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親の想い

 夕方 交遊館


 食堂と違い広々としたコンクリートの建物。机に四人揃って、今度はコーヒー片手に駄弁っていた。しばらくして、かぐやが私に話題を振った。


「そういえば天道。お前、名はなんていうんだ」


「あれ、言ったことなかったか」


 私の記憶では言ったつもりになっている。


「私も知らないわ」


「え、皆さん知らないのですか?」


 少なくとも瀬奈には名乗った覚えはない。驚くのも無理はないだろう。付き合いの長いのに名を知らないなんて。


「お前、私と会った時天道しか名乗らなかったぞ。多分小神子の時もそうだったんじゃないか」


 言われてみればそうだった気もする。


「……多分。で、知ってどうするんだ?」


「お前は私たちを名前で呼んでるが、私たちはお前を苗字でしか呼べない。なんか引っかかってな」


 かぐやは時々こういう所がある。勝負事で搦め手を使うと怒ったり、私とどこか食べに行った際、奢ると言っても、貸し借りの関係を作りたくないからと断る。正々堂々というか相手と対等でいたいという気持ちがあるのだろうか。


「だから教えろ。お前の名前」


 別に私は今のままでも良いのだがと思ったがめんどくさくなりそうなので折れた。若干めんどくさそうに言って。


「わかったよ。名前は太陽だ。漢字はそのまま、天体の太陽」


「太陽……なら私と似てるな。かぐや、かぐや姫で月だろ。もしかしたら因果かもな」


 何がどうしたらそうなる。


「良い名前ですね」


「そうか?ありふれた名前だと思うが」


「思ったよりもいませんよ。ちょっと照れてるのかわいいです」


 そういえば私の周りに太陽という名前の人物はいない。掘り起こせばいるのだろうが。自分の名前が褒められた事が無意識に顔に出てたのだろうか瀬奈がからかってきた。そしてかぐやが手を開いた。


「決めた。そろそろ天道呼びを卒業して、太陽呼びにしよう」


「私は賛成です」


 いつのまにかそんな話になった。この流れは小神子も表明する流れなのだろうか。しばらく、瀬奈とかぐやが黙っているということはそういうことなのだろう。


「わ、私は……私も、呼ぶ……」


 小神子の顔が少し赤い。そして矛先は私に。


「わかったわかった。好きにしろ」


 結局満場一致で私の名呼び案が可決された。


 太陽という名前は父が付けてくれた。そう母から聞かされていた。太陽のように皆を照らす、明るい人になってほしい。そういう想いでつけられた。今の私はそんな人間になっているのだろうか。正直、この名前は気に入っている。だから、そういう想いが込められているならそれに従って生きてみようというのが私の考えだ。


 そういえばと思い出し、スマホのスケジュールアプリを見る。記憶違いではなかった。次の週は重要行事だった。小神子とかぐやはこの行事を知っているし、覚えていそうだから確認の必要はないが瀬奈は初めてだ。


「瀬奈。来週の土日空いてるか?」


「土日ですか?空いていますが」


「あ、もうそんな時期か」


 私の本意とは別にかぐやは忘れていたようだ。


「詳細はまた今度メールで送ろう。時間だ。じゃ、準備があるからお先」


 当日の昼


「旅行だぁぁぁぁ!!」


「かぐや、うるさい」


 はしゃぐかぐやとは対比で注意をする小神子。実際うるさい。私はサキ達に引き継ぎと家の中のものを整理して裏の車庫に向かった。車庫には小神子、かぐや、瀬奈がすでに待っていた。


「待たせた。出発だ」


 我が家の愛車は三台。個人もしくは少人数で使う六十九年式マスタングことボス四二九と使用用途はマスタングとほぼ同じでスピードを出したい時のNM4、最後に今回のような旅行やシークメンバーで出かけたりする際に使うカローラクロス。以前は86やシボレー・コルベットを持っていたが両車とも任務で大破。現在のマスタングがその役割を担っている。


 シークでは毎年恒例設立記念日を設けて社員旅行に赴いている。場所は親が所有していたいくつかの別荘地のどれか。あとで知ったことだが私の両親は資産家だったようで、そのおかげか食うに困らない遺産を私に残してくれていた。それを知っていればアオスからネコババした金はいらなかったかもしれない。


