非日常の雄叫び
翌朝
眠りから意識が戻った時違和感に気づいた。隣に重みと暖かみを感じる。意識が少しずつ覚醒して、冷静になって分析していくと腕にも同じ暖かみと柔らかい感触があった。ベッドを翻して見てみると驚きのあまり普段は絶対出ないような声が出た。
「せ、瀬奈!?」
隣で瀬奈が寝ていた。夢の中とはいえ小神子に夜這いをされたことがある。夢だからそれは良い。だが、今起きているのは明らかに現実。私の大声に反応したのか瀬奈が起きそうになった。
「ん……あぁ、太陽さん。ふぁ〜……おはようございます」
何故私を認識しておきながら、この状況で違和感を抱かないのだろうか。さては確信犯か?
「瀬奈、今どこにいるのかわかってるのか?」
起きた瀬奈が周りを見渡す。
「太陽さんの書斎ですね」
間違いない、確信犯だ。
「そうだ。何でここにいるんだ?確か客室で寝ていると思っていたんだが」
シークには使われていない部屋が元々多い。私はその一部を民宿にした時のために客室に改装していた。三人にはそこに泊まるよう言っておいたのだが。
「昨日から私なりに考えた、太陽さんに人並の幸せを持って良いと思わせる方法です!」
頭の中が宇宙の深淵並に無となる。一体何をどうしたらそうなるのだろうか。
「太陽さんには人肌の温もりを感じてほしいのです。そうすればきっとわかります」
分かりたくないとは言わない。だがもっと方法があるだろうに。
「瀬奈、その恥ずかしくないのか?」
「ちょっと胸がキツくてボタンが閉じられない以外は問題ないです」
瀬奈の着ているのは以前小神子がサイズを間違えて買ってしまったシャツ。ここに置きっぱなしになっていたのを引っ張って瀬奈に着せたようだが、もっと上のサイズが必要なようだった。そのせいか瀬奈の立派な双丘が強調、谷間がちらりと見える。
「じゃあ似たようなことを聞くんだが、抵抗みたいなのはなかったのか?」
至極最もであろう質問を投げかけてみる。すると、みるみる瀬奈の顔が赤くなっていった。
「じ、実はちょっと恥ずかしかったです。年の近い男の人と一緒に寝たことがなかったので。太陽さんが寝返りをして顔が近くに来た時は……ちょっと情緒がおかしくなりそうでした」
やれやれと思った私はここである不安が過ってしまう。小神子の夜這いの夢の時のようにいくのであれば懸念事項としては充分有り得る。
「瀬奈。一応聞いておくんだが……ナニもしてないよな?」
「さ、流石にしてません!」
朝一の赤くなった顔で否定された。とりあえず一安心だ。小神子以上の行動力があったので心配だったが、寝ている私にソレを仕掛けるほどまではないようだ。
その時、書斎の扉が開いた。瞬間私は断片的なキーワードを思い起こし、それをつなぎ合わせて行動に移そうとした。
扉が開く、瀬奈がいる、まずい、隠す。
時々ではあるが危機的状況や咄嗟の行動が求められる時に起こりやすい。しかし、今回は残念ながら一手遅かった。何故なら、扉を開く時ノックの音が聞こえなかった。
「太陽。そろそろ起きなさい、朝食が……」
私の書斎、ベッドに瀬奈と私、状況証拠としては充分だろう。私はあらぬ疑いがかけられるのではと思い少し取り乱す。
「ま、待て、話せばわかる。冷静になってよく考えろ」
返ってきたのはいつものような冷静な小神子。
「私は至って冷静よ。さ、続けても良いわよ?」
「「小神子!?」さん!?」
色々な意味で衝撃的な言葉に私と瀬奈の声がハモる。
「太陽。前にも言ったけど、私で良ければいつでも良いのよ。瀬奈も良ければ混ざりたいところだけど」
朝というのは人の思考力や理性を著しく低下させる作用でもあるのだろうか。
「だ、ダメです!太陽さんは私と添い寝したのですから、今は私のものです!」
「色々と飛躍しすぎてないか?」
私の意見は求めないのか、勝手に瀬奈の持ち物に追加されてしまった。それに負けじと小神子もマウントを取る。
「そんな戯言通らないわよ。私はあなたより太陽と付き合いが長いのだから、先に私の方に権利があると思うわ」
