21.小屋の試験をするふたり(3)
ちょうどその頃、旭川のアマテラス製薬では臨時の取締役会が開催されていた。副社長の天原含めて六人が円卓を囲んでいる。どこかの王様の話から「円卓会議」と呼ばれる経営会議だ。今回の議題は時貞がやらかしたダンジョン大麻についてだ。
「先だって連絡した件だ。当社関連会社勤務の、事件の首班と目される男性が死亡した」
本社の会議室にいる取締役五人を見渡しながら、社長である天原の父が固い声を発した。一瞬だけざわっとするもすぐに静寂に包まれる。
「内密に動きましたのでこの件は表沙汰にはなっていません。現在は、ですが」
副社長の天原が続けると、張り詰めていた空気がホッと緩んだ。麻薬がらみの事件となれば取締役の誰かの首が飛ぶかもしれず、それが自分かもしれなかったからだ。
影勝が密告し天原親子と田畑が秘密裏に動いたために大麻入り餃子は表に出ていない。情報はマスコミにも流れていないようでSNSでも話題になっていなかった。代わりに、今まで病みつきになるほどだった餃子の味が落ちたという噂が流れている。
「……ではどうする? 逮捕者が出た以上、食品で何があったかははっきりさせねばならんだろ? 対外的に発表もしないとマズいだろ」
取締役のひとりが挙手して話す。細身で鷹のような目をした専務だ。その鷹のような目でアマテラス製薬の総務すべてを取り仕切っている。
「時貞氏に責任をかぶせます。死人に口なしですね。反社組織が動いたようですので、我々は被害者ポジションを訴えます」
天原が冷静に答える。この件を持ち込んだのは天原であり田畑を潜り込ませたのも彼だ。一番知っているし、最後まで面倒を見る義務もある。
「確かに、横領されたのは関連会社だしな。ただ、それが通るか?」
「法務経験者としては、まぁ厳しいかなとは思う。解雇ぜずに転籍させた過去もある。責を問う声も上がるだろうな」
円卓の重役が声を上げ始める。その顔には苦みが見てとれた。副社長である天原はそんな彼らの顔に視線を巡らせ口を開く。
「横領も複数年に及んで実害がありますからね。対外的には製造ラインで異物混入した際に大麻の混入に気が付き、調査していたら横領に気が付いた、というカバーストーリーです」
「見え見えだと思うが」
「こちらにはまだ打つ手があるのだという匂わせです。今回は旭川ギルドも巻き込んでますから、やばい手も取れますので」ダンジョン大麻が使用されたことは公表します。監督責任を問う声が上がるでしょうが、隠ぺいがうまかったとするしかないなと」
「苦しいな」
「苦しいですが、押し通します。それは僕がやります」
天原は言い切った。
会社に万能毒消しと妖精の秘薬という名の椎名堂の技術を取り込んだのだ。それに伴って海外の製薬大手との提携の話も出できていた。経営の盤石さは増しただろう。二代目としての自分の役目は十分果たせたと考えている。
「二代目で若造の僕が出ることでマスコミはいい標的にするでしょう。時間稼ぎには適任ですよ」
天原は薄く笑った。あえて火中の栗を拾う姿勢を見せることで役員どもを黙らせる狙いもある。
隠密である田畑、そして怒れる椎名堂の助力も得られそうだとの皮算用もあった。
確実な勝ち筋があるわけではないが、その時はその時だ。自分の首が飛べば満足するだろう。
「ダンジョン大麻が使われたことで探索者には厳しい目で向けられてしまうでしょうが釘を刺す意味もあります。また、今回は特異なスキルを持つ探索者からの情報と協力を得たことで事件に気が付き解決した経緯もあります。このあたりはどこまで出せるかはギルドと話をしなければなりませんがね」
「にしても、その前に社内の洗い出しが必要だな。燻りだすことはできんか」
「内部調査中としか。慎重に進めています。食品にまだ反社とつながりがあるものがいないとも限りませんので。勿論製薬やグループ会社内にもですね」
