22.なぜか八王子にいる影勝(2)
舞を先頭に亮が続き中央に魔法使いふたり、殿が北崎だ。影勝と碧はその後ろをついていく。周囲の気配を探りながらだがモンスターにエンカウントしない。他に探索者がいるようで、影勝の気配察知に引っかかる。
「君らは若く見えるけど――」
話のきっかけとして各自の年齢から切り出される。亮が二十五歳、舞が二十二歳、野々山が二十三歳、小田切と北崎が二十一歳だ。碧が二十二歳というと小田切がふふんと勝ち誇るように笑い、影勝が十八というと皆に驚かれた。
「十八ってーと探索者になったばっかりじゃねえか! よくふたりで七階まで来れたな。ここに来るには最低でも三級、余裕を持ちたければ二級じゃないとってとこだぞ」
殿の北崎が話しかけてくる。俺たちは実は二級で(特)もついてます、なんて言えない。なんで十八歳で二級なんだとか、絶対に疑われる。
気にはなっているのか小田切がちらっと背後の碧に視線を向けるがフンと鼻を鳴らす。碧は小動物かわいい系で、小田切は孤高の高嶺の花タイプだ。違うタイプなので対抗意識があるのだろう。しらんけど。
「まぁその辺は俺のスキルもあるんで」
影勝はお茶を濁した。言えないものは言えない。
「なるほど。すごい動きをする矢でドラゴンフライをあっさり倒してたしな。ま、探索者同士、細かい詮索はしないさ」
北崎は肩をすくめておどけた。自分たちで新進気鋭の有望若手パーティと言っているので彼らのプライドは高そうだ。影勝も多くは語らず刺激しないようにした。
「でも、弓使いってレアだよね。八王子だとほとんど見かけないよ」
北崎が話したからか、真ん中にいる魔法使いの野々山が割り込んでくる。興味はあるのだろう。
「スキルがあれば戦えるけど、やっぱり威力が弱いからタフなモンスター相手だと厳しい」
「その辺が弓の厳しいとこだね。上級職もないし。うちには盾騎士と魔法戦士がいるから心強いよ」
影勝が控えめに応答すれば、野々山が舞と亮をわかりやすくヨイショする。この辺にパーティの力関係が見て取れる。上級職である代田兄妹の権力が強いので機嫌を損なわないようにしているのだ。気を付けよう。
基本的には草原が続き、時折出てくる牛や馬のモンスターなどは舞と亮が対処した。難なく倒してしまうので自己主張通りの実力はありそうだ。空を飛ぶドラゴンフライは相性が悪かったのだろう。たまにツインクロウや巨大な蝶を見かけるが、すぐに影勝が仕留めた。送ってもらうので魔石はすべて譲る。
「意外と弓も便利だな」
「わたくしの魔法でもできますわ!」
「えー、魔法だって外れるじゃん」
「野々山、あなたうるさいわよ!」
小田切の機嫌がよろしくない。年下彼氏といる碧が気に食わないのだろうか。彼氏彼女と紹介した覚えはないが。
「もしかしたら、東京都薬用植物園にも行けちゃう?」
「碧さん、諦めてなかったんだ」
「せっかく東京に来たんだし! いかないと!」
碧は、葵になんと怒られるかなど頭の片隅にもない。すでに頭は薬用植物園でいっぱいだ。さすが薬草が絡むと子供になってしまう碧だ。影勝はどうやって言い訳しようかと頭が痛い。また綾部に怒られるのだ。
難なくモンスターを倒していくストライカーズについていくふたり。すでにいくつかのゲートをくぐっていた。旭川ダンジョンと違い八王子ダンジョンは各階をつなぐゲートは比較的近くにあるようで、旭川ダンジョンほど歩かないで済んでいる。ゲートを潜るたびに探索者を見かけるようになった。高校の通学路ほどの混雑ぶりで、モンスターが出ても誰かが倒してしまうだろう。
「よーし、一階まで戻ったぞ」
