20.首を突っ込む影勝(8)
目の前でモンスターにやられる様は見たくないし、探索者としての意地だ。
「お、助かるぜ」
「や、やれるなら早く、こいつらを追っ払え!」
平岡は穏便に返答したが転がっている時貞は偉そうに叫んだ。その叫びでツインクロウが騒がしく鳴き始めた。不気味なカラスの声で空間が埋まる。さすがに恐怖を感じたのか、時貞が起き上がる。
「時貞さん、静かに願いますぜ」
「あ、あれもモンスターなのだろう!」
「空にいるんで面倒なだけですがね」
「い、いいから、そこの若造、早くやれ!」
威圧的な時貞に、影勝もムッとする。大麻畑にいた四人より立場が上かもしれないが、その態度はないだろうと。だが面倒な状況には変わりない。
「じゃあやるんで、落ちてきたやつの処理は頼みますね」
碧を背に隠したまま、弓に一〇本の木の矢をつがえる。数が多いので【束射】【誘導】で数を減らすつもりだ。特に照準をつけず空に向かって矢を放つ。ばらけた矢はミサイルのような空中機動でツインクロウの翼や頭部に突き刺さる。バタバタ落ちていくツインクロウは平岡らがとどめを刺していく。
三回、矢の束を放てばツインクロウも危険と判断して散り散りになる。安全と判断した影勝はこいつらをどうするかと考えた。犯罪者であるこいつらを逃がす気はない。が、現状で捕まえる理由がない。逃せば大麻畑にでも行くのだろう。それは許せない。
「ふぅ、助かったぜ。さすがエルフ殿だな。それに薬草の女神までいらっしゃる」
リーダー格の平岡が声をかけてきた。一瞬だけ視線が背後の碧に向かったが、すぐに影勝に戻る。表面上は友好的で言い方も紳士的だ。騙されてはいけない。
「あの人倒れてましたけど、怪我でも?」
「あー、まぁそんなとこだな。大したケガじゃないけどな」
平岡がお道化てごまかす。その背後で田沼らが壁になり時貞の姿を隠している。あからさまに怪しいが彼らを引き留める理由がない。
「ケガとは聞き逃せないな」
平岡らの背後に、いつの間にか綾部が立っていた。パンツスーツにマフラーに巨大な青龍偃月刀という、探索者としてあるまじき格好だ。平岡らがぎょっとした顔で振り返る。
「ギ、ギルド長自らこんなところで何をしてらっしゃるので」
「うむ、捜し人だ。どうやら罪人がダンジョンに入り込んだと連絡があってな。なんでも食品会社の人物らしい」
「罪人だと! 俺は犯罪なんて犯してない!」
「私は誰とも言っておらん」
薙刀を構えた綾部が時貞を見据える。迂闊の塊のような人物だ。
「時貞さん、あんた犯罪者なのか?」
平岡が驚いた顔をした。瞬時に見捨てる判断をしたのだ。
「お、俺を裏切るのか! お前らだって、ダンジョンで大麻を栽培してるだろうが!」
「何をいきなり。そんなことするわけないでしょう」
「なななんだと!」
捨てられそうな時貞はいきり立って平岡に食って掛かる。
「お前ら、俺のおかげでたんまり儲けたろうがッ!」
「なんのことやら俺にはわからんですなぁ」
「なんだとおぉ!」
時貞が平岡の胸ぐらをつかもうとするが払いのけられた。時貞はたたらを踏む。
「取り込み中悪いが、ダンジョン大麻と聞いては君らにも話を聞かなければならんな。おとなしくしたまえ」
「チッ、やれ!」
薙刀を構えた綾部に本気を感した平岡の指示で田沼が時貞の腹に剣を突き立てた。突然のことに時貞が何も反応できずに地に倒れ、ごふっと血を吐いた。
「無駄なあがきだ」
綾部の姿がぼやけると同時に平岡ら四人が一〇メートル以上吹き飛ばされ、草むらを転がる。手加減したのだろうか、よろめきながら立ち上がった平岡を見て影勝はリュックから麻痺の薬草を取り出し矢に塗る。
「逃げるぞ!」
平岡らが散り散りに逃げ出した。
くそ、弓を構える時間が惜しい。
影勝は指で矢を挟み投擲した。【誘導】スキルで矢を操り、走って逃げている男らの足や背に突き刺した。リーダー格の平岡だけは、先回りした綾部に青龍偃月刀の石突で殴られ昏倒していた。
「ぐあっ、体が……」
「足がうごか……」
三人は麻痺毒が回り、地面に転がったまま痙攣をし始めた。
「碧さん!」
「わかってる!」
影勝からアイコンタクトを受けた碧が時貞に駆け寄りポーションをぶちまけた。命の危機だが触れるのもイヤなようだ。