 ボストンバックをトランクに放り込み、後部座席にかぐやと瀬奈、助手席に小神子、運転は私という配置で出発した。


「太陽さん。いいですか?」


 出発して十分。瀬奈が声をかけてきた。


「太陽さんって彼女とかいますか?」


 この直後に起きた三つの出来事。一つ、小神子が飲んでいた水を私の顔に吹く、二つ、かぐやが女性らしからぬゲラ笑い、そして三つ、対応に追われる瀬奈。


「え、えぇ!?」


「ちょっ……瀬奈、それは……」


 顔に吹かれた水を拭いて、バックミラーを見るとかぐやが腹を抱えて笑っている。


「太陽に彼女……もし、いたら小神子が黙ってないな……」


「ど、どういう意味ですか?」


 かぐやが瀬奈の耳元で小声で話しているのが見える。良いお知らせにかぐやは小神子が地獄耳なのを知っているおかげで聞こえない程度の声で問題ない。悪い知らせにその上の地獄耳である、私の耳では聞こえている。


「昔、太陽が大変だった時に小神子が親身になって世話をしてたんだが、私からみて太陽はともかく、小神子は確実に脈アリだと思うんだ。だからもし太陽に彼女がいたらどうなる?修羅場だよ修羅場」


 非常に愉快そうに話している。私と小神子と付き合う。実際彼女と寝食を共にしたことはあるが、私にそれを意識する余裕がなかったので正直何とも言えないところだ。


「私はあんな奴と付き合うつもりはさらさら無いんだが、瀬奈は可能性あるな」


 仮にも上司に随分な言いようである。それもあんな奴とな。


「あんなでも男だ。男なんて肉とかおっぱいとかチラつかせたらすぐ喜ぶって」


 非常に教育によろしくないことを吹き込んでいる。親父かお前は。それにかぐやがおっぱいに関することを言っているのは見るに耐えないというものだ。無いから。


 ちなみに。おっぱいだのどうのこうの言っているが、私が少年兵時代の時はほぼ毎日とは言わないまでも女の裸や行為に及んでいる現場を飽きるほどみている。だから、今更小神子や瀬奈の身体を見たところで初見殺しでない限り無になる。ちなみに最近の初見殺しというのは以前の鍋パで瀬奈が無意識に放った双丘の揺れ。


「おい、かぐや。何聞かれたかわすれたじゃねぇか」


「お前に女はいるかって話だ」


「いないし、今のところ作る予定がない。忙しいんだよ」


 実際その通りだ。まだまだ将来を共にする伴侶と出会おうなんて考えないし、余裕があるというのが正直なところだ。それに仕事と恋愛を両立できるほど器用じゃないというのもある。


「いると思っていたのか?」


 瀬奈に聞き返す。


「ま、まぁ……だって、太陽さんの周り、女性ばかりですし」


 言われてみればそうだ。同性の友人がいないこともないが、プライベートにしろ仕事にしろ何かと女性が絡んでくる。


「そういえばそうだな。なんでだ?」


「それは私達も聞きたいんだが」


 私にもかぐやにも分からなければ、誰にもわからないだろう。わからなくなってきたので気分転換に音楽を流した。私が流す曲はだいたい洋楽。特に七十年代から八十年代にかけての。邦楽も知らないわけではないが多くは聴かない。せいぜい定番の曲を何曲か知ってて、世の中で流行ってたらたまに聴いてるくらい。なので現代の名曲ランキングなど見ない。


「天……太陽?」


 先ほど私に水を吹きかけてきた小神子がようやく話しかけてきた。まだ私を太陽と呼ぶのに慣れていない。律儀なものだ。今更であるが一方私もこれまでの人生で名前を呼ばれた事がない故未だに困惑している。


「太陽の理想のタイプって、どんな人?」


 直感ではあるが、なんだがこの空間では言いづらい。というか言ってはいけないような気がしてきた。


「理想のタイプ?……秘密」


「……ずるい」


 小神子が頬を膨らませて窓を見た。新鮮な姿なので携帯が使えたら写真に撮ってた。


 車で移動して一時間。目的地の別荘に着いた。両親が私と、将来生まれてくるかもしれなかった妹か弟の為に最大四人ほど泊まれるコテージ。周りは森に囲まれ、近くに川や泉、サバゲーが出来そうなくらい広大な敷地もある。釣り、キャンプファイア、原始人スタイルライフ等外で思いつく限りのことはなんでもできる。極め付けに何が良いかといえば近くに温泉街がある。


 全員車から降りて、中に入る一方瀬奈は唖然としている。


「遠慮せず入れ。父が売った物件を買い戻したものだ。昔は今ほど交通の便が無くて来ることも少なかったから売ったらしい」


「この匂い……温泉の匂いがしますね」


 瀬奈は身体能力の他に五感も強化されているのか。羨ましい嗅覚をしている。先日それを知ってから不快な気持ちにさせないために私の身辺に気を使い始めたのは内緒である。


「ご名答。近くに温泉街がある。夜に行く」


 瀬奈を部屋に案内した。三人の部屋は二階にあり、私の部屋は一階。一階はテレビと大きなテーブルとソファーの共有スペースとキッチン、シャワー程度なら問題なく使える浴室、トイレ。二階は客室とテーブルゲームやビリヤード台、ダーツも置かれてるプレイルーム。


