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恋路の行く末

 その日、シークは創業して初めて大混乱と言える状況になった。小神子は呆然とし、かぐやは何故か私の胸ぐらを掴み、瀬奈はあわあわとしていた。


 事の発端は私個人への依頼が偽装とはいえデートだということを伝えると


「見損なったぞお前ぇぇぇぇ!」


 と、かぐやが私の胸ぐらを掴んできた。意味がわからない。理不尽だ。一体なんの権利があってこんなことをするのだろう。


「太陽が……デート……」


 小神子が茫然自失。かぐやが胸ぐらを掴んでいなければ写真に収めているところだがそんな隙はない。そんな状況下瀬奈は混乱する。当然だろう。一瞬のうちの情報量が多すぎる。


「どこの誰だ!?誰とデートに行くって!?おい、言ってみろ!」


 何故そうまで怒るのだ。そもそもの話、たとえ私がプライベートで彼女を作ってデートをしようが彼女らは無関係であってこんなことをされる言われはない。


「あ、相手は、……財閥のご令嬢だ。箱入り娘って言うんだろうな、外の世界を学ばせる為に半分護衛半分道楽で依頼してきたんだよ」


「やっぱり女か!」


 せっかく説明したと思ったら、かぐやは私をそのまま地面に叩きつけた。というか男でも想いがあればデートは成立するのだろうか。理屈で言えばするのだろう。


「た、太陽さん!大丈夫ですか!?」


 倒れた私のもとに瀬奈が駆け寄ってくる。かぐやの火事場の馬鹿力は侮ってはいけない。状況が状況なら平時の私を超える充分な化け物。


「いてて、少しは加減しろよ……だいたい、何で俺がこんなことされなきゃいけないんだよ……」


「このわからず屋!バカ!アホ!鈍感!朴念仁!」


 最初と最後は一緒な気がする。


「わからないか?小神子はお前に惚れてるんだぞ?」


 かぐやのその一言でまるで、世界が広がるような感覚に陥った。というか本人の前でそれを言うのはどうなのだろうというツッコミという名の不純物が浮き出る。


 だがそれでも言葉が出ない。小神子が?俺に?という混乱にかき消される。すると茫然自失だった小神子がシークから飛び出して行った。それと同時に私も現実に引き戻される。


「はぁ……仕事前にこんな気持ちにさせやがって……」


 思わず本音が漏れる。机にもたれていつもの考える姿勢。


「なぁ、かぐや。俺はどうすればいいと思う?」


「映画やドラマだとこういうときは追いかけるのが常套句だ。小神子が一人になったのも何かの因果かもしれないしな」


 こんな時にでもそんな話を持ち込んでくる辺りかぐやにとっては最低限の助言は与えるが他人事だから関係ないと割り切っているのだろう。それが彼女の一種の処世術なのかもしれない。


「太陽、お前はどうなんだ?小神子のことをどう思ってる?」


 以前瀬奈にもされた質問。その答えは私にしか出せない。


「よくわからない」


「お前……」


 かぐやが私に迫ってきた時、瀬奈が割って間に入った。


「太陽さん。今太陽さんがすべきなのは自分の気持ちを小神子さんに伝えることです。正直に、自分の心の本音に従って」


 先日瀬奈に小神子という人間についてどう思ってるか吐露した。瀬奈は特にこれといった返しをしなかったが私の気持ちを知っている以上それを伝えるべきという助言ができるのだろう。


 シークを出て小神子を探した。と言っても、実際に探したのは数分程だ。何故なら彼女の行く先がわかっていたから。小神子らの大学に行くまでの坂道に小さな公園がある。そこからは駒宇良が一望でき、私のお気に入りの場所でもある。そしてやはりそこには彼女がいた。


「やはりここにいたか」


「太陽……さっきは取り乱してごめんなさい」


 先ほどまで泣いていたのだろうか、目が腫れ上がった小神子がベンチに座っていた。


「良いんだ。かぐやのデリカシーの無さが裏目に出たんだ。お前は悪くない。にしても、良い眺めだ。ここから見る景色はいつみても美しい」


 日本に帰ってきて初めてここに来た時は夕日が沈む前だった。それに私は一目惚れしてしまった。突拍子もない仮説だが、私が人間に対してかわいいや好きと言った感情を抱かなくなったのはこの景色のせいかもしれない。十中八九ありえないだろうが。


「ここはあなたが初めて連れてきてくれた場所だったわね。今でも覚えているわ。気分が良いから外に出たいって言うからついて行ったらこんな坂登らされたのだから。でも、確かに綺麗だった」


