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21.小屋の試験をするふたり(4)

 ときおり森から飛び出してくる牙イノシシに、碧の操るぬんちゃくが火を噴いたり(初めて見た影勝はびっくり)、弓を構える時間もなかった影勝が手に持つ矢をそのまま突き刺したり(あまりの暴挙で碧のお説教付き)しながらも緊張感に欠けたふたりは二階へのゲートにたどり着く。

 二階からは時間節約のために影勝の【影のない男】+【空中歩行】でショートカットしていく。ずると言われても仕方がない。ご安全が最優先だ。

 空を歩いている最中に地上にモンスターを見かけるがすべて無視した。だが薬草類は別だ。ヒール草を見つければ採取しに行くし、行けば近くに他の薬草や木の実を見つける。ずるずると沼にはまる感じで時間が過ぎていき、七階へのゲートをくぐったのはもう夕刻近くだった。


「やっと着いたー」

「もう空も茜色だ」

 

 たどり着いた七階は、オレンジに染まる空間だった。周囲に樹木はない。膝くらいまで伸びた草原と、少し離れた場所に広がる湖があるフロアだ。湖にはさざ波が押し寄せており、夕日を反射してキラキラ輝いている。

 七階は半分が草原、半分が湖な変則的なフロアにだ。八階へのゲートは二〇〇メートルほど離れているだけなので視認できる。

 湖の途中には不可視の壁がありダンジョンはそこまでとなっていた。過去に船で向こう岸に行こうとした探索者もいたが、湖のモンスターに襲われて不可視の壁までもたどり着けなかったと記録されている。


「きれーい!」

「おー、湖ってくらいでかそうだ」


 影勝と碧はその景色にほけーっと見とれていたが、湖畔あたりで数軒の小屋があり、人が動いていることに気が付いた。先客がいるようだ。小屋は円柱型のとんがり帽子屋根で、その屋根はメルヘンチックな色で塗られ、湖畔の景色と合わせるとまるで絵本のようだった。

 一〇人ほどがワイワイしながら外で何かの準備をしている。時間的に察するに、夕食だろうか。


「近くで先輩探索者の様子が見れるのはラッキーかもしれない」

「お土産もって情報交換したいね!」

「そうと決まれば挨拶からだ」


 影勝と碧はゆっくり歩いていく。ふたりの存在に、そこにいる探索者はすでに気がついていたようで、顔を向けてきた。スキンヘッドのゴリマッチョの男、狩猟クラン明王の総長、(ぜん)明人(あきと)だった。今は鎧を外しタンクトップなので岩のような筋肉がもろ見えだ。


「む。知らぬ気配と思えば、噂のエルフ殿と女神殿か?」

「ほんとだ。新人なのにここまで来ちゃうの?」

「エルフと女神なら不思議じゃないのかも?」


 にわかに彼らが困惑し始めた。ふたりで七階に来ていることとそれの片割れが新人ということと相方が薬草の女神という組み合わせにだろう。新人の弓使いと薬師という非戦闘職。YOUはどうやってここまで?と思われて当然だ。


「お邪魔します、近江といいます」

「おおおじゃまします、椎名堂の椎名碧です」

「初めて七階にきて不慣れなのでいろいろ教えていただけると助かります」

「よよよろしくおねがいしましゅ」


 影勝と碧は名乗るが、碧はまだ影勝以外にはどもってしまう。影勝にくっついてあちこち行って多くの人と会話する機会も増えたので、時間が解決するだろう。

 休憩場には小屋が四つあった。ふたりがあいさつをすればゾロゾロ集まってくる。皆二十代に見え、二人よりも年上と推測された。


「某はクラン明王の総長をしている善明人であります。ここにいるのは皆クラン員であります」


 ゴリマッチョの善が筋肉をきしませながら頭を下げた。近くにいるクラン員も軽い感じで手を挙げていた。


「ちーっす」

「よろしくねー」

「若いっていいなぁ」


 メンバーは善とは違い、かなりフランクだ。髪型もロン毛だったり高校球児さながらの丸坊主だったりピンク色のツインドリルだったりと様々だ。校則が面倒だった影勝からするとフリーダムすぎだった。


