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09th.01『デッド』






「⸺あ"あ"あ"あ"あ"ッ!!!!」


 痛い。


 全身を強打したかのような痛みが全身を貫いた。肩を抱いてがむしゃらに悶える。


 痛い痛い痛い痛い痛い⸺暫く思考はそれしか無かったが、やがて痛みが弱まり、それ以外の事を気にする余裕が出てくる。


 ここはどこなのか。自分は誰なのか。何故ここんなにも痛いのか。どういう訳で痛みが発生しているのか。答えは無く、何もかもわからず、痛みが我慢できる程度まで引いた後も、疑問は変わらず脳に居座っていた。ついでにいえば痛みが引いた分悪臭が鼻を犯していた。鼻を摘んでも消えないので諦めている。


「……………………」


 気が付けば壁に背を預けて座り考え始めているという始末である。


「……………………」


 一体全体どういう状況なのだ。


 取り敢えず状況を確認するために、まだ若干痛む背中を庇いながら立ち上がる。が、立ち上がっても別に視界が効くようになる訳ではない。暗闇は変わらないのである。


「……………………」


 どうしたものかと少し考える。結局、ここに居てもただ暇なだけなので、移動する事にした。


「…………、?」


 という訳で早速歩き始めたのだが、何か違和感があった。何かを忘れているような、このまま行ってしまってはならぬと何かが訴えかけているような…………。


「……………………」


 戻って、最初に居た辺りを手でわさわさと探す。


 すると何かツルツルとした物に手が当たった。本能的にそれがトイレだとわかる。


 トイレ男はそれを抱えて満足し、改めて歩き出す。


「……………………」


 足場が濡れていて気持ち悪いが、そもそも服が濡れているので諦めている。


 それから何回か足を踏み外したり壁にぶつかったりしながらも歩き続け、或る時変な壁にぶつかった。


「…………?」


 その壁はこれまでの壁と違い平らで滑らかなのであった。これまでの壁はデコボコザラザラしていて手を擦り付けると痛かったのだが、この壁はそうではない。全く痛くない訳ではないが、遥かにマシなのである。


 トイレ男が暫く壁をさわさわしていると、不意に、


「……何やってんの?」


 という声が聞こえた。


「!?!?」


 壁さわさわに夢中になっていたため、思わず腰を抜かし尻餅を突いてしまうほどに驚いてしまうトイレ男。


「……何やってんの?」


 今回の問い掛けは先程ことは違い呆れの色が濃ゆかった。


「一応さ、ここ僕の家なんだけど。ていうか見えなくなってる筈なんだけど何でわかったの?」


「……………………」


 トイレ男はどう答えたものか迷った。相手の声が不機嫌そうに聞こえたためである。正直に貴方の家にぶつかりましたとか言って怒られないだろうか。


「ってあれ、フィリアの下僕も居るじゃん。どうしたの?」


 が、考えている間にデッドは他へと興味を移してしまったようだ。


「……我々は……そこの……青年を……見付け……できる事なら……フィリア様の……居る……場所に……誘導しようと……」


 家から出てきた男とは別の位置から別の声が聞こえてきてトイレ男はまた驚いた。いつの間に。


「はー、文節ごとに区切るのわかりづらいんだよ、もっと流暢に話せ。……つまりこれからコイツを連れてフィリアのとこに行くって事?」


「……然様……」


「ふぅん……」


 暗いので男の顔の動きなどは見えない。が、何となくこちらを観察しているような気がした。


「……お前、もしかしてナコードの言ってた奴か?」


 そしてどうやらそれは当たっていたようで、トイレ男に対してそう問うてきた。


「…………?」


 まぁそんな事を言われてもわからないのだが。


「……彼は……ナコード様との……お話の……場に……居ませんでした……」


「あぁ、そうだっけ。ま、わざわざ本人から確証取らなくてもトイレなんて持ってる時点で確定でしょ」


 男はまたもトイレ男の返答を待たずに話を進める。


「っていう訳で、僕はコイツ連れてフィリアのとこに行くよ」


「……デッド様の……お手を……煩わせる……訳には……いきません……」


「あ? いいっていいって、元々これからフィリアの所に行こうとしてたんだし。ほら、立てよ」


 そう、男⸺デッドは未だ倒れたままのトイレ男の腕を掴み、無理矢理に立ち上がらせる。今更だが、向こうはこちらが見えているらしい。この暗闇の中でどうやっているのだろう。


