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06th.07『行動開始』






「……………………」


 思い出した。


 何もする事が無いので天井のシミを数えては顔を幻視して止めるという事を繰り返している最中、ふと、ふっと、自分の名前を意識した。


 その時には既に記憶は全て揃っていた。


「……………………」


 ならばこうしても居られまい。


 トイレ男は自らが望む結末の為に行動を開始する。


「……………………」


 最初の手は現状の評価だ。


 白女に黒女と前衛兵、巨女が接触した。それにより前衛兵は彼女らを警戒し、詰所の防備を固めている。トイレ男でさえスパイではと疑うその徹底ぶりから、防備の堅さはそれなりであると思われる。


 では、それは白女や黒女を撃退するに足る堅さか。


「……………………」


 結論、判らない。この堅さを前にしてビビって襲撃を止めるかも知れないし、余裕風を吹かして防備を突き破るかも知れない。


 という訳で、安全策を取りトイレ男は行動を開始した。


「……………………」


 部屋のドアまで歩き、コンコンとノックする。


「? 何?」


 聞こえてきた声は聴き慣れた右衛兵の物だった。少し安心する。全く知らない奴よりかはやり易い。


 トイレ男は唯一所持を許された紙とペンを用いて書いた物を、ドアとフレームの隙間から差し出す。


【ここから出してください】


「御免、無理。支部長が絶対に出すなって」


【記憶が戻りました】


「…………本当?」


【はい】


 扉が邪魔をして頷いて見せる事もできないので、仕方無く書いて通した。


「じゃあ名前を訊いていい?」


【ツァーヴァス・ニフロス・アマリア】


「何で記憶を無くしていたの?」


「……………………」


 これには少し困った。


【健忘症なんですよ】


「そうなんだ」


 どうやら納得を得られたらしい。ホッとした。


「じゃあ何で外に出たいの?」


 その問いに、トイレ男は書いて答える。


【敵の襲撃を止める方法を知っています】




     ◊◊◊




「うーむ」


 部屋の中の人物が渡して紙面を見て、右衛兵は唸った。


 彼の上司たる前衛兵は、トイレ男が敵側のスパイである可能性を考えて彼を監禁し、右衛兵を門番として付けた。当然、トイレ男の方が何かしらのアクションを起こしてくる可能性も考慮しており、何を言われても対応しない様、右衛兵は言われていた。その言い付けは右衛兵の性格的に無理なので破っているが。というか、そもそも前衛兵の喚く『人を触れもせず気絶させたり空を飛んだりしてくる奴が襲いに来る』という話にも半信半疑なのだが。


「君は敵側のスパイじゃないのかい?」


【違います】


 紙がドアの隙間から出てくる。


 それを受け取りつつ、


「じゃあそれを証明してくれ」


【敵ならこんな事は言いません】


「冷静に考えて、君の言葉に嘘が無いとも限らないだろう?」


「……………………」


 次の紙が出てくるまでに少し間が有った。


【信じられませんか? 僕を。紙が少なくなってきたので返してください】


「残念ながら、会って間も無いし、そんなに話せてもいないからなぁ。はい」


 とは言え、何故かそんな気はしないのだが。


 紙を数枚纏めて隙間から通す。


【どうしたら信じてくれますか?】


「信頼っていうのは、こうしたら得られるっていう物じゃなくて、長い付き合いの中で段階的に得ていく物なんだよ」


 紙を隙間に押し込みつつ答える。


【どうしたら僕が敵じゃないと証明できますか?】


「……そうだなぁ」


 紙を通しながら、


「うん、僕にも判んないや」


 と結論を出した。


「……………………」


 扉の向こうから、えぇー、という雰囲気が漏れてくる。


「だけどさ、というか、だからさ」


 右衛兵はそんなトイレ男に、


「その"襲撃を止める方法"ってのを教えてくれない? 僕に」


 と提案した。




     ◊◊◊




「……………………」


 トイレ男は悩んだ。


 手には途中まで書かれた"襲撃を止める方法"が有る。


 これを書き切ってから右衛兵に渡せばいいのだが……


 ⸺果たして、彼に方法を教えていいのだろうか?


