第六話「反則上等!第二次試験!」
「では第二次試験、学力試験開始!」
三十人の受験者は配られた用紙を一斉に開き解き始める。問題は小学校レベルのものから何かの専門の問題、それからまるで意味不明な問題まで。皆が解き始めて三分程経った頃。試験官のストログが話し始める。
「あぁ、そうだ。こんな重要なことを言い忘れていた…皆、ペンを止めて聞いてくれ。この学力試験の合格ラインだが——」
それは皆が驚愕したことだった。転生元日から約四年の間、人々は天災や異核獣を避けて生きてきた。そのため勉学などは必要最低限なものであり、ここ最近になってようやく質の高い教育を行える施設などができた状態である。この場にいる受験者達のほとんどはそれでも旧世界での自身の歳ほどの知識はしっかりと身につけて来ている。しかしそれ以上の知識を求められればこの場にいる誰もが自身の知識だけでその問題を解くことはできない。ましてや専門的な知識、芸術といったことなどわかる訳がない。だからこそ、この場の皆が驚愕した。
「合格ラインは満点。それ以外は認めん」
瞬間、ブーイングを上げる者、合格ラインを下げろと言う者、ストログに罵声を浴びせる者など受験者の数十人が騒ぎ立てる事態となってしまう。しかしストログは聞く耳持たずで話を続ける。
「重要なことだが、もし解答用紙を紛失したり破けるようなことがあれば失格となってしまう。気をつけておけ」
その注意喚起に誰かが、その前に満点が無理だわ!と文句を言うがストログは無視して窓際、ちょうどマガツの真正面の試験官用の席に座る。
「——死水団長、なぜ今回ここまで合格ラインをお上げに?これでは今年の合格者は〇人だって有り得ますよ?せっかく期待できる子がいるのに…」
場所は試験管制室。ツクシが今回の試験に異議を唱えると団長は答える。
「何を言う…今回ほどゆるい試験もそう無いだろう」
「ゆるい?——あぁ!そういうことか…!だからこの人選に!はは…でもこれは知らない者からしてみれば…」
「今の騎士達に学力など求めていない。お前達は受験者達が耀偽をどれだけ駆使出来ているか、それを見ておけ——それと、言っておくがこの試験を考えたのはストログだからな」
「え?あ、あぁ…わかってますよ…」
てっきり性格の悪い団長が考えたのかと思った——
管制室の静まり具合にその場の者達はモニターに映る大講義室で騒ぎでも起こらないかと願うほど気まずい状況になるのだった。
——ほとんどの者が試験を諦め、広い大講義室に微かなペンのカリカリ音だけが響く中、マガツも手詰まりとなって周りを見渡すとカムイが目に入る。
「君、カンニングをするな」
「——っ!?すみません!」
少し横を向いていただけでストログに注意されてしまった。しかしどうしたものか…、このままでは不合格になってしまう。どうにか問題を解かなくては…
そう悩んで下を向くとそこには——
「…お前何してんだよ」
「マガツ…答え、教えてくれ」
しゃがみながら股下に潜り込んでいる影雷の姿が。とりあえずどう来たかはあとで聞くとしてマガツはこっそりと叫ぶ。
「答えなんて教えられるか…!バレたら俺も失格になるだろ!」
「大丈夫、大丈夫。バレなきゃいける…!俺の答えも見せてやるからさ」
内心呆れているマガツだが手詰まりなまま不合格になるくらいなら、と影雷の取引に応じようとしたその時、ストログが再びこちらに話しかけてくる。
「君、先ほどから何をコソコソと話している」
「——っ!?まずい!影雷戻れ!——あれ?」
「それに一番後ろの席にいた忍びの受験者の姿も先ほどから見えないが、どこに…」
絶体絶命だと思ったのはほんの一瞬だけ。机の下を再び見下ろした時には影雷の姿はなく、代わりに彼の解答用紙が置かれていた。
「いや〜すみません、消しゴムが結構離れたところに落ちちゃってしゃがみながら探してました…あはは…」
影雷は引き攣った顔で誤魔化しており、俺はいつの間に戻ったのかと疑問を浮べて影雷を見ると一瞬目が合いウインクを送られる。
