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幸の先

 駒宇良で知らない所は無い。と言うのは過言だがそう思えるくらいには地元を歩き回っている。そして、その至る所にちょっとしたくだらない、ほんの数分で終わってしまいそうなエピソードがいくつもある。


 現在私と瀬奈はシークから少し離れた駅の線路沿いを歩いていた。近くにはマンションや公園や大きなスポーツクラブの建物があり、もう少し行けば県最大のショッピングモールがある。


「夏になるとあのマンションの一階で小学生の勉強&交流イベントがあってな、毎年行ってるんだ。俺も小神子もかぐやも子供が好きだから嬉々として接していたのを覚えてるよ」


 ちなみにそういった仕事はボランティアという形で引き受けているので金銭は受け取らない。というのも、私が行きつけ喫茶店でたまたま知り合った人がそのイベントの主催者であり、なんやかんやで引き受けたのがきっかけである。


「やっぱり、平和な国でのびのびと育っている子供は良い。満面の笑みを見せてくれて、こっちも自然と笑顔になるんだ」


「じゃあ、太陽さんは将来子供を持ちたいと思っていますか?」


 私のテンションが少しだけ沈んでしまう。


「何度も思ったさ。けど結局答えは同じになってしまう。俺にその資格は無い。子供を持つってことは幸せな事なんだろう。けど、あのくらいの子供のころから人を無差別に殺していた俺にその資格は無い。人の人生を奪って得た幸せなんて、罪と言う枷を背負った父親なんて、子供も細君もかわいそうだ」


 適当に見つけた公園のベンチに座り、そこで遊んでいる子どもを見ながら語る。


「俺は今以上に幸せになれないだろうと思っているが、少なくとも今の幸せとこの街の平和を守るのが使命だと思えば、何も望まないかもしれない」


 かもしれないと表現したのはこれからどうなるかわからないこと。けど、心の中で確信のようなものになっているのが今以上に幸せになれないということ。


「いつも思うのですが、太陽さんが気の毒で仕方ないです。誰にでも幸せになる権利があるのに、太陽さん自らがそれを投げ捨ててしまう。私に何か出来ないかいつも考えてしまいます」


「瀬奈は優しいな。これでもマシになった方なんだが。小神子と出会った頃はすべてどうでも良い考えになってた。いつからか覚えてないが躁鬱気質って言われたことがあったな」


 理子だったか小神子だったか指摘されたことがあるがどっちだったか覚えていない。


「また歩こう。ジッとしてたら考えが変わらなくなる」


 そもそも筋肉痛に苦しむ身体を起こして散歩に出たのはのどかな一日を中より外で過ごすという目的もあった。なのに、このままではいけないと思い私はベンチを立った。


「その、すみませんでした。暗い話題にしてしまって」


「瀬奈は知らないから仕方ないことだ。気にする必要はない」


 しばらく歩いて雑居ビルの裏手までやって来た。ここにやって来たのは先ほどから妙な雰囲気を感じ取り、人目のつかない場所に誘導するためだった。瀬奈と言えばすっかり付き合う気満々である。


「囲まれましたね」


「瀬奈もわかってきたか。こういうのとはなるべく無縁の方がいいだが」


 出口を塞ぐように四人のスーツの男が現れた。日本人ではない。アジア系。


「四千年の国からわざわざ日本くんだりまで来てくれたのか」


 試しに話してみる。


「お前たち二人ともう二人の仲間に用があるんだが、残りはどこだ」


 食いついて来た辺りその国出身なのは間違いない。何故こうも身分の一部をバラすようなことをするのか。


「なら、無理矢理吐かせてみろよ。首根っこ掴むなり、けつの穴弄り回したりしながら」


「太陽さん、下品なのでやめてください」


 真面目なトーンで瀬奈に注意される。ちょっと怒ってる辺りその矛先がこいつらに回ると思うと気の毒である。


「すまんすまん。こっちも好奇心で聞きたいことがあるんだ。こいよ」


 数分後


 四人とも手足を結束バンドで固定して一人を椅子の代わりにして座った。辺りの床や壁には返り血だらけという地獄のような光景だが全て壁と私の膝蹴りのサンドイッチになったものや、私が投げ飛ばした後地面とキスさせるために踏みつけたものだった。