前を歩く北崎が「うーん」と背を伸ばす。ここまで来たらゴールも同然らしい。周囲には探索者の数も増え、通勤で込み合うターミナル駅のようだ。時刻を確認すれば、十六時を過ぎたあたりだった。二時間足らずで戻ってきたことになる。
「あれ、アンテナが立ってる」
スマホで時間を確認した影勝がそれに気が付いた。だがまだダンジョンだ。アンテナが立つはずがない。旭川ダンジョンの場合はギルドがダンジョン内にあることと、探索者用の端末に送るための電波塔を設置しているがスマホ用はない。一〇〇〇人分の情報を処理する設備を設ける予算はないのだ。
「なんだ、知らねえの? 春先くらいにギルドが一階に電波塔を建ててスマホを使えるようにしたんだよ。大けがでもここまで戻れたらギルドに助けを求められるって、評判がいいんだ」
北崎が自慢げに言う。お前がやったわけじゃないだろと突っ込みたいが外様な影勝はおとなしくしている。でも便利だなと感心した。
「ダンジョン内から配信するやつもいるぜ。あそこで騒いでる連中がそうだ」
北崎が親指で示す方向に、スマホを構えたカメラマンと写されている探索者の集団がいた。足首まであるだぼだぼローブを着たり派手な色の鎧姿だったり、「それ邪魔じゃない?」と言われそうなコスプレじみた恰好だ。年齢は若そうで、影勝と近そうだ。大学生かもしれない。
「ダンジョンを探索するんじゃなく、エンジョイするんだとか。まぁ一階なら相当な無茶しなきゃケガもしないけどな」
北崎が吐き捨てる。自分らはまじめに探索していると言いたげだ。「ただ」と続け。
「一階だけだけどリアルタイム配信は受けてるみたいだぜ」
「あー、普通は録画したやつしか流せないし加工乙とか言われちゃうし」
「それな」
北崎の言葉に影勝が反応する。そして同意された。影勝もダンジョン外で撮影したあれやこれやがあるし、鹿児島では火龍の件もある。思いっきり当事者だぞ。
「でもスマホが使えるのは便利だな。検索もできるし」
「もしかしたらおかあさんに連絡できちゃう?」
「その前に綾部さんにも連絡しないと。帰ったらまたお説教だ」
「連絡しなくてもばれそうだけど」
「あー」
などとしゃべっていると、先ほど見かけた配信集団が近くに来ていた。彼らの視線は碧に注がれている。緑まみれではあるが白衣でダンジョンは非常に目立つ。一緒にいるストライカーズには目もくれない。ストライカーズの面々も無視を決め込んでいる。
「ねーねーおねーさん、どこから来たんですかー? その白衣ってなーに?」
金髪でチャラそうなローブ男が話しかけてくる。魔法使いのコスプレか、本物か。
「ああああのええええええっと、あああ旭川?」
「ああああさひかわ? ってそれどこ?」
「あああああの」
「ぷっ」
「どもっちゃって」
ぐいぐいこられ碧がどもってしまう。それを男らは笑っていた。
「俺がかっこいいから緊張しちゃった?」
「いや俺を見てたんだって」
「ざんねーん、僕なんだごめんねー」
カメラに向かってそんなことを叫んでいる。ようは、碧を馬鹿にして遊んでいるのだ。影勝のこめかみにぶっとい青筋が浮かぶ。
碧にかかわることに対して影勝の堪忍袋の緒は短い。とても短い。秒で報復する。
素早くかがんで小石を拾い上げると後ろ手に小さく放り投げる。【誘導】スキルで小石を操り、碧を映しているカメラに直撃させ、【貫通】スキルでもって大破させた。
「カ、カメラが壊れたぁぁ!」
目の前でカメラが大破したことでカメラマン役が騒ぎ始めた。影勝は碧の手をつかむと【影のない男】を発動させた。そしていつものお姫様抱っこをし、コスプレ集団を跳び越す大ジャンプをする。
「あいつらは厄介者どもだな」
影勝はそうつぶやいた。