11th.03『袋小路』
デッドはトイレ男を気遣って速度を緩めるという事をしなかった。
この後フィリアの元に行くという事を意識しているのか彼は急ぎめで、トイレ男は背中を痛めながら頑張って追った。彼は黙っていて、前々回のように長ったらしい語りを聞かせられないのは幸いと言えるだろうか。
「……………………」
いや、災いが幸いを上回っているな。トイレ男はそう結論付けた。何故なら今彼は道を間違えたから。この先には行き止まりしか無い。下手に指摘して機嫌を損ねてしまえばおしまいだ。黙っておく事にする。
「…………あれ」
目の前に壁が現れて、デッドはそう呟いた。
「…………僕、どこかで道間違えた?」
そう突然に振り返って訊いてくるものだから、トイレ男はつい首を振ってしまう。
「だよね。壁が動いたんだろう。仕方ない、別の道を探そう」
いや、何故そうなる。壁が動く事はデッドが道を間違えるより遥かに有り得ない事なのだが。
それからも彼は何度か道を間違え、そのたびに壁が動いたのだと言った。その自分は正しいという傲慢さにつけ込んだ身としては言いづらいのだが、もう少し自分を疑ってみてはどうなのだろうか。
早くしないと下僕達がまたやって来る、しかしデッドから離れる事はできない……そう葛藤していると、【眼】の隅に人影が映った。下僕だ。
「……………………」
あーあ、来ちゃったよ。デッドは勘で道を選んでいるのかと問いたくなるほど頓珍漢な方向へ進んでいるので、出口までの距離は先程下僕達とかち合った場所とあまり変わらない。つまりどう足掻いても下僕達に捕まってしまうという事だ。下僕達も馬鹿ではないから、何かしらデッドを言いくるめる材料などを持っている筈。今度こそトイレ男の身が危うい。
もういっそこっそりデッドから離れるか? と検討し始めた時、下僕達に紛れて或る人物が居るのに気が付いた。
フィリアだ。
「!!」
どうやら彼らの考えたデッドを言いくるめるための材料はフィリアらしい。確かに、フィリア本人がトイレ男を下僕ではないと言えば、流石にデッドもそう認めるしかないだろう。そして騙された腹いせにトイレ男をどうにか……具体的には殺害するだろう。
「……………………」
終わった。本当に殺されようものならフィリアが守ってくれはするだろうが、その後に待っているのはあの痛みだ。嫌だった。どうにかしなければと思考を回し、ヒントを求めて【眼】を開く。
頭を押さえながらも必死に状況を打開する何かを探し回り⸺
「!」
見付けた。
◊◊◊
フィリアは水路を走る。セッちゃんから随時伝えられるトイレ男の位置を目がけて、パチャパチャと水飛沫を上げながら走る。
セッちゃんによるとどうやらトイレ男はデッドと共に行動していて、彼の機嫌を伺うあまり出口に直行できないようだ。このペースでいけば、彼が出口に着く前に彼の元に着ける筈だ。
「出口に先回りして、誰も通さないで」
それでも万が一がある。例えば、トイレ男がデッドを利用して下僕達を追い払ったのは予想外だった。今回もそのような事が無いとは限らない。なので、下僕達の内幾らかを出口に置いておく。これでもしトイレ男がフィリアを掻い潜り出口に辿り着いたとしても、下僕達が捕まえてくれる。
その下僕達まで抜かれたら……地下で捕まえるのは諦める他無い。
フィリアの意思を明確に読み取った下僕達は速度を上げて先に進んだ。下僕の中でも運動能力に長けた者達である。彼らなら万が一のリカバリーもぬからないだろう。
フィリアは数人の下僕達と共に走り続け、そして或る横道の前で止まった。
ここはさっきトイレ男とデッドが入った横道である。この先は行き止まりになっていて、トイレ男はもう逃げる事はできない。
「……………………」
だからこそ不安になる。
トイレ男は【眼】の制御に成功している。ならば出口への最短経路の導出と警戒のために【眼】を開いている筈だ。どの程度開いているかは知らないが、出口までの距離からして、フィリア達が近付いてきている事はこの横道に入る前にわかっていた筈。デッドの機嫌を伺う必要もあったとはいえ、そんな易々と入るだろうか?
