表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

グレー時々ブラック

 HとNと名の付く地域にある町「駒宇良(こまうら)」推定四万人が住むこの町には、様々な中小企業の入ったオフィスビル、飲食店、宿泊施設、商業施設が多く点在していた。遠くない場所に人口密集地や大きすぎず、小さすぎない整った交通手段があった。特に電車は都市部まで二十分もかからないと利便性の高さからこの地域に住みたいという人間も少なくない。おまけに、北部は町を一望できる山々、南は多くの船が定着しており、物流が盛んであった。私が年を重ねて常々思うのは、ここより充実した地域を知らないということ。この国の端から端をすべて見てきたわけではないから断言できないが、気分としては私の足は植物の根っこのようにこの町に根付いているので他所を見たいという衝動は消極的だ。


 駒宇良の中心から少し西に離れた地域に私の自宅兼職場がある。職場と言っても私を除いた社員(と言っても立ち位置はアルバイトのようなものであるが)は大抵大学にいるか、依頼を受けて現場にいるためいつも閑散としていた。しかし、人間がいなくても建物には私の友人が開発した三体の人工知能が常駐しているため閑散という言葉は時に不適切かもしれない。この日私は一階にある資料室に保管されている過去の依頼を振り返っていた。


「サキ。三日前の依頼で見つかった例の品について何か更新は無いか?」


【メッセージBOXを確認中】


 建物中に設置されたスピーカーから声質からして第一印象が冷静沈着と受け取られそうな声が流れてきた。しばらくした後に解析が完了した機械音が流れた。


【現時刻まで該当するメッセージは受信していません。気になることでもありますか?】


「物が物だけにな。奴らの尻尾を掴める手がかりがあればすぐにでも知りたいのだが・・・・・・専門家に任せるしかないか」


 私は時々こうして短気のような気分になる。ここ数か月何も手がかりが無い中ようやく見つけたものがどういったものなのか気になって仕方ない。なるべくこうした傾向は控えるべきであるだろうと、思うときもあれば、逆に天性の怠惰な性格が災いして矯正を実行できずにいることもある。私の気分が少なからず減少したのを確認したせいかサキとは全く異なる声質が流れた。サキと異なり、母性を感じさせる声である。


【マスター。今は専門家に任せて気分転換を推奨します。これまでの彼らの能力を鑑みればそう遠くない時期に結果が判明すると推測できます。現在マスターに依頼はありませんので、今できる気分転換をしましょう】


 全三体いる人工知能のうち、サキは業務のサポートや戦術補助、たった今私に助言を与えた咲は主に精神的なカウンセラー、もう一体のsakiはセキュリティ、情報収集、経理その他雑務を担当している。上から順に咲、サキ、sakiであり若いほど性能が高く、処理できる業務も多い。人格も三体とも異なっているのはこれを作った友人曰く


「お前の趣味に合いそうな人格をプログラムしておいた。ありがたく思え」


 とのことだ。私一人で本命を遂行するにあたってこの三体は大変ありがたい存在ではあるのだが、残念ながら三体とも私の趣味に合っていない。言わせてもらうなら勘違いも甚だしく、むしろ片腹痛い。

 しばらくして、棚から出したファイルを片付け資料室を出た。一階は受付、資料室、地下室への入り口があり、出入口に入ってすぐの受付の裏の壁に(一応の上り用と下り用の)二階に上がる階段がある。資料室と地下室の入り口はその脇にある。


【マスター!お疲れ様です!】


 受付にはサキシリーズの中でも比較的最新型のsakiが常駐している。sakiはシリーズの中で最も外部の人間と接触する機会が多いため人工のボディを使用して接客している。一応他の二体も人工ボディを使って活動はできるが進んで行うのはこのsakiくらいである。sakiの人工ボディは彼女の人格に合わせて作られており、他二体も同様である。


「お疲れ。相変わらず元気だな」


 sakiに適当に返事をした。sakiの常にこの明るい性格は羨ましい限りだ。


【ありがとうございます!そういえばマスター。そろそろ出発のお時間では?】


 左腕に付けている腕時計を確認すると出発を予定していた時間が五分前まで迫っていた。荷物は三階の書斎に置きっぱなしだ。


「こりゃまずいな。ありがとうsaki」


【どういたしまして!】


 二階は主にオフィスと来客用の部屋が二室、それとキッチンといった私が普段生活で使用しているスペースと、この建物の中でもかなり入り組んでいる。何とか三階にある私の書斎に入り無造作に置かれたリュックを背負い、また同じ道を戻ってsakiの元気な【行ってらっしゃいませ!】を聞いて大学に向かった。