「おっと、腹の剣を抜いてやらねえと」
碧の横に田畑が出現し、時貞に刺さったままの剣を抜いた。グハッと時貞が血を吐くが命に別状はないはずだ。
薙刀を肩に担いだ綾部が転がっている平岡に歩み寄り、無造作に腕を持ち引きずり戻ってくる。
「こいつらには詳しくを聞きたい」
「わかったぜ」
田畑が素早く鉄のワイヤーで五人を縛り上げる。紐ではちぎられてしまうのだ。エビぞりにした亀甲縛りで屈辱的な恰好だが、それを見て誰も笑っていない。そもそも怒っている影勝と大麻と聞いて容赦がなくなった碧と犯罪に加担した探索者に対するギルド長としての綾部だ。笑ってなどいられない。
田畑が縛られた平岡らを引きずって集めている。そんなピリッとした空気の中、影勝は綾部に近寄る。
「綾部ギルド長、めっちゃ強くないですか。何をしたか全然見えなかったんですけど」
「昔取った杵柄というやつだ」
綾部の返答はにべもない。当然だろ?と言いたげな顔だ。影勝の肩に田畑の手が載せられる。
「綾部は巴御前って呼ばれててな、この薙刀を見た男どもは震え上がったもんだぞ?」
「巴御前! なにそれかっこいい!」
「田畑さん、そこまでにしてくれ。老兵は死なず、だ」
「なんでぇ、嬉々として薙刀持ち出したクセによ。っとこいつらはどうする? さすがに五人を持っていくのは骨が折れるぞ?」
田畑が時貞を蹴飛ばした。蹴とばされた時貞が「ひぃぃ」と悲鳴を上げる。
「ふむ、応援を呼んであるが駅までだな」
綾部は影勝をチラ見する。運ぶのを手伝えと言いたげだ。
運ぶ、かー。担ぐにしても持ちにくいし暴れられると面倒だし引きずっちゃうか。
「あ」
影勝は思い出した。ラ・ルゥの羽がある。あれからは風が出ていて、浮き上がるのだ。影勝はリュックからラ・ルゥの羽を取り出す。羽jからは風が吹きだし、影勝の髪を揺らしだした。
それを見た綾部の目が大きく開かれる。
「近江君、まさかそれは」
「綾部さんは知ってるんですか?」
「私ではなく、エルヴィーラだがな」
「イングヴァルが、これを使えば運べるって言ってるんで」
「いやそうだろうが、それはダンジョンにはいないはずだ」
「えっと、まぁそういうことで」
言葉を濁した影勝はエビぞりになっている平岡に近づき背中のワイヤーにラ・ルゥの羽を通した。重力を無視するようにふわっと浮き上がる。
「おっと、浮き上がりすぎても困る」
慌ててラ・ルゥの羽を下向きに押さえつけて上昇を止めた。
「かか影勝くん、それ、なに!?」
影勝の背後からおっかなびっくり顔を覗かせている碧がラ・ルゥの羽を指さす。エビぞりで亀甲縛りされた平岡はぷかぷか浮かんでいる。ここまできれいに物理法則を無視すれば、驚きもひとしおだろう。
「三階のどこかにある草原でラ・ルゥってでっかい鳥を倒したら落ちてきたんだ。まだあるよ」
影勝はリュックから四本取り出す。これで罪人らの分が揃う。
「も、もしかしたら、わたしも魔女さんごっこができちゃう?」
「魔女さんごっこて、箒のかわりには……なるのかなぁ」
そんな会話をしつつも影勝はワイヤーにラ・ルゥの羽を通してエビぞりの囚人を浮かせていく。小さく唸る五人がふよふよ浮かんでいる。ちなみにだが、暴れると困るのでマヒの薬を口に突っ込んで猿轡をしてある。大麻罪人に容赦はない。
「これなら運べるね」
「ひもで縛ればまとめて引っ張れるだろうし」
「便利なアイテム?だね!」
風を吐き出すラ・ルゥの羽を触りながら碧と影勝がのんきに会話する。突飛な出来事に慣れてしまって感覚がおかしくなっているのだ。現に横で綾部が天を仰いでいた。そんな綾部の姿を見た田畑はククッと忍び笑いをこぼす。
「ギルド長さんよぉ、ずいぶん楽しい後輩じゃねーか。若い時の巴御前を思い出すなぁ」
「私はあそこまで問題を起こしてはいなかったぞ」
「同じようなもんだろ。犯罪をやらかした探索者を片っ端から薙ぎ払ってたじゃねえか」
田畑の言葉に、そんなこともあったかなと綾部はそっぽを向いた。
「……この浮かせた状態で一階に連れて行ったら大騒ぎだな」
「ごまかし方も手慣れたもんだな。この状況なぁ、あそこら辺の探索者には見られちまってるから、隠そうにも手遅れだな」
「またこれもかん口令だな……気が重い」
綾部がこぼした言葉は、影勝と碧の耳には入らないのであった。