「小神子、少し良いか?」


「何?」


 私は小神子に三人で川で適当に魚を釣ってきてくれと依頼した。その間に私は料理の下準備。逆でも良かったのだが、せっかく大自然に来たのだからそれに適したことをさせるべきだろう。


 三人が釣りに出かけて、私は一人キッチンで夕飯の支度をした。何も釣れなかった時のためにメインを一品と何品か料理を作ろう。音楽もかけつつ、興じていると電話が鳴った。相手は政府の人間。もしかしたら。


「はい」


 ーー太陽君。お久しぶり。


「やはりあなたでしたか、真田さん」


 真田理子。私が政府で最も信頼している人間で数年前、私をアオス近隣諸国から日本に帰国させてくれた文字通り命の恩人である。シークを立ち上げるまでは彼女のもとに世話になっていた。立場上は私の身元保証人である。


「そっちは忙しいみたいですね。何でも、某派閥の政治家がどんどん離職しているそうな」


 ーーおかげでこっちは大混乱よ。私のとこは今のところ大丈夫だけど。もしかしてだけど、あなた、動いた?


 話題に上がった某派閥とは以前私が脅した政治家のトップである。おおよそ秘密を墓まで持っていくつもりだろう。命か時間が惜しかったのか、後先考えず辞めたせいで、後継もままならないまま自然と瓦解しているようだ。


「生憎、存じ上げないですね。それで、そんな話題をするために電話をしたわけじゃないでしょう?」


 ーーえぇ。実はあなたに見てもらいたいものがあるんだけど、今どこ?


「……の山奥。近くに温泉街がある」


 ーーわかったわ。急で申し訳ないんだけど、すぐに向かうから。


 そう言って電話を切った。一度決めたら猪突猛進の如く走り出すのが彼女の功罪と言える。その功罪のおかげで私が助かったのだから、それに対して悪くは言えない。


 そうして料理もしながら待っていると、本当にやってきた。


「お待たせ」


 職場からそのまま来たのか、周りの大自然に似つかわしくない、紺のパンツスーツ。


「その格好でよくこれましたね」


「そうでもないわ。さっきそこで躓いたせいでスーツが一着オシャカにされたわ」


 誰のせいでもない、そんな格好できたお前が悪い。と言いたいが、恐らく聞く耳も持ちたくないくらい急用なのだろう。真田はカバンからホッチキスで止められた紙を出した。ページにして四頁ほどか。


「まずはこれを見て」


 見た。そこには、また例の港の写真。あれから改造人間を作ってるであろう紅研の動きは静寂そのものだった。目立った動きも見せたいない。だが、今度は違う。二枚目には四角い計測器のような写真がある。この形には見覚えがある。


「真田さん。これ、マジですか?」


「……恐らく」


 普段は冷静沈着に、はっきりと答える真田の様子がおかしい。マジなのだろう。


 写真に映っていたのはフィルムバッジと呼ばれるもの。簡潔に言えば放射線量を測定する小さな四角いバッジ。医療現場でしか見たことは無いが、写真に映っていたのはすでに使用済みとなったものが大量に捨てられたものだった。医療現場で、使用済みになったものが港に廃棄される、なんていうのは考えにくい。なので導き出される結論はこれしかない。


「この国に、核が持ち込まれている」


 第二次世界大戦終結後、世界で唯一の被爆国である日本が核を「持たず、作らず、持ち込ませず」ということを提唱した非核三原則。これがあるおかげで、日本は不安定ながらも兵器としての核を持たないスタンスを取ってきた。だが、港、フィルムバッジとなれば三原則が破られた可能性が充分にあり得てしまう。


「この港は魔境かよ。地域の港湾労働者組合は何してんだ」


 以前の改造人間の一件の後、それとなく、組合に問い合わせたところ、そのような事実は一切ないと突っぱねられてしまった。恐らく、組織、少なくとも駒宇良のグループが絡んでいるだろう。


「政府はこのことを掴んでいるのですか?」


「いいえ。私の所に匿名で送られてきたの。元少年兵、テンドウ・タイヨウ様へって」


 私の素性を知っている。きな臭い話ではある。


「今すぐ動いた方がいいですか」


「いいえ、まだ情報が少なすぎるから私の方で色々集めてみるわ。頃合いになったらまた連絡する。とりあえず今日は共有だけ」


「そうですか。真田さん、一つ助言です。事は慎重に運ぶべきです」


「わかってる。それといつも言ってるでしょ。理子で良いって」


 血の繋がった親子ではないが、限りなくそれに近い関係。なので、母さんと呼ぶ事は出来なくても、せめて名前で呼んでほしいというのが彼女の言い分であった。最も、私はそれに意に介していなかったが。