天原があえて匂わす。もしかしたらここにいる者がそうだという可能性はあるのだ。踏み込む情報は与えられない。
「社内にはきょう付で通達を出します。報道関係に対して安易に受け答えしないようにですね。別ルートで適宜情報を流してコントロールはしますけど」
「厚労省にも行く必要があるか? 食品会社の不祥事とくれば厳しい目が向くだろう」
「ダメコンを間違えるとこっちにも火が飛ぶぞ」
「それについては案があります」
役員からの意見に、天原は涼しい顔で答える。予想されたものだ。
「取引先関係をリスト化して警察に渡しています。再発防止と捜査には全面協力しているアピールをします。被害者、と言っても多くはないでしょうが、麻薬中毒に有効な毒消しを配布するのもいいかもしれません。イメージ向上と技術力を見せることにもなりますし、先般椎名堂から購入したものもありますので」
「さしあたってはそれくらいしかできんか」
「再発防止案はよろしくお願いします」
「教科書通りの対応しかできんがな」
会議の結論が出た。おおよそ天原の想定通りに進んだことで、内心ほっとした天原であった。後日発表された際も、ワイドショーはネタにしたが覚悟が決まっている天原の敵ではなく、涼しい顔で対応しているうちに注目は他の事件にとってかわられた。
七月に入り北海道も夏を迎えた。北海道の中心よりもやや北にある旭川は、それでも最高気温は二十五℃前後で済んでいる。寝やすくて非常に快適だと影勝も大満足な日々だ。
「そろそろ頃合いだと思う」
「小屋の改造と必要なものも揃ったしね」
ようやくだが小屋が改造も終わった。改造自体は麗奈がいたときに終わっていたのだが追加で必要になったものの入手に手間取っていた。主に小型魔石発電機だ。高いうえに物がなかった。
「まずは小手調べで七階から慣らしていこう」
以前儀一から教えてもらっていた七階を目指すことにした。
七階アタックの当日早朝、影勝と碧はさわやかな朝日を浴びながら門前町をギルドに向かっていた。
「そいういえば、あの大麻入り餃子、話題にならなくなったね」
「芸能人のダブル不倫だっけ、そっちに行っちゃったみたいだな」
「ふーん、その程度の認識なんだね。大麻なんて大問題なんだけどなー」
「まーねー。でも、普通の人には遠い話だしさ。俺だってこんなことがなけりゃ気にもしなかったと思うよ」
「そんなもんかなぁ……」
「それよりもさっさと行こう。早くいけば早くついてそれだけ七階での時間が取れるからさ」
ちょっとご機嫌斜めの碧を影勝はあやしつつゲートをくぐりギルドへ。まだ六時前なので閑散としており、カウンターにも当直で眠そうな工藤しかいない。普段は日勤なはずの工藤が夜勤をしているので、何らかの罰だろう。勤務中におやつの食べ過ぎで眠くなっての居眠りとか、そんなところだ。
「おやー、わが旭川が誇る(特)」のおふたりだー」
工藤は半分閉じた目でふたりを見る。意識の半分は夢の中だろうか。それでいいのかベテラン受付嬢。
「ちょっと七階に行ってきますね」
「ふ、ふつかくらい帰ってこないです」
「そっかー、気を付けてねー」
今にも寝てしまいそうな工藤に見送られ、ふたりはギルドを出た。ギルドわきにはヒール草の栽培畑があり、薬草と雑草が押し合いへし合いバトルをしていた。もはや手狭で、森の開拓が早々に求められてるのが現状だ。
「来週からだっけ、一階の大開拓がはじまるの」
「そうだね。おかあさんも楽しみにしてた。これでヒール草に苦労しなくなるって」
ヒール草畑を横目に眺めながらふたりはギルドの敷地の門を出た。この時間だとトロッコ電車も運行していないので徒歩でゲートに向かうのだ。ふたりのほかに探索者の影はなく、草原に敷かれたレール沿いをのんびり歩いていく。