第十三話「凍える身体と冷たき手段 第三次試験!」
戦いとは常に形勢逆転のおそれを持って戦わなくてはならない。どれだけ力の差があろうと、どれだけ勝ち目があろうと、どんなに相手の切り札を知っていようと、油断は勝利を遠ざける要因にしかなり得ないのだ。
「これがカースの本気なのか…?」
「さあ…?どうだろうな?…おっと——まだ立ちくらみが治らねえ、な…」
カースは頭を抑えながらもこちらに目を離さず後ずさりで距離をとっていく。その間も俺の身体は震えてまともに動くことができない。その震えはまさに呪いのようなもので、凍えさせるのは身体だけでなく精神にも及ぶ。気を抜けば魂が抜け落ちてしまいそうなほど、カーステレパスは俺の身体を、魂を蝕んだ。
「…さっきは悪かったな。力の差があるなんて言っちまって。前言撤回だ。お前は強いぜ、マガツ…」
カースは岩に背をもたれ掛けて額を拳で強く叩いて立ちくらみを乱暴に治している。
「——っ…」
突然、俺の身体はピタッと震えが治まり、さっきまでのことが嘘のように身体は正常に戻る。おそらくカーステレパスの効力が解けたのだろう。ならばと俺はカースが体勢を立て直す前に走り出して剣を再び振るいに行く。しかし——
「バカ野郎…見えてんだよ」
「——っ!」
カースは直前で俺の攻撃を躱し、至近距離でカーステレパスを発動させる。そこから俺に一瞬の間も与えず身体を大きくひねらせ、振りかぶるように渾身の一発の拳が俺の顔面を殴り飛ばす。
「これで終わりだ、マガツ——」
俺の身体は壁に強く打ち付けられ今にも意識は消えそうになる。頭の中では耳鳴りが響き、景色はひどくボヤけている。
「マガツ、がむしゃらに俺のところに走り込むとは…ガッツはあるが、とてもうまい戦い方とは言えないな。俺が近づかれたらカーステレパスを使うことくらい読めただろう。加えてお前の攻撃も雑なもんだから容易く躱わせた」
こちらに説教をしながらカースは淡々と近づいてくる。
別にがむしゃらに走り出した訳ではない。俺の剣速ではカースは容易く目で追って躱せてしまう。だからふらついている時だけがチャンスだった。それだけのこと。チャンスだと思ったのだから仕方がないだろう。
もはや誰もがこの試験の結果に見切りをつけた時、マガツは近づくカースに向けて哀れにも地面の土を片手で握って固め、投げ込んだ。
もはや打つ手なしの悪あがき。カースも観客も誰もがそう思っている。それは無論、影雷も——
「何してんだよ…アイツ——」
「…マガツくん!まだ諦めちゃダメっ…ス…まさかっ——」
カースは投げられた土の塊を避けることなく、顔に当たりそうなものだけを手で払いながら突き進む。俺はただひたすら土を投げる。顔すら上げずにただひたすら——
「マガツ、降参しろ」
土を投げる。
「…降参しろ」
土を投げる。
「こんなことしても——」
土を固めて投げ続ける。
「無駄だろうが!」
地面を掻いて土をひたすら固めて投げる。
『俺』は投げられた土の塊を避けることなく、顔に当たりそうなものだけを手で払いながら突き進む。マガツはただひたすら土を投げる。顔すら上げずにただひたすら——
「やめろ…」
身体に土の塊がぶつかる。
「やめろって…」
痛くもない、意味のないものが。
「マガツ…」
再び投げられるも狙ってすらいないだろうそれはこちらに当たらず的外れで地面に落ちる。
「——いい加減にしろ…」
土の塊が顔面に向かってくる。
「諦めが悪いぞ!マガツゥゥゥゥッッウ!」
向かってくる土の塊を怒りを込めて殴り壊す——
バリンッ!土の塊を殴り壊した瞬間、それは立てるはずのない音を立てて崩れる。それも——
「うっ!なんだこれは…!——けほ!けほ!」
異質な音を立てて崩れた土の塊は、細かい砂ぼこりとなって撒き散らかってカースの目を潰し、口に入り込む。
「俺がいつ諦めるなんて言ったよ!カース!」
この時を狙っていたかのように悪あがき、の演技をしていた俺は素早く身体を起こし、このチャンスを逃さんと走り出す。
カーステレパスは対象をその目で捉えなければ効力を発揮できない。それはカースが荒療治で目を離してすぐ効力が消えたことで一つの可能性として推測していたが、当たりみたいだ。ならばカーステレパスを封じるのに一番良い手段は油断を誘ってからの砂かけ目潰し。しかしただの砂かけでは目を潰すまでに至らない。ならば俺の耀偽で土の強度を強化してカースの顔面に向けて投げる。タイミングはあちらがキレて土の塊を勢いよく破壊する時。対して強度のない物が強い衝撃で破壊されれば、当然それは細かくなって飛散する。そこに俺の耀偽の特徴である壊れた際の破裂が起これば土の塊は煙玉のように爆散するかたちで壊れる。
戦闘経験のある者はこう言った。劣勢であろうとも起死回生の鍵は——
「耀偽の無力化にあり!」
フクレさんから学んだ知識だ!
