した私は周りに聞こえないように小神子に囁いた。すると、頭から湯気が出ていると思わせるくらい小神子の顔が赤くなり、きゅーと変な声をあげながら私の膝下に倒れた。


「小神子の奴どうしたんだ?」


 かぐやが駆け寄ってきた。


「さぁ、疲れたんだろう」


 適当な事を言ってかぐやをあしらった。


「朝からイチャイチャしちゃって。お盛んですなー」


 かぐやがニヤニヤしながら揶揄ってきた。こんなことはもう何度も言われていたので慣れた。


「そういえばこの前のニュース、太陽が関与しているってこと全く撮り立たされないよな。何でだ?」


「もちろん俺の友人達がうまくやってくれたからさ」


 オフィサーを友人と呼ぶには些か不自然だし違和感がある。そこまで気を許している関係では無い。お互い持ちつ持たれつと言った方が正しいだろう。


 小神子が起きてからしばらくして三人はそれぞれの自宅に一旦帰った。私と理子は再び平和を享受し、朝のニュースを見ていた。ニュースでは最近流行りのアイドルの曲がチャート入りしたというニュースだった。


「太陽ってアイドルの知り合いっているの?」


 理子が聞いてきた。


「芸能界の知り合いなら何人かいるが、アイドルとなるとゼロだ。正直、あまりお知り合いにはなりたくない」


「そうなの?有名人と知り合いって結構なステータスと思うのだけれど」


 これには私の経験よりも主観が大いにあった。


「俺から見たアイドルっていうのは売れるために自分自身を隠して、皮を被って生きているのと同じなんだ。皆が皆そうだとは言えないが。でも、そういう考えが先行してしまうせいで、同じ人というよりは何を考えているかわからない、動物と同じだ」


「……なかなか捻くれた考えね」


 捻くれているというかなんというか。こんな話を人気トップアイドルのガチのファンクラブの前でしようものならいつどこから刺し殺されても不思議じゃないだろうと思う。


 そんな談笑をしていると


 ーーマスター、お客様がお見えになっています。


 お客様?一体いつ振りだろうか。


「saki、予定に入ってたか?」


 ーー否定。


 アポ無しか。出迎える準備なんてしていないのに急に来られるのは少し参る。だが、遠路はるばる来たとしたら無碍に帰すわけにもいかない。


「五分で支度しよう」


 五分後


 オフィスをいつもの様相に整えて、咲に迎えに行かせた。sakiやサキを使っても良かったが、前者はとっつきにくい印象を与えるだろうし、後者は前者に比べればマシだろうが、明るすぎて威厳にかける。ここは中間辺りの咲を迎えに行かせるが妥当。


 咲に案内されてやってきたのはスーツ姿の男とブラウンのコートにサングラスをした人物。体格で判断できないが、男と違って化粧を念入りにしていることから女性と見える。その逆もあり得そうだが。


「はじめまして。私、こういうものと申します」


 男が名刺を渡してきた。


 サーガ・レジェ芸能事務所 ファンタスティック・ドリーマーズ プロデューサー 武田翔


 情報量が多い。というのが私の所感。まず、先ほど私がアイドルについて半ばディスりをしていた時タイムリーに事務所の人間が現れたこと。次に、いったいどこのだれがこんなご大層な名前を付けたのか顔を見てみたい。付け加えるとユニット名だろうか。長い。敢えて最後に言うとすればこのユニット。先ほどニュースに出ていたユニットだ。


 話を始めさせるために席につかせる。椅子は座り心地の良いレザー製で来客用で購入したが、来客なんてほとんど来ないここでは持て余していた。机もマホガニーの長机で高さは膝下ほどしかない代物。これは相手の態度や仕草といった全身像をなるべく視認するため。ちなみに、三人と食事をする時は椅子にだけビーズクッションを敷いたりする。なお、鍋パの時は別途机を出している。


