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04th.03『記憶』






「……………………」


 目を開けた。


 先ず視界に飛び込んできたのは茶色い天井だ。木で出来た茶色い天井である。目醒めたばかりでまだぼぅっとしていた所為か、トイレ男は無意識にシミの数を数えていた。「…………」、顔に見えたので止めた。怖い。


 僅かな恐怖を覚えた事で意識が本格的に覚醒を始める。先ず思い出したのは気を失う直前の事。今でも吐き気を覚えるのでそれはサラッと流して、その前その前その前とずんずんと記憶を遡ってゆく。


「…………!?!?」


 或る所まで遡って、トイレ男は驚愕に身を震わせた。覚えず上体が起きる。今更だが、トイレ男はベッドの上に寝かされていた。


 ()()、憶えていた。そう全部だ。自分の名前だって憶えてるし顔性別知り合いの有無だって知っているし自分が母親の胎から産まれた(れっき)とした人間であるという確たる実感も有る。自分にトイレを押し付けた老害や助けてくれた巨女の事だって憶えてるしその後に有った事だって鮮明に脳裏に浮かばせられる。


 有り体に言うと、記憶を取り戻したのだった。


「……………………」


 トイレ男は周囲をキョロキョロと見回した。部屋の隅の方にトイレが置かれていた。ベッドから降り、それを回収してまた戻る。布団には潜らずにベッドの上に座った。


「……………………」


 トイレを抱え込んで撫で回しつつ、考える。


 記憶が戻ったとは言え、今の心境は嬉しさとは程遠い物だった。『困惑』。それが、今のトイレ男の心情を最も正確に表す単語だ。


「……………………」


 だって、可怪しいのだ。


 老害にトイレを押し付けられた後、トイレ男は表通りを避けて路地裏へ行った。万が一知り合いに会って何か言われるのが嫌だったのだ。そして案の定迷子になり……その後の事は余り思い出したくない。まぁ、今回と同じ様な末路を辿ったと考えてもらって構わない。違いは白女から逃げ切れなかった事だ。


 問題はその後だ。白女に追い回されたトイレ男は最終的にトイレに頭を打つけたのだが、その次の記憶は老害にトイレを渡された直後、表通りで立ち尽くしている時だ。これが可怪しい。時間が巻き戻っている。空の色は黒だった筈なのに青に戻っている。可怪しい。理解し難い。しかもその後の記憶を辿ると、またもや白女の所為で頭を打つけた後に同じ時点に巻き戻っている。感覚を封じられていた所為で確証が無いが、恐らくその時もトイレに頭を打つけたのであろう。トイレがそう言っている気がするからそうなのだろう。


 そしてその後、黒女⸺今回、白女と一緒に居た奴の所為でまたもやトイレに頭を打つけ、再び巻き戻った。これが今回である。「…………」、ちょっと訳が解らない。


 だが判った事も有る。それは、トイレに頭を強く打ち付ける事で、時間が巻き戻るらしいという事だった。


「……………………」


 ンな馬鹿な。そう思いトイレに視線を落とす。トイレは何も言わない。当たり前だ、無機物である。生きていないのだ。何かを言う訳が⸺否、そういう決め付けはよくない。今、トイレに頭を打つけると時間が巻き戻るという訳の解らない状況に陥っているのである。若しかしたらトイレが喋るかも知れない。可能性を否定してはいけない。


「……………………」


 だが、少なくとも今は、トイレの方は何かを言う積もりは無い様だった。


「……………………」


 トイレ男は考える事を止めた。ちょっと事態は彼に理解できる範囲を超えていた。理解できぬ事をアレコレ考えても仕方が無い。取り敢えず老害に何て物を押し付けてくれやがったんだコノヤローと毒を吐いておく。「…………」、そういやアイツもトイレを渡した後直ぐ消えたな? 瞬きするぐらいの時間で消えたな? 走り去ったとかそういうレベルじゃないよな? 何なんだあの老害。


