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02nd.02『恐喝』






「おいテメェ、何か言ったらどうだ」


「そーだそーだ、ビビって小便でも漏らしちゃえ」


「……………………」


 男達(仮称として、大きい方を『大男』、小さい方を『小男』とする)はトイレ男の退路を塞ぎつつ、威圧する様な視線でトイレ男を睨み付けていた。


 男達は素手だった。素手ではあるが、大男のモリモリと盛り上がった上腕を見るにその腕から繰り出される一撃は強烈だろう。その様な強大な力を持つ人間が、害意を持ってトイレ男を()め付けている。恐ろしい。現状を理解したトイレ男は震え始めた。⸺どう見ても自分の腕はヒョロヒョロで大男に敵いそうにないし、他の武器と言ってもズボンのポケットに入っていた小さな円形の金属塊、常識曰く『お金』しか無い。トイレ? これで人を殴るなんて以ての外である。ギリギリまでやりたくない。


「……………………」


「おっ、漸く状況を理解し始めたな」


「へっへっ、漏らせ漏らせ」


 ガクガクブルブル震え始めたトイレ男を見て大男と小男は嫌らしく嗤った。取り敢えず小男はトイレ男がチビる所を見たいらしい。


「おらっ、何か言ったらどうだっつってんだ!」


「ッ……!!」


 脚を大きく震わせながらも一向に声一つ出さないトイレ男に対し、大男は大股で歩み寄りその胸を突き飛ばした。トイレ男は咄嗟にトイレが地面に落ち割れない様に抱え込み、受身すら取れずに背中から地面に叩き付けられた。しかし、声を漏らす事は無い。


 まるで、『声を出すな』と教育されてきたかの様な徹底ぶりだった。


「……ふぅん?」


 その様子⸺自分の身よりもトイレを優先する執着と背中を強打しても声一つ漏らさないその精神力⸺に大男は興味を持ったのか、ジリジリと寝そべった侭壁際に後退するトイレ男にあっさりと追い付くとその胸倉を掴み上げる。


「よし、無警戒にこんな所に居るモンだから身包み剥いで持物全没収してやろうと思ってたが、気が変わった」


「……………………」


「お前を解放してやる」


「……………………?」


 何故。大男の真意が判らず、トイレ男は首を傾げた。


「但し、一個の条件付きだ。⸺声を出すかそのトイレを差し出すか、そのどちれかを満たせばお前は解放してやる」


 大男はネチネチとした嗜虐的な笑みを浮かべながら、追加で条件を出した。


「……………………」


「あぁ? どうするよ?」


「あ、兄貴! トイレなんか貰ってどうすんすか!?」


「あぁ?」


 大男がトイレ男を虐める様を後方から観覧していた小男が、ンなモン貰いたくねぇと声を上げ、トイレ男との交渉(?)に水を差された大男が不機嫌そうに唸った。


「馬鹿かお前。コイツがどんだけ阿呆な奴かは知らねぇが、取り敢えず自分の体よりこのトイレの方が大事らしい。コイツが救いようの無い阿呆だった場合このトイレに価値は無ぇだろうが、そうでなければそこそこの値段で売れんだろ?」


「あ! そ、そーゆー事っすか!! 流石! 兄貴賢い!!!!」


「フハハハハ、褒め称えろ」


「兄貴凄いっすー!!!!」


 二人の男は暫し笑い合った。


「⸺んで、それはそれとしてだ」


 弟分に散々褒めさせた事で自己承認欲求を満たせたのか、やや上機嫌になった大男が先程と同じく嗜虐的な笑みをトイレ男に向ける。


「どっちを選ぶ?」


「……………………」


 トイレ男は答えに窮した。


 そもそも、ここでトイレを渡すという選択肢は有り得ない。脳裏に浮かぶまでも無く却下された。トイレ男は無意識に、トイレの事を最上級優先事項として考えていた。こんな下品な男達に渡した所で、即座に売り払われるか価値が出なければその辺に棄てられるだけだろう。それが考えるまでも無く想像が付いたから、トイレ男はその選択肢を真っ先に除去した。