「…!フフッ…!少しは役に立てたっスかね」
「クッソ…!目に砂が…!」
今のカースは耀偽の発動条件に必要な対象を目で捉えることも得意の動体視力に頼ることもできない。つまり今こそが——
「最大の勝機!絶対にここで決める!」
俺は剣を両手で強く握り締め、地面に強く足を踏み込み、カース目掛けて剣を薙ぎ払う。
「こんなもんで負けるかぁぁぁ!マガツゥゥゥ!」
無理矢理カースは目を見開き、充血した眼球で俺の攻撃を確認すると素早く身体をのけぞらせてギリギリで躱す。俺は間髪入れず次の攻撃に入るも、それも致命傷だけを避けた最低限の動きで躱し続け一気に後ろまで下がられる。
「クソッ!」
「ぐぅっ!…ここまでだ!マガツ、今度こそ、俺の勝ちだ!魂ものとも凍つけ!カァァスゥッ…!テレパスゥゥゥ!」
カースはこれでもかと言うほどの掛け声で目を見開いて俺を捉え、全身全霊の耀偽を使用する。瞬時に俺の身体は先の震えをも通り越した極寒で意識を締めつける。感覚はない。呼吸は苦しく、見える景色を捉えられない。でもこれだけは分かる——
「マガツ、オレノカチダ!」
「………………………おれの、かちだ…カース…」
「——っ!?」
俺はカースに指を差してそう言い放つ。勝利を確信しているカースは疑問を感じ、すぐに違和感に気づく。こちらに差したマガツの手には持っていたはずの剣が握られていない。カースはうっすらと砂煙が舞う空間から剣を探そうと——
「——ガハッ…!こ、れは…」
瞬間、腹部を無理矢理通りすぎる何かの感覚が彼を襲う。疑う様子で目を下ろすと、右脇腹を斜めに切り裂かれていることを確認する。無論切り裂いた正体は俺の限界解除を施した剣。ブーメランのように投げられた剣はカースの脇腹を勢いよく掻っ捌き、そのまま後ろの岩に突き刺さり——
「はあ、はぁ…ここで決めるって、言ったろ」
「…ふは、はは…負けたよ…つえー、な——」
カースは意識を失って背中からゆっくりと倒れ込み、そのまま影に染まって爆散する。
「——。はあ、はぁ…」
「…勝者、マガツ!」
「はは。やった…勝ったよ。影雷、フクレさん…」
この決着の歓声をマガツは聞くこともなくカースと同じように倒れ込む。そのまま深海に落ちたように意識も身体も沈んでいき——
再び目を覚ますとそこは見知らぬ天井——というわけでもなく、スタジアム入場入り口前にある受付の場所であった。そしてこちらに気づいたエイシャが駆け寄って来る。
「あっ…マガツさん…お、お疲れ様でした…目覚て、な、何か違和感があるようでしたら、案内に従って、診察室にお向かいください…」
「……」
自分の手をじっと見てこれが元の身体かと不思議と疑ってしまう。あんなにも殴られて痛かった傷が、イタいイタいのとんでったのか、身体は無傷で試合前と何も変化はない。まるで今さっきまで夢でも見ていたかのように試合をした実感すら薄い。
「…?あ、あの大丈夫…」
「あっ、はい!大丈夫です!」
すでに次の順番を控える受験者が何人かいるのを見て、邪魔にならないよう身体を起こし診察室に向かうことにする。歩きながらも試合のことを思い返すが夢のように実感は薄く、記憶も何かモヤがかかっている。傷ついたはずの身体も一つとして試合で着いた傷は残っていない。本当に夢であったかのように。しかし、それでも夢ではないと思わせるものがある。それは腰に付けている空の鞘。本物であった剣を限界解除したため最後の投球で壊れ、鞘しか残っていない。しかし、これだけではない。これ以上にカースとの戦闘が現実であったのだと実感させるものがあった。それは——
「ぶるる…寒い…背筋が震える…」
こうしてマガツの第三次試験は無事合格し、喜びと魂の寒気が生み出す人生で誰も味わうことのないだろう特殊な感覚を受けながら、まず診察室に向かうのだった。
追記。マガツの寒気は明日の朝には治まるだろうと診断された。
第13話をお読みいただきありがとうございました!
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