07th.17『トイレロード』
三章開始です。特に言う事は無い。
強いて言えば、暫く暗めの展開が続きます。
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壷売り残党の件から暫くが経った。
トイレ男の生活にそれほど大きな変化は無い。精々黒女がトイレ男の家で寝るようになった事、時折巨女が店まで様子を見にくるようになった事ぐらいだ。そして巨女は毎回のように金属よりも硬いと評判の果実を買っていく。幾ら巨女でも歯が折れてしまうと思うのだが、一体どうやって食べているのだろうか。
前衛兵や優男とはほとんど会わない。生活範囲が被っていないのか、道ですれ違う事も無い。別に会って話す用もないので、トイレ男としてはこのままで構わないと思っている。……尚、前衛兵にはちゃんと優男の事は解決したと言っておいた。それでも何かしら優男へのアプローチはしたと思うが。
「あーお腹空いたー」
時刻は昼前である。
トイレ男と黒女はいつものように青果店で働いていた。毎日のように居る黒女に店主はほんとに友人の子供なのか、実はトイレ男の子供ではないのかと疑ってきたが、黒女の親が最近転職して昼に子供の面倒を見れなくなったのだと嘘をついて事無きを得た。黒女の可愛さに惚れ込んでいる店主の娘が味方してくれたのも大きい。
トイレ男は棚に寄りかかろうとする黒女の襟を摘んで立たせ、そろそろ昼休憩を貰いに行くかと、裏に居る店主に声をかけようとレジを離れた。
ら。
「やぁ、ツァーヴァス」
そう名前を呼ばれたので振り返った。
相手は久しく会っていない優男であった。
「久しぶりだね」
そう言う彼の様子は記憶と特に変わっていない。変わっていないが……トイレ男はどこか違和感を覚えた。
「気まぐれに青果店を覗いてみたら君が居て驚いたよ」
「……………………」
何故ここに? と書こうとしたら先に言われた。偶然らしい。
「(ねぇ、怪しくない?)」
トイレ男の手を襟から振りほどいた黒女がそうギリギリトイレ男の耳に届く声量で言う。
「……………………」
トイレ男はもう一度優男の全身を見た。
やはり特に変わった様子は見られない。先程抱いた違和感ももう無い。「…………」、気のせいか、とトイレ男は気にしない事にした。
「? 何か服に付いてる?」
ジロジロとトイレ男に見られた優男は腕を上げたり首を回したりして変な部分が無いか確かめている。トイレ男はやっぱり気のせいだな、と断定した。
【別に何も】
「そう? なら僕はこの辺りでお暇するね。じゃ」
そう言うと優男はくるりと背を向けて去っていった。どうやら本当に用は無いらしい。
「……怪しい」
黒女はそんな彼の背中を胡乱げに見詰めている。
【実際何もしてこなかったろ】
「そうだけど……私の女の勘が言ってるわ、アイツは怪しいって」
【大体アイツが僕に何かする理由も無い。勘違いは解けたし】
「それでもよ!」
どうやら黒女は自分の勘に絶対の自信があるらしい。だが、自分の勘を信じたくなるのは人として極々普通の事なので、それは別に彼女の勘が正しい事を意味しないのであった。
トイレ男が肩を竦めると、それとほぼ同時に店主が裏から出てきて昼休憩を告げた。
◊◊◊
トイレ男は最近、お金が貯まらなくて困っている。
原因は黒女だ。コイツが三食トイレ男のお金で食っていくせいで食費が以前の倍である。何とかして節約したいが、屋台だとどうにも難しい。という訳で最近トイレ男は弁当作りにチャレンジしていた。
「……………………」
が、どうやら今日も失敗らしい。箱を開けた途端に明らかにアウトな臭いが漂ってきて、顔を顰めたトイレ男はそっと蓋を閉じた。臭い物には蓋をするに限るのだ。
黒女の分も同様だったようで、彼女は臭い果実を三日煮詰めて腐ったパンに塗りたくったものの吐瀉物の臭いを嗅いでしまったという顔をすると、勢いよく蓋を閉めていた。
「……また失敗ね」
「……………………」