答えは否。彼は何かしらの罠を用意している。
「……セッちゃん」
問いかけるも、答えは無い。ここでフィリアが知ってしまったら面白くない、そういう事なのだろう。
「下僕」
呼びかけると、同行している下僕の一人が先に横道に入った。少し進んで、何も異常が無いと確かめられると、こちらを振り向いて頷く。フィリア達はそんな彼の後ろ続いた。
「さて、トイレ男くん……貴方は何を用意しているの?」
そう、どこかトイレ男の策を楽しみにしながら、フィリアは奥へ奥へと進んでいった。
◊◊◊
一方、出口の方に回り込んでいた三人の下僕は無事に出口に到着していた。
「……………………」
ここの出口は天井にある。壁際に階段があって、それを登る事で出口に到れるのだ。地上では出口の周辺は危険区域として立入禁止になっている。蓋をしないのは、丁度いい蓋が無いからだろうか。下僕達にとっては関係無い。
下僕達はどうどうと、階段の一番下の段に陣取った。階段には柵が付いているので横から登る事はできず、一番下の段さえ塞いでしまえば通る事はできない。
下僕達は暫くの間、トイレ男が来ないかを警戒していた。
「……………………」
来ない。無事にトイレ男の捕獲に成功したのならそれを伝える者が来る筈なので、まだ終わっていないという事なのだろう。
「……………………」
衛兵が巡回に来る可能性もあるので、水路だけでなく出口もちゃんと監視していた。
だが、次の瞬間に起こった事は想定外だった。
「うおおおおおおどけえええええええぇい!!!!!!!!」
そう思わず耳を塞いでしまうほどの騒音を出しながら、突然現れた大柄な人物が階段を駆け下りて……否、飛び降りてくる。
「!!」
下僕達は行動を起こそうとしたが、耳を塞いでいた腕を動かす事しかできなかった。
ドォン! と音と共に、その男は一人の下僕を下敷きにして着地した。
「!?!?」
運よく下敷きにならなかった二人はまずは彼から距離を取ろうとする。
が、一人は彼に喉を掴まれ、首を絞め挙げられる。
「がっ」
「大人しくここを開けてくれるってんなら、これ以上手を出す事は無いぜ」
足で一人を踏み付け、手で一人を持ち上げるその男はまだ無事な一人にそう警告する。
が、下僕とてフィリアからの命でここに居る。『誰も通さないで』と言われている以上、彼を通す訳にもいかない。無事な一人はナイフを抜いた。
「っと、人質だ! コイツがどうなってもいいのか!」
刃物は予想外だったのか、やや慌てながら男は手で持つ一人を盾にした。
が、そんな事は下僕には関係無い。フィリアの命を守るためなら、下僕の命の一つや二つは安いものである。無事な下僕はナイフを構え突撃する。
「うっそだろおい!?」
その男⸺大黒男は今度こそ本格的に慌てつつ、掴んだ下僕を振り回して突撃してくる下僕にぶつけた。
流石に人一人でぶん殴られたら無事では済まないのか、無事な下僕はそれを転んで避ける。
仲間の下をくぐり抜け、たたらを踏む大黒男に肉薄⸺した所でその太い脚で蹴り飛ばされた。
「うぉああ!?」
大黒男もコケた。人一人を振り回した直後の不安定な状態で蹴りまでかましたのだ、そりゃコケる。
「……ってぇ……」
擦りむいた顔を擦りながら起き上がる。
下僕達は全員気絶していた。最初の一人は言わずもがな、首を掴まれた一人は酸欠だろう。最後の蹴られた一人は当たり所が悪かったらしい、壁にもたれかかって沈黙している。
「うし、何とか終わったな……おーい!!」
大黒男は相手の無力化を確認すると、水路の入口で待機していた他の人物を呼んだ。
その声に反応して、黒女、黒男が階段を降りてくる。
「結構派手な音したけど大丈夫だった?」
「おう、何とかな」
「なら早く行こ。ツァーヴァスが心配」
三人は肩を並べ、水路を走っていった。