戯言というより詭弁だ。それも両方。朝から女性のマウント合戦という修羅場を目撃してしまい育ての親である理子に一筆したためたくなる。
拝啓真田理子様、あなたと一緒に暮らしていた時より女性が増えたせいで複数の女性と住むことに苦労しております。どうか年長者として、育ての親として私に平和の日々をお与え下さい。あなたの愛しい太陽より。
多分こう返ってくる。
神頼みみたいな申し上げ方大変結構に存じます。だけど、私は神じゃないわ。それに神は自ら助くる者を助くというのだから、あなたが頑張りなさい。真田理子。
ふむ、そう考えたらどうにもならないようだ。しかし、どうしたものか。自然に身を任せるしかないのだろうか。いや、瀬奈のやり方であるが彼女のなら大体こうする。
「そこまで。朝からするもんじゃないだろうに」
私は瀬奈と小神子の間に入り一応の喧嘩の仲裁をした。
「瀬奈、先に下に行け。小神子、一つ話を聞かせよう」
一触即発と言うべきか、警戒し合う野良猫を見ているようだった。瀬奈が出ていくと私は一度ベッドに戻った。
「小神子、一つお前に頼みたい。今この場で俺を襲ってみろ」
「へ、え!?」
小神子の素っ頓狂な声。ずっと聞いていたい気もするがそんな暇はない。
「俺は抵抗しない。お前の好きにしてみろ」
私はベッドで大の字になる。小神子の息が徐々に荒くなっていった。恐らく本当にやって良いのか迷ってる瀬戸際。そして生唾を飲み込んだ後。
「じ、じゃあ……し、失礼します……」
やれと言われてやれるものじゃないとわかっていた。私に柄にもなく敬語を使う小神子。私に対して今日より前に使ったのはだいぶ前だった気がする。よく覚えていないが。
小神子はまず私の身体の上に乗ってきた。
「お、重たくない……?」
重たい。なんて言えない、本当の事でも女性の前では言うなとかぐやにそう教えられている。
「心配ない」
次にゆっくり上半身を倒すと同時に髪を耳の後ろに引っ掛けながら顔を私の眼前に近づけてきた。接吻でもさせるのだろうか。小神子の息遣いが近づいてくるのを感じた。あと少しのところで動きが止まった。
「や、やっぱり無理!」
勢いよく私の身体から離れて息を整えた。やっぱりこうなるかと私は心の中で思った。
「ど、どうしてこんな事させたの?」
「うーん……ただの気まぐれ」
私が真意をはぐらかすと小神子が頬を膨らませて、その場にあったクッションを私の顔に命中させた。
「本当の理由は然るべき時に教える。今は時期も形も良くない」
「時期はともかく、形を悪くしたのはあなたじゃなくて?」
それもそうだ。
「絶対にいつかあなたに話してもらうから、覚悟してて」
「わかったよ。で、初心に立ち返って聞くんだが、俺に何か用だったのか?」
小神子が私の部屋にノック無しで入ってきたと言うことは何か急を要するものか。いや、先程瀬奈とのバーサスを見る辺り深刻なものではなさそうだが。
「朝食が出来たから起こしに来たのよ。何故か瀬奈がいたけど」
「そういうことか。まだ聞きたいんだが、何故ノックをしなかった?もし瀬奈がいなかったらどうしてた?」
しばらく沈黙が続くとまた小神子の顔が赤くなる。
「瀬奈みたいに……驚かそうと思って……ベッドに入ろうとしてました……」
別に私は怒っているわけではないのだが構図としてはそう見えるだろう。
「そんなに沈まなくても俺がこの位のことで怒るわけないってお前も知ってるだろ?まぁ、お前がやろうとしてたっていうことであれば驚いた」
小神子は以前私に胸中を打ち明けてくれた後、私へのスキンシップが多くなった気がする。好意を隠す必要が無くなったからなのか、何か憑き物が落ちたのか、本人しか知らない。だが、以前よりも表情が柔らかなったのは明らかだった。
「さて、この話は一旦おしまい。朝飯食おうぜ。久々の小神子の飯だ」
小神子の作る料理は美味い。家庭的と言えばわかりやすいだろう。
ここ最近はオフィスで食事をする場面が多いが本来ならもっと広い三階、私の書斎の隣にあるプレイルームで食事をするのが常だった。二階はキッチンとオフィスが近かったので効率を考えてそうなっていたが瀬奈が来たことで実は二階は手狭になりつつあった。ましてやこたつを出して鍋をつつこうなんてとてもではないが足の空間が少なかった。
