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07th.04『二人で迎える朝』






「……………………」


 トイレ男は目を醒ました。


 腕の中のトイレの感触を確かめ、愛を示すようにギュッと抱く。一頻り頬擦りも終えた後、スクリと起き上がり背中の痛さに顔を顰めた。ここが巨女の家である事は頬擦りの最中に思い出していたが、床で寝ていた事までは思い出せなかったのである。


 すっかり温かくなった床を惜しみながら立ち上がり、タオルケットを畳む。トイレを抱えながら畳むのはなかなか難しい。何とかして終え、部屋の隅に置いて部屋を出た。


「お? 起きたか。おはよう」


 巨女はテーブルでスープを啜っていた。


【おはようございます】


 そう書いて見せつつ向かいに座る。スープはまだ出来てそれ程時間が経っていなかったのか、まだ湯気が上っていた。ふーふーと少しずつ冷ましながら飲む。


 その様子を見て、巨女は不思議そうに顔を傾げた。


「喋るのは無理なのに、息を吹くのはできるんだな」


「? ……………………」


 確かに、言われてみれば。


 トイレ男はスープが冷めるのを待つがてら少し考えてみる。


【僕が喋れなくなったのは白女が原因って事は前話したと思うんですけど】


 取り敢えずの結論が出たので、そう前置いて巨女に伝えてみる。


「ん? そうだな。路地裏で追い駆け回されたとか」


【多分、僕は『自分の居場所を示す』事が怖いんだと思います。さっきのふーふーも、この距離だから聞こえたけど、それ以上離れたら聞こえないでしょうし。少し遠くに居たらもう聞こえない程度の音は出せるんだと思います】


「成程な。なら小声なら喋れるんじゃないか?」


「……………………」


【無理です】


「そうか……悪かった」


 いやいや貴方は悪くない、という意味を込めて首を振ったトイレ男は、丁度いい熱さになったスープを飲んだ。味は薄いが、美味い。


 静かに朝食を続け、両者ともに食べ終わったタイミングで巨女が言う。


「今日は職場まで送ろう。いつもいつぐらいに出発している?」


【今よりもう少し後ですね。でもリーフィアさんの予定があるなら、すぐ出てもいいです】


「わかった。じゃあ悪いが、もう出よう」


 トイレ男は荷物を確認した。ポケットにお金は入っている、紙とペンは巨女に借りたのがある、トイレを入れるカバンは……無い。まぁ、何とかなるだろう。最悪足元に置いていたんでいい。


 二人は家を出て、物陰などに注意しつつトイレ男が勤める青果店へ向かった。


 道中の会話は無しだ。口で話せる巨女はともかく、トイレ男はいちいち紙に書かなければならず、その間はどうしても周囲に注意できなくなってしまう。そこを巨女の死角から襲われてはひとたまりもない。巨女の目の前だからと言って襲ってこないとも限らないのだ。最悪、覆面などで顔を隠して襲ってくる事は考えられる。


 そんな事でまだ人通りの少ない道をゆっくりと進むトイレ男と巨女だったが、目的地のすぐそばまで来ても優男は果たして現れなかった。


「……結局来なかったな。帰ったのか?」


【僕と貴方が離れる時を見計らっているのかも】


「誰かが付けてきてているような気配は感じないが……。取り敢えず、常に信頼できる誰かと一緒に居るように」


「……………………(頷く)」


 巨女が青果店の中から店主が顔を出したタイミングでトイレ男の背中を押す。トイレ男は青果店まで一気に駆け抜けた。


「? お、ツァーヴァスくんじゃないか。今日は早いねぇ」


【いつもより早く起きてしまって】


「そうかい。朝ごはんはちゃんと食べたのかい?」


「……………………(頷く)」


 それから少し会話して、トイレ男は本題を切り出す。


【一つお願いなんですが】


「ん? 何だい、アンタの変わりようをアマリア達に言うなって言われてももう遅いけど」


「……………………」


 どうやらトイレ男の変貌は既に両親に伝えられているようである。近々手紙の一つでも……いや、本人が来るかも知れない。別にいいが。


【実は、誰とは言わないんですが、或る人に狙われていて】


「……ツァーヴァスくん、アンタ最近どうしたんだい? 急にトイレを持ち歩き出して、喋れなくなって、昨日は衛兵の所に行ったかと思えば今度は誰かに狙われてるなんて」


「……………………」


 店主は信頼できるので、誰かに狙われている事を明かしても誰かに漏らすような事はしないから大丈夫、と思って書いたのだが、どうやら別ベクトルで大丈夫でなかったようである。