「瀬奈、大丈夫か?」


「はい。念のため小神子さん達に連絡してみます」


 瀬奈が電話をかけてる最中私は下の男の尋問を始めた。


「さてと、まずはお前が何者か」


 全身を探り財布や携帯電話など情報になりそうなものを全て出す。


「お財布みーっけ。携帯電話みーっけ。ついでに拳銃みーっけ。見つかったら国際問題だな。それにこれは……クロロホルム?俺と瀬奈はこういったものの耐性があるから無駄無駄。こんなものか」


 財布の中は収穫ゼロだが携帯電話は違った。今時らしい顔認証システムを無理矢理クリアした後通話履歴やメールのやり取り、操作したアプリの履歴全てが情報となる。その中に気になるものがあった。


「おい、このKJってなんだ」


「KJ?自分で考えてみろ」


 私は男から立ち上がり、後ろ縛っていた腕を持ち上げて、勢いよく肩の骨を外した。すると男は大きな声をあげた。


「上手く外れて良かった。じゃあ元に戻すぞ。お前が協力的になるまで何度も肩の骨を外すからな〜。もう一度言うがKJってなんだ。はい、さんにーいち」


「わかった言う!言うよ!」


 外れる一歩手前まで行った時男が叫んだので私は元の状態に戻した。


「KJはコン・ジウ。大海東重工の副社長で俺らの雇い主の名前だ」


 雇い主。そう考えメールを見ると確かにそう見える。大海東重工……聞いたことない名前だ。


「そうか。で、コンさんはこの国になんの御用なのかな?」


「そこまでは知らない。俺たちは雇われた身だ。お前たち四人を攫うようにな」


 ただ雇われただけと言うのは嘘ではないらしい。財布には少々の金銭しか入っておらず、こいつの身分を証明できるものは入っていない。つまり、いつでも首を切れる使い捨てなのだろう。


「よくある展開だな。瀬奈、どうだ?」


 私は電話をしている瀬奈に声をかけた。


「二人とも私たちと同じ状況みたいでしたが、連絡が取れたので無事です」


 私と瀬奈で数分で終わったのだ。向こうもそこまで手間取らなかっただろう。


「よし、とりあえず合流しよう」


「わかり……太陽さん後ろ!」


 瀬奈が私の後ろを指差すと先ほどの男が立ち上がっていた。明らかに異常な光景だった。首から上が溶岩でも詰め込んだのかと言うくらい真っ赤になっていた。ギャグ漫画でお馴染みの表現を目の当たりにするのは不意とはいえかなり堪える。男の目が今にも飛び出そうだったのだ。私は嫌な予感がして咄嗟に瀬奈に覆い被さると、男の顔がパシャっと破裂した。連続して四回。


「マジかよ……おい、大丈夫か瀬奈」


「は、はい、何とか……うっ……」


 周りには私たちを捕らえようとした男たち全員の首無し死体。それを見た瀬奈が離れた場所で嘔吐した。無理もない。ゴロツキやチンピラと戦うのに覚悟は決まっていても首無しの死体を見るのは本来普通の人生ではあるべき光景ではない。


「あーあお気にのジャケットが……落ち着いたか、瀬奈」


 私は着ていた黒いジャケットの背中が血まみれだったのを見て気分がますます落ちた。セール品とは言え私に似合うと思った割と思い入れのある一品だ。洗濯すればいけるか。そんな心配をしながら瀬奈に駆け寄った。


「はぁ……はぁ……はい、大丈夫です……」


「すぐにここから離れよう。歩けるか?」


「はい……それにしてもあれは一体……」


「考えるのはみんな揃ってからだ。行くぞ」


 数十分後 シーク


「報告」


 帰ってくるなり、オフィス階に向かいながらsakiにそう告げた。


 ーー小神子様、かぐや様、お二方揃っています。いつでも始められます。


「よし、じゃあ始めよう」


 オフィス階に着いて小神子のデスクの隣を通って私も着席した。これから始まるのは私もしくはシークメンバーが命の危険に陥った際に行うことにしている情報共有と今後の方針を決める会議。