 トイレ男は背中を痛ませながらも立ち上がり、歩き出したデッドに付いていく。彼は腕を掴んだまま早めに歩くので速度の調整が大変だった。


「ツァーヴァス、君は何でここに居たんだい?」


 道中、デッドはそう話しかけてきた。何故か先程とは正反対な事に声は上機嫌である。


「……………………」


 自分でもわからないので答えようが無かった。トイレ男はトイレ男について何も知らないのである。


「あぁ、いい、話したくないならそれで。僕は今とても機嫌がいいからね。代わりに僕が僕の事を話そう」


「……………………」


 実をいうと、さっきの質問からほぼ間髪入れずにこの台詞が放たれている。トイレ男は先程の質問に答えようが無かったが、デッドはまるでそもそも答えを聞くつもりが無かったかのように自分の話を始めた。


「突然だけどさ、『死』ってどう思う? あーいや突然にこんな哲学的な質問をされても困るよね、ごめん。僕は『死』とは即ち『虚無である事』だと思うんだ」


 早口に彼は言う。聞き取りづらく、何やら小難しい話に思えたので、トイレ男は何とかスルーできないかと考える。聞いているフリをして、後で取り繕おう、と。


「僕って生まれが特殊でね、幼少期はよく死体の隣で過ごしてたんだ。自分も一歩間違えればそうなってしまうような生活だったよ。それでね、或る日、死体の隣で寝てる時に思ったんだよ。『僕とこの人との違いは何だろう』ってね」


 デッドは語りに夢中になり、自分が足を止めた事に気付いていない様子だった。


「汚れた服を着て凍えながら眠る僕は、汚れた服を着て冷たくなった死体と何が違うのか。僕は動けて死体は動けないっていう絶対的な差があるけど、僕はそれは僕と死体を区別する事はできないと思うんだ。死体だっていつまでも静かにそこにある訳じゃない。風で動くし、ネズミが漁るし、腐る。つまり死体も変わり続けるんだよ。動いているんだ。実は動くか動かないかでいえば、僕と死体は変わらないんだよね。という事で、僕は次なる区別を僕以外の人に⸺」


「……デッド様……足が……止まって……おられます」


 話している内にヒートアップしてきたのかかなり早口で息継ぎもほとんど無しに述べ続けるデッドだったが、下僕にそう水を刺され「んぁ?」と不機嫌そうに唸る。


「ねぇ、今僕とツァーヴァスで話してたよね? 下僕、君は関係無いよね?」


「……フィリア様の……所に……行かれるのでは……なかったですか……」


「…………チッ、まぁいいけど」


 デッドは舌打ちして、歩みを再開した。


「それで続きだけど。僕は僕以外の人間と僕、そして死体を比べる事で僕と死体の相違点を導き出そうとした。僕と死体の二者しか居ない関係を僕以外の人間という第三者を用いて詳らかにするという事を思い付いた時は興奮で腕が震えたね。僕はまず『生きがい』という点で比べる事にした。僕以外の人間はよく『生きがい』という言葉を使うけど、僕にはそれがよくわからなかった。無いんだよね、生きがいが。そして死体はそもそも生きてないから生きがいなんて無い。生きがいという点で、僕と死体の間に違いは無い訳だ。次は『感情』。自分で言うのもなんだけど、僕は他の人より感情が薄いんだ。無いとまでは言いはしないけど余っ程の事が無い限り出てこないな。そして死体。当然ながら死体は何も思わないし、感じないから感情なんて無い訳だ。僕は感情は多少はあれどほぼ無くて、死体には完全に無い。一か〇かの些細な違いしか無いんだ。つまりこの点でも僕と死体は変わらない。……こんな感じでさ、僕は色々な点から僕と死体の違いを考えた。結果はどうだったと思う? そう、全ての点において僕は死体と変わらないという結論に至った。僕は死体で、死体は僕なんだ。つまり、僕は死んでいるんだ。不思議だろう? こうして喋って歩いているというのに。僕は死んでいるんだ。繰り返すけど、僕は死んでいるんだ。ここは他の人間と僕とを決定的に違わせる特徴だ。他の人間は死んでないからね。僕だけが死んでいるんだ。オンリーワンなんだよ、僕は!!」


 実は途中から、というか最初から聞いちゃいなかった。声は大きいが速い上に滑舌もあまり宜しくないのでそもそも聞き取れないのである。


 デッドがどう? という目でこちらを見ている気がする。どうやら語り終わったらしい。「…………」、取り敢えず適当に『凄いね』とでも答えようとして、


「あら、どうしたの、デッド?」


 という、デッドとはまた別の女性の声が聞こえた。

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