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一筋の光

 アオス崩壊後。どのくらい、どれくらい、どこに向かい放浪したのかわからない。いつかは忘れたが、教会で目覚めた時の記憶が飛んでいる。あとで聞いた話では行き倒れていたそうだ。


 そんでもって、目が覚めると質素な部屋にいた。当時の私の感覚で言えば、野戦キャンプやそれまで寝ていた場所に比べればベッドで寝ている時点で豪華だった。ベッドと机と椅子と窓。私は恐る恐る部屋を出た。私が寝ていた二階にはいくつかの部屋があり、一階への階段を降りた。


 一階に降りるとシスターが一人祈っていた。


「おはようございます」


 シスターの言葉は幸いにもアオス語だったので話すことが出来た。


「ここは……?」


「ここは、聖セース教会です。近隣の方が倒れているあなたをここに運んでくれたのです。失礼、私はエミリアと申します」


 この地域では珍しい話では無い。日本で言うところの〜子と似たような感じである。


「俺は……テンドウだ」


「テンドウさん。アジアの方に見えますが、随分上手に話されますね」


「ええまぁ」


 周りを警戒しているせいで返事が適当になる。それを心配したのかエミリアが言う。


「心配しなくても大丈夫です。ここにあなたの敵はいません。神が見守られています」


 とりあえず、人としてはまだだったが、聖職者としては信頼することにした。


 数日彼女の動向を確認した結果、エミリアはほぼ一日中教会にいた。掃除、祈祷、生活、たまに買い出しに出かけてもしばらくしたらまた祈祷。聖職者としては立派なのだろう。その数日間私は口も聞かず、エミリアという人間が信頼に足るかどうか監視に専念していた。外敵を警戒して、外にも碌に出ていない。


 そんなエミリアも見ず知らずの私を懸命に世話してくれた。教会の状態を見るに、経営は成り立っていないのは私でもわかった。なのに、もう一人分の食事を用意してくれた。パンとスープとじゃがいもを使った何かしらの料理をちゃんと一日三食、毎日提供してくれた。


 三日目辺りから私からようやく口を開いた。


「わからないなエミリアさん。なぜ、見ず知らずの俺を助けてくれるのか。ここの財政だって裕福ではないだろうに、一日三食も飯を出してくれる。なぜ?」


 食事は主に二階にある一室のテーブルでとる。いくつか椅子は用意されているが長らく誰も座っていないように見える。私とエミリアだけがその空間にいる。


「それが私の成すべきことと思ったからです。困っている人がいたら、手を差し伸べる。行くところがなければ、できるまでベッドと食事を用意する。お金なんて関係ありません。これは神の思し召しでもなく、人としてどうするべきかなのです」


 エミリアはスープを啜りながらそう言った。それまでの私には無かった考え。それまで私は、言われるがまま戦い、人を殺してきた。事情を知らないとはいえ本来であれば教会にいてはいけない人間かもしれない。これが人というものなのか、それも立派な類の。


「まぁ、お金を言われたら実際その通りですが」


 とほほと言わんばかりに笑っていた。


 翌日からエミリアに倣って、私も行動を開始した。近所を周り、困り事が無いか歩き回った。思えばこれが後のシーク表の活動の原型だったのかもしれない。


 セースという町はアオスの首都や駒宇良ほどではないが小さい町ではない。人口もそれなりにおり、学校もある。落ち着いて暮らすのにちょうど良い環境であった。


 困り事というのは至ってシンプル。ペットの捜索、人の捜索、荷物持ち、話し相手etc。どれもその昔、設立当初のシークでやっていたものばかり。特に報酬は定めてないし、貰っていない。私としてはボランティアの感覚でやっていたが熱心に渡してくる人が何人もいた時は仕方なく貰っていた。そしてそれをエミリアに渡した時には


「それはテンドウさんがいただいたお金です。教会に入れてくれるのは大変ありがたいのですが、私の気持ちは、あなた自身に対して使ってほしいのです」


 と、断られてしまった。とは言っても自由に使えるお金なんて持ったことがなかったので欲しいものもないし、何に使えば良いかわからなかった。それに、私の中では教会のためにという気持ちも少なからずあったので、貰った金の三割を内緒で納めていた。そんな生活から三ヶ月が経過した。


 ある日の夜


 いつものように食事をしているとエミリアから口を開いた。


「あなたがここに来てもう三ヶ月。早いですね。正直に言うと初めてあなたが来た時、少し大きな弟ができたみたいではしゃいでいたのですよ」


「弟……そういえば、エミリアさんは……ご両親は?」


「わかりません。というのも物心ついた時からこの教会にいましたから。両親には余程の事情があったのか色々なものをカゴと一緒に捨てられていたと、私を保護してくれた神父様から聞きました」


 そういえばこの部屋にある暖炉の上にはエミリアとお年を召した男性が写っている写真がある。だいたい予想はついていたがあれが神父なのだろう。


「二年前に神父様が亡くなってしまってからは、私も教会を畳もうかと思っていたのですが、そんな時にあなたに出会いました。さっき言ったことを踏まえると、アジアのある国ではこうしたことをエンと言うそうですね」