 すると、消去法で男が取るべき行動は『声を出す』という事になる。


「……………………」


 大丈夫だ。声の出し方は憶えている。道を歩き、トイレを抱えるのと同じ程度に簡単な事だ。赤子でもできる。今ここでトイレ男にできぬ道理は無い。


 しかし、


「…………ぁっ、ぅっ…………」


 トイレ男がまともな声を出す事は、叶わなかった。


 声を出そうとすると、声帯を震わせようとすると、心臓が締め付けられている様に感じるのだ。動悸が速まり、全身から汗が噴き出し、体温が上がり、なのに寒く感じる。一寸先も見えぬ暗闇、そこに響く足音を幻視、幻聴した。足音が一つ響く度、心臓が更に強く縛られる。自分は物陰に隠れている。何かここに辿り着ける様な痕跡は残していない。迂闊に情報を漏らしてしまう仲間は居ない。自分は音を出していない。だから自分の居場所はバレていない。その筈なのに、迷う事無く近付いてくる足音に、大男に与えられる物とは別種の恐怖を抱いた。


 そしてその恐怖は、大男から感じる物よりも強かった。


「…………………………」


「…………ふんっ」


 顔面に恐怖を貼り付け、ゼェハァと過呼吸になりそうなぐらい大きな呼吸を繰り返すトイレ男に興が醒めたのか、大男はポイとトイレ男を放った。再びトイレ男の背中が地面に強打される。トイレ男は、腕を突く事も無くトイレを抱えていた。自分の心の拠り所はこれだと言わんばかりに。自らが安心できる要素はこれしか無いと言わんばかりに。


「どっちもできねぇっつーんなら仕方無ぇ。当初の予定通り、身包み剥いでお終いとすっか。ジェン」


「はい兄貴!」


 大男は詰まらなさそうにトイレ男から離れ、代わりに彼に呼ばれた小男がトイレ男に躙り寄る。


「さぁさぁチビれチビれチビれぇ……立派な男が漏らす小便程情けねぇモンは無ぇもんな? ……ってもう漏らしてんじゃねぇか!」


 下手すると先の大男よりも嗜虐的に嗤う小男だったが、トイレ男は彼にそれ程の恐怖を感じなかった。彼はまだ、声を出す事の恐怖に支配されていた。いつの間にかチビっていたが、それに気を回す余裕なんて、無い。


「へっへぇ……先ずは上の服を剥いで……」


 ゴッ。


 意気揚々と手をワキワキし始めた小男だったが、後方から響いた謎の音に振り向いた。


 大男が何かした……訳ではない。大男も大男で不可思議そうに音源の方を見詰めている。


 音の正体は鞄だった。肩に掛けるタイプのショルダーバッグ、丸々と荷物で膨らんだそれが袋小路の入口に無造作に置かれている。今の音は、何者かがバッグを投げ、それが地面に落ちる音だったのだ。


「……兄貴」


「わぁーってる。十中八九罠だ。俺が見るから、お前は警戒しとけ」


「うっす」


 どうやら鞄を無視するという選択肢は有り得ないらしい。鞄の隙間からキラキラとお金が見えているのもあるだろうが、大きな理由はこの鞄を放った奴が誰であろうと自分達なら勝てるという無根拠な自信であった。


 トイレ男は一旦放っておかれ、二人の意識は鞄とその周辺に集中される。トイレ男はまだ心臓の動悸が収まっていない。


 大男はジリジリと謎鞄に寄った。鞄の周囲に仕掛けが無いかどうかを確認するだけでなく、時折前方や後方にも目を向けている。小男は小男で微妙に移動し、大男の死角となる部分の安全を確保している。


 大男は鞄の下まで辿り着くと、直ぐには手を伸ばさずその周囲を回り始めた。全方位から罠の有無を確認するのである。一周して目に見える罠が無い事を確認した大男は、少し離れた場所から精一杯腕を伸ばして鞄の紐を掴んだ。そして少しずつ、少しずつ引っ張ってゆく。ジリジリ、ジリジリ。鞄は少しずつ動き、軈て大男の下まで辿り着いた。大男はそれを抱え上げ、罠なんて無かったと大袈裟に肩を竦める。それを見た小男も警戒のし損だと残念そうに肩を落とした。


 ⸺だから、直後に起こった事は、彼らに取って完全に予想外であっただろう。


 上方⸺大男も小男も完全無警戒であった方向から、大男に向かって大質量の塊が落下したのだ。

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