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21.小屋の試験をするふたり(5)

 善が薬が入った袋を投げたのはベリーショートで活発的な女性だ。女性が六人固まっているのでエンジョイ旭川の面子だろう。「やったー」と姦しい。


「いやー、昨日から始まっちゃってさー」


 各務が「困っちゃうよねー」と後頭部をかく。割と重いようだ。女性特有の問題でも探索の予定は崩せない。立てないほど重症ならば別だが。


「かか鹿児島ダンジョンの苔から作ったやつなので、よく、効きますよ」

「まーじー!? 特産ってやつでしょそれー! っぱ椎名堂だわー 他にもなーい? あれば売ってほしーんだけどー」

「えええっと、毒消しとか、傷薬とか、普通の薬しかないですけど」

「椎名堂の普通は普通じゃないから! なに持ってるか見せてー」


 碧はいつのまにか女性陣に囲まれてしまった。「ええええっとぉ」と困惑しながらもポシェットから持ち込んだ薬をポイポイ出している。


「え、なにこれ見たことない、新製品?」

「あああの、これは、その、自分用に試験的に作った、乾燥肌用の塗り薬で――」

「まじ!? 買った! 買うから売って! 売ってお願い!」

「ふぇぇぇ」


 いい感じに詰められていた。が、嬉しそうに薬を手にする女性らを見ている碧の表情は明るい。薬師としての成果だからだ。影勝の胸も暖かくなる。


「まったく……うちの者たちが失礼なことをして申し訳ない」

「あ、いえ、大丈夫ですよ善総長さん。碧さんも嫌がってはないので」

「そうならばよいが」


 善はきゃいきゃいと騒がしい一角を見て苦い顔をしている。碧と離されたまま、なし崩し的に夕食になってしまった。影勝も「ダンジョンだもん、こんなこともあるよなー」と思いつつ受け入れた。碧にフランクかつやさしく話かけてくれる女性たちなので安心したのもある。しゃべることに慣れてくれればと。

 影勝は明王の野郎チームに混ざって持ってきた弁当を食べた。キャンプファイヤーの大きな炎を見ながら食べていると、何となく高校時代を思い出す。今時フォークダンスなどはなかったが、バカ騒ぎをして楽しかった記憶がよみがえる。

 あの頃は、ダンジョンに潜って霊薬を見つけることしか頭になかったな。今もそうだけどさ。

 光が見えた今だからこそ、のんびりそんな感傷に浸れるのだ。


「さて、食後に珈琲でも飲むかな」


 影勝は一度小屋に戻り、リュックに入れておいたアイスコーヒー入りの大きなポットを持ってきた。三リットルはあろうかという巨大さだ。


「む、いい香りである。もしやそれは」

「門前町にある田園って喫茶店で買った珈琲です」

「田畑先輩の店でありますな。若いのによく買えたな」

「巻き込まれというか、まぁいろいろあって知り合いになりまして。ちょっと癖があるんですけどおいしいんですよね。食後の珈琲、どうです?」


 影勝は持ってきた田畑の喫茶店のアイスコーヒーを紙コップに入れ善に差し出す。自分で飲もうと大型のポットで持ってきたが、情報料に使えるかもという皮算用もあった。大成功である。

 情報は探索者にとって財産だ。ギルドで共有されている情報もあるが、探索者が自分で得た知識はよほどでなければ公開しない。知ろうとするならば対価が必要だ。その対価が珈琲ではあるが。


