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22.なぜか八王子にいる影勝(3)

 周囲の意識がコスプレ集団に向かっているので何事もなかったようにスキル解除で姿を現す影勝と碧に気が付いた者はいない。しれっと北崎の後ろを歩く。


「あのゲートの先がギルドだ」


 北崎が行列を示して伝えてくる。その先頭あたりにはゲートが見えた。ダンジョンを出るのに渋滞している。どこのテーマパークだ。


「なんか通勤渋滞みたいだ」

「朝夕は混むんだよ。他にもゲートがありゃいいんだけどなぁ」


 北崎がうんざりした顔で愚痴をこぼす。

 基本的にダンジョンにゲートは一つだけだ。ダンジョン外から穴を掘っても土しか出ない。ダンジョンは別空間というのが定説だ。

 文句を言っても仕方がないので行列の最後に並ぶ。少しづつだが進んでいる。もう少しで出られるタイミングで影勝は王子様に声をかける。


「あの舞さん、ありがとうございます。おかげでギルドまで来れました」

「ボクを助けてもらったからね、お安い御用さ! でもよく効く薬だね! おかげさまでボクの柔肌も守られたよ」


 影勝が礼を言うと王子様が振り返った。舞はやけどがひどかった左腕をさする。顔色もよく左腕に後遺症も見られない。艶々肌のキラキラ王子様だ。


「でも、高いんじゃないのか?」


 兄の亮が加わる。彼は少し不安そうな顔をしている。法外な金を請求されると思ってるのかもしれない。そこらのポーション以上の効果がある薬だ、そう考えるのも無理はない。


「いいいえ、あああれ、うちで作ってるので。ま、まだたくさん、あります」


 慌てた碧がポシェットから薬を取り出して見せる。


「作ってるって、そっか、薬師さんだったっけ! 腕がいいんだね!」

「でも、八王子にそんな凄腕薬師がいたっけか?」

「うーん、八王子だと聞かないなぁ」


 亮と舞の視線が緑まみれの白衣に向く。同じく行列にいる小田切、野々山、北崎の目も注がれる。


「ダンジョンでも白衣を着てる薬師っていやー旭川の薬草の女神だな」

「世界でもトップクラスの腕前だって話だね!」

「五月のオークションで東京に来てたって社長(ボス)がいってたっけ」


 猜疑の目がマシマシになりそうなので影勝は幕引きを図る。


「あー、これは椎名堂のコスプレですよー。形から入るって、大事ですよねー」


 影勝は碧の白衣に触れる。やばそうなら碧の手をつかんで逃げるつもりだ。いつ何時(なんどき)も碧ファーストである。


「憧れの存在の真似はしたくなるよね! きっとボクに憧れる探索者もいるに違いない!」

「その気持ちはわかるな。強い探索者の真似も、強くなる近道だしな」

「魔法使いならば高知の魔女【未來視の坂本】様にあこがれるものね」


 なんか納得したらしい。影勝はほっと胸をなでおろす。そんなことをしていればゲートの番が来ていた。後がつかえているのでそそくさとゲートをくぐる。


「うぉっ!」

「広い!」


 出た先は天井が高い広大なフロアで、多数の探索者でごった返していた。

 片側の壁面がガラス張りでベンチがいくつもあり、反対側に多数の受付が並んでいる。受付も数が多く、整理券方式のようで大きなモニターに番号が写されていた。受付の並びに数十台の魔石納入機が並んでいる。上階に向かう長いエスカレータもあった。

 ガラス窓のない壁面にはコインロッカーが多数設置され、その前にたむろする探索者の姿もある。連絡やら呼び出しやら案内やらのアナウンスがひっきりなしにかかりかなり騒々しい。大きな声でないと会話も難しそうだ。

 旭川が町役場、鹿児島が体育館なら、広く明るい雰囲気の八王子は混雑する空港だ。

 夕方が近いがもう夏なのでまだまだ明るい。ガラスの向こうには電車が走っている。騒々しさと豪華さと旭川との落差に影勝と碧はポカーンと口を開けた。


「ボクらは魔石を納入して帰るよ! 気を付けて帰るんだよ!」


 舞が小さく手をふった。ほかのメンバーはすでに魔石納入機に向かっている。そちらも混んでいるのだろう。


「ありがとうございました、すっごく助かりました!」

「ああありがとうございました!」


 ふたりは礼を言って、八王子ストライカーズと別れた。彼らの背中は人の波にのまれてすぐに見えなくなる。ふたり揃って小さく息を吐いた。


「しっかしすごい人だな。旭川の何倍いるんだろ。あっとすみません」

「チッ、邪魔だ」


 ぼけっと立っていたふたりに探索者がぶつかってきた。舌打ちされたのでおとなしくガラス壁側に移動する。都内で育った影勝も慣れないほどの混み具合だ。たまたま空いているベンチがあったので並んで腰かけた。木製で温かみのあるデザインで旭川と違っておしゃれだ。


