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20.首を突っ込む影勝(6)

 旭川の郊外にあるアマテラス食品の開発課の部屋では、課長の時貞が珈琲を飲みながらマンガ雑誌を読んでいた。仕事は部下に全部丸投げで本人はいたって暇だった。落下傘的に親会社から落ちてきたので社内でも腫れもの扱いなので誰も注意しない。そのくせ給料は高いという、最悪な人材だ。

 時貞は運動不足から肥満で、また加齢で髪が薄くなり、いっそ剃ってしまっているので悪役臭が凄まじい。椅子をギシギシ鳴らしながら煎餅を齧っていた。部屋にいる部下らの冷ややかな視線には気が付いていない。

 午前中からそんな怠惰な業務態度の時貞のスマホが鳴る。


「はい、時貞ですがっと工場長でしたかお疲れ様です。部長はですねー、本日は外出してましてー、え、製薬の社長がこっちに向かってるですって? 代わりに出て来いって? はい、承知しました、すぐにいきます」


 時貞は通話を終えると雑誌をデスクに放り投げた。


「なんだって部長がいねーときにお偉方が来るんだ? ったく、めんどくせーなー、さっさと帰れや」


 時貞は珈琲を飲みほすと、部屋を出ていった。

 旭川本社から車で移動した天原親子は、アマテラス食品の工場にいた。突然の来社に工場の責任者らは大汗をかいている。その中に時貞の姿もあった。何だいきなり、というふてぶてしい顔で社長を眺めている。


「突然すまないね。諸君らが頑張っていると聞いてね。特に新しい餃子の評判がいいと、取引先から聞いてね」


 社長がカバーストーリ(嘘八百)を口にする。背後に立っている天原はスマホで誰かと会話している。聞こえるように大き目の声で「いま社長とアマテラス食品に来てまして、はい、ちょっと遅れそうでして申し訳ありません」と噓の補強に余念がない。実際は潜伏している田畑に連絡しているのだが。


「そ、そうでしたか。中へお入りください」

「無理を言ってすまないね。早速だが、その餃子とやらを見たいのだが」

「ぎょ、餃子ですか」

「できれば持ち帰って食べたくってね。もちろん製薬から発注するとも」


 工場長らしき作業服の初老の男が対応するが、社長のわがままに振り回されている。もちろんこれは芝居だ。迷惑をかけていることに変わりはないのだが。


「そ、そうだ時貞君、商品開発には餃子の新商品があるだろう? それをお渡ししなさい」

「ウ、ウチの在庫ですか? えっと、その、あるにはあるのですが」


 工場長に振られた時貞はしどろもどろだ。時貞のいる商品開発課にはサンプルとして在庫を持っている。実のところ、これが大麻入り餃子のだ。

 製造ラインの餃子は正規の餃子で、客先に持ち出し用のサンプルとして手作業で極少量を生産した餃子には大麻が練り込まれている。もちろん時貞とその仲間が持ち出す分だ。サンプルなので帳簿には載っていなかったのだ。この売り上げは全て時貞のポケットに入っている。


「おお、すまないがそれを持ち帰らせてもらうよ。実は朝食を食べそこなってね、その餃子を食べてもいいだろうか?」

「餃子をですか!?」

「取引先から()()()()()()()()()()おいしいと何度も言われて気になっているんだ」


 社長はハッハッハと快活に笑う。演技だろうがとても良いわがままっぷりに天原の頬が引きつる。またそれが社長の傍若無人プリを裏付けていて、工場側に疑う様子は見られない。唯一、時貞だけが滝のような汗をかいていて、ハンドタオルでせわしなく滴る汗を拭いていた。


「時貞君、開発室に厨房があるだろう」

「ああありますが」

「そこで食べてもらってくれたまえ」


 ともかく社長(偉い人)を追い払いたい工場長が時貞にぶん投げる。社長は「すまんね!」といい笑顔だ。


「その餃子も見たいが、開発室にあるのかね」

「そ、そうです、開発室の冷凍庫に保管してます」

「では頼む。絶品ならば取引先に紹介せねばいかんな」


 社長はとてもいい笑顔だ。時貞に丸投げした工場長らはそそくさといなくなり、残された時貞は苦虫をかみつぶしたい気持ちを抑えきれず、複雑な顔で天原親子を案内する。


「いやぁ清掃も行き届いていて素晴らしいね」

「食品会社ですしね」

「製薬も見習わねばいかんな」


 社長と天原はそんな会話しながら歩いている。持ち上げて叩き落すためだ。落差が大きければ大きいほどダメージも大きい。もちろん、製薬会社の衛生管理は食品よりも厳しいが、そこには触れない。