 老害もトイレ男の理解できる範疇に無い様だったので、それに就いて考える事も止める。次に意識が向いたのは⸺


「⸺ッ」


 ⸺衛兵の詰所が、何者か……具体的には白女と黒女に襲撃された事だ。




      ◊◊◊




「ッ!!」


「わぁっ!?!?」


 部屋を飛び出した。


 そこに居た見憶えの有る顔を持った()()に心の中で謝罪しつつ、やはりここは衛兵の詰所かと思わず舌打ちをした。


 ⸺記憶に拠ると、衛兵の詰所は白女と黒女に襲撃される。


 少なくとも、白女の周囲に多数の衛兵が倒れていた事から、彼女らは衛兵程度では盾になるかどうかすら怪しいという事が判る。或いは、トイレ男にしたのと同じ様に感覚を封じたのかも知れない。というかアレは何だ? これもトイレ男の理解力では足りないので考えない事にした。今回、トイレ男に理解できない事が多過ぎる。


 トイレ男は行動しようとした。取り敢えずさっきの衛兵の様子から襲撃はまだだろうと予測が付く。しかし安心はできない。どれぐらいの間気を失っていたかにも拠るが、たった今襲撃が始まったかも知れない。


 トイレ男は一階エントランスを目指した。


「ちょちょっとぉ! 君ぃ!!」


 さっき打つかった衛兵⸺前回前々回とお世話になった右衛兵がトイレ男を呼び止めるが、悪いがそれ所では無いのだった。


 階段を見付け、転げ落ちんばかりに駆け降りる。


 突然の乱入者に驚いている衛兵の一人を捕まえ、


「! !! !!!!」


「…………ぇ?」


 身振り手振りで襲撃を伝えようとするが、伝わらない。声を出そうとしたが、怖くて(うずくま)ってしまいそうな予感がしたので止めた。


 視線を巡らす。視界の中に紙やペンは映らなかった。仕方無くカウンターに押し入り、引き出しを片っ端から開けていく。紙は直ぐに見付かったが、ペンはなかなか無かった。一瞬それかと思って掴んだのは黒いネックレスだった。放り投げながらペンを探す。


「捕まえて!」


 その時右衛兵の声が聞こえた。


 唖然としていた衛兵達はその声で我に返り、トイレ男の拘束を始める。


「!! !!!! !」


 トイレ男は抵抗した。


 しかし衛兵は屈強である。そもそもの話ヒョロヒョロのトイレ男は一人にすら勝てない。そんなのに数人掛かりで抑え込まれては為す術も無かった。


「! !!!! !!」


 だが抵抗は続けた。


「……おい、コイツ静かになんねぇぞ?」


「…………仕方無い、一回意識を落とそう」


 そんな声が聞こえたのが最後、首に強い衝撃を感じた。


 トイレ男の意識は暗転した。


「…………何なんだコイツ」


 衛兵の一人がそう漏らす。


「アレだよ、路地裏で叫んでた奴」


「あぁ、アレか」


「何か()()()()()()()()()されて気を失ったって話だろ?」


「そうそう。だから目醒めて早々狂乱状態ってのも……無くは無いんじゃないかな」


「どうだか……」


 衛兵達の中では『意識を取り戻した直後に狂乱状態に陥ったが為の暴挙』という事で話が纏まった。


「取り敢えず、また部屋に寝かせてくるわ。今度はこんな事にならない様に、アルトー、近くに居てくれるか?」


「解りました」


 右衛兵が頷く。二、三人の衛兵が二階へ向かった。


 残りはトイレ男が滅茶滅茶に荒らしたカウンター内の整理を始める。


「うわー、最悪。書類ぐっちゃぐちゃにされてる」


「幾ら気が可怪しくなってたって言っても賠償の一つや二つ許されるんじゃね?」


「あーあ、大切な落し物を投げてくれちゃって。壊れたらどうしてくれんの? お貴族様のモンだったらどうしてくれんの??」


 各々上司やトイレ男がこの場に居ないのを好い事にトイレ男への悪態を吐く。


 それが終わると、普段と全く変わらない、退屈な夜勤の時間が再開されるのだった。

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