 当時の私には何のことかさっぱりであった。後になってエン、縁というものを調べて初めてエミリアの思っていたことを知る。


「テンドウさん。もう薄々感じてるかもしれませんが、私はあなたの素性をおおよそ理解しています」


 私もそうだろうと思っていた。ボロボロになっていた服が目覚めた瞬間新しい服になっている。ということは誰かが私の裸体を目にしている。それすなわち、私の戦場で負った傷を見ているということだ。少し考えれば誰にでもわかる。


 私は相変わらず黙り込む。


「私にはあなたが心に負っている傷を充分に癒す力はありません。ですが、辛いことがあればそれを共有して気持ちを和らげてあげる。それこそが人であり、家族であると思います。全世界共通だと思います」


 私はようやく口を開く。


「俺の両親は、あの内戦が始まった時に死んだ。だから俺は、中途半端にしか家族というものを知らない。エミリアさんが家族と説いても、正直、イメージが湧きません」


「なら、私達の家族を作りませんか?」


 この言葉。当時の純粋無垢な私にとっては深く考えていなかったが、酸いも甘いも知って不純になってしまった今にして思えば一種のプロポーズに聞こえてしまう。


「家族がいないもの同士、私たちだけの家族という形を作るのも悪くないと思いますよ」


 この人は自分の言っている意味をわかっていたのだろうか。キラキラした目をしていたのを覚えている。


「なんか、良いですね」


 この時の私は、本当にそんな軽い気持ちだった。が、これは今でもそうだが、大事なものとはそのとき思っていなくても、それが失った後に大事だと初めて気づくのだ。


 少年兵だった頃より生活が豊かになっていたおかげで、日本に帰れる可能性があると思っていたが、エミリアと半年もいるうちにその考えは忘れていた。日本に未練は無いし、今更帰ったところで何かあるわけだもないので、このままセースないしはどこか別のところで過ごすのも悪くないとも思っていた。


 一旦現代


 ーー太陽くーん。聞いてる?


 電話を切らずについついそのまま昔を振り返ってしまっていたようだ。真田が私を呼んでいた。


「失礼。何も聞いてませんでした」


 ーー気を取り直して、私は例の件調べてみるから。元気でね。


「ええ。真田さ……いや、理子さん。改めて言わせていただきます。ありがとう」


 電話越しでも彼女の顔には笑みが溢れているだろうと何となくそんな感じがした。


 ーー私も、ありがとう。


 そう言うと真田は電話を切った。すると上から小神子が降りてきた。


「今の電話、理子さん?」


 さすがは地獄耳。聞かれていたようだった。


「あぁ。どうした?」


「料理に身が入ってないようだから手伝いに来たのよ」


 我ながら情けないと痛感させられる。社員に労りと労いを与えるはずが、普段と変わりないことをさせてしまっている。止めても聞かなさそうなので敢えて止めず、手伝いをさせる。


「小神子、お前から見て、瀬奈はここに馴染んでると思うか?」


「よくやってると思うわ。飲み込みも早いし、人当たりも良いから色んな人から可愛がられてるわ。羨ましいくらいに」


 小神子は仕事で人から信用を得るタイプなら、瀬奈は徳と仕事の半々で信用を得るタイプだろう。実際取引先からの声も悪くない。元々、人間的に問題を起こしそうな社員もバイトも雇うつもりはないのだが。自分で言うのもなんだが、その辺りの目利きには自信がある方だ。


「羨ましいか。こればっかりは天性だろうな」


「太陽は、そういうこともできる?」


「こういうこと言うのはおこがましいと思うんだが、人の才っていうのは意識して発揮されるものじゃ無いと思うんだよなぁ。天性なら尚更。自然と、神経が、脊椎がそうさせるように」


 実際に私は人を助けるという行動に意識が働いたことは少ない。だいたい身体が先に動いている。


「お前にもそういう覚えはあるんじゃないか?」


「うーん……よくわからないわ。どうすればいいのかしら」


 どうすればいいのかしらと聞かれても、人が無意識でやっていることを教えるのは酷なものだ。だが、普段の瀬奈を思い返して言えることが一つある。


「笑顔を見せることか……」


 瀬奈はよく笑う。それで無くても普段からニコニコしている。


「笑顔……」


 小神子が試しに笑ってみる。残念な、見るに耐えない作り物の笑顔。私はついつい吹き出してしまう。


「な、何よ……」


「いやいや、意識してするものじゃないよこればかりは。強いていうなら無理に大きくではなく、ちょっと、口角をあげるだけで良いんだ」


 それでも彼女はちょっとどころか行き過ぎなくらいの笑顔を作ってしまった。


「ダメ……ってちょ!?」


 見かねた私は具体的にどこの部分を指しているか小神子の口角や表情筋に触れる。


「そもそもの話、喜怒哀楽は意識して出るものじゃない。個人個人が心の底からそう思った気持ちが初めて顔に出るのだから。だから、正直俺から教えれることはほぼ何もない。だが、一つ言えるのは、笑顔でいるのは心持ちがいいぞ」


