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21.小屋の試験をするふたり(1)

 平岡らの捕縛で影勝の試験は中断された。その平岡らはラ・ルゥの羽で浮かされた状態で縄で連結され、田畑の隠密スキルで隠されながら一階の駅に運ばれた。田畑のスキルは他者にも影響を及ぼせる優れものらしい。

 そこで待ち受けていた自衛隊とギルド職員によってダンジョン外までしょっ引かれ、警察に護送された。もちろん腕利きの元探索者が護衛についてだ。

 麻痺のままドナドナされていく様を見て、影勝は「犯罪はダメだ」と心に刻んだ。麻薬はもちろんだが余罪が多いだろうと予想されるうえに現役探索者なので即日死刑になる可能性が高い。というか、見せしめの意味も含めて確実だろう。「陽の目を見ることもなかろう」と綾部もそう匂わせていた。


「さて、捕縛は終えたが、君らはこれから私の詰問に答えてもらおうか」


 綾部の会心の笑みが影勝を襲う。初めて見たはずだが背筋には言いようのない悪寒が走る。イングヴァルも心なしか泣きそうな顔をしているようだ。生前は幾度もエルヴィーラに絞られたのだろう。自業自得ともいえるが。

 影勝は碧ともどもギルド長室にお呼ばれされお説教だ。碧にとっては巻き込まれだが影勝のお手柄でもあるので喜んでいいのやら複雑である。

 影勝と碧を前に、首にマフラーを巻いた綾部は薙刀を手放さない。さながら鬼を前にした鍾馗のようである。


「近江君、不用意にとんでもないものを出されると困るぞ。よりによってダンジョンには()()()はずのラ・ルゥの羽など……」


 綾部の額には青筋が浮かび上がる。薙刀に人差し指をトントンさせ、大変にお冠だ。

 なぜここまでお怒りなのかというと、一連の捕り物を見てしまった探索者がギルドで工藤にしゃべってしまったのだ。工藤に知られればどうなるか。当然、話はばぁーっと広まってしまった。工藤も同罪なので漬物石を持ったまま空気椅子で受付業務の刑に服している。笑顔を絶やさないことも条件だ。


「森のエルフがダンジョンで見知らぬものを拾ったらしい」

「ふわふわ浮かぶ箒だって聞いたけど?」

「ギルド長もいたから、新しいアイテムの試験とか?」

「魔女が実装になるとは胸アツ」

「あたし魔女になりたーい!」


 夕方で混んできた旭川ギルドではこんな話が探索者の間でされていた。SNSで拡散されるのも時間の問題だろう。ギルドとしては「影勝の特殊スキルだ」とごまかすつもりらしい。影勝は確かに空中に立つことはできる。できるが、ひどい。罰だろうか。 

 だが影勝は違った。


「これってすごく便利ですよね!」

「開き直るな」

「あいたッ」


 影勝は綾部の薙刀の石突で小突かれた。ゴツンといい音がしたので容赦がない。

 いろいろ巻き込まれすぎていて意趣返しがしたかったのだが、もう少しよく考えるべきではあった。若気の至りだ。


「やってしまったことはしょうがない。そもそも殿下を内封していてまともな行いをすると考えてはいけなかったのかもしれん。近江君、もうないよな? 隠してないよな?」

「さすがにもうないですよ」

「本当にか? 信じてよいか?」

「もちろんですよ」


 二度も言われたので、リュックにはあと数本のラ・ルゥの羽があるのは黙っておく。何気に碧が欲しがっていた。ほとぼりが冷めたら一緒に空を飛ぼう。空でデートだやっほう。


「うむ、今日のところは君を信じよう」

「ありがとうございます」


 胡乱な目で綾部が見てくるが影勝は愛想笑いで応えた。若者は、こうして大ずるい人になっていくのだ。

 その日は解放してもらえたのでふたりは二階に戻った。ダンジョンに戻るというのもおかしいが、そうなのだ。だってお泊りはしたい。誰にも邪魔されないし。

 二階に戻った時点ですでに夕刻だった。元の場所近くに小屋を出し、中に入る。モンスターは主に視覚、聴覚、臭覚で人間を捉え襲い掛かる。小屋の中にいればモンスターに襲われる可能性はだいぶ減る。夜間に徘徊するモンスターもいるがもっと深い階にいるので、二階には存在しない。好都合である。

