過去への向き合い
十五年かもう少し前か。正確な年数は覚えていないが私は両親とアオスにいた。ただの家族旅行だった。当時のアオスは今より国政は安定しており各国からの観光客もそれなりにいた。
父、母は早い時期に私に世界の広さを見せたかったのだろう。よく私を国内の色々な場所に連れて行ってくれた。アオスという海外に行ったのはこの時が初めてだった。日本では見ない景色、自然、山々、人々、稚拙な感覚を持っている私でも新鮮な感覚を覚えている。
「太陽は大きくなったら何になりたいの?」
旅の道中そんなことを聞かれた気がする。私はどう答えたかもう覚えていないが、今の私が特に目指したいものが無い辺り「わからない」とでも答えていただろう。
四泊五日の旅の四日目の夜。突然外で爆発が聞こえた。これは今でも覚えている。悲鳴、夜に輝く赤い炎。父は私と母を連れ出してホテルを出ようとした。ホテルは十階ほどあり私達が泊まっていたのは四階。必死に降りれば外に出れる距離だった。
非常階段で二階か一階辺りに着いた時また爆発が起きた。すると建物が揺れ始め天井が崩れてきた。崩れた直後の記憶はない。恐らく気絶していたのだろう。その時両親が死んだと知ったのは三日後だった。
目が覚めると薄暗く湿った場所に寝ていた。周りには当時の私と同じくらいの年齢の子供が寝かされていた。そして大人に起こされて、銃を握らされて、麻袋を被せられた誰かを殺した。私は五歳か六歳の頃初めて人を殺した。わけがわからなかった。周りの大人や子供が何を言っているのかわからない。親はどこにいるのか。誰かが助けに来る。そんな考えはその日のうちに捨てていた。
その日アオスで反乱が行われた。国主が神の教えに逆らう売国奴ということで反乱軍が結成され、国軍と戦うことになった。私は少年兵として捕えられ、言われるがままに銃を握った。彼らの言葉を覚えたのは捕えられて三年後。同時に私は少年兵グループの隊長に任命された。初めて目覚めた時に同じ空間に寝ていた奴らはとうの昔に全員死んでいたのさ。生き残っていたことを考えると、この頃から私は人を殺す才能があったのかと今になって思う。
その先はただひたすら戦った。泥沼と化したく戦場。死んではまたどこかから連れてこられた少年兵を訓練、戦場に送り、死に、訓練、戦地、戦死、この繰り返しだった。たまに敵につかまって拷問を受けた、斬られ、鞭うたれ、電撃を浴びせられ、水攻め、男色の相手もさせられた。今でもその傷が身体に残っている。無傷の場所を探すのが難しいくらいに。口を割らずに長くて数ヶ月そこにいたこともあった。仲間に助けられて、傷が癒えればまた戦場。これも繰り返し。
そういえば、時々兵士達の肉欲の捌け口としてどこかから連れてこられた若い女が来ても同じだ。使うだけ使って飽きたり、死んだりしたら捨ててまた次を使う。本当に使い捨てだった。たまに妊娠して子供を産み落とした日には親から離され兵士として訓練される。母親は相変わらずまた兵士達の相手をする。
こんな日々が続いて十三歳の頃には人の心を持った覚えはなかった。虚無。まさしくそんな言葉がお似合いだった。それと同時に私に関する噂が戦場に流れていた。嬉々として人を殺すアジアの子供が反乱軍にいる。一切の光を受け付けない目に見られると、喉元を掻っ切られる。そんなのばかりだ。仲間達は大いに喜んでいたが私にはどうでも良かった。
いつしか私は軍の中でも古参に分類された。十五歳くらいの時だろうか。司令塔として位置付けたかったのか戦場に出るなと言われたが私は出ていた。それしか戦う手段を知らなかったからだ。
ある時の待ち伏せ作戦の前に若年の兵士が言ってきた。年は私と一個二個しか変わらなさそうだった。
「隊長はこの戦いが終わった後、どうするおつもりですか」
当時の私にそんなことを言われても今ほど返せる力は持ってない。なので単調で無機質なものになる。
「考えていない」
「俺はですね。故郷の家族や仲間達を幸せにしたいって思ってるんです。ほんの小さな田舎町ですけど、俺にとっては唯一無二のあそこ以上に良いところを知らない場所なんです」
奴の名前はカイと言った。二年ほど前に入ってきた兵士。性格は兵士に似合わず明るいが突出した能力は無いため誰も注目していなかった。私も最初彼の教育係にされたとき、数日で死ぬだろうと思ったが、悪運が強かったのか終戦まで生き残った。その一因だったのか、カイは私に故郷の話をよくしていた。彼が私をどう思っていたのか今では知る余地は無いが少なくとも動物の主従関係のようなものだったと思う。私は彼をこき使っていたが彼は私を慕っていたのか使われることを嬉々としていた。今までこんな人間はいなかったからこの時から私の心に少しずつ変化が訪れていった。
十八になった頃に戦争が終わった。反乱軍は新政府軍として政治家となって国を担う立場になった。私は新政府軍の軍事顧問となった。ちなみにカイはしばらく新政府軍に籍を置いた。たしか、どこかの施設の守衛長だったような。