 今私はどんな表情をしているのだろうか。少なくとも笑っているのだと思うが、どんな風に笑っているのだろうか。小神子にはどう見えているのだろうか、そんなことを考えながら、小神子に表情筋をほぐしたりして説く。実はこの行動は昔、エミリアがよくやっていた。笑顔が足りない私へ、自然と笑顔になるおまじないとか言って。それで笑顔にできるか、それはエミリアにしかできないのか、はたまた私が上手くそうなったのか。もしくはどちらとも言えるかもしれない。


「た、太陽……もう大丈夫よ……」


「おっとすまん」


 私は両手を小神子から離す。


「た、太陽。私やシークのメンバーは良いかもしれないけど……他の人にはしちゃダメだから……」


 今にも消え入りそうな声で小神子が言う。


「わかってる。わかってるからこそやったんだ。それに、お前やかぐやは口で言うより実際に体験させた方が早いからな」


 他人に仕事を任せる際はある程度出来るまで付き合うというのが私のスタンスだ。説明するだけでなく、実際にやってみせたり、やらせてみたりして覚えさせる。どんなに忙しくてもこれは変わらない。私が今の立場で安心するのは、教えたことをちゃんとできていることの一点に限る。


 しばらくして


 料理が出来上がった。とんかつ、キャベツで包む前提の唐揚げ、ポテサラ、大根やきゅうりの糠漬け。もうちょっと油物を減らして、魚を増やせないかと言われそうだが現状私の料理レパートリーだとこれが限界である。 


「そういえば太陽。釣りから帰ってくる時、真田さんぽい人見たぞ」


 食事中、かぐやが話題を出した。他の人間はわからないがかぐやはよく周りを見ている。本人曰く警戒しているわけではないが、どうしても目に入ってしまう。らしい。私は過去の経験上そうなってしまっているのだが、かぐやにはそういう面もあるのだろう。


「あぁ。実は少しこっちに来ていたんだ」


 瀬奈の頭にはハテナが浮かんでいる。


「瀬奈はまだ会ったことないわね。真田理子。超優秀な国家公務員で太陽の親代わりの人」


 小神子が説明する。簡潔に言うとおおよそその通りである。


「太陽さんの周り、女性ばっかりですね……」


 瀬奈がボソッと呟く。私でも常々思うがその通りである。辟易しているわけではないし、悩みの種でもないのだが指摘されると何故?となる。


「忙しいはずなのにどうしてこっちに来てたの?太陽」


「さぁな。場所を教えたらすっ飛んで来た」


「どんな方なのですか?」


 好奇心か瀬奈が私に聞いてくる。もし、私の友人に国家公務員の知り合いがいたら恐らく私も同じことをするだろう。


「そうだな……出会った時の第一印象だが、言葉足らずで平気で人を傷つけそうな人間だと思った。実際、人と話すのが苦手なわけではないんだが、ちょっと不器用だったかな。反面、国家公務員なだけあってめちゃくちゃ頭はいい。私がこっちに帰ってきた時の法的手続きは全部彼女がやってくれた。俺からすれば命の恩人だ」


「でも年は太陽と、十も変わらない。側から見たら親子というより姉弟ね。にしても、あなたってどこに行っても弟みたいに可愛がられるのね」


「そうでもない。真田と会って間もない頃は壁があったんだ。本当に、他人と他人。血が繋がっていないから、無理に家族になる必要はない。仕事柄彼女は夜遅く帰ってくるし、休みなんて碌になかったから、壁を埋めるのは思ったより時間がかかったんだ」


 私が十八かそこらで帰ってきて、真田と今の関係を築くのに二年の月日が必要だった。彼女も彼女で苦労していたと思うとそれだけかかっても仕方のないことかもしれない。


「だとしても、姉弟か……じゃあ俺の周りはデカい姉で囲まれているってことか。ふっ」


 かぐやを見て鼻で笑う。


「おい、言いたいことがあるなら言え。セクハラとパワハラで訴えるぞ。ブーブー」


 かぐやが私に向かってブーイングする。このブーイングの時点でかぐやは本気ではない。というか大の大人がブーブーというのはあまりにも滑稽である。


「太陽さん!揶揄うのはなしと言ったじゃないですか!メッですよ!」


 瀬奈だから許されるのだろう。大の大人でもメッて言えば寒い気がするが瀬奈の慈母のようなオーラを纏って言われたらそうせざるを得なくなってしまう。


「メッだって……」


 かぐやが必死に笑いを堪えている。


「か、かぐやさんも笑い事じゃありません!」


 よく笑うかぐやと瀬奈を見て私は、小神子を見る。かぐやほどオーバーではなく、小さいながらも彼女も笑っていた。

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