 ーー全員揃いましたので始めます。まず、本日……頃、各地でシークメンバー誘拐未遂案件発生、撃退後誘拐犯計八名は全員首無し死体となり自爆。マスターの調査によると大海東重工の副社長コン・ジウが関わっているとのこと。ここまでが現在までのおおよその流れになっています。


 先の話を聞きながらボールペン片手にいつもの癖をする。


「saki。大海東重工について何かわかったか?俺が知らないってことはつい最近出来たと思うんだが」


 ーー肯定。今回名前の出て来た大海東重工は新進気鋭の重機開発メーカーです。すでにいくつかの建設会社では大海東の重機を購入している所もあるそうです。


「saki。社長及び副社長のコンの経歴について何かわかったか」


 ーー調査を進めています。なにしろこの会社のセキュリティは並大抵ではありません。


「そうか。サキ、sakiのサポートに入ってくれ」


 ーー了解しました!


 咲シリーズ三体の中でも次女、三女は情報処理能力が高いので二人に任せておけば時間はかからないだろう。


「さて、あとはお前たちだが狙われたとなったら仕方ない。当分の間お泊まりだ」


 私が少々やれやれという気持ちで打ち明けるとかぐやが子供のようにはしゃぎだした。緊張感というものが無いのだろうか。


「かぐや、うるさい」


 このやり取り前にも見た気がする。


「そ、そんなに嬉しいことなのですか?」


 瀬奈が当然の疑問をぶつけた


「だって外に出れないってことは学校に行かなくて良いってことだろ?うっひょー!楽しくなって来たー!」


「いや、大学生は学校に行くも行かないも自由だろ」


「それはな太陽。サボるために学校に行くのと休む大義名分がある時は違うんだよ!」


 小学生のようだ。


「あっそ。じゃあまずは……」


 私はかぐやを無視して当面の食糧や服や日用品の調達、生活スペースを考えた。


「服は小神子やかぐやのが置いていったものがあるが、瀬奈の分はどうしたものか。お前らのじゃキツキツだよな」


 二人を一瞬見て呟く。かといって私の男物を貸すのは私はともかく瀬奈に抵抗があったらどうしようもない。


「仕方ない、全部通販にするか。瀬奈来てくれ」


 私は常用している通販サイトを開いて瀬奈に見せた。女性服は意外と高い。私が今日ダメにされた合皮のジャケットが一万二千円ほどで買ったのに、女性のものはその倍はした。


「高いな……」


 思わず苦笑いをしてしまう。瀬奈は気を使ったのか安めのものを選んだが、私はどうせならと主観ではあるが瀬奈の似合いそうな服を見繕った。瀬奈は遠慮したがどうせ私のつかうことご


「あとは、下着……あ」


 かつて小神子やかぐやに何度も指摘されたこと。


「もっと女性と接していることを意識しろ」


 私は男性だろうと女性だろうと同じように接することがある。つまり男女ではなく一人の人間として接しているわけだが、今のように女性にとってデリケートなことになってしまうとそうもいかなくなる。私は小神子やかぐやから叱責を食らう前に席を立った。確か似たようなことを瀬奈と会った日に怒られたと思う。


「なぁかぐや、お前のそのコートいくらだ?」


「これか?二万くらいしたかな」


 ブランドものだからというのもあるだろうが、高い。


「何でそうまで高いんだ?」


「単純な話、素材の違いだろうな」


 ふーんとだけ言う。そういうものか。私のジャケットも合皮ではなく本革なら一体いくらするのだろうかと考える。試しに調べるとおおよそ一万五千から三万強。これが近所のショッピングモールに出店してるブランドとなると一体どれくらいになるのだろう。考えるだけで頭が痛い。


 その日の夜


 衣服や食料等を注文したにも関わらず届くのは明後日とこの国の運送業には感服せざるを得ない。そんなことを思いながら私は夕食である牛鍋の用意をしていた。些か表現は古いだろうが割と好きなので平時でも使っている。