食費が嵩む。トイレ男は失敗は無駄ではないと思いたい派だが、流石にここまで失敗続きだといい加減無駄じゃないかと思えてくる。失敗するのだってタダじゃないのだ。
とは言え何も食べないで午後の勤務に臨める訳もなく、二人は店を出て屋台の広場へ向かった。
【今日から夕食ナシな】
「!? ちょっと流石にそれはないでしょう!?!?」
ある。お金は無いが。
「というか、私の分の食費ならお父様に貰えばいいんじゃない?」
「…………!!」
確かに。黒女の保護者はトイレ男ではなく茶男である。本来彼女の食費を払うべきは茶男なのだ。
今日の帰りに館に寄ってこれまでの食費を請求しようと画策するトイレ男。えーと、最初に黒女がトイレ男の家に来てから、ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ……「…………」、ニヤニヤが止まらない。
そうこうしている内に広場に着いた。金の目処が立ったのでいつもより多めに黒女に金を渡し、自分も屋台を物色する。
「……………………」
人々はもう慣れたのか、トイレを持ったトイレ男が近寄っても逃げなかった。そのトイレがよくよく見れば清潔そのものであるのもあるかもしれない。
トイレ男は取り敢えず肉串を買おうと、肉串の安い屋台の方向へと歩く。
と、
カランカラン。
「…………?」
横から聞こえてきたそんな音に首を回せば、それは広場へと通じる狭い道から鳴ったようであった。
そしてその音を鳴らしたと思われる物は、道の真ん中に落ちていた。
「……………………」
トイレである。トイレが、道の真ん中に落ちていた。
思わず腕の中を見るが、そこにもちゃんとトイレがあった。
「? ??」
どういう事だ? トイレが二つ??
いや、落ち着け。トイレは複数あるものだ。トイレの数だけトイレがあるのだ。別にトイレが二つあっても何もおかしい事は無い。おかしいのは道にトイレが落ちている事だ。
「……………………」
トイレ男は興味を持った。
別にあのトイレはトイレ男のトイレではないので、愛情とか思慕とかそういうのは直接は湧いてこない。だが、ペットを飼った事のある人ならわかるかも知れないが、飼っているペットと同じ種類の動物が道に捨てられていたら助けたくなるものである。同じ現象がトイレ男の中でも起こっていた。トイレ男の愛するトイレは唯一つ。しかしかと言って他のトイレに全く無関心である訳でもない。トイレ男はあのトイレを少し調べてみる事にした。
狭い道に足を踏み入る。トイレの下まで寄ると、そのトイレはトイレ男のトイレとは違い普通のトイレ⸺使用するに堪える大きさを持ったトイレである事がわかった。穴の上に置けばすぐに使えるだろう。
トイレ男はトイレ男のトイレを脇に挟んで、地に落ちていたトイレを両手で抱え上げた。トイレを二つ持ったトイレ男の完成である。
これを持って広場に戻ろうとしたトイレ男であったが、振り返る時に、この道と交わる別の道にもトイレが落ちている事がわかった。
「……………………」
一旦大きいトイレを置き、そっちの方に向かう。
そしてそこからも別のトイレが見えたのでそこに行き、するとやはり別のトイレが落ちていた。
「……………………」
罠だろうか。何故今日に限ってこんなにトイレが落ちているのか。昨夜は雨だったとばかり思っていたが、実はトイレだったのか。
このトイレがどこまで続いているか好奇心を持ったトイレ男は警戒心と戦い、勝利したのでどんどんとトイレを追っていった。
そして全部で一七個目のトイレを見付けた時である。
「!!」
一七個目のトイレは、トイレ男の目の前で、地面に空いた穴に落ちていった。慌てて駆け寄り穴の中を覗き込む。
「……………………」
臭い。これは忘れる筈もない、旧地下水路の臭いだ。
でも何故こんな所に旧地下水路への穴が? と疑問に思った直後。
どん。
トイレ男は背中を押され、穴の中へと落ちていった。