「そうか。これからは物を落とした時は私に言うように。忍者少年のことはわかった。それで君は何を下に向かってコソコソとしていた…」
そういえば俺自身はまだ疑われてるのだった…もしこのまま机の下を見られたら影雷の解答用紙が見つかってしまう。そんな恐怖に襲われる暇もなくストログは持っている紙をしまってこちらに向かって来る。
マガツは必死に言い訳を探し、出した答えは——
「お、俺、深く物事考えると床に独り言ぶつけてしまうんですよ〜あ、あははは…」
恥を承知で誤魔化したマガツ渾身のでたらめにストログはそうか、と言うと試験官の席に戻っていく。きっと隣の人には変な人認定が確定化されたろうが気を落とすことなくマガツは強く生きる。
はぁ、とりあえず誤魔化すことはできたようだ。あとは影雷の答えを写して、って…影雷、いつの間に俺の答え写したんだ…。——よし、写し終わった。あとは影雷に解答用紙を返すだけだ。
マガツは予備のペンに限界解除を施し、ストログにバレないように遠くの壁に投げる。ペンは壁に当たりガラスが割れる音を立てる。ストログのみならず受験者の皆が音のした方向を見るのと同時に影雷の席に解答用紙を置きすぐさま戻る。
ふぅ、バレてないな。これで先ほどよりは空欄はなくなったがそれでもまだまだ満点には程遠い。一度反則すれば二度三度も同じだ。どうにか他の人達の答えも見れないものか…。
マガツが完全にカンニング脳になったところで真っ先にカンニングしようとしたのは隣の受験者カムイ。
先ほど彼女を見た際に全くもってわざとでは無いが解答用紙も目に入ってしまったのだ。その時かなり埋まっているように見えた。もし彼女の解答用紙をカンニングすることができればさらに満点に近づくことができるだろう。
そうしてカムイの解答用紙を覗こうとした時——
「オ前ラ、サッキカラ何シテンダ?」
その声は耳元から聞こえ、背筋がゾワゾワとして冷や汗が出る。
いつの間にこんな真後ろまで。それにこの声誰だ。ストログでもないし影雷でもない。ただ耳元で囁かれただけでここまでの恐怖、身震いをしたのは初めてだ。っていうかなぜこんなところまで来ているのに試験官は注意しない…!まさか試験官は二人いたのか?誰なんだ!
俺は素早く振り向き確認する、しかし後ろには空席が数列、最後尾に影雷の姿があるのみ。影雷に変化がないのを察するに誰にも気付かれず近づくことのできる耀偽の持ち主、と俺は断定しこれを何らかの試験の公害と判断する。が、それは一瞬で打ち砕かれることに。
「状況ヲ見ルニ、オ前トー、忍者ノ女?イヤ男カ?マアドッチデモイイ。二人デ協力シテ答エヲ埋メテイル、ッテトコロカ?」
マズイ…誰だかは知らないがカンニングしていることがバレた…どう誤魔化す…!?
「オイオイ…勘違いすんな!俺はお前らをチクったりしねぇよ!その逆だ。このまま無理ゲーで不合格くらうくらいならズルした方がまだ後悔しないってもんだ。だから、俺も協力するぜ!」
え…?どういうことだ?協力するってことはこいつは敵じゃない?しかも近くにはカムイさんしかいない。それなのに耳元から聞こえる声、そしてこの何度聞いても背筋が震える感覚。少し和らいだ様にも感じるが…透明化の耀偽を使うのか?というか先から俺は口で喋っていないのになぜ会話が成立している!?
「おいおい、落ち着け!俺の名はカース。耀偽名はカーステレパス。今この状況のようにお前に近づかずとも見えていれば心の声で意思疎通が可能なんだ。ただお前が今経験しているように話している最中は耳元で話されるように感じ、しかも背筋がゾワゾワするような感覚が付く。ここは我慢してくれ」
マガツはキョロキョロと周りを見ると一人と目が合いグッドのジェスチャーを送ってくる。
な、なるほど。それで、協力してくれるのはありがたいのだが、多分カースさんが——
「さんは付けなくていいぜ」
わ、わかった。それで何だけど、カースの答えを写させてもらっても多分満点にするには足りないと思うんだ。だからカースにこのカーステレパスを使ってもらって協力者を増やして欲しいんだけど、できるか?
