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08th.01『ここはどこ? 私は誰?』






「⸺あ"あ"あ"あ"あ"ッ!!!!」


 痛い。


 全身を強打したかのような痛みが全身を貫いた。肩を抱いてがむしゃらに悶える。


 痛い痛い痛い痛い痛い⸺暫く思考はそれしか無かったが、やがて痛みが弱まり、それ以外の事を気にする余裕が出てくる。


 ここはどこなのか。自分は誰なのか。何故ここんなにも痛いのか。どういう訳で痛みが発生しているのか。答えは無く、何もかもわからず、痛みが我慢できる程度まで引いた後も、疑問は変わらず脳に居座っていた。ついでにいえば痛みが引いた分悪臭が鼻を犯していた。鼻を摘んでも消えないので諦めている。


「……………………」


 気が付けば壁に背を預けて座り考え始めているという始末である。


「……………………」


 まぁ、ヒントも無しに結論が出る訳でもない。という事で、ヒントを探す事にする。


 問題はこの何も見えない暗闇をどうやって探すか、という事だ。


「……………………」


 とりあえず、背中を痛めないように注意しながら辺りを手で探る。


「…………!」


 何かが当たった。両手で抱え上げる。


 ツヤツヤとした手触りの、何だこれは? と思った瞬間に、トイレであるとわかった。何故かわからないが、頭にふっとトイレが浮かんだ。そうだ、これはトイレだ。……何故こんな所にトイレが?


 まぁトイレ男の物がトイレ男の近くにあるのは当然という事で納得して、他の物を探す。……小石や水と思われる物はあったが、それしか無い。川を連想したが、ならば何故こんなにも暗いのか。夜といえど野外にある川はこんなに暗くはならないし、何より悪臭も立ち込めない。


「……………………」


 トイレ男は手が届く範囲にあるヒントだけでは足りないと判断して、移動する事にした。背中を痛めながら立ち上がって、壁伝いに移動する。そういえばこの壁は何なのだろうか。ザラザラしていて、石でできているというのはわかるのだが。


「…………っっ」


 少しすると顔面を何かにぶつけた。ゆっくり歩いていたのが幸いしてそこまで痛くはない。…………どうやら、壁がここで直角に曲がっているらしかった。曲がるのなら先に言っといてほしい、と思うトイレ男。いや壁が急に話し掛けてきたらきたで怖いのだが。


 壁に沿って進行方向を変え、今度はぶつからないように前に手を出しながら歩くトイレ男。


 が、今度は予想外の方向から驚きが来た。


「…………!?」


 肩を叩かれたのである。


 思わず叩かれた方を見るトイレ男。何も見えない。が、継続して肩を叩かれている。恐る恐る手を叩く手に触れさせると、手を握られた。そして弱い力で、こっちに来いよと誘うこのように引かれる。


「……………………」


 この空間にトイレ男以外に人が居たとは驚きである。


 が、違和感もあった。手が届く距離に居るのに、呼吸音が聞こえない。足音もしない。何より、あちらは光が無いこの状況でトイレ男を認識している。光が無いのにどうやって見ているのか。「…………」、トイレ男は少し悩んだが、結局付いていく事にした。相手も初対面の人を危ない目に遭わせる事はないだろうと信じて。


 体を相手の方に向けると、相手は歩き出した。トイレ男が付いてきやすいようにか、足音も出している。トイレ男は手を引かれながらぴちゃぴちゃと歩いた。


 暫くすると、前方に何やら光が見えた。


「……………………」


 それに伴い相手の姿も朧気に見えてくる。


 背を向けているので顔は見えない。体格はトイレ男よりも少し大きいぐらい。全身を黒い服ですっぽり覆っていて、手以外に肌が見える場所は無い。


「……………………」


 トイレ男は自分の装いを気にした。酷く汚れたシャツにズボン。黒い服にしとけば汚れは目立たなかったのに、と服に内心で文句を垂れた。


 そうこうしている内に光の場所⸺中央にランプが置かれた十字路へと辿り着いた。


「あら、お帰りなさい……その人は?」


 そこに居たのは一人の女だった。


 トイレ男の手を引く人物とは対照的に真っ白な服を着ていて、フードを被っていないので顔も見える。思わず見蕩れてしまいそうになる、恐ろしいほどに綺麗な顔だった。盛り上がった胸には黒いネックレスがかかっている。


「……地下水路を……一人で……歩いて……いる……所を……保護しました……」


 初めて黒い人の喋る声を聞いた。中年ぐらいの男性の声だと思われる。


「そうなのね。なら、自己紹介をしましょう。私はフィリア。貴方は?」


「…………、」


 『貴方』というのがトイレ男の事だと理解するのに少しかかった。


「あ、言いたくないのなら別に言わなくてもいいから」


 その少しの間に、フィリアにそう気を使われた。


「……彼は……どうしますか……」


「うーん、そうね……」


 男に問われて、フィリアは少し考え込むような素振りを見せた。


 そこへ、


「……何? また男を引っ掛けたの?」


 という不機嫌そうな、男性の声が響いた。フィリアがその声の方を向いて答える。


「いいえ? 一人でここを彷徨っていた所を下僕が保護したの」


「ふぅん……」


 その男性は通路の角から姿を現した。


 酷く不健康そうな男だった。頬は限界まで削げ落ち、腕は枝のように細く、なのに眼だけは鋭い光を持っている。目を閉じて横たわれば死んでいるように見えそうな男だ。


「で、何の用なの? デッド」


「いや、別に何でもないけど……って」


 デッドはトイレ男をジロジロと見て、


「……なぁコイツ、今からフィリアが攻める所の奴じゃないか?」


 と気付いたように言う。


「…………?」


 困惑するトイレ男。


「あら、そうなの? 騙界術と眼術を使える子が一人ずつ居るとしか知らなかったけど」


 フィリアが先程よりも興味を伴った眼でトイレ男を射抜く。「…………」、そんな事を言われてもトイレ男は何も知らないのである。自分が誰かすらわからないのだから。


「あぁ、絶対にそうだ。ナコードが前に、トイレを持った奴が新しく組織に加わったと言っていただろう?」


「覚えてないわね」


「……君はもうちょっと記憶力を鍛えたらどうだ」


 トイレ男について話しているのに、トイレ男が全く付いていけない会話をするフィリアとデッド。


「ならどうしましょうか……下僕、彼をもうちょっとこっちに寄せてくれる?」


「……かしこまりました……」


 トイレ男の手を握っていた下僕がその手を離し、トイレ男の背を押してフィリアに近寄らせた。


「ふぅん……」


 フィリアはトイレ男の顎に手を伸ばし、彼の瞳に自らの灰色の瞳を合わせた。トイレ男はどこが恐ろしさを感じた。美人に顔を寄せられているというのに、興奮の類いは全く感じない。それはこれまでの会話の流れによる事かも知れないし、或いは全く関係無い理由かも知れなかった。


「それで、どうするんだ」


 デッドが苛立ち気味にフィリアを急かせる。


 フィリアはそれを無視して、暫くトイレ男を見た後、


「襲撃の前に、あちら側に関して教えてもらうのもいいかもね」


 と、トイレ男の顎から手を離した。


「下僕、彼を家に連れていって、情報を訊き出しなさい」


「……かしこまりました……」


 再び下僕がトイレ男の手を取り、引いてゆく。が、先程とは違い手を繋ぐのではなく、手首を握られていた。


「! !!」


 嫌な予感に、トイレ男は身を捩らせた。


 が、下僕はそんな事お構い無しに、トイレ男を引っ張ってゆく。

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