08th.03『隠された場所で』
「どう?」
「…………ダメ、隠されてる」
黒女は行方の知れなくなったトイレ男の居場所を白女に探ってもらっていた。てっきりすぐにわかると思っていたのだが、芳しくない答えが返ってきた事に目を丸くする。
「え? わからないの?」
「うん。ナコードの家みたいに隠されてる」
約束師の隠れ家が何故か白女の能力を妨害する事は黒女も知っていた。
「じゃあツァーヴァスはそこに……?」
「いや、ちょっと待って。別方面から探ってみる」
白女はそう言い、意識を集中したかのように動かなくなった。
「……………………」
黒女は少しハラハラしながら彼女を待つ。
白女の能力の細かい仕様について、黒女は知らなかった。相手の五感を遮断したり広い範囲を索敵したり、或いはピンポイントで相手を見付けたりとその使い道が多岐に渡る事しか知らない。
「……………………」
何度か訪ねた事があるが、毎回のらりくらりと躱されてしまいやきもきする。普通に教えてくれたらいいのに。
「…………終わったよ」
「どうだった?」
恐らく今回は広範囲の索敵を行ったのだろう、少し経ってからそう報告した白女に、黒女は急ぎ足で結果を問うた。
白女は、
「……今この街に、私が見れなくなってる所が、ナコードの家以外に二つある」
と結論を述べた。
「…………増えた? 確か元々ナコードの家だけだったんでしょう?」
「うん。前に確認したのは一昨日だから、つい最近出来たという事になるね」
「……怪しい……」
突然消えたトイレ男。つい最近出来た、白女が見れない二つのスペース。黒女の中でこの二つは異常なまでに繋がりを主張していた。
「ちょっと愚弟達!」
少し考えた黒女は、同じ部屋に居た黒男トリオを呼ぶ。
「どうせ盗み聞きしてたんでしょう? ほら、さっさと行くわよ!!」
「うわ、何でわかるんだよ」
「しゃーねぇーなっ、久しぶりの仕事だ」
「班分けは?」
白女と黒女の会話に聞き耳を立てていた黒男トリオはカードゲームを中断して立ち上がった。
「班は私とハミー、ディグリーとペテルにしようと思う。白姉、具体的な場所は?」
「どっちも地下水路。待って、今地図を描くから」
白女は紙とペンを取り出して、簡易的な地下水路の地図を描くと黒女と大黒男に手渡した。
「私はナコードの家に行く。四人は地下水路の方に」
「「わかった」」
「おう」
「……………………」
各々の方法で返事をして、五人は館を飛び出した。
「一番近い入口は……」
「多分あれだろ、銅像の」
「え? 二番区画じゃなくて?」
「そこからだと曲がり角が多くて迷いやすいし走りづらいだろ。銅像のとこの方がこっから近いし早く付けると思う」
「……確かに!!」
二人は銅像の近くにある入口から水路に飛び込んだ。
「……灯り忘れた!」
最初の角を曲がった所で、地図を持った黒女が急ブレーキを掛けた。後ろを走っていた黒男が衝突しかけ「おととっ!?」と盛大にコケていた。
「えーと、我が論を聞け、世界、我見らる。如何にか我見るべからざるや」
そう唱えると、暗い中でも周囲が見えるようになった。
「我が論を聞け、世界、彼見らる、如何にか彼見るべからざるや」
黒男にも同様の処置を施して、視界を回復した二人は再び走り出す。
それからはほぼまっすぐ走り続け、白女が見れなかった区画へと到達する。
「……何も無くない?」
「……そうだな」
地図的にはここで間違いない。だが、二人の目にはここまでと同じように何も無い水路が続いているようにしか見えなかった。
「どうする? この辺りを探し回るか?」
「…………いや」
黒女は黒男の提案を下げる。
「白姉が見れないんなら、私達にも見えないだけかもしれない」
「おい、それって」
どういう事だ、と黒男が続ける前に、黒女は走り出した。
そして見えない壁にぶつかり跳ね返った。
「ほら! あった!!」
水路に尻餅を突きながらも喜色満面に虚空を指差す黒女。
「……せめて歩けよ」
黒男はそう突っ込んでから、黒女がぶつかった辺りを手で探る。
「ふむふむ……木か? これ」
「……確かに、家の壁みたい」
起き上がった黒女も見えない壁を触り、これは木造建築であると結論した。
「建物ならどこかに入口がある筈だよな……っと」
黒男が壁を触りながら移動すると、どうやらドアらしき感覚に出会ったらしい。その辺りを集中的に手探り、ノブを見付けた。
「……パントマイムみたい」
「俺もやりながらそう思っ、⸺!?」
喋りながらドアを開けようとした黒男が押しのけられる。何事かと思えば、ドアのあると思われる位置から上半身を生やした人物が目を丸くしているのであった。
「あら、もうここがわかったのね」
白い服を⸺白女に似た服を着て、しかしフードはしていないので顔がよく見える女だった。
「あんた……ツァーヴァスはどこよ?」
黒女はやや威圧的に問うた。彼女から感じるプレッシャーがあまりに大きかったので、生存本能が黒女に威嚇をさせたのである。
相手はキョトンとして、
「それは……誰かしら?」
と訊き返した。
「トイレを持ったヒョロヒョロの男よ」
「……あぁ! そう言えば貴方達のとこの子だったわね」
相手は少し考え込んでから合点が行ったという風に手を合わせた。
「ツァーヴァスを返せよ」
体勢を立て直した黒男が、黒女と同様強気に出る。
「あらあら、まぁそう焦らずに。自己紹介から始めましょう? まずは私からでいいかしら?」
相手はそんな二人の威圧をものともせず、不可視の建物から完全に外に出た。
「(……我が論を聞け、世界)」
黒女はそう小声で呟いて、いつでも騙界術を発動できるようにする。
「私はフィリア。宜しくね」
フィリアはそう言って二人に手を差し伸べたが、二人ともそれを取る事は無かった。
「……まぁ、そんな気持ちにはかれないわよね、大切な仲間を取られていて。ごめんなさいね?」
フィリアはそう謝罪を述べながら手を引っ込めた。
「……早くしろ」
黒男は声が震えていた。
「えぇ、そうね、そうしましょう⸺」
フィリアが、建物への入口を譲るように横にズレた。
⸺と見せかけて、二本のナイフを投擲する。
「うぉっ!?」
黒男は何とか寸前に回避した。しかし至近距離だったせいもあり完全な回避とは言わず頬をざっくり切られている。
一方黒女は。
「……ぁ……」
避ける事ができず、胸を貫かれていた。
「おっおい!?」
「あらあら、頬をそんなにしてしまって。痛いでしょう? 苦しいでしょう? すぐに解放してあげるわ」
倒れる黒女の元に駆け寄ろうとした黒男だったが、フィリアが再びナイフを投げて、今度こそ彼の頭に突き刺した。地に落ちて、少し痙攣したかと思えばすぐに動かなくなる黒男。
黒女は薄れゆく意識の中で、フィリアの横顔を見上げた。
⸺いつか、絶対に殺し返してやる。
そうして、消えた。
◊◊◊
「……フィリア様……どう……なされましたか……」
「いや、何でもないわ」
大きな槌を二人がかりで抱えながら出てきた下僕にフィリアはそう返した。
「悪いけど、手が空いてる子がいたらこの二つを家の中に運んでおいてくれる? 後でイジりたいわ」
「……かしこまりました……」
下僕にそれだけを命じると、フィリアは暗い水路を悠々と歩いていった。