 トイレ男の考えた"襲撃を止める方法"は敵の目的に直結している。それを考えると、敵は態々あんな目的の為にこんな大掛かりな事をしているという事になる。それは何故か? この事を隠したいからに他ならない。『この様な大きな事をするのだから、目的も大きな物の筈だ』と相手に錯覚させ、本当の目的を隠すのが襲撃の理由だ。アレがそんな事をするまでに価値の有る物なのかは判らないが、まぁ、そもそもがよく解らない敵だ。よく解らない物に大きな価値を見る事も有るのだろう。


「……………………」


 兎も角、敵は襲撃の真の目的を隠したいのである。


 ならば、それと直で繋がる"襲撃を止める方法"を人に知られるのも嫌な筈だ。


「……………………」


 トイレ男は考えた結果、紙をぐちゃぐちゃにしてポケットに捩じ込み、


【言えません】


 と書いて隙間に通した。


「……………………」


 右衛兵から無言で紙を返される。


「…………君に取って、それはどのぐらいの確率で成功するのかな?」


【ほぼ確実に。少なくとも、全く敵に影響が無いという事は有りません】


「……………………」


 右衛兵が考え込んでいるのが判る。トイレ男は彼の結論を待つ。


「……何で言えないのかな?」


「……………………」


【知ってしまえば、今後貴方の身に危害が及ぶかも知れないんです】


「それだけ? これでも僕は衛兵だし、或る程度の自衛はできるけど」


【敵はその衛兵にこうして喧嘩を売る様な奴ですよ? それに、敵が意味不明な奴だとマエンダ氏からも聴いている筈です】


「……僕はそれ、半信半疑なんだけどなぁ。君は信じるんだ」


【知ってますので】


 嫌と言う程、喋れなくなる程に。


「…………若しかして、君はその"意味不明な奴"なのかな?」


「…………?」


【何故?】


 トイレ男は右衛兵の質問に困惑し、質問を返す。


「何というんだろうね……僕は君の事を殆ど知らないのに、君は僕の事をそれ以上に知っている気がする」


「……………………」


 それはトイレ男が時間を戻しているからだ。


 右衛兵の思っている数倍、トイレ男は右衛兵や前衛兵を知っている。


 ……トイレに頭を打つけて戻るのは、確かに"意味不明な奴"だな。そう思った。詰まりトイレ男は白女や黒女の同類であった訳だ。ショック。


【まぁ、そう思ってもらっていいです】


「そうか……でも敵じゃないの?」


【意味不明な奴が全て敵とも限らないでしょう。犯罪者の中にも心優しい人は居る筈です】


「それはそうだけどね」


 何が可笑しかったのか、ククッ、と右衛兵が笑った。


「うーん、理論的には信じられないけど、感情では君を信じたくなってきたなぁ」


 どうしようか、と右衛兵。


 チャンスだ、と押すトイレ男。


【信じてください】


「……僕が押しに弱いの知ってるでしょ、君」


 あぁ、やっぱりそうだったか。そう変に納得した。確かに、優しい右衛兵は押されたら弱そうだ。衛兵に向いてない。


「じゃ、信じちゃおう。支部長も訳も解らない事で僕達を振り回してたし、僕もよく解らない物を信じていいよね」


「……………………」


 どうやら彼は前衛兵への当て付けも兼ねてトイレ男を信じる事にしたらしい。


「それじゃ、どうやって君を出そうか。実は、鍵は僕じゃなくて支部長が持ってるんだよね」


「……………………」


 ここで衝撃の事実。右衛兵、監視役なのに鍵を持っていない。


「……………………」


【蝶番の方を何とかできません?】


「お、いい考えだね。君の居る部屋のどれかの棚に針金が有ったと思うから、それを取ってくれる?」


「……………………」


 トイレ男は右衛兵の言う通りに棚を漁って針金を取り出した後、ドアの隙間から右衛兵に渡した。


「素人だから上手く行かなくても責めないでね?」


 そう言い、カチャカチャと蝶番を弄り始める。


 暫くすると、ドアがズレた。


「よし、外れた」


 どうやら上手く行ったらしい。


「じゃ、開けるよ」


 右衛兵が扉をカタカタと揺らす。


 少しすると、ドアは完全に外れ、床に置かれた。トイレ男は右衛兵と対面する。


「じゃあ、悪いけど僕はここまで。流石に君に協力した事がバレたらマズいからね。そうだね、この辺りにでも倒れておいて、『いつの間にか気を失っていた』とでも説明するよ」


 という訳で頑張ってねー、と右衛兵。


「……………………」


 トイレ男としても、この先右衛兵が来ないのは好都合である。潜むには何かと一人の方が都合が好いし、付いて来られれば折角隠した"襲撃を止める方法"もバレてしまう。


 トイレ男は解ったという風に頷き、階段の有る方へ駆けていった。

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