「あぁ!もちろんだ。ただ俺の耀偽は対象一人にしか使用できないんだ。時間はかかるがいいか?」
あぁ、頼む。たぶんこの場にいる受験者は皆不合格になるくらいなら進んで協力してくれるはずだ。俺も出来る限りストログにバレないよう近くにいる人に協力を頼んでみる。
俺はまずカムイに問題用紙の切れ端で協力要請の説明を書いた紙を渡す。カムイはこれに気付き、少し悩んだ末に俺に横目の視線を向け頷く。どうやら協力要請は成功したようだ。こうしてマガツは協力要請をカムイや影雷、そしてカースに伝達してもらい全員に行き届く。
もう皆勘づいていた。この試験は元より一人では突破不可能な試験であることを。一人一人の趣味や旧世界の知識が問われていることからそれは明白であり、例外を除き、一人では満点は不可能なのだ。だからこそこの協力要請は必然的に呑むしかなく、それどころか天の助けですらあったのだ。
「マガツ、これでこの場にいる受験者三十人全員に協力要請が届いたな」
ありがとうカース。それで皆の耀偽は聞けたか?
「あぁ…それがだな…。協力はするがさすがに自分の耀偽まで教えてくれたのは六人だけ、教えてもらう条件に言い出しっぺの俺とマガツの能力は明かしちまったがよかったんだよな?」
あぁ、構わない。それで聞けた耀偽はどんなものだったんだ?
カースは聞いた耀偽の六つを簡潔に説明した。
「——それで六つの耀偽の中で使えそうなのは有ったか?」
あぁ。テイクさんのリプレイプロジェクター。これは俺が今欲しいと思ってた能力だよ!
耀偽名、リプレイプロジェクター。その能力は少しややこしい。そのため説明はかなり噛み砕いたものとする。
能力は過去の映像を流すもの。例えば一定の範囲、サッカーコートの大きさに合わせ耀偽を展開するとその空間の外側にその場で起きた過去の試合を映像として流す。すると観客席にいる人からは過去の試合が今現在行われているようにしか見えず実際に内側にいる現在の光景は見えなくなる。外側で見えているものは過去の映像に過ぎず、現在に実際に干渉することはない。外側にいた人が能力が発動している内側の範囲に踏み込むと内側の光景が見られる。
要は外側に映像が流れ、内側を隠す。そういった能力である。
「それで何でこの耀偽が必要なんだ?」
そりゃ無論カンニングするのに監視の目があると邪魔だからストログの目を誤魔化すためだよ。これがない場合、仮にカースが全員から1問ずつ答えを教えてもらってさらに皆にその答えを教えるなんてしてたら余裕で制限時間超えるだろ?だがテイクさんの耀偽なら——
「そうか!」
マガツとカースは合わる様に一斉に言う。
「カンニング大会が安全に行える!」
たださすがに何の前触れも無くリプレイプロジェクターを発動したら急に俺たちの位置が若干動いて不自然なことになる。だから、ストログの目を一瞬だけずらす。カース、今すぐ頼めるか?
