21.小屋の試験をするふたり(7)
大きさはライオン並みだが、明らかに顔つきは猫だった。足も大きく、ともかくファニーだ。
ネコ科でも虎やヒョウは精悍な顔をしている。模様の補正はあるかもしれないが。
ネコ科は大分類でヒョウ亜科とネコ亜科に分かれる。精悍な狩人は主にヒョウ亜科に属する。ヤマネコやイエネコはネコ亜科である。ちなみにだが、チーターとピューマはネコ亜科だったりする。
そんなかわいい顔の大きなネコたちが打ち上げられた魚に襲い掛かった。
「ウナァァァァ!」
「ニャニャァァァ!」
雄たけびがかわいいのでほっこりしそうだが現場は血の海だ。噛り付いては肉を食いちぎり、爪でひっかいては血をまき散らす。
「こっわ……」
「かわいくないよぅ」
影勝と碧が戦慄していると、遠方で草が激しく揺れ始めた。新手だろうか、何かが迫っている。
「フシャァァァ!」
口を真っ赤に染めた三毛猫が吠えると、近づいていた何かが飛び出した。巨大な白いウサギだ。影勝には見覚えがあった。三階のダンジョン外でラ・ルゥの死骸を食った、あの歯が怖いウサギだ。
「あのウサギまで!」
人くらいの大きさの牙の生えたウサギも参戦してきて六本足の三毛猫の群れと戦い始めた。打ち上げられた大量の魚はご馳走なのだろう。餌の奪い合いだ。
「シャァァァ!」
「ンンナァァァァ!」
ネコとウサギの大乱闘が始まった。凶悪な歯で噛みつき、爪でひっかく。ダンジョン外であればかわいい動物同士が血みどろの戦いをしている。流される赤い血で草原が朱に染まっていき、影勝は身震いした。
「降りたら俺たちも襲われる」
「こ、こわいね」
「一応録画しておこう」
「え、あ、う、うん」
手が自由な碧がスマホを取り出し録画を始める。魚はすでに動いていない。すべてこと切れたようだ。ネコとウサギにも動かなくなっている個体が出てきた。動いている数はウサギが多い。
「ギニャァァァア!」
まだ動けるネコが撤退を始めた。草に隠れるように伏せ、静かになった。ウサギの勝ちらしい。そして勝者たるウサギの食事が始まる。死んだネコやウサギも餌だ。グチャと肉をかみつぶす音とボキゴキャという骨をかみ砕く音が響く。
「うへぇ……」
「影勝くん、離れよう?」
碧の顔が青い。気分も悪くなろうという地獄絵図だ。影勝は湖の上をジョギング程度の速度で走り始めた。なるべく離れたい。できれば安全なダンジョンに戻りたいが完全に方向を見失っている。影勝はいっそ湖の反対まで行くつもりになった。
「ここまでくれば大丈夫か」
遭遇するオニスズメの群れ避けながら、ちょうど湖の反対側と思われる湖畔に降り立つ。周囲に気配はない。ふたり同時に安どの息を吐く。影勝のスキルがあるので襲われることはないとはわかっているが、精神的緊張が続いたのだ。
「ちょっと休憩しよう」
「うん、ちょっとショックだった」
「俺もだ」
気配を感じないとはいえスキルを解除するのはリスキーだ。大きめの岩を見つけ、寄りかかるように胡坐をかき、その膝の中に碧をインしてスキルを発動しながらくっついて休憩をとる。
「腹減ったな」
「昨晩にぎったおにぎりならあるよ」
「食べる食べる」
あの惨劇を見た後でも腹は減る。探索者は肉体も精神もタフでなけば続かない。
碧お手製のおにぎりの具は、ツナマヨに失敗卵焼きだ。 碧はラップでくるまれたおにぎりを影勝に渡す。
「見かけは悪いけど、味は、大丈夫! たぶん……」
不安を隠すために上目遣いを忘れない。ともかく「おいしい」と言ってほしいのだ。
「碧さんが作ったってだけでマーベラスだから問題ない」
影勝はラップをはがしおにぎりにかぶりつく。先ほどのウサギよりも文明的だ。
「少ししょっぱくてうまい! 卵焼きに醤油じゃなくって塩なんだね」
「砂糖を入れるとこもあるんだよ」
「トマトにも砂糖をかけてなかったっけ」