 道中の坂は決して険しいものではないが、何か用事でも無い限り登る気力が起きないような場所だ。


「小神子。一応聞きたいんだが、お前はいつから俺のことが好きなんだ?」


 素朴な疑問で気になる。それはそうだろうと言うべきだろう。小神子は小っ恥ずかしそうに言った。


「あなたと……初めて会った時から……」


「そうか。そんな昔からだったのか……」


 私は空を見る。


「太陽は……私……」


 小神子が先に言おうとしている言葉はわかった。それを遮って私が口を開く。


「小神子。俺は正直、人に好意を抱いたことは一度もない。そもそも、何が好意なのか全くわからない。初めて会って間もない頃、大変な俺に献身的になってくれていたのはわかっていた。今の俺があるのはお前のおかげだ。恩人と言っても良い。けど、俺の心はそこに向いていて、お前の好意を受け止められることはできない。だから……」


 先ほどの私が小神子の話を遮ったように、今度は小神子が私の口に指を重ねて物理的に遮らせる。


「それ以上無理に言わなくて良いわ。よくわからないし。良いのよ、なんとなくわかっていたから」


 私の口から指を離すと今度は私の肩にもたれかかってきた。


「少しこのままでいさせて」


 小神子がそう言った。断る理由もないのでそのままにさせた。


「初めての恋愛だったのにこうもあっさり失恋しちゃうなんて。身体で教えたら傾いたかしら?」


「お前はそんなことしないだろう。それはわかる。それに俺はそんなことをされてまで人を好きになりたいなんて思わない」


「そう。見透かされた上無謀に終わりそうだったなんて残念。でも、それでも私はあなたのことを想い続けるわ。もし、あなたが心の底から好きな人ができたなら全力で応援するわ。あなたほどの人が選んだ人だもの」


 小神子の器の大きさに感銘を受けてしまう。私には遠く及ぶことのできないことだ。


「その代わり、浮気なんてしたら私が殺しに行くから」


 うわ怖。と思わず口に出そうになるが自分に一瞬で堪えさせた。


「そして私も死ぬ」


「ふっ、まるで心中だな」


 私が死に……正確には殺され、小神子が死ぬというのに、ここで心中を連想する辺り私は腐っても文芸やそっちの人間なのだなと自覚させられる。


「でも、小神子には死んでほしくないな」


「あなたがいない世界で生きていたって仕方ないわ。私は生涯一人しか愛さないつもり」


 その相手が今目の前にいる。なんだか奇妙な会話だ。


「じゃあ俺のものみんなあげるから死なないでほしい」


「ふふっ。この会話、まるで『こころ』ね」


 夏目漱石の傑作『こころ』に登場するような会話をして小神子が少し笑う。小神子は劇中の明治の文化的な意味で好きである一方で、私は劇中に登場する人間的な意味で好きな一冊。


「じゃあそれに倣って言おう。死ぬ死ぬなんてやめよう、柄にもないことを言うもんじゃないな」


 こんな時でも心が揺らがない。いつも一緒にいる異性に肩を寄せられ、共通の好きなもので盛り上がる。好きや嫌いもない、バランスの良い天秤のように、傾くことがない。


「小神子、これからもこれまでと変わらずに接してほしい。俺がお願いするのはそれだけだ」


「ええ。あなたがそう言うのなら、わかったわ」


 一瞬自分が同性愛者なのかと考えた。けど、SNSで見る某男性ポルノビデオの映像が意味もなく流れてくると何も起きない一方、瀬奈双丘の揺れやサブカルの濡れ場のシーンで太陽の子がいきり立つあたりその傾向は無さそうだ。


「私、後悔してることがあるの」


「何だ?」


「あなたに寄り添うことで大変な時期を乗り越えられたと思った。実際、ずっと側にでなく、時々様子を見に来れるくらいには治ったと思ってた。けど、あなたにはまだ、人を好きになるっていう感情が戻ってないことを考えると、まだまだ完治できてないことに気づけなかったって。そう後悔してるの」


 何故私が人を好きになれないのか。別に『こころ』の先生のように自分も他人も信じられないというわけではない。仕事柄そうせざるを得ない時はあるが基本私はシークの三人を始め、信頼できる人間は多くいる。だから私がいつから人を好きになれなくなったのか、もしかしたら天性なのか、自分でもわからない

のだから困る。


「いや、お前はよくやってくれた。お前がいてくれたから今は悪夢を見ずに済んだ。笑うことが増えた。俺にとってはこの上ない恩人だ」


 しばしの間があった。ふと小神子の顔を見ると何度目かの涙を流していた。


「ごめんなさい……」


「良いんだ。全部流してしまえ。よく言うだろ?それの数だけ強くなれるって」


 最後に涙を流したのはいつだっただろうか。そんなことを忘れるほど流したことがない。その後小神子は数分程泣いた。そして改めて聞いてきた。


「明日……デートにいくの?」


「まぁ、仕事だからな。それにデートって言っても偽装だし、所詮は金持ちの道楽だ。デートがどういったものかよくわからないが、ちゃんとしたデートではないだろう」


 数日後


 デートなんて当分良いとここ最近思うようになった。頻繁に行くものでも無いのだが、とりあえず全力でサッカーやジェノサイドをした時と同じくらい疲労困憊となった。箱入り娘のお嬢様は私を振り回すだけ振り回したあと、何故かついて来ていたシークの三人と合流。意外と意気投合した後、男一人の私は雑用で散々棒切れの如くだった。