「あぁ!もちろん盛大なのぶちかましてやる!三、二、一…!」
カースの一の合図が終わると同時にマガツはテイクのいる方にサインを出す。
「オマエノウシロニイルゾ…」
カースはもはや本物の呪いとしか思えぬ名演技でストログに耀偽で話しかける。ストログの強面の顔は一瞬にして恐怖の顔に歪み後ろを大慌てて振り向く。その隙を見逃さずリプレイプロジェクターはストログを巻き込まない程度の範囲まで発動され、マガツ達の現在を過去の映像で覆う。瞬時に受験者達は中心の席に集い、念願のカンニング大会が始まる。
皆これ以上ないほど必死の形相で他者の解答用紙をカンニングしていく。これで一件落着、皆で合格ハッピーエンド。——ならばどれほど良かっただろうか、問題が発生する。
「この筆記問題だけ誰も書いてないじゃん…どうすんのこれ…」
影雷の一言に受験者の一人が廊下側の一番奥の席を指差して言う。
「あいつが答え知ってんじゃない?一人だけ席に座ったまま協力しないあいつがよぉ…」
「いや、アイツの解答用紙もこっそり覗いたけどここの問題は空欄だったぜ?」
万事休すとはまさにこのこと。皆が沈黙し困り果てる中、これに追い討ちをかけるカムイの一言が彼らを襲う。
「というかまず、これとこれ、答えはどっちが正しいの?」
さらなる沈黙、そして絶望。いや、皆が薄々気付いていたこと、というよりぶつかると予期していたこと。というか偽りの希望にすがり目を背けていたこと。一方の解答用紙にはAと答えているのにもう一方の解答用紙にはBと書いてあるという矛盾。ここまでしてもなお、解決しない問題に皆現実逃避。湧き出るはストログへの殺意。
悲観的な状況にカースは自身を含めたせめてもの慰めと感謝を言葉にする。
「打つ手はもうねぇな。まあ、よくやった方だ。今回は俺達の勉強不足…。まさか、こんな三十人いて誰も解けねぇ問題が来るとは思わねぇだろ。良い終わり方じゃ無いけどよ、みんなありがとな。協力してくれて。とくにマガツ、お前には一番…マガツ?」
俺は何かぼんやりとこの状況に引っかかっていた。それを明確に思わせ、思考を働かせるまでに至ったのはカースの言葉だった。
三十人もいて誰も解けない、果たしてそんな問題をこの試験で出すか?それでは満点という合格ラインが、現在のような状況を見越したとしても突破を不可能にさせてしまう。考え得る理由は騎士団側が求めている形と違うから。ならどのような形にすれば誰もこれっぽっちもわからない問題を解き、全ての問題を正しい答えで書き、満点の解答用紙を完成させられる?
ここまでくれば考えはまともではないことを導き出す。
何、すでにカンニング大会を開いているんだ。これといって問題はないだろう。
「模範解答の紙…」
「え…?」
「模範解答用紙があれば…満点の解答用紙に出来る…」
皆がまず思ったのは、コイツ突拍子もないことを言うな、だった。しかし次にこう思う。
「それだ!」
悲観的だった状況は一変し、皆が一気に活路を見出す。
「でもその模範解答用紙はどこにあるんだ?」
まず問題はそこだが、あらかた検討はついている。
「恐らくはストログが座っている席にある裏面になった紙。あれだと思う」
影雷が俺の股下に潜り込んで不審がられた時、ストログは近づく際にその紙をわざわざ手に取って上着のポケットにしまっていた。この時は何も気に止めなかったが今となればあの紙はかなり怪しい。
「マジか…さすがにあんなガッツリ腕で抑えてる物は俺の速さでも取りにいけないな…」
その通りだ。影雷が如何に速く動けても引き抜く際に紙が破れては意味がない。それにストログは今さっきからいろんなことが起こって警戒心が最高調だろう。無策で至近距離まで近づけば確実に気づかれる。
「確かに模範解答用紙を気づかれずに奪うのは難しいだろうね。だけど心配ないだろ?ここには核者が三十人もいるんだ」
皆が皆を見る。そして再視認する。今見ている者は目指すものを同じくしている同志であると。そしてカースの闘志は再び燃え上がる。めちゃデカい城を動かせるほどの悪魔が消えかけた時に女性の髪を一束貰っただけで、今までにないほど大きく燃え上がるように。
「そうだな!皆で協力すれば、ストログから気づかれず模範解答用紙を奪うことは十分できるはずだ!」
皆の決意は結束となり、マガツは最後の喝を入れる。
「この試験、敵はストログただ一人!絶対奪い取るぞぉぉ!」
「模範解答用紙ぃぃぃ!」
受験者達の掛け声は皆打ち合わせた訳でもなく同じことを言わせる。これは正真正銘の結束。狙うはストログが持つ裏返った用紙、すなわちラストリゾート。熱き思いの若人どもは今成せる全力にてそれを狙い定める!
その頃試験官専用席に座るストログは——
「声めっちゃ漏れてきてるけど気づいてないのか…?」
皆、ストログの優しさで知らないふりをしてもらっているなど気づかないまま模範解答用紙奪取作戦は実行されるのだった。
第六話をお読みいただきありがとうございました!
この作品を読んで何か心を掴めるものがありましたら私作者は感激します。
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私作者は執筆がかなり遅いため投稿に三日以上かかることも多々ありますので
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