「はー、疲れちゃうね」


 蠢くような人波を見て、碧は溜息まじりにぼやく。あまりの混雑っぷりに人酔いをしているかもしれない。


「八王子ダンジョンがこんなに混んでるとは思いもしなかった。これじゃダンジョンに入るだけでも大変だ」

「旭川に帰りたいよー」


 ふたりは揃ってため息をつく。先ほどの薬草園への熱意はどこへ行ったのか。碧はポシェットから水筒と紙コップを取り出し温かいお茶を注ぐ。ふたりしてお茶を飲んでほへーっと一息ついた。すでに老夫婦である。


「ギルドに移動の報告はしたほうがいいかな。鹿児島の時も移動したって報告はしたし」

「それもそうだけど、おかあさんに連絡しないと」

「綾部ギルド長にも連絡しないとだなー」

「そっか、そっちもだね」

「まーた怒られるなぁ」

「「はぁー」」


 三度(みたび)ため息だ。

 ダンジョンを通じて旭川から八王子に移動できることはとんでもないことで前代未聞だろう。信じられないと言われてもおかしくないが、八王子ダンジョンから旭川ダンジョンに帰ったら信用してくれるだろうか。ないな。


「影勝くんは泊まれるとこ知ってる?」

「自宅に帰ってもいいけど板橋だからちょっと離れてるんだよなー。八王子ならホテルはいっぱいあるだろうから困らないと思う」

「じゃあとりあえずおかあさんに連絡しよう」


 碧がスマホの電話帳を検索していると、周囲がざわつき始めた。なんだと顔を上げれば、受付のほうから空中を歩いてくるチャラそうな男の姿が見えた。ボタンを全開にしたアロハシャツで細マッチョな肉体を露わにしたチャラそうな金井八王子ギルド長だった。ちなみに足元はビーサンだ。夏満喫モードである。


「めんどくさがりのギルド長が出てきた!?」

「生きてたんだ!」

「え、あの人がギルド長なの?」


 ロビーにいる探索者から上がる声は散々な評判である。

 金井は前髪をかき上げ、体を傾けてだるそうに空中を歩き、ふたりの前にストンと降り立った。皆がよけるので金井の周囲だけぽっかりと空間が開いてしまった。


「ギルド長の前にいるふたり、誰だよ」

「見たことねーな。若いから新人か?」

「ギルド長がなんで新人に? 何かやらかしたのか?」

「顔はかわいいけど、恰好がアレね」


 周囲の探索者の視線は金井とふたりにくぎ付けだ。特に緑まみれの白衣の碧にはいろいろな視線が刺さっている。


「おかしな気配がすると思って慌てて来てみたんだけどよー、いつのまに八王子(こっち)に来てたんだー?」


 あれでも慌てていたらしい。金井は「どっこいしょ」とヤンキー座りになる。影勝と碧は無意識に正座した。


「鹿児島はご苦労様だったな。玄道の旦那が感謝してたぜ、すっげぇ」

「あはは、まぁ、偶然ですかね。お久しぶりです、金井ギルド長。椎名堂の近江です」

「おおおお久しぶりです、椎名堂の椎名碧です」


 ふたりはペコリと頭を下げる。ヤンキー親父に説教される若者の図だ。


「鹿児島!?」

「椎名堂!?」

「はぁ? なんで八王子で?」

「偽物じゃね?」


 椎名堂の名前が出て周囲がざわつき始める。そして無遠慮にスマホのカメラが向けられた。


「おー、知ってる知ってる。でもよー、巴ちゃんからは何の連絡も来てねーけど?」

「その、ちょっと説明しにくい()()がありまして……」

「あー、もしかしたら、ダンジョンが()()()()()()()した?」

「なっ!」


 影勝の反応に金井がにやりと笑う。図星だった。


「ちょっとごめんよ! どいてどいてぇ! ちょっと、どこにいるんだいギルドちょぉぉぉーー!」


 遠くから女性の叫び声が聞こえる。聞き覚えのある声に、影勝と碧は顔を見合わせた。

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