 そして今私は後から来た全身の筋肉痛に苦しんでいた。


「太陽、少しは働け」


 かぐやがノートpcに目を向けながら、机でうつ伏せになっている私に耳打ちをする。


「嫌だ」


「嫌だ、じゃない。せめて会社の広告が入ったポケットティッシュくらい作れるだろう」


「どっかの誰かさんのせいで腕もあげたくないんだよ。だから絶対嫌だ」


 するとかぐやが私の背後に回ると私に抱きついてきた。するとかぐやに抱きつかれた部分に激痛が走る。


「食いやがれ!!」


「ぐああああああああああ!!!!」


 全く嬉しくないハグ。瀬奈や小神子なら小さくない双丘の柔らかさを感じられるが、かぐやの場合ただの壁があるだけで何も助からない。


「お姉さんに抱きつかれるなんて滅多にないぞ!」


「別に嬉しくねぇよ!それにお前胸……」


 そう言いかけた時、かぐやが力を強めた。


「ぐっはあああああああ!!!!」


「だ・か・ら!それは言うなあああああ!!」


 このかぐやのスパルタのようなほぐしは結構効いた。一時的にだが。


 その後かぐやと入れ替わる形で瀬奈がやって来た。


「お疲れ様です、太陽さん」


「お疲れ。今日はどうした」


 普段なら学校にいる時間。瀬奈が昼間にやってくるのは実はあまり無いことである。


「太陽さんが忙しくなければ、お話でもと思いまして」


 特段忙しくない。電話対応はsaki達にやらせているし、営業マンの類の客人なんてうちには来たことが無いから忙しくないを通り越して暇である。


「構わないが。コーヒーかお茶を淹れよう」


 私はさっきよりはまだマシになった筋肉痛の肉体を動かそうとしたが瀬奈に止められた。


「太陽さんは座っててください。私が淹れてきますから。コーヒーとお茶どちらが良いですか?」


「ココアにしてくれ。一種類しかないからすぐに分かる」


 瀬奈は私の代わりにキッチンに行き飲み物を淹れてきた。握られた二つのコップからはどういうわけか同じ香りがする。


「瀬奈もココアか?」


「はい。太陽さんと同じものを飲んでみたかったので」


 なんだかその好奇心に似た気持ち、分かる気がする。瀬奈からコップを受け取り、ココアを一口啜った。美味い。


「ふう〜落ち着く」


 一方瀬奈はリスが胡桃を両手で持つが如くコップを口元に近づけると熱を冷ますため必死にフーフーしていた。


「瀬奈って猫舌なのか?」


「フーフーそうです。フーフー不便で仕方ないです。フーフー」


 やっと一口啜るとニパーと満足そうな顔をした。


「瀬奈って本当になんでも美味しそうに味わうな」


「よく言われます。私としては普通に食べてるだけなのですが。不思議ですね」


 なんでも美味しそうに食べれるのは良いことだ。私の料理もよく美味しそうに食べてくれるので作った身としてはこの上なく嬉しい。


「太陽さん。好奇心で聞くのですが、シークの資料室や書斎の本って全部太陽さんのですか?」


「あぁ。個人的なものばかりだが。それがどうかしたのか?」


「太陽さんに本を読むきっかけを作った人が誰なのか気になったので」


「なるほどな。全ての元凶は理子だ」


 真田理子。最初の私の命の恩人でもあり、母親代わりのような人。と言っても年齢差を鑑みれば母子というより姉弟のようなものだが。


「あいつの家にあった買ったのに溜まっていく本を読んだことがきっかけだな。特に近代文学が気に入った」


 今時は電子書籍や朗読アプリを使うのが主流のようだ。私も時々利用しないこともないが、紙媒体で読むのが好みだ。


「そうだったのですね。いつも助かっています」


 瀬奈がペコリと頭を下げた。


「それなら何よりだ」


 またココアを人啜り。よく練っているおかげか味が私好みの濃厚な味わいだ。


「平和ですね」


 瀬奈がボソッと呟いた。確かに街は平和だ。救急車も消防車も走っていなければ、どこかで爆発も起きない。強いて言うなら見えないところでわるーい奴らが蔓延っているくらいだ。だが、このシークの中は本当に平和である。


「そうだ。せっかくの平和なら少し散歩に行こう」


「良いですね、賛成です!」


 散歩、と言っても地元の人間にとってはただ歩き慣れた場所を理由も要件もなくただ歩くだけ。それでも心を安らげるには十分な方法だった。

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