「北海道だと常識です」
「な、なるほど」
文化ギャップである。関東人たる影勝は醤油以外知らない。関西なら出汁巻きだろう。
「あ、あと、おやつにと草餅もあるよ。中にあんこがたっぷりなの!」
「草餅! これも作ったの?」
「おかあさんに手伝ってもらったけどね。ヨモギじゃなくって、ヒール草で作ったの!」
「ヒール草で!? 椎名堂で売るの?」
「そのつもり。ヒール草も多く入手できるようになりそうだし、おやつとかの休憩の時に小さなケガも治せればと思って」
「いいね、おいしいし、売れるよ」
「ふふ、やったー! 」
イチャコラを交えながら二〇分ほど休憩した。そろそろダンジョンに戻らねば。位置を見失っているので時間もかかるだろう。
「そろそろダンジョンに戻ろうか」
「えっと、帰り道ってわかるの?」
「まったくもって」
影勝は碧を背後から抱きしめ、そのまま立ち上がる。
「とりあえず湖を一周すれば見覚えのる景色になるかなって」
「途中で薬草をとっていい?」
「まぁ、大丈夫かな……」
影勝が碧をお姫様抱っこしようと屈んだ瞬間、遠くに火魔法が上がるのを見つけた。破裂したのでファイヤーボールだろうか。湖を背にするのでダンジョンとは逆方向になる。
「あれって、魔法、だよね?」
碧も気が付いて影勝を見上げた。影勝は思考する。あそこにいるのは、どこの誰だ。少なくとも旭川ダンジョンの探索者ではない。しかもここはダンジョン外だ。
ダンジョンで会ったカエルもリドも、人類的生命体の生存には触れていない。滅んでいなければ、とさえ言っていた。ダンジョンには人間と同等な知的生命体は存在しないだろう。存在している可能性はあるが。
そもそもダンジョンとは何であるのか。
「魔法だけど、誰の魔法だ?」
影勝が考えているうちに空に上がる魔法の数が増えていく。パンパンと乾いた音が後から来る。距離は離れているようだ。
「……苦戦してる感じだな」
「ケガ、してるかもしれない」
碧が顔に不安を表す。頭によぎるのは鹿児島の病院での光景だ。
そんな碧の顔を見た影勝の腹は決まった。
「放っておけないな。急ぐよ!」
「うん!」
影勝は碧を抱き上げ走り出した。念のためスキルを発動させ姿を消す。向こうにいる存在が友好的かつ知的とは限らない。
湖畔から離れること一キロほどで武装した日本人四人が、七匹の火を噴く大トンボと戦っていた。炎で焼かれたのか赤い短髪で鎧姿の女性が倒れて苦しんでいる。計五人だ。
片手剣と盾、双剣で武装した男性がふたり、杖を持つ魔法使いらしき男女、転がっているの女性のそばには大きな盾がふたつ。
「えっと、あれ、ドラゴンフライだって。翅が六枚ある、火を噴く巨大なトンボだって!」
碧がタブレットで検索した。遠目で見た感じ人間より一回り大きい。魔法使いが魔法で攻撃しているがドラゴンフライは高速で自由自在に空を移動し、魔法をよけている。
「クソ、動きが読めねえ!」
片手剣士が叫ぶ。ドラゴンフライは襲い来る片手剣を寸前で避ける。あざ笑うかのようにジグザグに空中を飛び回る。双剣の男も斬りかかるがあっさり避けられた。
「バフはかかってる!」
「わかってるよ!」
男の魔法使いの叫びに怒声で返す。女の魔法使いが炎の槍を飛ばすが軽くよけられてしまう。
「ちょこまかちょこまかと! 当たりなさいよ!」
女の口が悪い。そうとう頭にきているようだ。
「ブレスが来る!」
「横に飛んで逃げろ!」
空から炎を吹かれ、急降下で襲ってくるタイミングでしか攻撃できないのでやられたい放題だった。
「こりゃやばい」
影勝が碧を下ろし、素早く弓を構える。警告している猶予はない。問答無用で矢を放った。
【誘導】スキルでミサイルじみた挙動の矢がドラゴンフライを後方から貫く。【貫通】スキルのっているので尾から入り込んだ矢が頭の複眼から飛び出た。ドラゴンフライは光と消えた。