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07th.09『トイレ男が思わず悪い意味でトイレと言ってしまうほどの臭さ』






 旧地下水路とは。


 簡単に言ってしまえばかつて街を上げて計画された上下水道配備計画の名残である。途中までは上手くいったが、或る時担当者達の不正や不祥事が頻発。後任の担当者達も能力が足りなかったり他の街に引き抜かれたりしてしまい、結局計画は凍結。水路は大部分が完成していたものの、放棄されてしまった。そんな悲しい過去を背負っている旧地下水路である。


 旧地下水路には雨が溜まってジメジメしており、カビや腐食の臭いが酷く、オマケに暗いので人は行きたがらない。そして譬えどんな所であろうと、人が居なければそこへ溜まるのが悪党だ。衛兵も定期的に警邏をしていたとはいえ、こんな場所ではモチベーションが下がり雑な警邏になってしまうのも仕方が無い。その結果生まれてしまったのが、壷売り残党のアジトである。


「……………………」


 旧地下水路への入口の近くに来たトイレ男はあまりの悪臭に顔を顰めた。何というか、こう、汚く使われた上に長い間放置されたトイレの臭いに、一〇日ぐらいフルタイムで汗っかきの人に着続けられた下着の臭いと、故郷で嗅いだ野獣の巣の臭いを足したような、そんな臭いである。「…………」、無意識とはいえトイレという言葉をマイナスの意味で使ってしまった事に愕然とするトイレ男だった。


「マスク、要るか?」


 隣に立つ前衛兵の言葉にトイレ男はブンブンと頷いた。渡されたマスクを装着すると、ひとまず臭いは消えた。「…………」、しかし、入る前からアレだったのを鑑みて、中に入ればこのマスクも無意味なのではないかと思ってしまう。


「へぁ、ま、へ、まぁ、なぇ、へぁ、慣れへまぇ、すよ、へぁ」


 前衛兵の反対側の隣にはマスクを二重に付けるヘラヘラ男が居た。あまりの悪臭に口がやられたのか、前会った時よりも聞き取りづらい言葉で話している。「…………」、説得力ねー、と思うトイレ男であった。


 今この場に居るのは、トイレ男、前衛兵、ヘラヘラ男、やさぐれ女、優男、そしてその他五〇名程度の衛兵達である。


 黒女は家を出る時間になっても爆睡していたので置いてきた。巨女と思案男がここに居ないのは彼女達が陽動チームだからだ。巨女はともかく思案男も誘導なのが意外に思えたトイレ男は前衛兵に訊いたのだが、どうやら本人の強い希望による結果だそうだ。かつて思案男の妻と娘は壷売りの教えに深くのめり込んでしまい、壷売りが衛兵に制圧されたと聞くや否や自殺してしまったのだとか。彼は今回その仇を討ってやると息巻いているらしい。「…………」、宗教ってこぇー。そう思うトイレ男であった。


 何となく、トイレ男はもう一つの怖いものであるところの優男の方を見る。


 優男はやさぐれ女と朗らかに会話していた。その様子は最初に詰所で会った時とそう変わらない。だからこそ怖い。恐らく彼はトイレ男が一人にならないように行動していた事を知っている筈だ。そこからトイレ男が彼の本性に気付いているのではと予想を立てる事は簡単だろう。自分の本性がバレたと知った優男がどんな行動に出るか……。「…………」、まぁ、今日を乗り切って少ししたら衛兵の方からもアプローチしてくれる筈なので、それまでの辛抱だ。


「では、俺は本営の方に戻る」


 衛兵達の準備が粗方片付いたのを見て、前衛兵はそう全員に伝わるように言った。全員一斉に敬礼する衛兵達。トイレ男もした方がいいのかと思ってやるも、ヘラヘラ男も優男もやさぐれ女もしていなかった。「…………」、恥を知ったトイレ男であった。


 そうして前衛兵が去ると、衛兵達は先程よりもやや緩いがそれでも十分な緊迫感を持って準備を再開する。準備の内容は主に拘束具の点検と、灯りの確認、そして捕らえた者達を詰所に運ぶのに使う台車の|分()である。どうやら衛兵側は本当にバレないようにしたいらしく、今居る場所は敵アジトのある路地裏区画から街の中で最も離れた区画だ。時間もだいぶ早く、何事かと思った周囲の住人達がわらわらと出てきては衛兵に帰されている。台車を分解しているのは大き過ぎて地下水路の入口を通れないからだ。アジト付近で捕らえた敵を台車を使って収容所近くの入口まで運搬し、そこから収容所にぶっ込むらしい。トイレ男達の仕事は台車への詰め込みと収容所への詰め込みだ。


 トイレ男は手伝おうと思い衛兵達の方に寄る。が、ササッと避けられたのを見てやめた。多分、もう準備は終わるからそこで黙って見てろ的な意味なのだと思う。トイレ男と同じく手伝おうとしたヘラヘラ男も避けられているからきっとそうに違いない。