 影勝は中央に鎮座するベッドに腰掛け、ぐるりと内部を見回す。購入した時よりも物が増えていてごチャットしていた。


「今日は使い勝手を調べるのが目的だから、いろいろ試そう」

「思ってたのと違うってこともあるしね!」

「スリッパはなれないけどビジネスホテルと思えばいいか」

「旅館みたいでいいかも!」


 碧のテンションが高めだ。旅行と勘違いしている感もある。何度も言うがここはダンジョンで危険地帯だ。

 小屋の中は土禁であるのでスリッパに履き替えている。日本人なので。海外だと土足だろうがここは日本だ。


「食事を用意してー、シャワーを浴びてー、トイレも使ってー」

「タンクに水を入れは俺がやるから」

「じゃぁわたしは食事の用意をするね。お茶も飲みたいからまずはお湯を沸かそうかな」


 碧はカセットコンロを取り出し影勝は水が入ったタンクを担いでロフト部分にある水槽に入れていく。作業を分担だ。睡眠をしっかりとる必要があるために、時間はあるようでないのだ。イチャコラしたうえでの睡眠時間の確保なのは言うまでもない。


「シャワーの湿気が結構入り込んでくるな。蒸し暑い」

「お鍋でご飯を炊いたら蒸気がこもるよー」

「珈琲の匂いが抜けない」

「臭いが気になってトイレに行けないよぅ……」


 普段通りの生活を試みたふたりは「思ってたんと違う」に困惑ばかりだ。ダンジョンの中だということは頭からすっぽり抜けてしまっているのは若いふたりなので仕方ないと言え。

 換気扇がなく自然循環に頼っているので匂いが抜けないことの影響が大きい。家ならば換気扇は建築基準法で定められているので常設されているが小屋はテント扱いなので設置義務などないのだ。


「改良が必要だね!」


 ベッドの上でYES枕を抱きしめた碧が力説した。健全な生活のためにも過ごしやすい環境にすべきだ。健全なる生活にしか健全なる人生はおくれない。どっかの小説で見た気がする。

 いろいろ我慢はしたがやることはやって、試験は終えた。朝を迎えたふたりはそそくさとダンジョンを後にした。探索者を吐き出すトロッコ電車で乗り、一路ギルドへ。


「麗奈さんお願いがあるの!」


 そのまま朝一で臨時高田製作所の麗奈に突撃した。麗奈は材料となる鉄などを積み上げ、芳樹は食パンを片手に仕事のメールチェックをしていた。


「碧、おはよう。お願いとは?」

「小屋の改良をお願いしたいの!」

「わかった。どんな風に?」


 カクカクシカジカと身振り手振りで不満を訴えつつ「こうしたい」「ではこうしたら?」と姦しい女子ふたり。そんなふたりをしり目に影勝は芳樹に話しかける。


「あの、芳樹さんって確か付与師でしたよね。矢に付与ってできます? 手ごわいモンスターだと普通の矢じゃ全く歯が立たなくって。でも()()は簡単に使えないし」


 あれとは火龍の鱗を使ったあれである。大爆発を伴うマップ兵器などそう簡単に使えない。


「もちろんできるけど、もうそこまでのモンスターを相手にしてるのか。流石だな。付与も色々あるけど、何がいいだろうか。眠りとかもあるよ。毒とか麻痺ももあるけど近江君には不要だろうし」

「そうっすねぇ、毒草とかは常備してるんで。あと、スキルでモンスターの体内に矢をぶち込めるんで火とか電撃とかがいいかなーって。鉄の矢に付与してもらいたいんですけど」

「爆裂と放電なら一本あたり一万円になるけど、まぁ近江君なら大丈夫か」

「各一〇〇本お願いしてもいいっすか? 本当はもっとお願いしたいけど俺のリュックだと他に入らなくなっちゃうんで」

「近江君はお金に困ってないんだから装備は整えた方がいいよ? 知り合いの錬金術師に矢筒型のマジックバッグを頼もうか? 腕がそこそこだからそこそこの容量になっちゃうけど」

「できればそれもお願いします!」


 こっちはこっちでお仕事の話だ。

 結局、小屋の各所に排気用の換気扇を追加、それを動かすための小型魔石発電機と配線工事、給気用の換気口、シャワー室前に脱衣所の増設などなど名ダンジョンで何をするつもりだとお説教をしたくなる内容だ。

 小屋の改造費で数千万が飛んだ。小屋そのものよりも高くなってしまったが碧はほくほく顔だ。矢の付与とマジックバッグで数百万かかるが可愛いものだ。余りある金も持ったままでは役に立たない。使ってこそだ。

 ただし、小屋改造と、また付与の数とマジックバッグの納期で時間がかかり、そもそも高田製作所は忙しいので、出来上がりは早くても十日後だ。七月の上旬にはなんとかで、ちょうどそのあたりで麗奈も鹿児島に引き上げる。

 その間は、ギルド脇で始まった栽培計画のフォローやら各種薬草の採取に努めた。

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