 少しして真田は帰る準備をする。椅子から立ち上がり、玄関に向かう途中こちらを振り向いた。


「太陽君、ひとつ聞きたいんだけど」


「何ですか?」


「今の生活は楽しい?」


 私は正直に、率直に答えた。


「ええ。これ以上無いくらい」


「ふふっ。そう、良かった」


 そう笑顔を見せて真田は帰った。もし、小神子が姉のような存在なら、真田は母のような存在。最も、彼女と私は十歳も歳は離れていないので母子というのも少々奇妙ではあるが。むしろ私の認識は命の恩人。気軽に理子と呼べないのは認識の問題もある。


 それから間も無く三人が帰ってきた。しまった、料理は中途半端にしか出来ていない。資料を片付けてキッチンに急いだ。


「たっだいまー」


 かぐやの元気な声。会社でもそうだが、どこにいても彼女の声は聞こえる。後に続いて、行きに持たせたクーラーボックスを持った小神子が入り、瀬奈も入る。


「おかえり。どうだった?」


「残念だけど、こんなのしか釣れなかったわ」


 中にはクーラーボックスの大きさが勿体ないくらい小さな魚が四匹いた。塩焼きにでもするか。


「まぁ、仕方ないな。少し休め。料理はまだ少しかかる」


「ええ。そうさせてもらうわ」


 瀬奈は手伝いたそうにしていたが小神子に言われて、少し残念そうに二階に行った。するとまた電話が鳴る。今度は真田本人。


「はい」


 ーー忙しかったらごめんなさい。でも、少し話したくて


「いきなりどうしたんですか。柄にもない」


 ーー久しぶりに会って、昔の事を思い出していたの。


 昔。私と真田のファーストコンタクト。


 ーー太陽君。改めて聞きたいのだけど、私と出会う前は教会に身を寄せてたって言ってたわよね。


「そうです。小さな町の小さな教会。熱心な教徒が少ないせいで、人がいたところはあまり見たことありませんでしたが。それが何か?」


 ーーもし、私と太陽君が会っていなかったら、今頃どうなっていたのかなぁって。もしかしたら、太陽君は日本にいないかもしれないし、私は今の籍に置いているかもしれないけど仕事が長続きしてないかもしれなかったし。


 もしも。というのは何度も考えたことがある。そういう性なのだろうか、どんな些細なことで状況が変わっていたと考えると掴み取った今というのは何なのか。しょっちゅう考える。


「意外です。あなたがそんな事を考えるとは」


 ーー私を何だと思ってるの?


 少し笑いながら真田が言った。真田理子と聞いてとりあえず思いつく言葉をあげてみる。


「俺から見たあなたは現実主義で過去にとらわれない、という人間です」


 ーー昔はそうだったかも。けど、自覚は無いかもしれないけどあなたに会って、私も少なからず変わったのよ。


 私が人を変えるほどの人間とは思えない。だが、あの教会で人の所作や振る舞いで他人が変わるというのは私が身をもって知っている。


 ーー太陽君。この前ある先輩が言ってたのだけど、私、昔に比べて笑うことが増えたのだって。


「それは良いことですね」


 ーーそれもあなたのおかげよ。


 私のおかげ。太陽のおかげ。少し考え込む。自分という人間が他人にとってどう捉えられているのか。結果的には自分は自分、他人の思うような自分に生きなくても良いというのが常套句だ。だが、私の生きたい生き方でそうなっているのなら、貫き通すのも良いかもしれない。真田のように良い方に変われる人間がいるのなら。


 ーー太陽君?


「いや、何でも。そう思ってくれるなら、俺もこの名前を持たせてくれた両親と、自分自身に誇りが持てるものです」


 ーー名は体を表すとは言うけど、あなたは体ではなく申し子と言ってもいいわね。


「それは過言というものですよ」


 少し自嘲気味に言った。


 ーー太陽君。あなたはしょっちゅう自分のことを悲観的に見て、どうしても迷ってしまう人間だけど、これだけは言わせて。私は仕事柄あなたより能や技を持ってる人を沢山見てきたけど、そんな人達に比べたら、あなたはどこに行っても、誰といても、上手にやっていける。そんな人なかなかいないわ。少なくとも私には。だから、もっと誇りを持ちなさい。


 彼女と暮らしていた時まで思ったが、やはり敵わないなと感じた。しばらく彼女の言葉に打ちのめされて、返す言葉がなかった。けど、しばらく悩んでたった一つ言葉を返した。


「ありがとう」


 せっかくの機会だ。また、昔話に花を咲かせよう。そういえばこの話は小神子とかぐやにしたことあっただろうか。

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