何ヶ月か経った頃、カイからある話を聞いた。
「司令たちが話しているのを聞きました。隊長、あなたの身が危険です」
後にわかったことだが話としてはこうだ。新生アオスが諸外国と交流するにあたって目の上のたん瘤となっていたのは私。特に非核、及び本土防衛以外の戦力を持たない日本に少年兵として私がいたという事実が知られればアオスの立場は危うくなる。だから消してしまおう。というものだった。 カイはそれに協力してくれた。だが、周りで信用できる人間がいなかったせいでせめて逃げてしまおうと思った。
思えばこの時私は二つ、戦時中にしなかったことをしている。一つは生き残るという事。十何年の間に受けた拷問では身体の丈夫さが災いして死にたくても死ねなかったし、戦場でもただ、目的もなくひたすらに銃を握って戦った。そんな私が生きたいと願っていた。二つ目は逃げるという事。命令という意味で逃げたことはあるが、自分の意思で逃げたことはない。ただ、前に突き進む。それが私だった。なのに、恐らくカイがいたせいで私の中に無意識にそういう気持ちが生まれたのだろう。
できる限りの準備をした。爆弾を仕掛け、セキュリティを遮断し、装備を整えた。
決行前日。部屋でカイが私の自室で撃たれる現場を目撃した。バレていた。誰かが進言したのかもしれなかったが。カイを撃ったのは軍内でも暗殺にかけては右に出るものはいない最強の男。名前は忘れた。
「お前たちが反乱分子なのは割れている。おとなしく……!」
銃を構える前に、私の身体は背後をとり、すばやく首の骨を折った。全てのことなどお構いなしにカイに駆け寄った。心臓を何発も撃ち抜かれており、もう助からなかった。
「隊長……逃げて……ください」
それが私に放った最後の言葉。逃げる。だが、私はそうしなかった。何もなくなった私は半ば焼けになっていたのだろう。新政府全てを終わらせることにした。
相手からしたら想定外だったのだろう。私が事を起こして、新政府発足以来にできた施設全てを破壊し始めてから数十分間後手に回っていた。その間私は暴れた。持ちうる銃、弾、爆発物、全てを人間と無機物に与えた。足りなくなれば相手から奪う、向かってくれば切り刻み、撃ってくれば撃ち返す。いつものことだった。この時のアオスの兵力はおよそ三個旅団。歴戦の兵士もいれば練度の低い民間上がりの兵士がいたので相手にするのは存外簡単だった。
そんな調子で三時間半もすれば、あとは新政府本部を堕とすだけだった。本部というだけあって守りは堅かった。その時になれば奪える武器も減ってきたので堕とすのに二時間かかった。しかし、その二時間後には私のかつての上司、司令の元にたどり着いた。
「やってくれたな。もう、立て直し不可能のレベルまで暴れまくりやがって。十数年前、瓦礫からお前を拾うんじゃなかった。お前はこの一生で最大の汚点だ」
「お前には感謝の言葉も、憎しみの言葉も思いつかない。たった一つ言おう」
それは私も司令も同じ気持ちだった。
「「死んでもらう」」
司令は私に戦いのイロハを教えてくれただけあって簡単には倒れなかった。特に近接格闘術では私より強かった。だが、それでも司令には弱点があった。かつて戦場で左目を被弾したせいで、左からの攻撃を恐れるあまり、守りが極端なりがちな事。それを突いて私は今度は、右目と左腕を失くすことで、ようやく司令を戦闘不能にした。去り際、司令が両目と失くした左腕から血を流しながら叫んだ。
「覚えておけ!人殺しのお前は誰からも愛されない!一生、殺した数だけ十字架を背負って生きていくのだ。どこまで行ってもお前は……」
その時の私の気持ちはシンプルだ。小さな子供が無邪気にアリや虫を踏み殺すのと同じ感覚で、司令の頭を踏み潰した。この時私はどさくさに紛れて次の政府が立て直せるための最低限の資金を残し、それ以外はねこばばした。ルートは秘密だがその金は現在シークの軍資金としてある。
我を忘れたせいでカイの遺体はそのままになった。恐らく旧アオス政府崩壊事件の一人として葬られたと思う。彼の故郷には数年前に行った。彼の話した通りの村だった。麦畑、作業にいそしむ人々、野原を走り回る子供。異国のよそ者である私を快く迎え入れてくれた。村の東側にある家に一つの墓を見つけた。カイのだった。それを見てその傍に立っている家がカイの実家だった。墓に手を合わせている途中で彼の家族に会った。父、母、妹の三人家族。息子の墓に手を合わせている姿を見て、私を友人と思ったのか家に招かれた。どういう気持ちで会えばいいのかわからなかった私はとりあえず安堵の気持ちでお邪魔した。
