20.首を突っ込む影勝(7)
その通話相手の西向は、マンションの一室でソファに寝ころんでいた。茶髪のロン毛に派手なアロハシャツにジャージズボンと理解が難しいファッションセンスの細身の男だ。十五畳はあろうかというリビングでのんびりしていたのだが、厄介ごとが降ってわいたので機嫌が悪い。舌打ちをしながら起き上がる。
「ったく、めんどくせーことばっかりしやがるなあのおっさん。そろそろおさらばするか」
西向はだるそうにスマホで連絡を取る。
「平岡です」
「俺だ、お疲れさーん。田沼を連れて門前町に時貞のおっさんを迎えに行ってくれ。あいつ下手こきやがって逃げたみてーでな、ダンジョンに連れ込んで適当にモンスターにでも食わせろ」
「了解しました」
「食べ残しはなしだぞ?」
「任せてください。へまはしませんって」
「頼もしいな」
通話を終えた西向はスマホを放り投げた。
「アホで使いやすかったんだけどなー、あのおっさん。次の人形を見つけなきゃなんねーなーめんどくせー」
西向はだるそうにつぶやく。手帳を取り出し次の生贄のリストアップを始めた。
門前町に向かった時貞はコインパーキングに車を止めダンジョンへ走った。
「くそっ、なんで俺が走らなきゃいけねーんだ!」
肥満体が走っていれば目立つ上にアマテラス食品の作業着を着たままだ。監視カメラに映れば誰だか判明してしまうがそれを気にしている余裕などない。
時貞自身は探索者で四級錬金術師だが、ダンジョンを探索した経験はない。素材を錬金してレベルを上げていただけだ。
時貞はダンジョン入り口で平岡と田沼に見つかり、そのままダンジョンに連れ込まれた。作業服のままの時貞が目立ったが、そんなことは無視して一階の森に入る。少し奥に入ったところで一行は足を止めた。平岡が時貞に顔を向ける。
「西向さんから連絡が来ました、とりあえず匿えと」
「くっそ、思い出しても腹立たしい! もう会社には戻れねえ。社会的にもアウトだ畜生ぉッ!」
「まぁ落ち着いてくださいよ時貞さん。時貞さんにはいろいろお世話になってますからね、悪いようにはしませんって」
「頼むぜ。まったく、ほとぼりが冷めるまで隠れてねーとなんねー」
時貞は自分のことは棚に上げて憤慨やるかたなしだ。
「さすがに一階だとすぐに見つかりますから、下に行きましょう」
「下か……しゃーねーな」
「護衛は任せてください。二階にはふたりを待たせてますから」
平岡はそう言うとマジックバッグから武器と防具を取り出し身に着けた。時貞の分も用意はしたが肥満過ぎて着用できなかったので盾だけ持った。目立つ作業服は脱いだ。
「とりあえず三階の森までいきましょう。そこに拠点もありますんで」
「そ、そうか、頼むぞ!」
時貞はほっとした顔になるが、実際には拠点など存在しない。
平岡が先導する形で、時貞を挟みしんがりは田沼だ。枝をかき分け草を踏みながら森を進む。向かうは二階へのゲートだ。
その頃、旭川ギルドには田畑の姿があった。バーテンの格好だが隠密スキルを使っており、誰にも気が付かれていない。田畑はそのまま二階に上がり、ギルド長室に向かう。
田畑がノックしようと手を挙げた時、中から「空いてる」と声がかかる。「健在だなぁ」と嬉しそうに口をゆがめた田畑は扉を開けた。中にはクレーのパンツスーツにもふもふマフラーをまいた綾部の姿がある。
「さすがだな。【影を踏む女】は健在か」
「田畑さん、久しぶりだ。珈琲はまだあるぞ?」
「そんなことじゃわざわざこねえよ」
「あぁ、先ほど怪しい人物がダンジョンに入ったな。その件か」
「話が早い。ダンジョン大麻がらみで動きがある。そいつがスケープゴートだが、処分されそうでな」
「なるほど。であれば、久しぶりに私も現場復帰するか」