「アンタが別にこういう冗談を言う奴じゃないのはわかるから信じるけどさ……。で?」


 セーフ。状況説明でこれだと先が不安だと思いつつ本題に入る。


【なので、できれば一人にしないで欲しいです】


「ここは人通りも多いし、店番やっとけば常に外から見えると思うけど」


【誰しもが僕に注目してる訳ではないというか、通行人の中で僕を見てる人がどのぐらい居るか。誰も気付かぬ内に静かにやられてしまうかも】


「……アンタ何やったんだい?」


「……………………」


 トイレ男は何もしていない。相手が一方的に因縁を付けてきただけである。


「それにそういう事なら私じゃなくて衛兵に言えばいいんじゃないんかい? 私にずっとアンタの面倒を見ろって言われても難しいよ」


【事情は言えないんですけど、今は衛兵も忙しくて】


「…………はぁー」


 店主は大きく溜息をついた。


「急にアンタがどっか遠くの人になっちゃった気分だよ……わかった、マリスを呼んでくる。それまでは……」


【大丈夫です】


 トイレ男は後ろを振り返って、先程の位置にまだ巨女が居るのを確認した。店主は書かれた文字を見て踵を返し、一旦家に戻る⸺前に。


「全部、アマリア達に言わせてもらうからね」


「……………………」


 まぁ、仕方ない。


 今度こそやや小走りに駆けていった店主を見送り、トイレ男は両親への言い訳を溜息をついて考え始める。


 そこに巨女がやってきた。


「私の居る所からは会話が聞こえなかったんだが……どうなった?」


【娘のマリスちゃんを付けてくれるそうです】


「そうか。あとどのぐらいで来る?」


【マリアさんの家は割とここに近いので、そんな待たないと思います】


「わかった。それならマリスが来るまで私が居よう」


 心強い。


「彼女が来るまで世間話でもしようか。どうしてここで働く事にしたんだ?」


 てっきり、待っている間も道中と同じく静かに警戒するものだと思っていたトイレ男は巨女が話しかけてきた事に少し驚く。


 まぁ、壁を背後にしているし、歩いている時と違って次々に警戒すべき角が現れる訳でもないのでいいのだろうと思って答える。


【店主のマリアさんが両親の知り合いだからですね】


「マリアっていうと、さっきの人か」


「……………………(頷く)」


「マリスとも仲がいいのか?」


【マリスちゃんとはあまり会わないので、まぁそこそこといった所だと思います】


 店主の娘は学校に通っている。トイレ男と違い頭が良いのだ。なのでよくトイレ男と話が噛み合わず微妙な雰囲気になる。トイレ男も頑張っているのだが、如何せん頭脳の差は埋めがたい。


【リーフィアさんは今工事現場で働いているんでしたっけ】


 トイレ男は以前渡されたメモを思い出しつつ訊き返す。


「あぁ。釘打ちとかの技術は無いから木材とか道具とかを運ぶだけだが」


【やっぱりそういう所ってお給料高いんですか?】


「そうだな。下手したら死ぬし」


 昼は工事現場で死にかけ、夜はチンピラと戦う。こんなにワイルドな人生を歩む人も珍しい。


 そうしてお互いについて話す事少々。


 辺りを見回した巨女が「あ」と声を出した。


「?」


 店主が戻ってきたか……或いは遂に優男が!? と身構えるトイレ男。が、にしては巨女は特に大きな反応を見せず固まっている。


 一体誰が来たんだ? と不思議に思うトイレ男は、


「……昨夜はどこに居たの、ツァーヴァス?」


 そう、低めの声で問うてくる黒女を目にして、『あっ』と思うのだった。

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