家族と談笑した一方で、私はとうとう耐えかねてある写真を出した。いつか撮った部隊で撮った写真。仏頂面の私の隣で対比の如く笑顔で映っている写真。家族は息子が戦場にいることまでは知らなかったようだ。出稼ぎの為、外国に行くとだけ告げて出ていったらしい。実際、カイが何故アオスの紛争地域にやってきたのか聞いたことなかった。もし、知っていれば、私はいくらかの大金を握らせて故郷に帰らせただろう。人としての気持ちが芽生え始めていた当時の私ならできたはずだった。そう考えれば、カイを殺したのはある意味私だ。それを告白した。膝をついて、鼻水を垂らしながら大量の涙を流したのはこの時が初めてだった。全てを話し終えると妹が話した。
「でも、この写真の兄さんはあなたといて嬉しそうに見える。あなたは命を懸けても守りたかった存在なら、兄さんはきっと、この空の向こうで今も笑っていると思う。兄さんの願いはきっとこうです。ただ、あなたに笑顔でいること」
妹の気持ちは両親も同じだった。だから、まだ生きている私を許し、死んだ息子の分まで笑うことを望んでいた。妹の兄への信頼は、家族の絆のようなものだった。この後に私はシークを立ち上げて、私なりの家族を築く。
時間が前後したな。アオス崩壊後、私は日本に帰ることなく、当てのない放浪の旅に出たのだった。
現在
一通り語り終えた私は瀬奈の顔を見た。うつむいていた。話し終わったのを察したのか瀬奈が顔をあげると涙の跡が見えた。私はハンカチを取り出し、まだ流れてくる涙を拭いた。
「今にして思えば、あの時やっておけば良かった後悔が何度も出てきた。沖田には言ったんだが、俺の人生はいろんな取り返しのつかない後悔の上で出来上がっている。酷く、惨めな、人生だ。それでも、笑顔で生きて良いのなら、今の俺はそうする」
「その……先に謝らせてください」
瀬奈の身体は未だに震えている。私は両親があることをしてくれていたのを思い出した。瀬奈の後ろから腕を掴んで私の傍に抱き寄せた。
「昔、泣きそうになった俺を、母がよくこうしてくれた。不思議と気持ちが落ち着くんだ」
子供を寝かしつける時のように優しく瀬奈の腕をポンポンと叩いた。される側からする側になって考えてみると親が何としても子供を守りたい理由が何となくわかるような気がする。チラリと瀬奈の顔を見ると少し赤くなってるように見える。まだもう少し泣いてるのだろうか。
「天道さん」
「うん?」
「私は小神子さんほど上手くあなたを慰めたり、こんなふうに人肌で落ち着かせることはできないかもしれませんし、かぐやさんみたいに神経が図太くないのですが、私も天道さんの役に立ちたいのです。だから、その……」
上手くいえないのだろう。途中からしどろもどろになった。実際こういう時は私でも同じになるだろう。
「瀬奈。短い時間だったが、カイの家族と接してよかったことが一つある。何があっても家族と一緒にいることだ。両親を早くに亡くして、どこかに家族への憧れがあったんだろうな。だから、シークを作ったと言っても良いかもしれない。今ではシークは立派な俺の家族だ。役割とかそんなものはない。小神子やかぐやが何をしようが関係ない。ただ、俺にとっては、いてくれるだけで良いんだ。血は繋がってないが、家族として」
しばらくして、元気を取り戻した瀬奈は授業に向かい、私は一人となった。特にやる事がないので、未だ木の下に居座り携帯を触る始末。小神子からラインが来る。
ーー今どこ?
ーーなんか、木の下。
ーーそっちに行くわ。
こっちに来るらしい。携帯を触ることにも飽き、指で挟んで回してみたり、ハンドスピナーのように指の上で回してみたりととにかく暇を持て余す。
数分後
「ここにいたのね」
「食堂は空気が詰まるんでな。気分転換にでもとぐるぐる歩いていた」
小神子が私の側に座る。人肌を感じることの大切さは小神子も理解しており、わざわざこうしてくる。
「少し昔話をした」
小神子がこっちをみていた。
「大丈夫だった?」
「少しだけ震えてたな。無理もない」
「違う、あなたのことよ」
最近になって小神子が私の想像より、私の事を気にしていると実感した。今もそんな感じだ。
「天道。あなたの過去は普通の人間ならおいそれと話せるものじゃないの。私と会った時、過去のせいであなたがどれだけ苦しんだか……」
小神子は言葉を選んでいった。彼女出会って間もない頃PTSDこと心的外傷後ストレス障害を患った。目が覚めると戦場もしくは野営キャンプだった頃の記憶が蘇り、自分の家にいる感覚がなかった。そして、再び心が無くなるのを恐れていた。そんな私に、彼女は出会ったばかりなのに親身になって支えてくれた。こうして人肌を共有するのもその時の経験から来ている。
「小神子、心配してくれてありがとうな。けど、俺はいつか過去を笑って振り返れるくらい強くなりたいんだ。それだったら、今のままじゃいけない。少しずつ、話す事で向き合っていく必要がある。だから、瀬奈に話したんだ。何も話したからってすぐに俺が消えるわけじゃないんだ。家があるなら、俺はそこに必ず帰る。それだけだ」
アオス崩壊後の話はまたいつかしよう。私が真に人の心に目覚めるのはその後の最初の家族の話が必要不可欠だ。