幸いにもキッチンには各階に通じる昇降機があるためある程度の手間はカバーできる。が、昇降機もそこまで大きくないためやはり往復という手間もあった。
「おはよう、太陽」
そこには招かれざる客ではないが予想外の人物がいた。理子だ。
「真……理子さん。何故に家に?」
「今日は日曜日よ。だからお休み。楽しそうな事をしてるって聞いたから寄ったのよ」
何も告知なく訪問するのは全然問題ないし、むしろ歓迎する。が、今の状況が楽しいかと言われたら全然そんなことはない。
本日の朝食
ご飯、豚汁、焼き鮭、のり、小松菜のお浸し、瀬奈は卵、かぐやは納豆を足していた。
「いや、全然楽しくないんだが。まぁいいや、じゃあみんな揃ったし、いただくか」
「「「「「いただきます」」」」」
五人揃っていただきます。大抵は四人だから何気に珍しいことである。そして愉快なことに五人全員が豚汁をひと啜りした。それを見た理子と瀬奈が笑った。確かに五人全員が同じ場所で、同じ行動を同時にやるのはシュールなものだ。
「なんで笑ったのかわかる?太陽」
理子が私に聞いてきた。私の胸中を明かそうとする前に理子が答えた。
「あなたの影響よ。あなた無意識なんだろうけど、最初から汁物が見える食事だと真っ先に汁物を啜る癖があるわよ」
「そうなのか」
思ったことは口にせず、心の中に留める私がつい口にしてしまった。
「実際日本食のマナーに食べる順番として汁物、ご飯、主菜、副菜ってあるわ。私はこれを心得てるから実践してるけど、あなたに教えたことないわ」
ということは身体に染み付いてる、本当に癖みたいなものかもしれない。
「じゃあここにいる全員俺の食べ方一つをいつのまにか揃いも揃って身に染み付いてたってことか」
するとかぐやが口を開く。
「だって、お前いつも美味しそうに食べるだろう?食べ方とか真似たら美味しく感じるのかと実践してみたらいつのまにかそうなっててな。どうしてくれるんだ、責任とってくれるのか?」
嬉しくなるような事を言うと思ったら最後ので台無しだった。どうしてくれるんだはこっちのセリフだ。
「なんだかんだで太陽さんも美味しそうに食べますよね」
「ねー」
瀬奈と理子が仲良さそうに話している。いつの間に親密な仲になったのだろう。瀬奈の人柄もあるだろうが、理子がこうも早く人と親密になれる程変わったのも驚きだ。そして、その大きな影響の渦中に私がいると言われても実感がない。
「太陽、この後話があるのだけど良い?」
理子が柔らかい表情……実際はそうではないのだろうが、私に言ってきた。それを察して私は二つ返事で了承する。というか今回私に会いに来たのはそれがメインなのだろう。
「かぐや、納豆混ぜ過ぎじゃない?」
「これくらいが美味しくなるんだよ」
小神子が注意してかぐやが意に介さずという、いつものような会話をする。これを見るとまだ平和だなという気持ちになる。
しばらくして朝食も終わり、私は書斎で理子の話を聞いた。
「タダ飯食いに来ただけじゃないことくらいわかってる。例の件だな」
「そう。目立った成果は無いけど、近況報告みたいな感じで」
理子は仕事柄、有力な情報をくれる同僚や知り合いが多いらしい。私と違う点はと言えば、彼女が表舞台での情報専門なら、私は裏社会の情報専門だろう。
そして彼女が調べている件というのは、以前駒宇良の港からフィルムバッチが大量に見つかったこと。それすなわち高い放射線量を持つ物体があったということ。この世でそんなものがあるとすれば核そのものかその原料となるプルトニウムかウランだろう。
「理子、一応聞くが、この国にプルトニウムやウランの輸入を禁止する法律は無いよな」
「無いわ。プルトニウムやウランはどちらも原子力発電に必要な燃料として必要だから」
「だが、この駒宇良に原子力発電所なんて無い。sakiにトラックを追跡させて見たんだが、かなり山奥に入ったせいでこの辺りで途絶えた」
私は広げた駒宇良の地図の山間部を指差した。