 変わった話であるが牛鍋が絡むとかぐやは野菜を食べるようになる。ますます子供っぽい。


「ほい、お待たせ」


 完成した鍋を鍋パモードになったオフィスに持っていった。そして始まる、第n次肉争奪戦。


 小神子は冷静ながらも確実に、かぐやは豪快に、瀬奈はとにかく食べる食べる。なんというか、地獄絵図だ。


「やっぱりこうなるよね」


 私は地獄絵図を見ながら呟いた。一体全体、なるとわかっていながら鍋パしようと言い出したのは誰だったのか振り返った。うむ、私だ。


 私はひたすら具が足りなくなったら足す作業をし、たまに白菜やしらたきを摘んでいた。肉は一欠片くらいしか無い。すると瀬奈が立ち上がり、私のもとにやって来た。


「太陽さん。はい」


 右手に箸と肉を、左手に皿を持って箸を私の前に出して来た。


「瀬奈?」


「太陽さん全く食べてないじゃないですか。だから私のをあげます。はい、あーん」


 隣で小神子とかぐやが信じられないものを見るような目で見ていた。


「お、おい瀬奈。本気なのか……?」


「鍋パで、しかもすき焼きで人に肉を分けるなんて……」


 多分小神子のは建前。本音はきっと私個人に向けられたものと思う。結局箸に摘まれずっと浮いている肉を私は食べた。


「うん、美味い」


 すると隣の小神子から


「太陽、私はもううどんまで温存するから、残りあげるわ。はい、あーん」


 瀬奈の母性みたいな何かを感じられるあーんと、小神子の目が笑ってないあーん。どちらを取れば助かるのだろう。私は助けを求めてかぐやを見たが。


「何だ、私は分けないぞ」


 予想通り論外だった。


「ちょっと足すか……」


 そろそろ頃合いかと見て私はキッチンに向かいあるものを取りに行った。どうせ肉争奪戦になることはわかっていた。こんなこともあろうかと少々せこいがしてやったりだ。


 私が持って来たのは補充用の肉と野菜とうどん。だが、目利きができる人間にはわかる。


「太陽、あなたこれ!?」


「何だ、ただの肉と野菜とシメのうどんだ」


「ただのじゃないわよ!それ最高級の牛肉じゃない!?」


 バレたか。


「流石だな小神子。俺はこの瞬間を待っていたんだ。牛鍋となれば肉の争奪戦になることは必然。そんな戦場の中飛び込むのは無謀だ。ならば、自滅するまでひたすら待つしかない。牛鍋のシメは大体がうどんだ。うどんは割と腹に溜まるから早めに箸が止まることが想定される。そうなったらこっちのものだ」


 我ながら姑息で陰湿な作戦だと思う。語尾がざまあーになって後で殴られても文句は言えないくらいに。それこそ三人はぐぬぬと言った表情を見せていた。だが、この物事の本質はそこではない。


「まぁこんなことを言ったが、皆の分もちゃんとあるからよ。うどんでもつつきながらゆっくり食おう」


 いくら肉が食べれなかったとはいえ、皆が動かなくなったところ一人最高級の肉を食べて悦に浸るほど私もクズではない。


「そもそも鍋っていうのは、皆で囲って仲良く食すことが本質なんじゃないかな。って感じなことを理子が言ってた」


 少し昔。


 理子は大体料理に困った時は鍋にしていた。肉も野菜も食べられるという理由で。一人の時もそうしていたという。


「その肉団子どう?」


「美味いです」


「そう、良かった。私のお母さん特製真田肉団子。今度作り方教えてあげるわ」


 この時私は料理の腕なんてほとんど素人に近い。それを分かった上で教えるということは相当作りやすい代物だったのだろう。実際のところ簡単である。


「にしても、一人暮らしなのに鍋が置いてあるなんて意外でした」


「鍋料理は肉も野菜も食べれるから良いのよ。それに大勢で集まった時皆で仲良く食べれるならそれはそれで良いのよ。あなたもいつかわかる日がくるわ」


 現在


 うどんを啜り、高級な肉に舌鼓を打っている三人の顔は幸せそうだった。理子の言っていたことを思い出して私はようやく彼女の言っていたことを身に沁みた。

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