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20.首を突っ込む影勝(5)

 天原は社外秘の資料から当時の記録を探し出す。企業にとって汚点だが再発防止の観点から何があって何が問題だったのかを残すことは重要だ。

 事件が起きたのは十五年前。まだ天原が子供の時だ。反社組織のフロント企業エヌエム商事に病院や医師などの情報を流していたのだ。エヌエム商事とは、西向正人(にしむきまさと)を代表とした食品卸会社でおもに旭川や札幌の飲食店に食材を卸している。社員は二〇名ほど。ただし、社員のほとんどが元、もしくは現役探索者で構成されている、かなり胡散臭い会社だ。探索者を雇っているあたりダンジョンで何かやっているのだろうと察しが付く。

 脅されてやったと時貞が自供したために降格と子会社への転籍処分で済んでいたが、それも怪しい。当時はまだ厳罰ではなく、内々に処理したい意向もあって甘い処分になったと考えられる。


「まさか、いまでも反社組織と繋がりがあると」


 エヌエム商事はアマテラス食品とも取引があるが、それは時貞が左遷されてからだった。天原は眩暈がした。真っ黒じゃないか。

 社長である父は知らないだろう。社長は激務であり、社内のことはほかの役員経由でしか情報を聞けないのだろう。副社長だが息子という立場で気安く動ける天原とは違うのだ。それに、監査を潜り抜けている点も気になる。子会社の監査を行う親会社たるアマテラス製薬にも協力者がいると考えられた。大事になるなと天原は腹をくくる。

 天原はスマホを取り出しどこかに電話を掛けた。


「お世話になります。天原です。少々厄介ごとをお願いしたくて電話しました。えぇ、いつもすみませんね。エヌエム商事の構成員を洗い出してください。特に探索者ないしは元です。できれば明後日までにお願いします」


 通話を終えた天原は大きなため息をつく。ただただ薬で人の役に立ちたいだけなのに、なんでこんな裏方仕事をしているのかと。しかも人の道を外れかけている。副社長などという肩書が恨めしい。


「これは、誰かの首が飛ぶ規模ですね。いっそメディアに流してすっぱ抜かせましょうか。最悪は僕が引責しましょう。父は会社に必要ですしね」


 さっぱりした顔の天原がうーんと背伸びした。

 翌日早朝。影勝と碧は旭川ダンジョンのギルド前にいた。影勝はリュックにジーンス、長袖のTシャツに登山ベストを着ている。ベストには薄い金属板が縫い込まれていて、突起が当たっても貫通しないようにはなっている。碧はカーキ色のカーゴパンツにいつもの緑まみれの白衣だ。なかなか出番のないヌンチャクも手にしている。


「休憩小屋はもったし、薬も持ったし、ポーションも持ったし、お弁当も持ったし、おやつは三〇〇〇円まで!」


 碧はポシェットの中身を確認しながら点呼した。


「おやつは三〇〇円までじゃないんだ」

「大人の遠足は桁が違うんだよ?」

「遠足じゃなくって探索な。三万円じゃなくって良かったよ」


 今日は札幌で購入した休憩小屋のテスト運用の予定だ。いきなり実践だと「こんなはずじゃなかった」が発生して詰みそうな予感がしたからだが、ふたりの緊張感のなさが一番の不安である。


「テストは行きやすい二階にしよう。ギャラリー(探索者)は多いかもしれないけど、逆に言えばそれはどっちかっていうと安全ってことだし」

「七階の湖畔も草むらだし、ちょうどいいね!」


 影勝の提案に一も二もなく賛成の碧。二階なら安全という考えもある。探索者の多い二階で小屋を出して何かしてればいやでも目立つ。目立つということは何かあれば助けを期待できるということだ。慣れた二階だからと油断はしない。そもそも二階が安全という考えが危ういのだがそこはスルーされた。

 ギルド前でふたりがそんなやり取りをしている時刻に、天原は父である社長に前にいた。旭川にある本社の休憩所で珈琲を立飲みながら談笑という体だ。親子はあるが天原は母親似で、顔は何となく似ている程度のふたりだ。

 六月に入りクールビズの時期で暑がりの社員は上着を脱いでいるが、ふたりは細身のスーツで身を固めていた。まるでこれから戦うかのような空気すらある。


「お前から話があるとは珍しいな」


 小声で、しかし天原にはっきりと聞こえるように父が口火を切る。


「とある()()から、関連会社の製品にダンジョン大麻が混入されているとのタレコミがありました」

「……大麻だと?」


 父が目をすがめる。いきなり何をと言わんばかりだ。天原はわざと軽い会話をしている風にほほ笑む。周囲からは親子の会話だろうと思われるように。


「単刀直入に申し上げますが、アマテラス食品で大麻混入の餃子が不正に生産され秘密裏に持ち出されています」

「…………証拠はあるのか?」


 息子の意図に気が付いた父も朗らかな笑みを浮かべる。会話の内容とのギャップがすごい。

 