「いただこう」


 善が受けとったアイスコーヒーを口に含む。ふぅ小さく吐息をもらした。


「先輩の珈琲は旨い」

「おいしいですよねー。あ、みなさんもどうです?」

「いただくっす!」

「俺も俺も!」


 田畑の珈琲の売れ行きがいい。ならばもっと繁盛しても良いのではと思うが影勝に経営のことはわからないので心にとどめておく。


「どんなのどんなの?」

「え、これって最新式の小型魔石発電機!?」

「うわー、金かかってそー」


 碧を囲んでいた女性陣の興味は持ち込んだ小屋に移っていた。椎名堂が持ち込んだ小屋ということで興味津々なのだ。男どもの中にも聞き耳を立ててそわそわしている者もいる。


「おー、シャワー室が広い!」

「換気扇がいっぱい!」

「YES枕!?」


 YES枕を見て「きゃー」と黄色い声。そこは見るべきところではないぞ。影勝はそう思いつつ善に声をかける。


「皆さんはどこまで行ってるんです?」

「公式よりは下だなー。下に行くほど魔石も大きくなるしな」

「さすがですね。下の方ってどんなモンスターがいるんです?」

「階によっていろいろだが、一〇階付近は虫が多いな」

「毒持ちも多くて厄介なんだが、魔石もそれなりによくってさ」

「うぇ、虫かぁ……」

「巨大なムカデとかクモとかなー」

「でかいカマキリもいる。こいつが一番やばい」


 影勝の背中にはゾゾゾと鳥肌が。毒と聞いたのでこっそり善に万能毒消しを握らせた。他の探索者を出し抜く必要のない影勝らだからこそだが。

 モンスターは遠くから仕留める、うんそれがいい。影勝は強く決意した。

 食後は解散となり、それぞれが小屋に入っていった。影勝と碧は望み通りイチャコラして夜を明かす。音が漏れないように影勝のスキルを使う配慮も忘れない。ダンジョンはホテルじゃないぞ。

 よく寝た翌朝。少し寝坊したふたりは、外に出たがすでに狩りに行ってしまった明王の姿はなかった。


「八時に起きちゃまずかったか」


 気を抜きすぎである。反省しなさい。

 気を取り直しつつパッと朝食をとる。出来合いなので温めるだけだ。


「昨日、善総長から聞いたんだけど、下は虫系のモンスターが出るらしい」

「うぇー、虫はやだなぁ……」

「だから、今日は七階の探索にしたいと思いまーす」

「先生、賛成です」


 翌日、階下は無視とかが出るらしいので七階の探索とした。碧もゲンナリしているので。敢えて聞かなかったがGのモンスターも出るかもしれないし。


「おじいちゃんもおばあちゃんも、すごいなぁ」


 碧はぽつりとつぶやいた。祖父母のすごさを肌で感じていた。

 影勝は弓と矢筒を、碧はいつもの緑まみれの白衣とぬんちゃくを手に、小屋を出る。古墳型の小屋は碧のポシェットにインだ。


「とりあえず湖畔をぐるっと回ろうかと思う。視界もいいからモンスターにも気が付きやすいし」

「薬草もあるかもしれないしね!」


 ふたりは湖に近づきすぎない距離で湖畔を歩き始めた。湖に向かって時計回りにした。特に意味はないがゲートから離れる方向だ。


「あ、ヒール草だ!」

「ラスト草もあるな」


 役に立つ植物を見つけては採取していくふたり。花冠はここまでは来ないのか、薬草類はそこら中にあるのでなかなか進まない。そんなふたりの背後で、ザバっと水の音が響く。音に気が付いた影勝が見たのは、巨大なサンショウウオだった。


「でかいな。なんか見たことある姿なんだけど」

「えっと、ギガントサンショウウオだって!」


  ギガントサンショウウオ。しっぽの先までの体長は一〇メートルを超える。ダンジョン内の水辺に生息するモンスターで当然ながら肉食だ。攻撃は噛みつきと体当たりだけだが巨体なだけありタフで、また再生能力も高くなかなか死なない。

 そんなギガントサンショウウオが黒くぬめったからをくねらせ、大きな口をガバリと開けて歩いてくる。ふたりは素早く後退し距離をとった。


「サンショウウオか。育ちすぎだろ!」


 影勝は悪態をつきつつも矢をつがえた。もちろん毒を塗るのは忘れない。でかいモンスターにはまず毒である。

 影勝は躊躇なく矢を放つ。ダンジョンモンスターに遠慮は無用。

 放たれた矢はギガントサンショウウオを頭上から突き刺した。矢羽根まで埋まった矢には毒がたっぷり。今まで採取した毒をいろいろ混ぜて【猛】という言葉までついたで、混ぜるな危険、を実行したブツだ。


「これなら効くだろって、効いてない!?」


 矢を受けた一瞬だけは動きが止まったが何もなかったかのように口を開けて突進してくる。


「間違いなく脳まで達したはず。もしかして毒が効かない?」


 影勝の背に冷たいものが流れた。

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