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羨望の行く先

 夕食を終えて、四人で温泉街に繰り出した。小神子やかぐやは一度は来ているが、瀬奈は初めてらしい。目が輝いていた。夜市が燦々と輝き、人も賑わっている。駒宇良ではあまり見かけない光景だ。


「今日は祝日なのに人が空いてるな。歩きやすい」


 去年も二人の予定が空いているであろう土日に来たのだが、その時は大変混んでいた。かぐやが迷子になりそうだったのはナイショの話。


「こういう雰囲気、良いですね。現代とは思えない風情があって」


 瀬奈が周りの屋台や建物を見て呟く。私と二人は去年一昨年と来ているがそれでも周りの景色に目移りしてしまう。特に私。未だに日本家屋を見るのは新鮮であり、美しく思う。私の読んでいる本の影響もあるだろうが。


 歩いて数分。一番大きな温泉宿に着いた。


「着いた。じゃあ……一時間半後にここのリラックススペースに集合。解散」


 四十分後。私の場合温泉に一時間も入らない。温泉が嫌いというわけではない。むしろ好きだ。だが、 入る時間はせいぜい四十分かそこら。一時間半という時間を設けたのは三人がゆっくり温泉に入ることを考慮した結果だ。


 結局私はリラックススペースで本を読んでいる。以前読んだものではないが今私が面白いと思っている本。頻繁に通知がやってくる携帯が煩わしいが。それでも椅子に腰掛け、足を組み、イヤホンを耳栓代わりにして、仕事や時間を忘れて楽な姿勢で本を読む。数少ない現実を忘れられる手段の一つだ。


「太陽。もう上がってたの」


 イヤホン越しでも聞こえる声。小神子がやってきた。


「小神子?時間にはまだ早いぞ。他の二人は」


「まだいるみたい」


「そうか」


 癖のようなもので天井を眺める。特に何も考えていないがついついこうしてしまう。


「太陽、変なこと考えてないでしょうね」


「変なこと……ないない」


 少しだけ間があったのは変なことの意味がわからなかった。だが、風呂場で男性が変なことを考えるとだいたい同じだ。のぞきは思春期特有の妄想とも言うべきか。


「本当に?」


 なんだか疑われている。どうすれば疑念を晴らせるだろうか。


「言えば見せるのに……」


「はい!?」


 平時の小神子から絶対聞くことない言葉を聞いて耳を疑うあまりつい声を出してしまう。そして一度咳払いをする。


「コホン。なんだかんだで瀬奈はかぐやと一緒にいるわね。あー見えてかぐやも面倒見の良いから瀬奈も懐くのでしょうね」


 さっきまでの態度はなんだったのだろうか。私の反応もお構いなしに淡々と言う小神子がすごい。


 気を取り直して、小神子の言う通りかぐやの良きところの一つに面倒見の良さがある。文学の人間でなければ、子供の面倒を見れる仕事に就けば大いに輝くだろう。実際、かぐやにやらせてる現場は商業施設内にある子供の遊び場等のものが多い。かぐや自身も子供が好きだから、これも天性と言えるかもしれない。


「言い方は難しいが、さっぱりした性質だからな。だから俺も気を使わなくて良いから良いんだ」


「そうね」


 小神子がどこか上の空になる。


「羨ましいか?」


 するとようやく小神子が我に戻る。感情の緩急が忙しくてこっちが羨ましく思う。


「……ちょっと妬けるのよ」


 小神子が実はかぐやに嫉妬している。本人には言えないことだ。恐らく、小神子がかぐやのようになれないのは、性格を考えると本人のプライドがそうさせているのだろう。そんな小神子を前につい笑ってしまう。


「わ、笑わないで!」


「いやいやすまない。小神子でも悩んだりするんだな」


「私だって人間だもの。悩んだり、落ち込んだりするわ」


 他人のイメージと自分という人間が異なる印象であるという良い例だ。


「そうだよな。そういうもんだよな」


 小神子は私の弱い一面を知っている。最初に出会った時はそういった所しか見せてこなかったからだ。


「私って……そんなに悩んだり落ち込んだりしてるように見えないのかしら……」


 まぁ、普段顔に出なかったらそう思われてもやむなしというものだろう。


 小神子と変な駄弁りをした後、時間通りに瀬奈とかぐやがやってきた。


「お、二人でいちゃいちゃしてたのか?」


 かぐやが揶揄う。普段から体格に関して弄っているし、これくらいで怒るほど子供でもないのでいつもノリに乗ってる。


「かぐや、俺が公共の場でちちくり合うほどに見えるか?」


「見えないこともない。男は皆ケダモノだからな」


 否定はしない。小さい頃から見てきた大人は皆、欲というものに忠実だった。特に性欲。ある意味彼らは私の反面教師になってくれたおかげで異性と二人きりになっても理性を保てるのかもしれない。それはそうと隣では小神子が顔を赤くしていた。