「先日、実物を食べました」

「そうか、お前が食べての判断か。ならば間違いないな」


 父は「はっはっは」と声をあげて笑うが、目が笑っていない。むしろ怒りに燃えていた。


「社内ではだれが知っている?」

「社内にはおりませんが、椎名堂の葵さんは把握されています。彼女の鑑定も黒でした」

「……そうか。彼女は言いふらさんだろう。あの人は、そんなことはしない」


 父は笑みを消し、目を閉じた。どう対処すべきかを考えている。早急にかつ内密に手を打つ必要があった。社内に協力者がいるのは間違いない。


「これからアマテラス食品に行く。社長のわがままだと通せば何とでもなる。お前は現物を抑えられるか?」

「すでに田畑さんを潜り込ませてます」

「早いな」

「大麻は見過ごせません」


 天原は目つきを鋭くした。


「ではいくぞ」


 社長は秘書に「子会社を見に行く」と連絡した。

 そんな出来事など知らない影勝と碧はトロッコ電車に揺られて旭川ダンジョンの二階にいた。視界のあちこちに探索者の姿がある。みなモンスターにかかりっきりでふたりを気にする者はいないようだ。


「邪魔にならないように境界の壁近くでやろうか」


 ということで、ふたりは不可視の壁の手前に来た。ダンジョンの角に位置し、壁が二面ある。ここだと探索者もほとんどいないし、モンスターも壁のないほうからしか来ないので見つけやすい。唯一カラスが面倒なだけだ。


「じゃあ出すね」


 碧がポシェットから鋼鉄製の休憩小屋を取り出す。円形でとんがり屋根の、鉄の塊だ。ドスンと地響きを立て、地面がめり込んだ。鉄の塊で重量が数十トンなので。


「外は買った時のままか」

「中にいるときは見えないし、変に色を塗っちゃうと目立っちゃうかなって」

「それもそうか」


 休憩小屋を使うレベルの探索者はそんなことを気にしないし、色がついていようがいまいがモンスターは来るのだ。

 重い鋼鉄製の扉を開け中に入る。窓がないので真っ暗だが、天井には照明器具がぶら下がっており、困らない程度の明るさは確保できている。

 まず飛び込んできたのが空間のど真ん中に置かれた大きなベッドだ。影勝が三人並んでも寝られそうだ。枕もふたつ置かれており「YES」と書かれた枕カバーにくるまれている。影勝の口がへの字に歪んだ。


「……入ったことはないけど、ラブホみたいだなって」

「ソソソソンナコトハナイヨー」

「碧さん、誰に相談したの? 怒らないから」

「あの、その、恵美ちゃん」

「あーーー、なるほど」


 からかってるなアイツ。仕返しに堀内を揶揄うべし。影勝は胸に刻んだ。

 壁面には窓がないので全て物置としての棚が据え付けられている。下部はタンス兼物置になっていた。クローゼットの部分もある。全部鉄でできていえおそらくメイドバイ高田製作所だろうが、おいくらなのだろうと背筋が凍る思いだ。

 棚から落ちないように固定されたかごの中にはタオルや着替えなどが置かれている。ただ、薬やポーション、飲料などの割れたら困るものの姿はない。取り出すときの衝撃で壊れてしまうのだろう。


「奥にね、トイレとシャワーブースを作ったんだよ!」


 ごまかすためか、碧は影勝の手を引き空間奥に設置された小さなブースに導く。ブースは樹脂製の壁で作られており、その壁は天井まで伸びていた。扉を開け中をのぞくと、洋式便器とバスタブがあり影勝が泊まっていたビジネスホテルのユニットバス式なっている。


「水はどこから?」

「天井にね、タンクがあってそこに貯めるんだ」

「その水は?」

「マジックバッグに入れておくの!」

「なるほど。そこに移すのは俺の役目だな」


 排水がどこに行くのか気にはなったが聞かないことにした。藪蛇になりそうだ。

 冷蔵庫が置いてあったが電源がないので冷えていない。天井の照明は充電式だ。エアコンはもちろんない。扇風機くらいは必要だろうか。


「飲み物とか冷やさなくてもいいんじゃないかな。食事は缶詰とかレトルトでもいいし、キャンプみたいに飯盒炊飯でもご飯は炊けるし」

「湯煎するご飯もあるね!」

「食事も大事だけど、睡眠をちゃんととれるかだな。睡眠不足は判断力が落ちるって聞くし」


 ふたりしてベッドを見る。違う意味の休憩となりそうだった。


「よ、夜は早く寝ようね!」


 碧は素早く枕を隠した。


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