「某を含むこの五人が『軍荼利(ぐんだり)』、そこの女性六人が『エンジョイ旭川』、そっちの五人が『燃える大雪山』というパーティであります」

「ふたりきりなんていいわねぇ。お姉さんはいろいろ聞きたいなぁ」

「おいっすー」


 善が丁寧に紹介すると各リーダが続く。軽いメンバーに対して善が敬語なのは彼の矜持なのか癖なのか。碧は何となく親近感を感じて緊張もほぐれる。


「ク、クラン明王の方ですよね。いつもお買い上げありがとうございます」

「こちらこそ、椎名堂の薬には助けていただいている。礼を言いたいのはこちらであります」

「いいいえいえ、母も助かっていると」


 小動物系の碧とゴリマッチョな善がありがとう合戦を繰り広げている。なかなかの勝負だ。


「えっと、俺たちの小屋って、どこに置けば邪魔にならないですかね」

 

 影勝は、お礼合戦をしている碧と善に割って入った。碧がほかの男と話しているのを許せなくなっていた。ケツの穴が小さい男は嫌われるぞ。


「うむ、野営場所は早い者勝ちとはいえ誰のものでもない。湖畔からは離すことが多いであります」

「ってことは……あの空いてるあたりでいいですかね」


 影勝は彼らの小屋から少し離れた場所を指さす。湖畔からは二〇メートル以上離れているので湖からモンスターが飛び出して来ることもないだろう。有名ではあるが知らない探索者に近すぎるのはよくないだろうという考えもある。お互いに。


「じゃあここにだすね」


 碧が肩掛けポシェットから小屋を出すとどどどんと地面が揺れる。地面が多少凹んだが問題はないはずだ。善らも驚いた様子はない。普通のことなのだろう。

 碧が出した丸い小屋だったがシャワー室とトイレの増設で前方後円墳チックな平面になっていた。屋根上には大きめのフールトップファンが据え付けられ、かなりの量の空気を吐き出す設計になっている。ちょっとゴツイので絵本にはならなさそうだ。


「古墳か?」

「こりゃまた立派な小屋だな」

「あれ、ちょっとかわいいかも?」

「ふたりで使うには大きくない?」


 明王の面々の感想は様々だ。まずは確認と影勝と碧は小屋に入る。入り口には下駄箱があり靴はそこにしまう。部屋の中央は変わらず大きなベッドが占領している。違うのはシャワー室とトイレの扉の増設と、壁の下部に多くのスリットが設置され、給気口になっている点だ。また頭上にはロフト的な空間が設けられ、そこに小型魔石発電機が設置されていた。これで電気もばっちりだと、碧は満足げだ。

 影勝は荷物であるリュックと弓などを小屋に置き、碧はポシェットから手土産用の椎名堂の薬を取り出した。痛み止めと熱さましで、主に頭痛や腹痛に効くものだ。

 ダンジョン内で軽い体調不良のなっても横になって休むことは難しい。このような休憩場であればよいが鬱蒼とした森の中だったら小屋も出せない。探索者には助かる薬だ。


「今日は人も多くて安全だろうから外で食事の準備をしよう。で、準備しつつ情報を聞こうか」


 ふたりは表に出た。外では明王の面々がキャンプファイヤーよろしく大きな焚火を囲むように椅子を並べている。各人弁当やパンなど、食べたいものを持ち込んでいるようだ。キャンプファイヤに近づけている者もおり、調理というよりは温めのための炎らしい。

 モンスターの襲撃に備え、武器は傍らに置いてある。影勝も弓と矢を手に持っている。


「あのーお邪魔してもいいですか?」

「うむ、袖振り合うも他生のという。ふたりぶんのスペースを作ってくれ」

「あいよー」

「りょうかいっと」


 影勝のお願いに善が支持を出す。ごそごそと間隔を詰めるなりでふたりが並ぶ空間ができた。影勝と碧は急いで小屋に戻り椅子を持ってくる。


「ありがとうございます」

「あああの、これ、うちの薬です。よよよかったら、どうぞ」


 碧が善に薬が入った紙袋を渡す。袋には「痛み止め」「熱さまし」と書かれている。


「椎名堂の痛み止めじゃん! いーなー、ほしーなー」

「……各務が持っているといいである」

「やった! さっすが総長、わかってるー」


 善は薬の紙袋を各務と呼ばれた女性に投げた。

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