綾部がギルド長室の隅にあるクローゼットから一本の薙刀を取り出した。長さこそ綾部の身長程度しかないが先についている刃が巨大で、まるで関羽が持つ青龍偃月刀だ。巨大ともいえる青龍偃月刀を綾部は軽々と振り回し肩に担いだ。
「ほー、また【巴御前】が見れるとは、長生きするもんだ」
「そんな古めかしい呼ばれ方は、もう誰も知らんぞ」
「俺が知ってるし、葵ちゃんだって知ってるだろ」
「葵さんは旭川で最年長の現役探索者だからな」
綾部が苦笑した。
巴御前とは綾部の二つ名であり、みんなが知っている某ゲームのアーチャー、ではなく木曽義仲に仕えた女武者である。要するに、一騎当千の化け物だ。綾部という人物はただの寒がりじゃないのだ。
綾部は机の上の受話器を取る。
「二階ゲート駅に人員を頼む。五名を捕まえてくる」
綾部は返事を聞くことなく受話器を置く。
「さすがギルド長」
「田畑さんに褒められるとむず痒い」
「立派にこなしてるんだ、ドンと受け取れ」
田畑と綾部はギルドを出てトロッコ電車の線路と並行して走りだした。そのころ時貞は二階へのゲートをくぐっていた。草原にでた三人は待機していた細川、佐藤のふたりと合流した。
「ここじゃ目立つんで、さっさと抜けましょう」
「ま、まってくれ、い、息が整わない」
汗だくの時貞は運動不足がたたって限界が近かった。仰向けに倒れこみ、ゼーハーゼーハーと全身で酸素を補給している。平岡はため息をつく。
「こんなところで寝てると、カラスに突かれますぜ」
「ほら、いったそばからおいでなすった」
平岡があきれていると、田沼がツインクロウの群れに気が付いた。一〇羽ほどが上空を旋回している。
「チッ、面倒だな。佐藤、焼け」
「うす」
平岡の指示で佐藤が動いた。佐藤は長い杖持ちの黒魔法使いで、遠距離攻撃もできる。
「ファイヤーアロー!」
佐藤が振りかざした杖から三本の炎の矢が飛んでいく。一本はかわされたが二本はツインクロウに突き刺さり、カラスは光と消えた。だがカラスはまだ群れている。寝っ転がっている時貞がいいおもちゃにでも見えるのだろう。佐藤はまたファイヤーアローの魔法で攻撃するがツインクロがひらりと避けた。だがカラス達は攻撃しては来ない。隙を窺っているのだ。
「面倒な奴らだ」
「時貞さん、このままだとカラスが増える一方でさ」
「も、もうちょっと、まって、くれ」
時貞は死にそうな声で懇願する。慣れない森を歩いたことで疲労も大きいのだろう。が、モンスターはお構いなしに増えていく。動けない時貞はいい獲物だのだ。
そうこうして入りうちに空を飛ぶツインクロウは大群になってしまった。ざっと見ても数十羽はいる。
「厄介なことになったな」
平岡がボヤく。ツインクロウごときは問題ないのか顔に焦りはないが、あたりに忙しなく目線をやる。ツインクロウの群れが目立つのだ。そしてこの群れに気が付いた探索者がいる。影勝である。
夜まで暇なので三階の森に行って薬草でも採取しようかと小屋の外で準備をしているときに遠くに見つけたのだ。
「探索者になにかあったのか」
影勝は眉を顰める。ツインクロウが群れる下に索者がいるのは間違いない。二階にいるならば強くないはずだ。しかも大群だ。探索者の危機だろうと察しが付く。
「三階に行くついでに手助けするかな」
「そうだね。あれだけいると大変だもんね」
碧も同意する。横入りはマナー違反であるのであくまで手助けなのだ。そうと決まれば休憩小屋をしまってツインクロウが群れているほうに向かう。
小走りで数分後には到着した。小走りとはいえ人外の小走りなのでスクーターよりも早い。到着した影勝が見たのは、三階の大麻畑で見かけたあの四人と知らないおっさんだった。
あの時の! なんでこんなところにいる? 転がってるあのおっさんは知らないけど。
影勝は碧を背に隠した。怒りが湧いて影勝のこめかみに力が入る。
「手助けは、いりますかー?」
それでも、感情を押し殺して声をかけた。