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21.小屋の試験をするふたり(2)

「やったー! ヒール草の栽培は大成功ー!」

「飯島、やりまとげましたわね!」

「イエスマム! やりましたー!」


 雑草と場所取り争い(生存戦争)をするまでに生い茂るヒール草を前に、クラン花冠の冠と飯島がぴょんぴょん跳ねている。これでも毎日間引きしギルドに納入しているのだ。栽培試験は大成功と言えた。ギルドに提出したレポートも高く評価され、ここ旭川ダンジョンの一階の大開拓も決定された。

 そのための自衛隊工作部隊も増員され、また開墾のために力持ちの探索者も集められる予定で、門前町は宿泊施設が足りない事態に陥っていた。なので、ギルド敷地内に急遽仮設アパートが設けられ、それは偶々旭川にいる高田製作所に丸投げされた。綾部もここぞとばかりに予算を投入している。


「リニちゃんの娘と孫も順調です!」


 リニ草の畑では、一株だったリニ草から娘|(飯島曰く)が増え、そして孫世代|(飯島曰く)も増えていた。もう二桁の株がある。これはギルドから災害計画の依頼を受けた花冠の資産でもあり、ギルドに売却が決まっている。ギルドから先は、もちろん椎名堂だ。今もって椎名堂しかリニ草を扱えないのだから仕方ない。

 碧が薬師に講習しても、そもそもの彼らのレベルが不足しているので調薬できないのだ。


「あとはダンジョンドロップの肉でも行けるかどうかですわね」


 マザーリニ草を見つめる冠は思案顔だ。そう、栽培当初は火龍()の肉を使えたが今後を見据えると旭川ダンジョンでゲットできる肉に変えなければならない。最初が肝心なので火龍の肉を使っただけだ。永続的に栽培をするならば、できれば低級の探索者でもゲットできる肉のほうが良い。


「んー、いけそうな気がしなくもないとはそこはかとなく思うんですけどー」

「飯島、どっちなのかはっきりおっしゃい」

「六割いける、かも」

「……半分以上と考えれば、それでも十分かもしれませんわね」

「そーですよー。ヒール草だって今までは無理だったのにリニ草もですよー。私たちノーベル賞もらっちゃいますよー」


 冠と飯島はスマホのカメラでリニ草の栽培状況を定点観察していた。毎日撮影しているので育成具合の良いサンプルになっている。ノーベル賞は無理だろうが何らかの表彰はあってしかるべき快挙ではあった。


 東風ら幌内レッズはというと、新しい武器でどんどん進み、今は七階まで進出していた。新人では最速記録だ。が、そこから先はダンジョン内宿泊が最低条件になってくるのでそこで足踏みをしている。まだまだ資金が足りないのだ。

 新進気鋭の超新人として色々なクランに誘われているが自分らの武器が特殊すぎるのでは全て断っている。新しいクランを立ち上げるとか、そのうち椎名堂が吸収するのでは、という噂も出ていた。

 そんな活況の旭川ギルドでは、田畑が綾部を訪ねていた。珈琲豆を届けにきた体なのでわかりやすいバーテンの恰好だ。


「なに!? 平岡らが殺されただと!?」


 旭川ギルド長室にいた綾部が叫んだ。だいぶ暖かくなってきたがもこもこマフラーは手放せないでいる。田畑が持ち込んだ防衛省からの()()にそう書かれていたのだ。


「犯罪探索者用の留置所に入れておいたけど、早朝の巡回で死んでるのが発見されたってよ」


 田畑は口を歪めつつ肩をすくめた。気に入らないのを隠そうともしない。


「田畑さん、全員か?」

「時貞ってやつ含めて全員だな。防犯カメラにも映ってない、警護してた探知系探索者も気が付かなかったらしいぜ。防衛省内部に裏切り者がいるか、俺より優れた隠密系かもしれねえ」