 帰りは夜市や屋台を回った。かぐやは何かと私に勝負を仕掛けてくる。極めつけは無謀とわかっていても射的の勝負を仕掛けてくること。今昔銃器を扱っている私に挑んでくるあたりかぐやは面白い。瀬奈は基本食べることばかり。夕飯の三割を食したのに、まだ食べれるようだった。一体食べたものはどこに行くのだろうと三人で考えた。


「やっぱ胸だろう」


 小神子はやれやれといった感じだったが、かぐやのこの一言に私は頷いた。


 一方小神子は特に何か買ったりはしなかった。談笑に付き合ったり、時々私に綺麗なものに指差して見せたりと彼女なりに楽しんでいた。


 そうして一日が終わった。


 深夜


 家の近くの空いた場所にシートを敷いて、横になり一人星を眺めていた。外界からの音をシャットアウトして星を眺める。寒いのは仕方ないが。人工の光が少ないせいで自然ならではの星がよく見えるおかげで気持ちが落ち着く。


「太陽さん?」


 顔を上げるとそこには瀬奈がいた。


「瀬奈。どうした」


「なんだか寝付けなくて。外を見たら星が綺麗だったので見にきました」


 他所に行く時寝付けなくなる気持ちはわかる。船や飛行機といった長い移動時間の間寝ようにも寝れない時もある、滞在先のホテルで何度も寝ては起きてを繰り返したりもままある。ちなみに後者は私の過去に関係なく起こってしまう。


 私は一人分に広げていたシートをさらに広げて、綺麗な部分を用意した。そこに瀬奈を横にさせて。


「寒くないか」


「不思議と大丈夫です」


 それでも心配になった私は着ていたジャケットを瀬奈に被せた。中にカイロを仕込んでいるから通常より暖かいはずだ。


「あ、ありがとうございます。こんな私でも皆さんは私を普通の人として接してくれて、嬉しいです」


「瀬奈は充分人だろう。他人より少し身体能力が高いだけの」


「普通、建物を飛んだり渡ったりする女性はいます?」


「いないこともないさ。パルクールできる女性もいるだろうし、アスリート選手だって皆は無理かもしれないが中にはいるだろうしさ」


 実際問題、かつて私を付け狙ってきた人物達は皆瀬奈のできることが大抵できる化け物揃いだった。瀬奈の身体能力の高さは本人の技量の低さから、輝いていないが、磨けば私の言う付け狙ってきた人物達を遥かに凌駕する。


「それよりも太陽さん」


「なんだ?」


「今日はありがとうございました。駒宇良にいるだけじゃ見れなかったものを見せてくれて」


 お互いに星を見ていて表情はわからなかったが、瀬奈のことなのでニコニコしているのだろうとは確信が持てた。私も小さくではあるがつい笑ってしまう。


「ど、どうしたのですか?」


「いや、久々にうれしくなってな。ありがとうございます、お疲れさまでした……言われたらつい、うれしくて顔がクシャって笑っちゃうんだよ。久々に言われて改めて実感したよ」


 瀬奈もクスクスと笑う。


「俺今変な事言ったか?」


「やっぱり太陽さんはかわいいなと思ったのです。どこか無邪気なところが」


 そんなかわいいと言われても自覚は無い。私の中のかわいいとは具体的な表現が難しいが犬や猫が飼い主に向かってきているのを見る時に感じるああいうもののことと思っている。