 紫桜(しおう)大学。町の中心からやや北にある。駒宇良では中の上くらいの大学であり駒宇良にあるバス停から十五分ほどで着く。会社から紫桜までは徒歩で十五分ほどで着くため私の交通手段は大抵徒歩である。道中いくつか坂があるが標高の低い山道を登ると考えればいい運動である。しかし、同じ大学の部下三人は口をそろえて「疲れるから嫌」と言って各々の手段で通学している。駒宇良駅から紫桜まで離れると中心部程の活気は無いが自然も多く、マンションが点在し、個人経営の飲食店やその他サービス店もそれなりにある。そのためか、この辺りを歩いているといかにも紫桜の学生をよく見る。言ってしまえば田舎以上都会未満といった具合である。そんな物思いにふけりながら歩いていると紫桜に着いた。


 大学側から見れば私は学生でも何でもない。一般の枠なので校門で正式な手続きをしてから校内に入れた。初めて来たときは右も左もわからなかったが今は校門に入って右に行けば文学棟、左に行けば全く縁のない学部棟や学生が交流できる大きな建物が点在している。真ん中通ると音楽ホールの建物があるが同じ場所には大学の経営や学生サポートをする部署があるのでそこを部外者が通るのはハードルが高い。なので普段はまっすぐ文学棟に向かう。


 文学棟。文字通り紫桜大学の文学部が主に使用している棟であり教室の数、設備は他より充実している。私の会社同様四階建て。各階の半分は教授助教授の研究室、資料保管庫、倉庫が集中している。


 私がここに来た目的はある教授から借りた資料を返却しに来たこと。やはり大学教授はめったに手に入らない資料を持っているのでそういった機会は貴重である。いつも知見の共有という名の談笑をいつも三十分ほどしてからお開きとなる。私が大学に用があると言えば大抵こういったことである。今回は特にこれといった資料は借りず退室した。


 三階の研究室から階段を使って降りていたところ二階に入ったところで呼び止められた。


「天道」


 身長は一七〇センチ。私より身長は低いが女性の中では高い部類であるため目を引き、長い黒髪をポニーテールにしてまとめており、モデルのような整った体型をした人物。そして透明感のある落ち着いた声を持つ人物を私は一人しか知らない。と言っても社員は二人しかいないのだが。


「小神子。お前だけか」


「えぇ」


 槇田(まきた)小神子(こみこ)。最初の社員にして大抵のことは手放しにして任せられる優秀な部下。性格は冷静沈着だが、最近は丸くなったが融通の利かないことがある。また、時々ノリが合わないこともある等私とは異なる世界の人間である。今もこうしておしゃべりな私と比べ最低限の返事しかしない。


「講義はどうだ。何か研究につながることでもあったか」


「先ほど受けた授業は今の私に合わないものだと実感したわ。聴いているだけなんてつまらないもの」


「お前にもそういった感情があるんだな」


「天道。何も私は感情を押し殺しているわけではないのよ。私だって不満に思うこともあるし、何か成し遂げて安心や充実感も感じる。感情がなかったらその人は宇宙人か人間だとしても血も涙もない人間ね」


 私から見ると一定のトーンと声量と表情を変えることなく話す小神子の方がそれに当てはまっている気がしてならない。ここに感情を殺し、論理を重んじる性格となればそれこそ本当に宇宙人の誕生である。


 小神子を含めほかの社員も仮にも上司である私を社長だの敬称を付けて呼ぶことはない。何故なら私がそう徹底させているからである。会社と言う枠を外して言うなら彼女らは私より二つほど年上であり、人生の先輩である。彼女らも私が立場上上司であるため社会的に見れば敬語で接しないと失礼にあたるが私の都合とこの先使わないかもしれない上司特権で無理やり言いくるめて今に至る。小神子ともう一人の部下は意外とあっさり受け入れた。


 小神子と校門付近までたどり着くと私の胸ポケットしまっていた携帯から着信音が鳴った。私は校門の端に移動した。小神子が周りを警戒するように周囲を見渡した。


「私だ」


 連絡してきた人物はたった一言だけ言って電話を切った。


【反応はマゼンタ】


「新しい知らせだ小神子。どうやらマゼンタらしい」


 どうやら私が待ち望んでいた分析の結果が出たらしい。マゼンタという単語を聞いて通じるのは小神子だけである。そしてマゼンタというものの恐ろしさを把握しているのも私を除けば彼女である。


「リストには性別年齢関係なく三十名近くの名前があった。取引先のリストと言うよりは積み荷のリストだったのだろうな」


 半年ほど前までは女のみ男のみと限られていたがここ最近はそういったものはなくまるでヤケクソの如くだ。私の活動が功を奏したと思いたいが、まだ敵の本拠地や大本を知らない以上敵に大打撃を与えるためには今までのような活動ではなく奇をてらう必要がある。さもなくばなんの罪もない多くの人間の人生に一生消えない傷がつくことになる。私の育った町で人道から外れた行いをする人間を見逃すわけにはいかない。


「小神子。俺はシークに戻る。留守は任せた」


 表向きはマルチタスク請負企業、しかし私が出張るときは国際犯罪組織を陰ながら叩き潰す国家公認の民間武装組織「シーク」。私は天道蓮。悪を止めるために追い続ける唯一無二の男だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