第一話「進化した人間”核者”」
嫌な夢を見た。現実で起きた嫌な夢を。弟の喰われた残骸を突つく鳥の化け物、血を流し倒れる幼馴染の姿が、伸ばされた真っ赤な手を掴もうとして途絶える左目の光景を。
——ラジオの音で目が覚める。流れているのは発生の予測がされる危険生物の地点や犯罪者の外見などの情報だ。そんなことを虚ろな状態で聞いていると薄い壁の向こうからトントンと軽く叩く音が聞こえる。
「おーい。起きる時間じゃないのー」
隣人の声が壁越しから聞こえてきて、俺は慌てて跳ね起きる。
「すみません!あと、ありがとうございます!」
「いえ〜。頑張ってね〜」
急いで食事をし、住民共有の洗面台で歯を磨き、昨夜準備しておいた荷物を手に、石とレンガ造りのアパートから外へと出る。周りも同じような建物が建築基準法など知ったものかと言うように無造作に建っている。そんな迷路のような住宅街を抜け、レンガ敷きの地面は徐々に境目を作りながら整備された草と土の自然広がる道に変わる。心地よい風が吹き、それは少し温まった身体を撫でて冷やしてくれているかのように感じる。
六年前、転生星の飛来によって人類は滅亡の危機に瀕した。文明の崩壊、多くの天災。その影響は青き星を数日で緑と砂で染め上げ、人類の文明を埋め、もはや何も持たない人々に追い討ちをかけるように力を持った生物が襲いかかった。
それでも人類が滅びなかった理由、それは————
「フン!フン!」
木をゴン!ゴン!と叩く音のする方向を見ると刃こぼれのひどい斧を手に年老いた男が一人、大人五人分ほどのやけに横に太い木を伐採しようとしていた。
「お爺さん、そんな斧じゃこの木は倒せないよ…」
思わず駆け寄り老人の斧を取り上げると、あっ…と力なさげに言う老人の手が震えていることに気が付く。
「っ…やっぱり。手のひらがボロボロじゃないですか…なんでこんなになるまで…?」
「この木があると騎士様達が乗り物で来る時に邪魔になるじゃろぅ…儂たちを守るために巡回してくれているのだからこういう事で困らせたくないんじゃ…」
「でも…」
今自分は急いでいる状態だがどうしてもこの優しい老人を見捨てられず何か策はないかと考えていると——
「昨日はこんな木なかったのに、この世界になってから本当によくわからん植物が増えたのぅ…」
それを聞いてハッとする。
「昨日までなかった…?——ってことは!?」
老人は再び斧を手に取り伐採しようとする。瞬間、その木は老人に向かって枝を鞭のようにしならせて叩きつけようとする。——間一髪、老人を抱き抱えて後方に回避する。
木に擬態したこの生物、成体にまで成長すると果実のようなものをつけて生物を誘い、懐に入ったところで——養分にしてしまう。転生元日直後、食糧難となっていた飢餓状態の人々を甘い嘘の果実で誘い、養分にし終わって落ちてくる糧にされた人間の姿からこの生物はこう名付けられた——
「スイートリーパーか!」
「木が!!木が動いとるぅぅぅぅ!」
急いで逃げるも老人を抱えながらでは距離を離すことができない。
「わ、儂は置いて、君だけでも逃げろ…!!」
「——っ!でもっ!」
そんなことできるわけがない。
この老人に恩があるわけでも何か特別視している訳でもない。ただこの老人が言っていたことが全て——
こんなにも優しい老人を、見捨てられるか!!
その思いだけで彼はいっぱいだった。
どうすれば逃げられる…!逃げる…逃げる?何を言っているんだ…?逃げるのは絶対に勝てないと判断した時だけだろ。まずやることは一つじゃないのか?
俺は立ち止まり老人を地面に降ろす。
「それでいい…ここまでしてくれただけで儂はもう——」
「いいえ…。あなたを置いていったりなんてしませんよ。——この斧、借ります…」
「何をする気じゃ…」
そう、やることは一つ。
「コイツと、戦います!」
名前に似合わない、まるでカレーに漬け込まれてからゴミ処理場で日焼けサロンしたせいで激臭を漂わせていそうな色に変貌したスイートリーパーの前に俺は斧を構えて立ちはだかる。
思い出せ、騎士達の戦いを見よう見まねで覚えた剣の修行を。今は斧だが。発揮しろ、隣人に作ってもらった動くカカシで戦闘のイメージトレーニング兼回避練習した成果を。対人想定の練習だったが。
「はぁ、ふぅ。強化開始…。奴を切断するほどの切れ味を、奴を一度で倒す斧のイメージを…。強化するのは…刃先のみ。いける…」
斧に青い光が根を張ったような模様が着くと彼は同時にスイートリーパーに向かって走り出す。
双方、止まることを知らず相手を始末しにかかる。まず仕掛けたのはスイートリーパー。枝の鞭を長く伸ばしての攻撃。彼はすんでのところで回避し、さらに速度を上げて走り込む、奴の攻撃はさらに何本もの枝鞭を追加してくる。全ての攻撃を回避するのは諦め、致命傷になり得る攻撃のみを避けてさらに前進、痺れを切らしたように喚きを上げるカレーゴミの木、伸ばした枝鞭を全てを戻し、必殺技とでも言わんばかりにありったけの枝鞭をねじり結びにし、俺に照準を合わせる。
「ふっ…流石にそれは…」
もはやドリルと化したそれが先の攻撃とは比較にならないほど速く、勢いよく飛んでくる。しかし——
「分かりやすすぎる!」
その攻撃を読んで、かっ飛んでくるドリル枝鞭を大ジャンプで回避し、隙だらけになった横に太い喚く木に向かって落下エネルギーが上乗せされた身体で青く光る斧を振り下ろす——ズバンッ!…振り下ろされた斧は先の刃こぼれし斧とは思えないほど意図も容易くスイートリーパーの胴体を切断、真っ二つにしてしまう——
なぜあのような危険な生物達が跋扈する世界でも人類が滅びなかったか、それは——彼ら、進化した人間”核者”が誕生したからだ。
喚く木の断末魔はなく、静かに色を元に戻し、その姿は加工途中の木材にしか見えない。
ふぅ、とため息をつくと向こうから老人が走ってくる。
「おぉ!あの木のバケモノを倒したのか!——さっきの動きといい、あの斧をここまで切れ味の良い物にした技術!そうか君は騎士様達と同じ核者だったんじゃな!ありがとう!本当にありがとう!」
老人は俺に握手をし、目を輝かせながら、何度もお礼を言う。
そういえばと、俺は借りていた斧を返そうと地面に突き刺さった斧を引き抜く。
「こちらこそ斧、ありがとうござ——」
瞬間、——バリィィン!ガラスでも割れたかのごとく、ものすごい音を出し、斧は、跡形もなく、砕けた。
「あ…」
二人の自然に出た声は大自然の風に斧の破片を乗せて…消えていったのだった…。
第一話をお読みいただきありがとうございました!
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