「よく瀬奈は俺のことをかわいいって言うよな」


「だってその通りですもの。この前だって好きなものを聞いた時の太陽さんの必死に考えている顔。あれもかわいかったです」


 瀬奈のかわいいの基準はよくわからない。


「太陽さんの思うかわいいってなんですか?」


「俺?俺は……犬や猫みたいなかわいいはわかるが、人間に対してのかわいいはわからない」


 周りに女性ばかりいながら、かわいいをはじめ綺麗の基準すらわからない。私がどうしようもない朴念仁である何よりの証拠だろう。


「じゃあ、小神子さんやかぐやさんをどう思ってるのですか?」


 どう思っているか、私は自分の考え通り答えた。


「小神子は何をとっても優秀だ。なんなら彼女と立場を逆転させても良いくらい。長い付き合いだからわかる。かぐやは……」


「あの……そうではなくて」


 かぐやを言おうとした瞬間話を遮られた。


「仕事としてではなく、人としてどう見ているかです」


 人として……小神子をどう見ているか。言葉にしようと思うと難しくなる。


「彼女は……」


 優秀という言葉以外に何から言えば良いのか迷う。


「彼女は、俺が大変な目に遭ったこと、普通の人生を送ってないこと、全てを受け入れてくれた……恩人だ」


 それでも瀬奈の満足な答えをもらっていないらしい。少し不満そうな顔だった。


「なんだよ」


「別に、なんでもないです」


 怒らせてしまったのか?そう思うと少し気まずくなる。


「なぁ瀬奈。俺はこういう人間なんだ」


「はい、知っています」


 知ってるんかい。


「幻滅したか?」


「いいえ、むしろ太陽さんも人間らしいと思いました」


 私は人間と見られていなかったのか。いや、客観的に見れば当然だろう。


「悩んだり、考えたり、笑ったり、泣いたりするのは人間の特権です。むしろ、いくらすごい能力を持っていても、笑ったり、泣いたりしないのは怖いくらいです」


 いつだったか、私も小神子に対して同じ考えを抱いていた。ここ最近小神子の様々な面を知ったことでその考えも変わった。私から瀬奈へ、小神子から私へというなんとも奇妙なバトンパスをしていた。


「そうか、じゃあそうならないように気をつけないとな」


 その後、しばらく瀬奈と星の話をした。今見えている星座、季節の大三角形、時々流星が見えると瀬奈は綺麗さか、珍しさで目をキラキラさせていた。私も流星は滅多に見たことないので同じ気持ちだった。


「駒宇良で過ごす夜とは全然違いますね」


「同じ空の下なのに星一つでこうも見え方が違うんだもんな。世界共通、俺が昔見た空と何も変わりない」


 エミリアもよく星を見ていた。私が瀬奈にしているように星の解説をしながら。エミリアから星を見ていた私がどう映ったか今となっては知る由もないが、おそらく瀬奈と同じだっただろう。私のやっていることはいわば昔取った杵柄だ。


「瀬奈の星座は何座だ?」


「私は十一月三十一日生まれの射手座です。太陽さんは?」


「七月三十一日生まれの獅子座だ」


 ちなみに私の干支は午年。特に関連性は皆無だが、猛々しいイメージのある獅子と野を駆け抜ける馬を掛け合わせているのはなんとも愉快なものだ。私が勝手にそう思っているだけだが。


「獅子座ですか。射手座と獅子座は相性が良いみたいですよ」


「詳しいな。よく聞く話なんだが、小学校とかで星座占いが流行っていたクチか?」


「当たりです」


 また瀬奈がくすくすと笑う。ふと時計を見ると二十二時を迎えていたので名残惜しいが引き際と感じた。


「さ、風邪を引く前に寝よう」


「はい」


 数日後


 シークに設置している私のホットラインが鳴った。以前の経験を言えば電話の内容はだいたいろくでもないものだろう。


「はい」


 ーー久しいなMRC。元気だったか。


「オフィサー。そこまで久しくないだろう。前回の依頼から随分早いインターバルだな」


 前回の任務。会社の不正を知ってしまった社長秘書を護衛した任務。棚ぼたの連続だったのを覚えている。社長秘書だった対象は現在起業していると噂で聞いた。


「で、なんの依頼だ?言っておくがもう護衛任務は懲り懲りだ。会社を爆破とか、裏社会で高名なジジイを暗殺もごめん被る」


 ーーなに、今回の任務は一日で済む。それに君も聞けば興味をそそられるだろう。


 きな臭い臭いがする。いつものことではあるが。それでも依頼主が困っているというなら頼まざるを得ない。


「わかった、聞こう」


 依頼を一通り聞くとそこにはシークのメンバーが勢揃いしていた。電話を終えて私は彼女達に明日の任務について伝えた。


「俺明日デートしてくる」

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