「ファンタスティック・ドリーマーズプロデューサー……ここ最近メディアに引っ張り凧の人間がうちにどのようなご用件で?」


 話を始めると同時に理子がストローを刺したお茶の入ったペットボトルを出してきた。エリート官僚がちゃっかり秘書の仕事をしている。私としては非常に愉快な光景だった。


 男が話し始めた。私から見える彼の第一印象は誠実といった具合。仕草や


「実は半年ほど前から、彼女の元に脅迫状が送られてくるようになったのです」


 嫌な予感がする。


「最初は一週間に一枚ほどだったのが、今では毎日数十枚にまで増えました」


「この件、警察には相談されましたか?」


 良い返答は期待していない。


「ええ、もちろん。私たちの思ったような動きはしてくれませんでしたが」


 要するに対応はされたが、根本的な解決には至ってないと。それが五ヶ月ほど前と仮定して、現在まで解決していないとなるとこのお二方はほぼ見切りをつけていると見ていい。


「単刀直入に申し上げますと。あなたに彼女の護衛を引き受けていただきたい」


 武田に紹介されたコートの人物。やはり女性であった。サングラスを取り、素顔を明かす。


「伊東沙織です。よろし……」


「サオリン!?」


 後ろに控えていた理子が思わず声をあげた。そのおかげで元々無いも同然だが、威厳というのが無くなった。


「有名人か」


「そもそもファンタスティック・ドリーマーズ自体さっきニュースでチャート入りしてたユニットよ!あ、あとでサインください!」


 私より年上で、キャリアも立派なエリート官僚がはしゃぐ姿は複雑になる。こういう一面もあるから面白いのだが、時と場合による。


「ええ、構いませんよ」


 さすがはトップアイドル。こういった反応は慣れているのだろう容易にあしらった。私は話を戻すため咳払いをした。


「それで、伊東さんは身辺の護衛を希望されると?」


 伊東は頷いた。


「はい、お願いします」


 そして、頭を下げた。やっぱりそうなるよね。ある程度は予想できていた。私は薄皮程度の社会人としての態度を崩して鼻で軽くため息をついた。


「ふむ。伊東さんは頭を上げてください。そして武田さん、あなた方の事情はよく理解しました。しかし今回の依頼お断りします」


「何故!?」


 武田が少々興奮しだした。気持ちはわかる。


「まず、うちはそういった警護や警備の仕事を引き受けていない。警察は無理でも、警備会社に相談するのが英断です。次に、警察は何もしてくれないわけではない。脅迫状を送ってきた相手の特徴やあなた方の心当たり等が無ければ優秀な日本の警察は相手にしてくれません。だから、まだ警察を頼ったほうが良い」


 私が知り合いに頼んで無理矢理にでも捜査させるよう頼んでもいいが、それは最終手段としてしておこう。まずは探偵や調査をしてくれそうな人物に容疑者の調査を依頼するのが無難。


 この会社でやっていることは、私がエミリアのもとでお世話になっていた時していたなんでも屋と大して変わらない。収入は不安定かもしれないが、案外割と依頼先も多い。なお、なんでもとは言ったが警備の様な国の許可が必要な物は基本お断り。公式ホームページにも書いている。


 だが、私の功罪というべきだろう。困った人を見ると何もせずにはいられない。一方的に断ることもできるが、それだと私の本心が夢見が悪くなる。


「とは言いましたが、そうですね。警護の類は出来ませんが、脅迫状の送り主を突き止める。というのであれば引き受けましょう」


 すると武田の顔があがった。


「本当ですか!ありがとうございます!」


 武田は立ち上がり、深々と頭を下げた。いやはや、我ながら甘いと思う。


「ところで、気になったのですが、天道さんはアイドルに興味がない感じですか」


 ひとまず話が済んで、気持ちが落ち着いたのか、武田の方から話しかけてきた。


「申し訳ありませんが。全く」


 先ほどの理子とのテンションの差を見ても明らかだ。


「それはどうして?」


 とても先ほどの私の主観は言えない。ここは一つ、良い感じのもので乗り切るしかないだろう。


「単純に今やっていることで手がいっぱいなだけです。のめり込めばハマったり推し活に殉じる楽しみを知ってる人間なのですが、アイドルにはあまり縁がないですね」


 何も楽しみが無いと言えば嘘になるが、私と同年代の人達は傾向を見るに「推し」というものが存在して、それをそれぞれの形で追うことを楽しみにしている人間が多い。


「無礼は承知ですが、今時珍しいですね」


「よく言われます」


 理子は伊東と何やら談笑している。今目の前に自分の推し……なのだろう、それがいるというのはファンとしてはこの上ない至上の喜びだろう。私にもそういったものを見つけられるだろうか。

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