「手伝いましょうか?」


「あ、お願いします」


 何か優男はすんなり受け入れられているが気のせいだろう。


 トイレ男が慣れっことはいえ全くダメージが無い訳ではないのでトイレを抱えてしょんぼりしていると、優男との会話を終えたやさぐれ女が寄ってきた。


「今日の監視役は俺だ」


 そう耳に顔を寄せたかと思えばやさぐれ男の声でそう言う。やさぐれ女はなかなかに綺麗な顔をしているので、おっさんの声で言われると、何かこう、違和感が凄い。


 それだけ言うとやさぐれ女はすぐに顔を離し、急に近寄ったのを怪しまれないようにするためか雑談を振ってきた。


「ツァーヴァスさんも昨日はやっぱり早めに寝たんですの?」


「……………………」


【そうですね】


 敬語にするかしまいか迷ったトイレ男であるが、結局相手に合わせて敬語を使った。


「私なんて緊張で昨日は全然寝れなくて……夫を心配させてしまいましたわ」


「……………………」


 既婚者設定なのかよ。


 まぁやさぐれ女ほどの年齢だと居ない方が不自然で怪しまれるのは予想が付くが。夫と一緒に顔を出さなければならなくなった時はどうするのだろう。「…………」、候補に茶男、大黒男、男装した白女を思い浮かべる。


「おほほ、ぶっ殺しますわよ?」


 どうやら表情でバレたらしい。中身は男なので、男と夫婦を演じるのには抵抗があるのだろう。ならば男装した白女が一番有力か……


 そこまで考えた所で腹を割と強めに殴られたので、トイレ男はそれ以上の思考をやめた。


 そこで衛兵達の準備が終わったらしく、分解された台車と共に水路に入っていく。トイレ男とやさぐれ女は衛兵達の合間を縫って中に降りた。その際手で持つタイプのランプを差し出されたのでありがたく受け取っておく。


「……………………」


 中は暗く湿っていた。そして予想通り悪臭はマスクを貫通した。というか、臭過ぎて眼が痛い。初めての経験である。


 もうちょっと後に入った方がよかったかなぁ、と思いながら奥へ進む。周囲の衛兵達はゴホゴホと咳をし、中にはうずくまり更なる悪臭を撒き散らす者も居た。「…………」、大変不安である。ちなみにやさぐれ女は何ともないかのかように涼しげな顔をしていた。


 真ん中の方には水が溜まっているので端っこの方をゾロゾロと進んでいると、やがてちょっとした広場になっている所まで来た。そこの四方に大きな灯りが置かれ、中央で台車が組み立てられ始める。勿論中央は水が溜まっているので、衛兵達は足とズボンを濡らしての作業だ。「…………」、大変だなぁ、と思うトイレ男。この後自分もああなるのだという所までは考えが回っていないようだ。


 そうして暫く作業をやさぐれ女と傍観するトイレ男であったが、ふと、作業の音に混じって別の音があるのに気が付いた。


 ピチャピチャという、何かが水面に何度も当たる音だ。衛兵達もそんな足音を鳴らしているが、これはそれらよりも小さく、また方向も違う。どこかで誰かが走っているのだろうか……?


【何か足音聞こえません?】


 手の中に光があるとはいえ暗い場所という事もあって少し不安になったトイレ男は、そう書いてやさぐれ女に見せた。


「? ……確かに、違う音も混ざってますわね」


 やさぐれ女は言われて漸く気付いたようである。この分だと、中央で作業している衛兵達は気付いていまい。


「まぁ、小動物だと思いますわよ?」


「……………………」


【にしては間隔広くありません?】


「なら小悪党でも何かから逃げてるんでしょう。この辺りに潜んでいた奴がこの数の衛兵に驚いたのかもしれませんね」


「……………………」


 そう言われてもどこが腑に落ちないトイレ男。何だか、小動物よりも音の間隔は広いが、大人が走る音にしては狭過ぎる気がするのだ。


【気になるので見てきます】


「……好きにしなさい」


 やさぐれ女からの許可を取って、トイレ男はその場を離れた。一人になるのは怖いが、わからないものがあるのも怖いのである。暗いのは、まぁ多分ランプでどうにかできるだろう。


 衛兵達から離れれば離れる程に足音は大きく、より鮮明になった。そしてトイレ男は確信する。これは()()()()()()だと。


 どうして子供が一人で走っているのだろう? と疑問を感じながら、トイレ男は一〇字路に行き当たった。


 そのすぐ前を、一人の子供⸺と、それを追う()()()()()()()()()()()()()二人組が駆けていった。


「……………………」


 トイレ男は一瞬呆けた後、慌ててその後を追い駆けた。

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