「私もトラックがここを最後に途絶えたとしか聞いてないわ。ただわかることは、このトラックが黒い事柄に関わってるってことだけね。あなたの方はどう?」
理子が私に聞いた。
「俺たちがこんな生活をする羽目になったのが、大海東重工の副社長のせいだってことと、この大海東重工は新進気鋭だってことくらいだ」
「大海東……確か中国の会社だったかしら。ここ最近重機を周りでよく見かけるようになったわ」
理子の職場に一度行ったことがある。周りは国の脳幹を司るような機関が集中しているのを覚えている。
「あそこを担当できる会社は相当な大手だろう。そこが大海東の重機を納品したとなると、もっと規模が大きくなるな」
情報としては本当に少ない。会社を探るより、例のトラックを探った方が早そうだ。
「ありがとう理子。あとはなんとかする」
「そう、わかったわ。気をつけて」
最優先はトラック。sakiの追跡を振り切った以上、人間の足で、零距離で張り込むしか無さそうだ。
「太陽くん、一つ良い?」
以前もそうだったが、理子は私を呼び止めた。
「どうした?」
「あなたがこの会社を立ち上げて、私も世話になってから思っていたのだけど、もし私とあなたが同じ仕事をしていたらどうなっていたのだろうと、そんな事を最近思うようになって」
理子が私の仕事の手伝いをした場合、小神子に並ぶ良き右腕となるだろうと私は思った。
「残念ながら理子にこの仕事を向いてない。お前がいるにはここは狭すぎる。人のためにならないと言えば嘘だが国ではなく、あくまでこの街のために働いてる。それでも良いのか?お前が国家公務員になったのはそういうことだろう?」
「じゃあ逆に、私の仕事をあなたが手伝う、もしくは一緒に取り組む。としたら?」
私がシークを立ち上げることなく、国家公務員となり理子と共に働く。
「笑いが、長くは保たなかったかもな。独り立ちした後しばらくしてPTSDを発症したし、小神子と出会わなければどうなってたか。仮にそうでないにしてもお前とは反りが合わないだろうし」
「そうかしら。あなたなら色々こなせそうだし、人脈も広くなったと思うわ。ウチはそういうのも必要だから。けど、私が仕事で広げるのに対して、あなたは徳で広げると思うわ。自覚はないかもしれないけど、あなたはそれくらい人から好かれるのよ」
「理子も俺も、仕事や逆境を楽しむタイプ。けど、俺は徳重視、理子は仕事重視、まさに凸凹コンビか。それは悪くないかもしれないが……」
残念ながら私は国や人のために働くほど志の高い人間ではない。せいぜい好きな地元のためという気持ちが強いだけ。
「そうね。悪くなかったのかもしれないわ。でも、あなたの後のことを知ったら、私は怖くて逃げ出したかもしれないわ」
自分のことなのでよく覚えてる。平静を取り戻すまでそこが戦場であると脳と身体が判断して、書斎にいるという感覚がなかった。そして、小神子という存在も忘れていた。
「俺のような人間は、逃げたいと思うのが普通だ。それでも向き合ってくれた理子も小神子も、かぐやも瀬奈も、皆には感謝している」
「ふふっ。孝行息子を持って嬉しいわ。偉い偉い」
理子本人なりの親らしいことに、頭を撫でるというものがあった。実際、彼女の子供の頃はこうして褒められていたらしい。
「親不孝者だろ。今でも人を殺して金を稼いでるんだ。面目丸潰れだろ」
「確かに人殺しは到底正当化できないことだわ。でも、そうすることでもし救われる命が十にも百にもあるなら……」
私は理子の唇に指を当てて、それ以上先を言わせないようにした。人殺しは正当化されない。その考えが最も正しい。だから、言いくるめて認識を改めさせるような真似はさせたくなかった。
「仮にも国を背負ってる人間がそれを言っちゃいけない」
理子は俯いて、しばらく沈黙した後また私の方を向いた。
「……そうね。ごめんなさい」
「さて、今日はもう帰れ。送るよ」
「ええ。ありがとう」
さて、これからどうしたものか。sakiに常に港を見張らせているのでトラックが現ればすぐにでも駆けつけたいが。少々荒技だが試してみるか。