「ここが開発課です」

「邪魔するぞ」


 時貞に案内され、天原らは開発課に姿を現した。突然現れた見知らぬふたりに課員らは困惑の表情を浮かべる。


「あぁ、突然すまないな。アマテラス製薬で社長をやっている天原だ。おっとそのまま業務をしてくれたまえ。諸君らが開発した餃子の評判がよくってね!」


 社長が大げさなジェスチャーで落ち着いてくれと示す。見え見えのパフォーマンスだがそれによって落ち着きを取り戻す。身振り手振りは意外と有効なのだ。


「餃子……? 課長が担当してるやつか?」

「なんかちまちま作ってるのは見かけたけど、アレ売ってるのか?」


 課員が小声で何か言いあっているのを天原は聞き逃さない。やはり販売実績はないようだ。帳簿に出てこないわけである。


「お、この冷蔵庫にあるのか?」

「あ、そこは!」


 部屋の奥にプレはず冷蔵庫の扉があるのを、社長が目ざとく見つけた。製薬工場にも薬品保管用の巨大自動ラック冷蔵庫や冷凍庫があるので社長はもちろん天原も知っていた。わざと大きな声で 逃げられないようにしているのだ。つかつかと歩いていく社長と天原を止められない時貞は顔を青くしている。だが扉には鍵がかけられており、ドアノブに手をかけた社長の手が止まる。時貞はほっと胸をなでおろした。


「鍵がかかっているな」

「申し訳ありません、持ち出し金品物が多いのでカギをかけておりまして。そのカギを持ったものが今外出しておりまして」


 時貞が言い訳を始める。実際は時貞がカギを持っているのだが、そんなことは言えない。


「セキュリティもばっちりというわけか」

「この手の扉の鍵は共通なので、僕が持っているカギで開けましょう」

「ほぅ。お前がそんなのを持っているとは」

「副社長なんて飾りですから。僕は現場にいたいんですよ」


 などと言いながらも天原は持っていたカギで開けてしまう。冷蔵設備の扉の鍵は専用品だが作って入るメーカーが一つしかないので実はすべて同じなのだ。

 サクッと開けてふたりは中に入り込む。断熱パネルで作られた冷蔵庫はよく冷えており、天井に設置された照明で内部もよく見える。庫内の温度計は0℃を示していたが、北海道人にすればなんてことない温度だ。


「ふむ、よく冷えているな。これなら品質も保たれるだろう」

「餃子は、これですね。専用の段ボールなので分かりやすいですね」

「これをもらっていこう。絶品ならば大々的に売らねばな、はっはっは」


 冷蔵庫から聞こえる会話に時貞は青ざめる。今更ものを奪うことはできない。この餃子の原価を調べれば、作られた餃子がどこに消えたかが問題になる。つまり、横領がばれるのだ。

 ここにきても時貞は大麻のことは心配していなかった。成分分析しなければ大麻が混ざってるなどわからないのだ。横領で得た利益はすでに三桁万円だ。解雇は間違いないだろう。

 クッ、どうすればいい。

 時貞は足りない頭で考えた。証拠は押さえられてしまった。どうすればいいか。

 逃げよう。()()()()に匿ってもらえばいい。

 短絡的にそこに行き着いた。


「よ、用事を思い出してしまいました!」


 時貞はそう叫んで、開発課から重たい体をゆすって走って逃げた。駐車場にある個人の車に乗り込み、猛スピードで走り去る。スマホを取り出しエヌエム商事の西向に連絡をした。


「俺だ、時貞だ! 餃子がばれた! 俺を匿ってくれ!」

「おや時貞さん。そんなに慌ててどうしました?」

「餃子がばれたんだよ! 横領で首になっちまう!」

「穏やかじゃないですねぇ。横領、ですか?」

「そうだ、会社の金で勝手に餃子を作って勝手に売ってたからな!」

「そうでしたそうでした」

「俺を匿え!」

「そうですねぇ。早急にですと、ダンジョンに隠れてしまうのが一番かとは思いますねぇ」

「それだ! いまからダンジョンに向かう!」

「では、門前町に田沼を向かわせましょう」

「頼むぞ!」


 時貞は通話を切った。


「ったく、俺が何でダンジョンに隠れなきゃいけねーんだ! くそがっ!」


 悪態をつきつつ時貞はコンビニの駐車場に車を突っ込ませた。後部座席に隠密が得意な田畑が隠れているとも知らずに。

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