「……裏切者だろうな。どうせそいつも処分されてるんだろ?」

「まぁ、俺が敵なら消すわな」

「供述はとれたのか?」

「黙秘を貫いてたぜ。時貞(デブ)は知らねーけど、ありゃー、恩義でやってる感じだな」

「恩義か……善悪を超えた一番厄介なものだ。尻尾はつかめず、か」


 綾部はやるかたない顔になった。だが田畑は冷めた顔だ。


「探索者は人間だ。本質は怠惰だし、楽なほうへ逃げるもんだ。新人時代はまじめな人間だって何かのきかっけで闇落ちするのさ。そんな奴らは腐るほど見てきたぜ」

「否定したくともするだけの事実がないな」

「人間がダンジョンに潜るのを諦めたら解決するぜ」

「今更それはできん。もはや魔石発電なしでは社会が維持できん」


 一〇〇年を超えて存在するダンジョンからの恵みに甘やかされた人類は後戻りはできないのだ。化石燃料に左右されない状況は輸入大国日本にとって好都合なのだ。


「……ダンジョン内での大麻栽培は続くとみていいのか」

「買い手は世界中どこにでもいるからな。悪いことに、ノウハウがほかのダンジョンにも行くかもしれねえぞ。八王子なんてここと似てるからな」

「金井のところか。あいつはあぁ見えても犯罪を嫌悪しているから、まぁ目を光らせているとは思うが抜け道はあるだろう」

「悪意に限度はないからな」


 田畑の言葉に綾部はため息をつくしかなかった。

 碧が麗奈に小屋の改造を依頼してから二週間くらい経過したころ、完成したと連絡が入る。と同時に鹿児島への帰還も決まった。リニ草の栽培も軌道に乗りつつある。高田製作所の本拠地は鹿児島であり、いつまでも旭川にいられないのだ。


「さみしくなっちゃうよぅ」

「旭川ではのんびりできた。またくる」


 旭川空港で別れを惜しむ碧と麗奈。そのふたりを見守るようにクラン花冠の面々が群れている。全員がここにいた。

 麗奈はなんやかんやでクラン花冠の名誉顧問になっていた。麗奈はその花冠に向く。


「世話になった」

「お名残り惜しゅうございます」

「うぅ、残念ですぅ」

「花冠は友達。鹿児島にはいつでもきて。歓迎する」

「はい必ず! ありがとうございます!」


 外聞もなくむせび泣く花冠の女性たち。彼女らにはリニ草とヒール草という巨大な収入源ができた。鹿児島にはいつでも行けるだろう。

 真っ赤な髪に真っ赤なつなぎの麗奈を中心に青い髪と青いつなぎの冠と女性の集団。広くはない旭川空港ではかなり目立つ。一目で探索者とわかるのだろうが視線は色々だが探索者が作り出す経済研は馬鹿にできないので苦情は出ていないようだ。

 芳樹と影勝は目立たないように離れた場所にいる。こちらはモブなので。


「近江君と椎名堂さんにはお世話になったね。付与の仕事もたくさんもらえて、久しぶりで嬉しかったよ」

「いえいえ、こっちも助かりました。追加で同じだけ頼んじゃってすみません。矢筒も助かります。これで戦闘中に矢を取りやすくなりました」

「霊薬を探す助けになれば、こちらとしても鼻高々だよ。あの矢は自分が付与したんだぜって自慢できるし。もしかしたらギルド職員を辞めて付与で生活できちゃうかもね」

「あはは、絶対に役に立ちます。そのうち毒が利かないモンスターも出てくるはずなので」


 影勝はそうにらんでいる。今は動物系ばかりだが森なのだから虫系も出てくるのだ。碧の祖母である真白の日記にも虫系のモンスターの記述があった。蜘蛛、蟷螂、百足、蟻、セミなんかのモンスターにも襲われたらしい。奴らには火が利く。また、神経を壊す電撃も有効だ。

 虫のような小さな体にも神経はある。ダンジョンの虫型モンスターは大きいので、その神経に与えるダメージは大きい。相手が多数なら行動不能にするだけでも価値がある。一本一万円など安いものだ。

 搭乗開始の案内が響き、お別れの時間が来た。


「きっとまた」


 名残惜しそうな麗奈だったが皆に笑顔を向けた。友達たくさんという大きな土産を持って、高田兄妹は鹿児島に帰っていった。


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